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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第二章 実践編
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3.大賢者ヴァイナマリネン

男しか出ない話になってしまいました。

地味で申し訳ありません。

「金が減らない……」


 メインツの街にヴァルトルーデを残し、ユウトは王都セジュールの自宅に戻っていた。祝賀会と壮行会とその他諸々が重なった集い――つまり、宴会に主賓がいないわけにはいかないだろう。


 だが、ユウトは仕事が山積みだった。それに、外せない約束もある。ヴァルトルーデは、頃合いを見て《瞬間移動(テレポート)》で迎えに行けばいい。

 そもそも、昼間にヴァルトルーデが酔い潰したのに更に宴会などと、ドワーフの肝臓はどうなっているのか。未成年のユウトが付き合いきれるはずもない。


 今は、自室のベッドに寝っ転がりながらジャイアントから得た戦利品の確認をしているところだった。


 この世界では羊皮紙が一般的なのだが、ユウトが眺めているのは植物が原料の白い紙。地球から持ち込んだボールペンを行儀悪くくわえて、難しい表情を浮かべている。

 原料からそれに見合った物品を作る呪文《製造(クラフト)》で、個人的に使う分だけと言い訳して作った洋紙だ。

 ボールペンを惜しみなく使えるのは、《物品修理(リペア)》の呪文でインクも満タンに戻ると気付いたから。

 魔法具には効果が無いのだが、今も身に着けている高校の制服を清潔に保つのにも使用している。ユウトにとっては必須の便利呪文だった。


「やっぱりだ。メインツに置いてきた分よりもジャイアントの財宝の方が多くなっちまったぞ」


 何度か計算結果を確認したが、結論は変わらない。


 ジャイアントの集落には金貨だけでなく、どこで手に入れたのか宝飾品や(ユウトたちにとっては)大した強さではないが魔法が付与された武器もあった。

 ブルーワーズでは、モンスターの財産は基本的に倒したものに所有権がある。

 すべて換金したわけではないし、ある程度はジャイアントによる被害の補償もしなくてはならないが、黒字になるのは間違いなさそうだ。


「まあ、金はあって困るもんじゃない。どんどん投資しよう」


 それで罪悪感を振り切ったユウトが財宝の計算用紙を投げ捨て起き上がると――眼前にいきなり禿と髭の生命体が生えていた。


「そうじゃな。金を貯め込むなど、阿呆のやることよ」

「うおおおおお、じじいいいい」


 悲鳴を上げ、ベッドを後退るユウト。無意識に心臓を押さえているところを見ると、命の危機を感じるほどの驚きだったのだろう。


「ぎゃひゃひゃひゃひゃ。良い反応じゃのう」

「不法侵入までは許すけど、常識的な振る舞いをしてくれよ」

「小僧! この! 儂に! 常識を! 語るか!」


 大音声に思わずユウトは耳を押さえた。やろうと思えば《静寂(サイレンス)》の巻物(スクロール)も取り出せただろうが、そうしない辺り、かなり追い詰められていたのかも知れない。

 そんなユウトを、目の前の老人は面白そうに笑っている。指をさしていないのが不思議なほどだ。


「もう少し、自分の社会的地位ってもんをわきまえてほしいもんだな、大賢者ヴァイナマリネン様には」

「そんなもの、儂の知ったことか!」


 そしてまた、なにがおかしいのか呵々大笑する。

 処置無しと、ユウトは髪をかきむしって再びベッドに倒れ込んだ。

 発明者の名前を冠し、ヒューバードのベッドと呼ばれるこの特別な寝台は、通常の睡眠時間の半分で充分な休息を得られるという地球で大量生産できたら一財産築けそうな魔法具だった。


 だが、ユウトのストレスを解消してくれるまでの機能はない。


 それにしても……。

 この子供のような老人が、ブルーワーズで最も有名であり信望を集める大賢者ヴァイナマリネンだとは、実像を知らない者は誰も信じようとしないだろう。


 大賢者ヴァイナマリネンといえば、攻略不可能と言われていた百層迷宮を踏破した冒険者『パス・ファインダーズ』の一員であり、たった一人で天上世界へ赴き叡智を手に入れ、今は何処かの深山幽谷に存在するという八円の塔に隠棲しているという。

 数々の呪文を開発し、王族が助言を求めるのもしばしばで、だがそれを袖にしておきながら力なき民の言葉に耳を傾ける徳者としても知られているが……。


「実態は、ただのクソジジイだ」

「そんなことはどうでも良い。さっさと、今日の授業を始めるぞ」


 ほれほれと、まるで子供のように大賢者がユウトをベッドから引っ張り出す。


 若い頃は冒険者として活動していただけあって、大賢者という敬称から連想する枯れ木のような老人のイメージとは違い、節くれ立った指は太く力も強かった。

 体力など、この年齢で元サッカー部のユウトよりも上かも知れない。腰に差している魔剣は、ユウトでは両手でも構えられないだろう。


「まあ、そのために帰ってきたからやるけどさ……」


 ベッドの脇に置いている通学鞄を持って、誰もいないリビングへと移動した。ヴァイナマリネンも大人しく、しかし、堂々とその後についていく。

 ユウトがわずか一年でブルーワーズ有数の魔術師へと成長したのは、大賢者ヴァイナマリネンの教えがあったから――ではない。


 そう。

 生徒は大賢者ヴァイナマリネン。ユウトが教えているのは歴史。ただし、地球の歴史。いわゆる、世界史だ。


「前回はどこまでやったっけ?」


 リビングの椅子に腰掛けながら、ユウトがめんどくさそうに年上の生徒に尋ねる。


「ルネサンスとかいう時代の話だったな。後進地域が先進地域の文化に触れてハッスルした話をしたわ」

「なんか悪意のある言い方だな」


 しかし、概ね間違ってはいなかった。


「おお、そうだ。このルネサンスの三大発明というやつな」


 太字で強調されている用語を指さし、大賢者が疑問をぶつける。


「羅針盤は分かる。航海になくてはならぬだろうからな。狭い地域から外に出るためには重要であろう。活版印刷も、実物を目にしたことがないから分からぬが、手書き以外で本を出せるというのは画期的だな」


 驚くべきことに、ヴァイナマリネンはすでに日本語の読み書きをマスターしていた。ユウトは、日本語の授業などしていないのにである。

 世界転移の影響か、なにもせずにブルーワーズの共通語の読み書きを習得していたユウトは、少し後ろめたい感情を覚えてしまう。


 読み書きができない、ヴァルトルーデに対しても。


「だが、火薬が分からん。確かに便利であろうが、それで世界が変わるものか?」


 この世界にも、あまり普及はしていないが火薬の製法は発見されている。しかし、有効活用はされていなかった。


「俺の故郷――地球には魔法なんか無いんだよ。だから、火薬の爆発力は魔法みたいなもんだし、武器になるんだ」


 常識というよりは、ユウトにとっては当たり前だから、きちんと説明していなかった。


「武器ってのは大砲とか鉄砲のことで――鉄の筒の中で火薬を爆発させて弾丸を撃ち出す仕組みなんだけど」

「ふむ」


 まだ納得していないのか。ヴァイナマリネンが腕を組んで考え込む。

 世界史の教科書には、二人とも触れていない。一応通学鞄は持ってきているが、資料集を出そうともしていなかった。

 大学受験を目指しているわけでもないのだから、年号を憶える必要もない。趣味の延長線上のようなものだ。


「鉄砲は、歩兵……農民兵が騎士を殺せるんだ。引き金を引くだけで」


 火縄銃を撃つ真似をしながら、ユウトは説明を続ける。


「何百丁もの鉄砲を撃つだけで、当たらなくても音で威嚇できる。そして、弓なんかに比べて訓練が簡単」

「なんだと!」 


 ドンッと最高級の黒檀を使ったテーブルに拳を叩きつけ、にゅうっと顔をユウトへと突き出す大賢者。


「近えよ、じいさん!」

「それでは、王など不要になるではないか!」

「は? え?」


 ヴァイナマリネンの叫びに鼓膜が震える。それ以上に、真意が分からなくてユウトは数秒間フリーズしてしまった。


「いきなり、時代を進めすぎなんだよ!」


 鉄砲と、王権の衰退。

 その数世紀に及ぶミッシングリンクを埋めたユウトが、いかつい大賢者の顔を両手で押しやりながら対抗するように声を上げる。


 二人の授業は、概ね祖父と孫がじゃれ合うように進んでいった。





「おお、そういえばな」


 その日の世界史講義を終え、思い出したかのようにヴァイナマリネンが言った。


 本当に、良い笑顔で。


 それに比例し、ユウトの中で警戒ゲージが上がっていく。


「街作りに役立つ、いい呪文があるぞぉ」

「大賢者のおすすめかぁ」


 あまり呪文――ユウトにしかできない手段で発展をさせるのは良くないとは思っているのだが、役に立つとなれば知りたくなるのが人情だ。

 ユウトは、思わず身を乗り出して飛びつきそうになったが、寸前で思いとどまる。


「……どうせトンデモ呪文だろ?」

「失礼な奴め」


 大賢者が灰色のローブに手を突っ込んでまさぐり、丸まった羊皮紙――呪文の巻物を取り出た。


「ああ、こいつだこいつ」


 それを、黒檀のテーブルの上に広げる。


「《島嶼隆起(スウェル・アイランド)》。海にいきなり島が現れる呪文だぞ」

「土地余ってるんだよ!」


 そうは言いつつも巻物の内容に、興味津々で目を通すユウト。魔術師故の知的好奇心だろう。


 呪文の記された巻物の用途のひとつは、呪文の習得だ。

 丹念に読み込み記憶をすることで、巻物から呪文は失われ、魔術師の脳内にある記憶領域へと移動する。

 魔術師が呪文を使用するためには、今度は記憶領域内の呪文を呪文書へと転送する必要があるのだが、一日に転送できる数には限りがある。

 そのセレクトも、魔術師の重要なセンスのひとつ。


 とはいえ、それだけですべてを満たせるはずもない。


 そこで、巻物の用途のもうひとつ。

 この巻物自体を呪文書のページのように使用することで、呪文を発動することもできる。ただし、威力は最低限で、一度使ってしまえばそれまでだ。

 それに、巻物を記すだけでもそれなりの労力を使用するため、レパートリーは増えるがデメリットも大きい。


 しかし、この呪文は……。


「なあ、じいさん。こいつはいわゆる、亜神級呪文(イモータリィスペル)じゃないか?」

「島を隆起させるような呪文が、ヒヨッコ共に使いこなせるわけが無かろう」

「俺も、まだそのヒヨッコだよ!」


 問答無用で却下だった。


「張り合いの無い奴だな。その分だと、甲斐性も無さそうだな!」

「本当に余計なお世話だよ!」

「おお、余計なお世話と言えば、頼まれとったファルヴの土地の改造計画だ」


 もう一枚、羊皮紙をテーブルに放る。


「最初からこっちを渡してくれよ」


 ひったくるようにして取り上げたユウトが、真剣に書類を目に通していく。

 それは、街の設計図のようなものだった。

 整地や区画整備などが必要だが、それはユウトでどうとでもできるだろう。しかし、都市計画など、ユウトの手に余る。

 そこで大賢者ヴァイナマリネンを頼ったのだが……。


「俺が頼んだのとは、だいぶ違わないか?」


 ユウトは、あの城塞も城壁の一部として活用する気で、街は碁盤の目のように整備するつもりだったのだが。

 大賢者が寄越した図では、城塞は街の中心にある。

 そこから大まかに四つ――宗教教育などの文化区画、行政軍事区画、商業区画、居住区画に――に分かれ、同心円状に街が広がるようになっていた。

 あくまでも概略で、実際には側を流れる貴婦人川を利用した上下水道の整備計画なども含まれた、もっと細かい計画なのだが。


 それは良いとしても……。


「なあ、じいさんよ。これ、城壁がないんだが?」

「要らん要らん。そんなもんで街の限界を決めてしまうのは、バカらしいわ」

「いや、要るだろ。俺がこっちに来てから見たそこそこ大きな街は、みんな城壁があったぞ」

「つまり、お前さんの故郷にはなかったわけだ」

「そう、だけど……」


 テレビで見た大河ドラマを思い浮かべるユウト。


(堀ぐらいはあるか。でも、城の回りだしな)


 城壁がないのは、確かだった。


「壁が必要なのは、人間同士で戦うからであろうよ。あの周辺で、その可能性は無かろう」

「そりゃそうだけど、ゴブリンとかいるだろ……」

「そんなもんはあれだ、悪相排斥の防壁ウォール・オブ・ヴァーチューで充分よ!」


 物理的な防御ではなく、呪文で城壁を作る。それは盲点だった。


 ヴァイナマリネンがいう《悪相排斥の防壁》では例えばゴブリンたちが放つ弓矢は防げないが、ゴブリンたちの侵入は防ぐことができる。

 ユウトやアルシアがいれば、徒党をなしたゴブリンたちの接近に気付かないはずもないから、住民は城塞に避難をさせればそれで良い。

 言われてみれば、実に合理的だった。


「っていや、《悪相排斥の防壁》を街中に巡らすって、どんだけ大変だと思ってるんだよ」

「できぬのか?」

「できる……けど……」


 できる。並の術者では無理だし、ユウト自身は使えない呪文だが、彼の仲間たちならできる。


「そうなると、銀が大量に必要だな……」


《悪相排斥の防壁》を使用するためには、銀の粉末で線を描かねばならない。街ひとつ分となると、相当だろう。


「明日は、ハーデントゥルムに行ってみるか」


ハーデントゥルムもハーデントゥルムでいくつかの問題がある。


 海賊の船が沈没して港の入り口が閉塞されてしまっていること。それに、先日の嵐で港湾施設に被害が出ていること。

 下調べした結果判明した表面的な問題を頭に浮かべながら、ユウトは計画の前倒しを決意する。


 予定とは異なるが、冒険者時代から予定通りに行かないことの方が多い。これもまた、ユウトの日常だった。

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