4.源素の大渦(前)
切り所の関係で、やや短めです。
荒れ狂う大渦の渦動。
それが、戦闘の引き金となった。
かかとを打ち鳴らして飛行の軍靴を起動させたヴァルトルーデは、氷炎の大蛇へと真っ直ぐに突撃を仕掛ける。
エグザイルは、それ以上動かず。否、動く必要もなく、スパイク・フレイルを岩石の風獣に叩きつけた。
まとっていた風の鎧を貫いて、錨のようなスパイク・フレイルが岩の体を砕き、削り取る。
ギロリと、岩石の風獣が岩巨人をねめつけた。2メートルを超えるエグザイルよりも、なお高い位置からの凝視。
「“常勝”ヘレノニア神よ、我が剣に加護を!」
アルサスは光と闇の巨人の前に立ち、高くトレイターをかかげた。
宝剣に金色の光――ヘレノニアの加護が宿る。彼の、神の敵を打ち砕かんと。
「あー。やる気なくすなー」
「なくても、やれ!」
そんな前衛に比べ、後衛は反応が鈍い。
「《理力の弾丸》」
矢が効きにくい相手とあってモチベーションは低いながらも、ラーシアが振るった魔法の短杖は三本がクリップで一括りされている、本気の攻撃。
それは狙いを過たず、アルサスが対峙する光と闇の巨人へと着弾した。
「O,ooooooooLLLLL」
三本の純粋魔力の矢は大渦から生まれた複合源素生物をよろめかせ、無視できない打撃を与えたが、致命傷には程遠い。
「ほらー」
ふてくされる寸前といったラーシアの姿は、すでにユウトの視界に入っていなかった。
今繰り広げられた光景の理不尽さに、心を奪われている。
そしてもうひとつ。
大渦の向こうに、もうひとつの入り口が見える。人間サイズの大きさしかないそれをくぐれば、複合源素生物をやり過ごすことはできそうだが……。
「どうしよ」
六源素に起源を持つ超能力を得意とするヨナも、どれにどう攻撃を放つか考えあぐねているようだった。
アルシアも、今は冷静に戦況を見定めて待機をしている。負傷者が出れば彼女の神術魔法が必要になるのだから、妥当な選択ではある。
そんな中、ヴァルトルーデたち前衛の奮闘は続いていた。
「その程度でッ」
氷炎の大蛇からの氷の吐息を討魔神剣の一閃で斬り裂いたヴァルトルーデへ、そんなものお見通しと炎の蛇身がねじくれながら巻き付こうとする。
締め付けながら、氷の吐息を放つのか。あるいは、焼きながら骨を砕き、喰らい尽くそうというのか。
いずれにしろ、生存は困難な攻撃に思えた。
「――神剣・円武」
ヴァルトルーデ以外であれば。
空中にありながら踊るようなステップで蛇身をかわし、討魔神剣を横薙ぎに振るった。天上に住まう天使を思わせる、華麗な剣技。
考え事にふけっていたユウトでさえも、思わず見惚れてしまう。
けれど、その威力は絶大。
炎そのものの蛇身が腹から切り裂かれ、苦し紛れに氷の吐息が放たれる。
その無作為な攻撃も、ヴァルトルーデを侵すことは叶わない。《精霊円護》の呪文により、すべて無効化される。
「しかし、硬いな」
討魔神剣を構え直しながら、ヴァルトルーデはつぶやく。
ラーシアのようにやさぐれてはいないし、負けるとも思わないが有効打に欠ける。
長引きそうな予感に、美しき聖堂騎士は改めて気合いを入れ直して、相対する火と氷の大蛇を鋭い視線で射貫いた。
「ふんっ」
その足下では、いつものようにエグザイルがただただスパイク・フレイルを振るい、叩き付け続けていた。
インパクトの瞬間、反動で血が流れるが、構いはしない。いつまでも、振るい続けるだろう。
我が身が砕け散るか、敵を粉砕するか。どちらが先か。ただ、それだけ。
ひとつ言えるのは、この岩巨人よりも頑丈な生物など、滅多に存在しないという当たり前の事実だけ。
「U、Grrrrrrrrrrrr」
頑丈な岩石の肉体すら破壊する打撃を受け、岩石の風獣が不機嫌そうに獅子吼する。
その威嚇に動じるエグザイルではなかったが、城壁のように頑丈極まりなかった風獣が、突然、バラバラになり突進をしてきたのには、思わず動きを止めた。
獅子の体を捨て去った複合源素の獣は、飛礫の群れとなってエグザイルの全身を叩きつけるとそのまま通過。
10メートルは離れた地点で、再び獅子の姿を取る。
「面白い」
ニィッとエグザイルが笑う。
今のは、初見だったのでまともに食らい、反撃もできなかった。
だが、次は、再結合の時に一撃は加えられるはずだ。その次には、向かってくる飛礫にも攻撃を加えられるだろう。
我が身が砕け散るか、敵を粉砕するか。
どちらが先か。ただ、それだけ。
一方、もう一人の聖堂騎士。
アルサス王子は、光と闇の巨人と正々堂々とした一騎打ちを繰り広げていた。
光と闇の巨人は二対の腕に光と闇の剣を装備し、遥か頭上から間断なく白と黒の斬撃を降り注がせる。
その風圧だけで体勢が崩され、光の剣が地面を穿ち破片がまき散らされた。
「くうぅっ」
アルサスは一歩も引かず、光と闇の剣をトレイターで受け止める。余りにも重たい一撃に、膝が折れ、足が鎧ごと地面にめり込む。
だが、次の攻撃の前には全身をバネにして光と闇の剣を跳ね返し、反撃を試みる。
「はぁっ」
足の部分を狙った一撃は、しかし、闇の剣に跳ね返され光と闇が絶え間なく表面を流れる、その巨体には届かない。
一進一退の攻防。
けれど、アルサスに気負いも焦りも無い。
その理由は、すぐに白日の下にさらされた。
何度目かの剣戟の音。
しかし、今回は異なる音が鳴り響いた。
「行くぞ、巨人よ」
今まではただ受け止めていた、金色の光を放つ宝剣トレイター。
それをアルサスはタイミングを合わせて光の剣に叩き付けた。澄んだ金属の衝突音が反響し、光の剣が砕け散る。
だが所詮は四本の内の一本だ。そう光と闇の巨人は変わらず斬撃を繰り出すが――その一本で均衡は崩れた。
密度が下がった攻撃の合間を縫って、アルサスが光と闇の巨人へ肉薄。
「R、UuuuuuuuLLL」
両手で握ったトレイターを叩き付けるように振るい、足を半ばから断ち切った。
さらに、一気にたたみかける――ことは、できなかった。
「ぐ、ぬっ」
鏡面のような体皮を切り裂くと当時に、光と闇の粒子が放出されアルサスの視界を塞ぐ。
再び仕切り直しとなった。
「《エレメンタル・ミサイル》」
そこへ、離れた位置から氷の矢による超能力の攻撃が、光と闇の巨人目がけて降り注ぐ。
火と水。風と土。光と闇。
相反する源素属性は優越する関係が存在する。そのため、ヨナはどの属性の超能力を使用するか考えていたようだが――最終的に面倒くさくなったらしい。
とりあえずいつもの攻撃が効きそうな敵に、放ってみただけ。
しかし、威力は充分。
アルサス王子の支援をしたわけではないが、この追撃は効果的だった。
(確かに、追いつめている)
どの戦線も、こちらが有利だ。
それはいい。
だが、ユウトの中で違和感だけが膨らんでいく。
彼はその違和感――直感に従い、呪文書のページを9枚切り裂いて自らの周囲に解き放った。
「《時間停止》」
周囲の刻を止める、第九階梯の大呪文。
魔術師の中でも大魔術師を名乗れる者はごくわずかだが、その中でも《時間停止》を使用できるのは、さらに一握り。
ユウトの世界が灰色一色になり、あれほどうるさかった大渦からの音も聞こえなくなる。戦闘状態のまま動きが停止した。
それを眺めやったユウトは、さらに呪文書のページを切り裂き、まずは光と闇の巨人の周囲に展開し、呪文を完成させた。
「《理力の棺》」
純粋な魔力の棺に、光と闇の巨人が囚われる。イグ=ヌス・ザド:アンブラルには、あっさり解除されたが、エレメンタルの一種であろうそれらに抗う術は無い。
続けて、ユウトはこの空間の奥。向こう側へと全力で移動する。
サッカーをやっていた頃にこの足があったら、快速フォワードとして有名になったかも知れないなと益体も無いことを考えつつ、更に巻物まで使用して残る二体も《理力の棺》で閉じ込めた。
持続時間は十五分程度か。なにをするにも、充分な時間だろう。
同時に、《時間停止》が解ける。
刻の支配者であったユウトが存分に力を振るった結果、仲間たちは純粋魔力の棺に囚われた複合源素の獣たちと、遠く離れた位置にいる彼を目撃することになった。
「こいつらを倒すのはマズイ。先に進むぞ」
命令ではないが、提案よりも強い声音。
その美貌に疑問の色すら浮かべず、ヴァルトルーデが即座に従った。忠犬のような行動の後を追ったわけではないだろうが、残されたアルシアたちもそれに続く。
エグザイルとアルサスは不満げではあったが。
「説明は、これからする」
全員が源素の大渦のあった空間を抜けたことを確認し、複合源素の怪物たちが棺を壊そうと躍起になっているのを見ても、ユウトはまだ気を抜いてはいなかった。
「ヨナ、塞いどいてくれ」
「《ウォール・アイアン》」
ユウトのお願いには応えないとねと、変化の乏しい表情で伝えつつ、超能力でその場に鉄の壁を生み出した。
「ありがと」
ヨナの頭を撫でてから、ユウトは説明責任を果たすべく口を開く。意図と判断を正しく伝えなくては、先に進めないのは明白だった。
「あいつらはたぶん、守護者だよ。だから、倒しちゃいけなかったんだ」




