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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第四章 闇の公子

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6.ヘレノニアの祭壇

 闇。

 漆黒の闇。

 人が本能的に恐怖を憶え、それ故に駆逐し続けている闇。


 その中を、男は散歩でもするかのように進んでいた。


 ジーグアルト・クリューウィング。

 女帝ヴェルガから侯爵位を授けられた、吸血鬼(ヴァンパイア)


 片眼鏡(モノクル)をかけた男の足取りに迷いはなく、むしろ弾んでいるようにすら見えた。


 ユウトたちの後を追って遺跡に侵入した白い肌の男の行く手には、遮るものはない。

 当然、不死の怪物(アンデッド)が出現するものの、赤い瞳を前にした途端、恐怖に駆られたかのようにどこかへと消え去っていく。


 ジーグアルトは、それを気にも止めない。

 だが、後を追ってという表現を耳にしたならば、あまりにも整いすぎて作り物めいた美貌に苦笑が浮かぶかも知れなかった。


 なぜならば、この遺跡へ先にたどり着いたのは、彼ジーグアルト・クリューウィングなのだから。


 王都で量産した不死の怪物(アンデッド)を率いて支配下に置き、悪の相を持つ存在の侵入を阻む結界を破壊したのも彼だ。

 一方で、自然崇拝者(ドルイド)にはなんの手出しもしてはいない。


 もっとも、源素の大渦とヘレノニア神の祭壇がなんのためにあるかを知る彼らが過剰反応をしても不思議ではないのだが。

 直接手を下していないというだけで、彼らの死には責任があるだろう。


 だからどうしたとしか、応えることはないだろうが。


 恐怖すら憶える美貌に薄い笑顔を貼り付け、ジーグアルト・クリューウィングは奥へ奥へと進んでいく。


 長い犬歯――牙をむき出しにして笑う理由。

 それは、不死の怪物の軍団を壊滅させられた後、異世界からの来訪者やヘレノニアの聖女が現れると確信し、事実その通りとなったこと。


 そして露払いを任せるため、あえて先行させたのだ。

 しかし、その目論見はあっさりと潰えた。


「やれやれ。これは、案外利口だったようだ」


 飼い犬が、思ったより上手く芸をした。

 そう誉めるのように、ジーグアルト・クリューウィングは肩をすくめた。モノクルの奥の瞳も、楽しそうに笑っている。


 氷炎の大蛇。風をまとった岩獅子。光と闇の巨人。

 ヴァルトルーデらによってつけられた損傷は、すでに回復している。


 《理力の棺(フォース・コフィン)》の持続時間も過ぎていた。自由を取り戻した守護者(ガーディアン)たちが、高みから新たな侵入者を敵と認定する。


「源素を統べる者は、余程我らを嫌っているらしい」


 苦々しく……とは、言えない。当たり前のことを確認するような声音。ヴェルガ帝国の侯爵からは、笑顔も余裕も失われてはいなかった。


 そんな侵入者へ向かって、氷炎の大蛇が氷の吐息(フロスト・ブレス)を放ち、岩石の風獣が突進し、光と闇の巨人が四腕から白と黒の剣を繰り出す。

 彼が知る由もないが、ヴァルトルーデたちと対したときよりも遙かに攻撃的。


「せっかくだ。錆を落とさせてもらおう」


 試し斬りをする。


 そう宣告したジーグアルト・クリューウィングは漆黒のマントを大きく翻し、両手を広げた。

 その間に、闇の塊が生まれる。


 最初は拳大だった闇は急速に膨れ上がり、大渦の光も渦動の音も塗りつぶしていく。まるで、黒い太陽のように。


「《闇の陥穽よ在れ(コラプサー)》」


 そして、呪いが完成した。

 闇の太陽から放たれた暗黒の光が、その空間を満たしていく。


 火も水も。

 風も土も。

 光も、そして闇すらも。


 すべてを捕らえ、放さない暗黒。

 すべてを砕き、自壊させる暗闇。


 やがて、世界に完全な静謐が訪れた。





「どうして、敵が吸血鬼と特定できるのだ?」


 休憩は終わり祭壇へ向けて洞窟内を進んでいく中、ぽつりとヴァルトルーデがつぶやく。

 呪文の持続時間もありゆっくりしていられなかったため、説明もできなかった。伝説を紐解くようなものなので、別に構わないかと思っていたのだが……。


「それは、吸血鬼が源素の王から呪いを受けた存在だからだよ」


 移動しながらであればいいかと、ユウトはちょっとした雑学を披露する。


「火の源素の王からは陽光に照らされると灰になるという『陽の呪い』、水の源素の王からは流水を渡ることができない『水の枷』、光の源素の王からは鏡やそれに類するものに姿が投影されない『虚像の掟』」


 地の源素の王からは白木の杭で心臓を貫かれると真の死を迎えるという『自然の慈悲』、風の源素の王からは招かれざる地への侵入を拒む『孤独の檻』、闇の源素の王からは他者の血を吸うことでしか生きられなくなる『狩人の宿命』。


 そう、指折り数えて説明していく。


「恨み買いすぎ?」

「よく、それだけの数を憶えているものだ」


 ストレートな感想を述べるヨナに、感心する所がずれているヴァルトルーデ。

 本来は異世界からの来訪者であるユウトが、そんなヴァルトルーデへこのブルーワーズの知識を披露するという不思議を言及する者はいない。


 いつものことだからだ。


 疑問に感じているのは――口には出さないが――アルサスだけ。


「あと、光の王様は、わりとやさしい」

「並べると、そう思えるなー。伝説だけど」

「吸血鬼が、源素と関わり深いのは分かった」


 だが……と、ヴァルトルーデは続ける。


「別に、他の存在がここを狙っても良いのではないか?」

「うん。状況証拠になるし、当てずっぽうに近いって言ったのは、まさにそのことさ」


 ユウトが、ヴァルトルーデは正しいと肯定してしまう。そうなると、彼女は逆に困ってしまう。

 泣きそうな潤んだ瞳で、先を歩きながら後ろを向く。


「まあ、更に伝説の話なんだけど」


 ユウトとしても、別にヴァルトルーデに意地悪をしたいとは――あまり――思っていないので、さっさと種明かしをすることにした。


「呪いの大本である源素の王を弑逆することで、呪いが解かれるという説がある」

「源素の王はともかく、この地でそれに近い効果が得られるのではないかということか?」


 大事ではないか! とヴァルトルーデの声が昂ぶる。


「あと、もうひとつ。真祖とも始祖とも呼ばれる吸血鬼の王が、源素の王の手によりいずこかの大地に封印されているという伝説もある」

「それは、私も聞いたことがあるな」


 黙って聞いていたアルサスが、ふと思い出したと会話に参加する。


「この地の異常性にばかり気を取られ、結びつけることはできなかったが」

「これも、状況証拠のひとつですからね」

「なんにせよ、不死の怪物であれば私が対処します」

「済まぬな。私事を優先する結果となってしまって」

「公務でしょう、これは」


 率直に頭を下げるアルサスに対し、気にすることは無いと伝えるユウト。それは彼の、いや、皆の総意だった。


「そもそも、相手の目的が確定したわけでもありません。ひとつずつ、片づけていきましょう」


 努めて軽く、言う。

 それは、もうひとつの思いつきを誰にも言えない鬱屈の裏返しかも知れなかった。


(もし仮に、目的があの源素の大渦でも、ヘレノニアの祭壇でもなかったら――)


 そんな思考は、ラーシアの声ですぐに打ち消される。


「見っけたよー」


 ラーシアの呼びかけを受けて、自然と速度が上がる。

 一分も経たずにたどり着いた先には、両開きの巨大な石の扉があった。


「間違いなさそうだな」


 ヘレノニア神のシンボルでもある雷と長剣が彫られたその扉を見て、アルサスが感慨深げにつぶやいた。

 ヴァルトルーデも、緊張の面持ちを見せる。


 一方、特に興味を引かれなかったらしいヨナは周囲の様子を探り、警戒すべきものはなにも無かったようで足下の石を蹴っていた。


「エグ、お願い」

「任された」


 心持ち嬉しそうに、スパイクフレイルを背中に戻したエグザイルが、扉の前に立つ。


「らあぁっ」


 裂帛の気合いと共に、力を解放する。

 数代に渡って閉ざされていたはずの扉はしかし、弾かれるようにしてあっさりと開放されてしまった。


「ふう……」

「さすが、エグだね」

「エグ、筋肉」

「あまり誉めるな、ヨナ」


 岩巨人(ジャールート)にとっては、最高の賛辞だったらしい。その大きくごつごつした手で、ヨナの白髪をぐしゃぐしゃに撫でる。


「私だって、あれくらいできるぞ?」

「そこ、女の子として対抗するのはどうなのかなー」


 ラーシアのもっともな指摘に、またしても哀しそうな瞳でユウトを見つめるヴァルトルーデ。


「まあ、ヴァル子らしくて良いんじゃないか?」


 この捨てられた子犬のようなヴァルトルーデに、追い打ちはかけられない。実際、力が強いぐらいが何だというのだ。抱きしめれば、充分柔らかいのだから問題ない――とは、口が裂けても言えない。


「うん。私は私で良いのだ」

「先が思いやられますね……」


 そんな会話をかわしつつも、当然、周囲の警戒は怠らない。

 隊列を組み直し、たった今、開放されたばかりの部屋へ侵入していく。


 そこは、先ほど通過した源素の大渦があった空間と似ていた。

 直径30メートルはあるだろう地下とは思えないかなり広大な空間。けれど、円形の部屋のほとんどは空白。

 大きな違いは、奥への入り口があった場所に祭壇らしきものが存在していること。


「ここが……」


 その先は、口にする必要も無いことだった。

 石を積み上げて作られた、古い祭壇だ。装飾は排除され、ヘレノニアを示すものは、扉と同じように、祭壇の背後の壁に彫られた雷のシンボルだけ。


 異彩を放っているのは、祭壇に突き立てられた一本の長剣。


「魔力を感じるな……。呪われているかどうかまでは、ちゃんと調べないと分からないけど」

「うん、そうだね。罠、調べる?」

「いや、必要はあるまい」


 大魔術師(アーク・メイジ)盗賊(ローグ)の意見に、アルサスは頭を振った。 

 そのまま一人、堂々とした足取りで祭壇へと近づき長剣を握った。


「“常勝”ヘレノニアよ、我に審判を!」


 アルサスは、ロートシルトの王子として。

 そして、一人の聖堂騎士(パラディン)として、信奉する神に呼びかけた。


「我が王にふさわしいならば、この身に証を!」


 ぐっと力を込め、祭壇から長剣を抜き放つ。

 その様子を、ユウトたちは固唾をのんで見守る。


「我に王の器がなくば、御身の雷霆にて我が身を切り裂き給え!」


 神か、それ以外のなにかか。

 アルサスの呼び声は、確かに聞き届けられた。


「ここは……」


 気付けば、たった一人で草原のただ中にいた。

 空と大地の切れ目も分からない。ただただ広大としかいえない場所。《瞬間移動(テレポート)》よりも唐突で、意識の切れ目も無かった。


「随分と、待たせたものだな」


 いつ現れたのか。それとも、気付かなかっただけで最初からそこにいたのか。

 そこで待ち受けていたものは、ユーディット・マレミアスの姿をしていた。

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