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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第四章 闇の公子

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3.遺跡

「これはすごい。上から見ると、変な所だねー」

「すごいのか変なのか、どっちなのか」

「りょうほう?」


 いつもの瞬間移動(テレポート)ではなく、魔導師(ウォーロック)級呪文、《遠距離飛行(オーヴァーフライト)》でファルヴの城塞を文字通り飛び立った一行。

 空の旅に障害はなく、ほんの数十分で目的地の上空に到着する。


 ケラの森の中央。

 今まで人目が触れることのなかったその場所は、ラーシアやヨナの言うとおり極めて不自然な状態だった。


 森、砂漠、草原、山地、河、沼。

 あらゆる地形がその狭い一帯に集い、格子状に散らばっている。まるで、自然のモザイク模様だ。


「変では済まぬであろう、これは」

「イスタス伯に同感だな。以前から、このような?」

「いいえ。何度か上空を通過したことはありますが、こんなことはありませんでした」

「この土地を守っていた自然崇拝者(ドルイド)がいなくなったからかしら?」

「集っているという六源素の影響だろうけど、封印のようなものが緩み始めているのかも……」


 いずれにしろ、猶予はあまり無さそうだ。

 速度を緩めることなく、中央の草原へと着陸する。


「ヴァル、方角は分かるか?」

「たぶん、こっちだな」

「私も、そちらに神殿の存在を感じる」


 アルサスとヴァルトルーデ。地上に降り立ったヘレノニアに仕える聖堂騎士(パラディン)二人が、同じ方向を指し示す。

 信仰する神の神殿の位置を、本能的に悟っているのだ。


「足跡も、そっちから来てるね」


 草原に残っていた不死の怪物(アンデッド)たちの痕跡を調べていたラーシアも、その話を裏付ける。

 ユウトは、素早く指示を送った。


「隊列は、ラーシアが先行。先頭に、ヴァルと殿下。その後ろに俺とアルシア姐さん。後ろは、エグザイルのおっさんとヨナな」

「はいはーい。さくさく行くよ」


 即座にフォーメーションを組む一行に、急いでアルサスもユウトの前に立つ。

 恐らくは、これが最適解。躊躇なくその中に自分を組み込んだことをアルサスは驚き、それ以上に喜んでいた。


 だが、そんな感情とは別に行軍は進む。


 ユウトが出発前に必要とした三十分は、様々な呪文を付与し、強化をするための時間だった。

 《増速(アクセル)》で上昇した移動速度は、ただの速歩が全力疾走に等しい。もちろん、そんなものは支援呪文の初歩も初歩。

 イグ=ヌス・ザドと対峙したときと同じく、数多の呪文が、それこそアルサスが引くほど付与されていた。


 そんな一行だったが、あまり周囲を警戒しているようには見えない。

 ラーシアが先行して安全を確認しつつ、 《タクチュアル・サイト》を使用したヨナが二重の警戒網を敷く。

 なにが出てきても、奇襲や不意打ちを受けることは考えにくい。それ故、無駄な緊張は必要なかった。


「外に溢れてはいないみたいだな」

「不幸中の幸いかしら」

「油断は禁物だぞ」

「だが、少しくらいは出てきてくれないと、オレの出番が無い」

「だねー」


 ピクニックよりは緊迫しているといった風情で、不可思議な地形を駆け抜けていく。草原を越え、砂漠を抜け、沼沢地は避け、先へ進む。


 何事も起こらず、数十分ほどの移動で目的地に到着した。


「ここで間違いなさそうだね」

「遺跡……とは聞いていたが、実際目の当たりにすると物悲しいな」


 アルサス王子の感想を、ヴァルトルーデが哀しげな瞳で首肯した。仕える神は違えど、その気持ちは分かるのだろう。アルシアが軽くヴァルトルーデの手を握る。


「遺跡なんて、こんなもんじゃない?」


 一方、そんな機微など知らぬと草原の種族(マグナー)は、変わらぬ口調と足取りで半壊した建物へと一人足を踏み入れた。


 もしかしたら、半壊とは正確な表現ではないかも知れない。


 現在のブルーワーズの建築様式よりも古い、潰れた箱のような神殿。

 元は白亜の建物だったのだろうが、今は苔むし曇天の空のような灰色に薄汚れている。壁か柱が壊れているのだろう、建物自体傾いており入り口も歪んでいた。

 その入り口までの階段も、所々ひび割れ雑草が繁茂し、時の経過を物語っている。

 もはや建立当時の姿を想像するのも難しく、人が訪れることの無い神殿は、半壊ではなく、完全に崩壊していないだけだった。


「一人で行かせて良かったのか?」

「ヨナ、俺たち以外の気配はあるか?」

「ない」

「それでは、我々は邪魔になるだけですね。ラーシア一人に任せて大丈夫です」


 アルサス王子のもっともな質問に、ユウトは確認を取ってから答えた。

 実際、罠に巻き込まれることが無いよう、盗賊(ローグ)一人先行させるのは定跡といえる。


「そういうものなのか……」


 やや納得できないという雰囲気を醸し出しつつも、アルサスはそれ以上はなにも言わない。実際、ヴァルトルーデも当然のようにしているため、認めるしかないのだが。


「とりあえず、この中に危険はなさそうだよ」


 待つこと数分。

 いや、たったの数分で、ラーシアが神殿の中から招集をかける。


「行くぞ」


 ヴァルトルーデが先頭に立ち、先ほどまでと同じ隊列で崩壊した神殿へと侵入する。


 内部も、外観と印象はそう変わらなかった。

 壁や装飾は大部分が崩れ落ち、かつては祭壇だったであろう場所も見る影も無い。ヘレノニアの神殿であるという事実は、祭壇の後ろに刻まれた長剣と雷のシンボルでかろうじて確認できる程度。


「ここが、その儀式の祭壇なのか?」

「いや、なにも力は感じられないが……」


 真っ先に入った先頭の二人が困惑の声を上げる。


「もちろん、これで終わりとかありえないでしょ」

「隠し扉とか、ある。ぜったい」


 事前の情報とも異なる。

 確信と共にラーシアが床を丹念に調べだし、念のためヨナは壁や天井に意識を向ける。


「あー。やっぱ地下への階段があった」


 崩壊した神殿の左隅でラーシアが歓声を上げる。


「そりゃそうだよな」


 その報告を受けて、ユウトはほっとしたような声を出し、エグザイルは無言で錨のように巨大なスパイク・フレイルを構え直す。


「負けた……」

「どっちが先に見つけるか。勝負してたのかよ」


 対抗心があるのは悪いことじゃないかと、ユウトは苦笑して済ます。


「ま、隠し扉っていうほど意地悪でもなかったけどね」

「以前、建物の中ではなく、外側に隠し通路への扉が隠されていることがありましたね」

「あれはひどかったな」


 心理的な盲点を突かれたという面もあるが、ようやくそれに気付いた時には肉体的な疲労もひどかった。

 ラーシアが器用に石板状の床板にピックのような解除道具を差し入れ、慎重に地下への扉を開封しようとする。


「あー。一応、罠はあるんだ」


 少しだけ考え込んだラーシアは、けれど平然と作業を続けた。

 床板を取り外すと、長い時を経て地下への階段が姿を現す。

 そのまま仲間たちには何も言わず、振り返りもせずにラーシアは階段を下り始めた。


「あぶないっ」


 そのラーシア目がけて、横の壁から何本もの槍が飛び出てきた。槍衾のようなそれが、草原の種族の小さな体を貫く――ことは無かった。


「……ラーシア、せめてなんか言ってから発動させろよ」

「だって、ボクの身長じゃこいつら素通りするって分かってたし」


 アルサス王子の警告とユウトの愚痴にも平然と、魔法具のダガーで飛び出た槍の柄を切り落として安全を確保する。


 そう。

 侵入者を拒む罠は、すべてラーシアの頭上を虚しく通過していた。それが分かっていたからこそ、わざと発動させたのだが。


「普通の人間のために作られていたということか」

「それか。この罠を作ったのが人間で、ドワーフとか草原の種族のサイズを忘れてたってのもあるかなー」

「だが、心臓に悪い。アマクサ卿の言うとおり、警告は発してくれ」

「アマクサ卿って。まだ貴族じゃないんですけど……」

「なにを仰るのやら、アマクサ卿。王子殿下のお言葉とあっては、無視するわけにはいかないよね、アマクサ卿」

「ラーシア、てめえ……」


 そんな二人のやりとりに、ヴァルトルーデとアルシアはこっそり微笑を浮かべる。


「どうでもいい。いこ」


 空気を読んでいるのかいないのか。

 ヨナのその言葉で再び気を引き締め、階段を地下へ降りていった。





 地下は、あまり人の手が入っていない自然の洞窟に近かった。

 ごつごつとした岩肌がむき出しになった床や壁は歩きにくく、人が二人並ぶのがやっと。エグザイルでは、ヨナの組み合わせでも二人は難しい。

 脇道も多く、蟻や蜂の巣を連想させる構造。


 また、当然ながら明かりも無い。

 普通であれば、燈火(ライト)の呪文や松明・ランタンといった光源を用意するのだが、もちろん、彼らは普通ではなかった。

 暗視能力を得る呪文を全員に付与したヴァルトルーデたちは、完全な闇の中を、《増速》の加護もあって風のようにその遺跡を駆け抜けていく。


「敵」

「前から、三体」


 ヨナとラーシアの警告を受け、ヴァルトルーデとアルサスが剣を構えた。

 相手は、塚人。

 闇の中にぼんやりと輪郭が光り、こちらへ近づいていくるのが分かる。


「はっ」


 最初に駆けだしたのはヴァルトルーデだ。

 ヘレノニアの聖堂騎士は、抜群の反射速度で一体の塚人の懐へと入り、討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを一閃させた。


 それで、終わり。

 あっさりと上半身と下半身を両断し、その聖なる力により塚人の体は光の粒子となって消え去った。


「いくぞ」


 攻撃を放った後のヴァルトルーデへ残った二体の塚人が襲いかかる前に、アルサスがすでに詰めていた。

 ロートシルト王国の宝剣トレイターで一体の首をはね、ようやく反応した最後の塚人からの両手の爪による攻撃は、まるで自動的に(・・・・)スライドしたかのようにトレイターで受け止める。


 そのまま刀身をくるりと反転させて両腕を落とし、続けて頭頂部から股間まで、一刀のもとに両断する。

 ペースを乱されっぱなしではあったが、彼とてヴァルトルーデに比肩する勇者。

 塚人程度に、後れを取ることは無い。


「む。新手か」


 前方は完全に任せて後ろを警戒していたエグザイルが、新たな不死の怪物を察知する。


 すでに格闘距離にまで肉薄されていた。

 そこまでの接近を許したのは、今までのように実体のある存在ではなく、半透明の死霊が床や壁から突然姿を現したからに他ならない。


幽霊(ゴースト)か」


 触れられただけで、生気を吸い取り哀れな犠牲者を同族にするという恐るべき不死の怪物。


 しかし、これすら彼らの敵ではなかった。

 スパイクフレイルの一撃は、衝撃は与えたものの消滅させるには至らない。逆に、負の感情をむき出しにしてエグザイルの巨体を蹂躙するが、こちらも岩のような肉体は小動もしない。

 元々の頑健さもあっただろうが、霊体の攻撃から身を守る《生命の防壁(ヴァイタルウォール)》の効果もあった。


 さらに言葉を重ねるならば、この呪文があるからこそエグザイルは防御を捨てていたとも言える。


「死は忌むべきものに非ず。死後の安寧を約束する慈悲深き御方よ。さまよえる魂を救い給え」


 その間に、アルシアは聖句を読み上げる。


「――退散」


 不死者退散の儀式が完成すると同時に、彼女の全身から聖なる波動が溢れ出し、周囲を一瞬で浄化する。


 生者には加護を。

 死者には祝福を。


 ユウトたちが暖かな光に包まれると同時に、幽霊たちも洗い流されるかのように魂が天へと昇っていく。

 再び、闇が訪れた。


「圧倒的だな」

「だねー」


 最高峰の聖堂騎士が二人に、死と魔術の女神の大司教(パトリアーチ)

 不死の怪物を相手取るのに、これほど頼もしい味方もないだろう。

 こんな遭遇を既に数度経験していたが、いずれもユウトやヨナに出番は無かった。


「オレの出番も、ないな」


 そんなエグザイルの愚痴は、贅沢極まりない。


「ボクは楽で良いけどね。あいつら、内臓とか無いし」

「あったら不死の怪物じゃあ、ねえよな」


 不死の怪物の出現も軽く流していたが、当然、その不自然さは認識していた。

 突然、それこそ空間が歪んだかのように不死の怪物たちが現れ、種類も数も明らかに異常だ。

 それでも深く気にしていないのは、ある意味予想通りであったこと。


 そして――


「やっぱり、なにがあったのかはよく分からないな」

「そうだねぇ」


 不死の怪物が出現する度に、ユウトとラーシア。二人の理術呪文の使い手が《魔力感知(センス・マジック)》を使用しても手がかりひとつ得られないことが理由だった。


「そうか。やはり、先へ進むしかないようだな」

「問題ない。どちらにしろ、私は祭壇へ赴かねばならないのだから」


 やることは変わらない。また、この程度の不死の怪物たちなど脅威にもならない。


 再び、罠にだけは警戒しつつ、地下へ地下へと降りていく。


 様子が変わったのは、更に数度も不死の怪物との遭遇を乗り越えた後だった。

 ガコンガコンと、まるで巨大な歯車が回っているかのような音と振動が洞窟内に響き渡る。見れば、前方の穴からあり得ない光が溢れ出していた。


「…………」


 誰も言葉を発しない。

 だが、一瞬で雰囲気が変わった。

 それに飲まれぬよう自分を叱咤しつつ、アルサスも前方へ集中する。


「先に行くよ」


 ラーシアが先行し、前方の空間をのぞき込んだ。

 ぴくりと背が震え、動きが止まる。


 だが、それも一瞬。

 振り返りながら手招きして、仲間たちをその空間へと誘導した。


「これは……」


 さすがのヴァルトルーデも、感心と驚きの声を上げざるを得なかった。それを、誰も咎めはしない。

 彼女がそうしなかったならば、自分が驚愕の声を上げていただろうと、分かっていたからだ。


 黄、青、赤、紫、白、黒。

 六色の虹のような大渦が、空間の中心で音を立てて回転していた。


 地下とは思えないかなり広大な空間。恐らく、直径30メートルはあるだろう円形の部屋だ。まるで、この大渦が掘削し、形作ったかのよう。


「これが、チャールトン王の言っていた……」


 この存在があったから、神殿が作られたのか。

 なぜ、こんなものがあるのか。

 入念に呪文で鑑定し、多元大全を用いたならば、判明したかも知れない。


 しかし、彼らにそんな余裕は与えられなかった。

 渦の中から弾け出るように、三体のモンスターが姿を現した。


 一体は、空中でのたうつ蛇。

 炎のように燃える体を持ち、口腔からは氷の吐息を吐き出している。


 一体は、竜巻を纏う岩石でできた獅子。

 岩石の体は分離と結合を繰り返し、突風が円形の空間に渦巻いている。


 一体は、光と闇が入り交じった巨人。

 無貌で四腕の巨体は、まるで溶かした絵の具のように体の表面を光と闇が覆い、流れている。


「なぜ敵対するのかは分からぬが……」

「敵なら潰すだけだな」


 疑問も躊躇も無い。

 ヴァルトルーデとエグザイルが素早く前に出て、相対すべき敵を見定め、アルサス王子もそれに続いた。

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