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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第四章 闇の公子

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1.大賢者と神託

「面白いものが見られると聞いて、来たぞ」


 禿頭の老人。

 立派な髭を生やした大賢者ヴァイナマリネン。

 彼が姿を現したのは、食堂で《祝宴ディヴァイン・フィースト》による朝食を摂っている真っ最中だった。


 緊急事態と判断し、今日以降のすべての予定は中止。打ち合わせも兼ねて、九人が集まっていた。

 この打ち合わせが終われば、早速現地に飛ぶ予定。今のところ、ケラの森に大きな異変が起こっていないことは、ミラー・オブ・ファーフロムで確認済だった。


「……ねぇ、勇人。いったい、どなた?」

「ああ、これが噂の大賢者ヴァイナマリネンさまだ」


 瞬間移動(テレポート)で突然現れた背の高い老人に、アルサス王子、ユーディット、そしてアカネは目を丸くする。


「大賢者……。強烈ね……」


 どれだけの声望を得ているか知らないアカネはそれで済ませたが、アルサスはあわてて席から立ち上がる。


「お初にお目にかかり――」

「そういうのは、いらん」


 めんどくさそうに手を振った老人は、勝手に空いている席に腰を下ろした。


「呼んだのは俺だけど、五分五分だと思ってた」


 なにしろ、夜に連絡を取ってその翌朝だ。友達を呼ぶのだって、もう少し難しい。


「我が師からの呼び出しだからな。断るわけにもいくまいよ」

「……我が師?」


 百層迷宮を攻略した伝説の冒険者『パス・ファインダーズ』の一員。

 天上で叡智を手にし、数々の呪文を開発した大魔術師(アーク・メイジ)の中の大魔術師。

 深山幽谷に隠棲しながら王族から民まで、多くの言葉聞く大賢者。

 功績を挙げれば、それこそ枚挙に暇がない。


 豪傑のように笑うそんな大賢者の言葉を、聞き間違いかと、アルサス王子は目を白黒させた。聞いていた話とは逆であったし、なによりあの大賢者の師など意味が分からない。


「その辺は深く考えないでください。我々が留守にする間、ヴァイナマリネンにいてもらいます」

「それは、願ってもない話だが……」

「気にするでないわ。ワシなど、二人目の異界人に釣られてきただけのジジイよ」

「ただのジジイなら、いてもらう必要がないわけだが」

「理術呪文が世界一得意なジジイでもか?」

「よろしくお願いします」


 そんな師弟の会話も、ヴァルトルーデたちには特に驚きも感銘も与えなかったようだ。

 アルシア以外は平然と食事を続け、アルシアは呪文を調節してもう一人分の食事を生み出そうとしている最中。ヴァイナマリネン自身は、それを待たずにかごの中のパンへ手を伸ばし、ヨナから白い目を向けられていた。


 呆然として未だ回復していないアルサスとユーディットは、フリーダムでフットワークの軽い大賢者の被害者と言えるだろう。

 最大の被害者は、別にいるのだが。


「あれ? なんか私がおもてなしする感じになってない?」


 ユウトたちがアルサス王子を伴ってとある場所の調査へ赴く。

 それは聞いていたアカネだったが、逆に言うと、それ以上の説明はなかった。事細かに説明しても心配させるだけと思われているのだろうが、その判断を認めつつも、疎外感はある。


「ノートに、電子書籍入ってるだろ?」

「う。まあ、あるけど……」

「ジジイやユーディット嬢と、マンガでも読みながら待っててくれよ」

「でも、言葉が……」

「心配無用。日本語なら、マスターしておる」

「ええーー?」 


 驚くと同時に、余計なことしてるんじゃないわよとアカネから睨まれるユウト。


「言語をひとつ。それも、異世界のそれをマスターか。さすが、大賢者だな……」

「ヴァルは泣いても許されると思う」


 悲嘆に暮れる聖堂騎士(パラディン)を慰めるアルビノの少女を横目で見つつ、ユウトはフォローを試みる。


「ヴァイナマリネンのジイさんなら、自動翻訳する魔法具(マジック・アイテム)ぐらい、いくらでも持ってんだろ。別に日本語憶えたとか、関係ないよ」

「ユウトくん、それは慰めにならないわ」

「あれ?」


 どこで失敗したのか。結果は、ヴァルトルーデに哀しそうに睨まれるだけに終わった。まあ、それはそれで成果無しとも言えない。


「それで、儂はここにいればいいのだな?」


 岩魚の炭火焼き(グリエ)を豪快にロゼワインで流し込みながら、一応は確認しておくかという態度でヴァイナマリネンが聞く。


「別に、そっちに同行しても構わんが」

「絶対、そんなつもりないだろ」


 苦々しい顔で否定するユウトの言葉を、大賢者は笑って吹き飛ばす。


「分かった分かった。やりすぎんように気をつけるわい」

「それはマジで頼むぞ、ジイさん」

「大船に乗ったつもりで任せておけい」

「だけど、大和さんでも撃沈するのよね……」


 アカネの心配そうな言葉。

 けれど、ユウトはそれに答えられない。敵に回すと厄介だが、味方にしても心配な老人だ。


「とりあえず、漫画の読み方でも教わりながら、なんかあったら穏便に対処してほしい。穏便に」

「前に言うとった、絵と文章が一体になった表現技法だな。お主が描いた絵じゃ、まったく伝わらなんだが」

「くっ。俺は美術3だそ。普通だ。朱音が異常なんだよ」

「ほう。そっちの嬢ちゃんは漫画が描けるのか」

「勇人……」


 今度は完全に失言だった。

 心の中で、アカネへ土下座する。


「あの、それでわたくしはどうしたら……?」


 強烈な個性の大賢者に押され、ユーディットはおろおろするばかりだった。





 大賢者ヴァイナマリネンとアカネ、それにユーディットの居残り組は、別室へと移動した。日本の漫画が異世界へ羽ばたく瞬間は、もうすぐそこだ。


「懸案はひとつ片付いたな」

「知っているぞ。こういうのを自作自演というのだろう」


 微妙に違うが、ヴァルトルーデが得意そうなので否定はしない。


「それで、アルシア姐さん。神託の結果を聞いてもいい?」

「ええ、もちろん」


 この朝、最も忙しく働いていたのは――急な予定変更で休む間もないクロードを除けば――このアルシアだっただろう。

 しかしそんなことはおくびにも出さず、紅の眼帯を身につけた死と魔術の女神の大司教(パトリアーチ)は、授かった神託の内容を説明していく。


「まず、少なくともこの一日以内に大きな災厄が発生する可能性は低いようだわ。これは、大量に駆除してくれたラーシアのお陰ね」

「もっと誉めていいよ」


 椅子の上でふんぞり返るラーシアの頭を、隣に座るエグザイルが子供をあやすようにぽんぽんと撫でる。


「あれぇ? 思ってたのと、なんか違う……」

「一方、自然崇拝者(ドルイド)たちは、もう手遅れと考えた方が良さそうね」

「そうか……」


 村落ひとつが消滅したという結果に、皆が――ラーシアやヨナも――沈痛な表情を浮かべる。もちろん、万能でも無謬でもないが、自分たちの力があればなにかはできたと思ってしまう。


「それで、アルシア。不死の怪物(アンデッド)はどこから現れたか分かったか?」


 ヴァルトルーデの一言で漂っていた重い空気が取り払われた。今は、その不幸を悼むよりも先にやるべきことがある。


「不明――というよりは、出所はひとつではないのかも知れないわ」

「曖昧な話だな」


 アルサス王子の感想に同意しつつも、ユウトは説明をする。


「神託は、必ず望む答えが得られるとは限りませんから」

「質問の仕方が悪かったのか、本当に元が複数あるのかもしれないわ」

「ってことは、王都の不死の怪物の噂と関連があるのは、間違いないんだよね?」

「初めて話を聞いたときから気になっていたのだが、なぜあの場所にヘレノニア神の祭壇があるのだ?」

「なぜって……」


 ロートシルトの王は、代々ヘレノニアの聖堂騎士である。その王の証を立てるための儀式がその版図にある。なんの矛盾もない……はずだ。


「ユウトがそういうのであれば私の勘違いかも知れないが、順番が逆なのではないか?」

「最初に祭壇っていうのがあって、王様は後から来たんじゃないかってこと?」


 ヨナの確認に、ヴァルトルーデが静かにうなずく。


「つまり、ヴァルが言いたいのはこういうことですか? ロートシルト王家が儀式のために祭壇を作ったのではなく、元々あった施設を儀式のために使用していたのではないかと」


 そのアルシアからの推論を受けて、アルサス王子に視線が集まる。

 だが、彼には小さく首を振ることしかできなかった。


「その説の真偽を判定する情報を、私は持ち合わせていない。父が知っているか、あるいは書庫を探せばなにか分かるかも知れないが……」

「でも、どっちでもいい話じゃないの?」

「そうだな。殴れば終わりだろう」

「そうだけどさ……」


 平常運行過ぎる二人の態度に、ユウトは乱暴に頭をかいた。


「ひとつ思いついたんだが、もしかしたらその祭壇なり神殿は、なにかを封印していたのかも知れない」

「ヘレノニア神の加護で、不死の怪物をか」


 あり得ない話ではない。

 そう、ヴァルトルーデとアルサス王子がユウトの推論を肯定する。


「主客の逆転ね。それならば、自然崇拝者がその遺跡を守っていたのも分からない話ではないわ」


 自然崇拝者の信仰の対象は、この世界そのものとそこに住まう者たち。不自然な存在である不死の怪物は不倶戴天の敵と言えた。


「それを王都でなんかやってた連中が破壊しに来た? なんのために――という疑問は残るけど」

「直接聞けば良かろう」

「まったくだな」


 そのストレートな方針は、エグザイルのお気に召したらしい。くっと口角をつり上げて笑う。

 エグザイル以外も不満はない。


「殿下」


 ユウトが美貌の王子を正面から見据える。


「第三者の介入がある可能性が非常に高く、祭壇までの道も……いえ、その祭壇自体も、今はどうなっているか分かりません」


 ユウトたちは行く。

 理由は様々あるが――当然として考えている。


「それでも、共に赴かれますか?」


 けれど、アルサス王子には、別の選択肢もある。

 ユウトたちが事件を解決した後、落ち着いてから訪れても構わない。自ら危険に飛び込む必要は無い。


「無論だ」


 なんの迷いもなく、アルサスは即答した。


「足手まといになるやも知れぬ。だが、ここはイスタス伯爵家の封土であると同時に、我がロートシルト王国でもある」

「承知いたしました」


 ヴァルトルーデが頭を垂れる。

 同時に方針も決まった。


「ユウト、いつ頃出られる?」

「30分だけくれ」

「それでいい。呪文の準備を頼む。エグザイル、私たちは殿下の装備を見繕おう。ついてきてくれ」

「分かった」


 昨日から偵察から戻ったばかりのラーシアと、準備というものがほとんど存在しないヨナを除き、慌ただしく動き出した。

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