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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第三章 王子来訪

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9.ケラの森へ

「これは、思っていた以上にマズいことになってるね……」


 立ち止まって森を見渡しながら、ラーシアが独りごちる。普段の陽気さは、すっかりなりを潜めていた。


 ファルヴとハーデントゥルムの間に広がるケラの森。

 その奥にあるとされるヘレノニア神の古き祭壇を訪れるため、この森を実質的に治めている自然崇拝者(ドルイド)へ使者を送ったが、設定した書簡への返答期限を過ぎても反応はなかった。

 無視されているのであれば、それはそれで構わない。やりようはある。


 だが、書簡を送ってからの短期間に、返事ができないような状態が発生しているようであれば話は別だ。


「そういう意味では、ボクを派遣したのは良いことなんだろうけど」


 鬱蒼と生い茂る木々が月光を遮り、完全に夜闇の中に沈んでいた。

 自然崇拝者たちの集落へ赴くも、無人の家々が連なっているだけ。朝から出発していたラーシアだったが、未だ一人の人間も確認できていない。


 獣はおろか、虫の声さえ聞こえない完全な夜。

 ラーシアは干し肉を乱暴にかみちぎり、無理やりのどの奥へ押し込んだ。


「ユウトたちは、アカネの料理を食べてるんだろうなぁ。いや、あの二人は気苦労がすごいか。やはり真の敵は、格好だけの護衛で美味いもん食ってるエグだ」


 さすがのラーシアでも、ヴァルトルーデが酒も食事も堪能しているとは見抜けなかった。


「とりあえず、戻るか進むか……」


 森を広く捜索していたため、肝心の遺跡には――近くまでは来ているが――まだたどり着いていない。


 夜の闇も、呪文で補えば問題はなくなる。

 多少の疲労はあるものの、集中力は失っていない。

 冷静に状況を分析し、ラーシアは反対の結論をくだした。


「まだ行けるは、もう危ない。ここは、やっぱり――」


 戻ろう。


 そう決めたところで、ラーシアは複数の気配を感じた。

 同時に、霧が立ちこめ始める。


「あちゃー。なんか来ちゃったよ」


 油断なく警戒をするラーシアへ、冒険者としての経験が相手がどんなモンスターかを告げていた。


 のろのろとした足音。

 一気に低下する気温。

 鼻をつく腐臭。


「急所のない連中かよ!」


 屍生人(ゾンビ)塚人(ワイト)食屍鬼(グール)

 あらゆる不死の怪物(アンデッド)の混成軍が草原の種族(マグナー)を取り囲む。食い散らかそうというのか、あるいは仲間にしようとでもいうのか。意図は分からないが、徐々に包囲の輪を狭めていく。


「王都に出た連中と関係があるのかなぁ」


 証拠はない。

 根拠もない。


「でも、無関係ってことは、もっとありえないよね!」


 ラーシアが魔法の短杖(マジックワンド)を取り出しつつ、そう断定した。

 不死の怪物がそれを肯定するはずもなく、一歩一歩確実に迫ってくる。


理力の弾丸(フォースミサイル)


 振り下ろした魔法の短杖から解き放たれた純粋魔力の弾丸が、屍生人を吹き飛ばす。駆け出し冒険者ならともかく、ラーシアにとってこの程度の相手、問題にもならない。


「うう、オーバーキルだ。もったいない」


 そんな余計なことを考える余裕もある。

 しかし、ラーシアから笑顔は消えていた。


「数が多いなぁ……」


 その声に焦燥は感じられない。

 同時に、敵の数が減ったようにも感じられない。


「どうしよ、これ」


 生者の存在しない森で、その言葉に応える声は無かった。




「つーかーれーたー」

「本当にお疲れさま」

「死ぬかと思ったわ、ほんと」

「死んでも、アルシア姐さんに頼んで生き返らせてやるよ」

「そういうことじゃないでしょ?」

「はいはい」


 ベッドでだだっ子のようにゴロゴロするアカネの頭を、ぽんぽんと撫でてやる。

 それで満足したのか、気持ちよさそうに目を細めるとそのままシーツに顔を埋めた。


 ユウトのベッドに。


「ところで、なぜ俺の部屋に来る」


 もちろん、労いの気持ちは誰よりもあるつもりだ。勝手の違う中、しかも王族相手など本当によくやってくれたと思う。


 しかし、もう夜遅い。

 未婚の男女が同じ部屋に二人きりという状況に、目くじらを立てる人間がいる程度には。


「今日の私には、ご褒美があっても良いと思うのよね」

「ご褒美か……」


 ベッドにうつ伏せになりながら首だけこちらに向けて、蠱惑的な瞳でベッドに腰掛けるユウトを見上げた。


 ユウトは、アカネが見た目ほど“軽い”わけではないと知っている。

 それでもなお、そんな風に無防備を装って誘う仕草が、彼女の華のある容姿にはよく似合っていた。ヴァルトルーデの顔がよぎらなければ、請われるままご褒美とやらをあげてしまいそうになる程度には。


「今度、なんかプレゼントするよ」

「それは婚約指輪的な、なにか?」

「なにか? って、この上なく特定してるじゃねーか」

「ダメなの?」

「ダメ……ではないけど……」


 往生際が悪い。

 そう、自分でも思ったのだろう。

 脇に手を入れてアカネを座らせ、すぐ近くで目を合わせて言った。


「前に言ってた、ヴァル子と朱音を婚約者にするって話な?」

「うん」

「あれ、一ヶ月ぐらい前に、王様に言った」

「え? なんですって?」


 信じられないと、アカネが真っ正面から聞き返す。


「私にも言わず?」

「うん」

「ヴァルにも、まだ言わず?」

「ああ……」

「あんたはバカなの?」

「そうだよ。どっちかを選べなかったバカな男だ」


 言った、言ってしまった。

 もう後戻りできない一言だ。

 ユウトはベッドへ倒れ込み、アカネから視線を逸らす。


「まあ、あれね。そういう優柔不断も、時には悪くないわよ」

「……そうか?」


 今度は、アカネがユウトの髪を優しく撫でる。せっかく用意した服がしわになりそうだが、今は良いだろう。


「ええ。天の時、地の利、人の和がそろっていれば」

「戦争でもするのか……。いや、ある意味、そうか」

「そうよ。今回、偉い人に私の宣伝しまくったでしょ? 勇人の女ってことになってなかったら、これからめんどうが起こるとこだったんでしょ?」

「くっ」


 気づかれていたとは、思ってもいなかった。

 図星を突かれ、珍しくユウトは言葉を失った。


「……で、ご褒美がまだなんだけど?」

「今度って言わなかったか?」

「前金よ」


 そう言って男を駄目にする笑顔を浮かべると、アカネがユウトの上にのしかかる。

 そのまま二人の距離がゼロになる――ことは無かった。


 控えめなノックの音が響き、弾かれたようにアカネが飛び退いた。


「きゃっ」


 決して大きな音ではなかったが、効果は絶大。


「頭、沸いてたわ……」

 

 真っ赤になった頬を押さえながら、深く反省する。

 疲労で頭が働いていなかったのだろう。冷静になってみると、大胆すぎて我ながらあきれる。

 だから、ベッドの上であたふたと居住まいを正しているアカネには、ユウトと彼を呼びに来たアルシアの声は届かない。


「朱音」

「なにか問題が起こったの?」


 ユウトの硬い声で分かったのだろう。心配そうにアカネが聞く。


「ああ。ラーシアがちょっとな」


 そのまま寝るなよと言い残し、ユウトはアカネを置いて出ていった。


 呼ばれなかった。

 ということはアカネが役に立つ事態ではないということ。


「戦いが……あるのかしら」


 知っていたはずだ、分かっていたはずだ。

 ヴァルトルーデは世界を救い、その褒賞として領地を得たのだという。

 つまり、世界を脅かした魔王のようなものと戦って勝利したのだ。


 ユウトと一緒に。


 ユウトも戦ったのだ。ただの高校生でしかなかった彼が。

 ユウトがなにをしていても――たとえ人を殺していたって、アカネに責めるつもりはさらさらない。

 生きていてくれたのだから。また、会えたのだから。


 だけど、そうなると彼女は待つことしかできない。

 戦いなど、自分の役割ではない。

 そう分かっていても、納得するのに時間がかかる問題だった。





「遅くなった、済まない」


 いつもの食堂兼会議室へ、ユウトはアルシアを伴って息せき切って駆けつけた。


「ラーシアが大変なことになったんだって?」

「ああ……。不死の怪物どもに囲まれて……」


 エグザイルが重たく低い声で答える。


「生きてるからね! っていうか、怪我ひとつしてないからね!」

「なんだ、ラーシア。エグザイルのおっさんの陰で見えなかった」

「嘘だッ!」

「嘘だけど、この扱いはおいしいなって思ってるだろ?」

「草原の種族だからね。当然だね!」

「まあ、怪我もないようで良かったよ」

「ないがしろにしつつ心配するところを見せるとか、ユウトはほんと天然だね」

「ラーシア、うるさい……」


 ユウトとラーシアの掛け合いに、ヨナが露骨に不機嫌な声を出す。

 眠たくて仕方がないのだろう。見れば、目をしばたたかせ前後に頭が揺れていた。


「子供か」

「子供ですよ」


 ユウトとアルシアが席に着き、ようやくメンバーが揃う。

 だが、この問題に関しては、もう一人ゲストが必要だった。


「私が、最後のようだな」


 簡素な――けれど、生地も仕立ても一流の――チュニックに着替えたアルサス王子が、最後に部屋へと入る。

 いつもヴァルトルーデがいる上座を譲り、代わりに彼女はユウトの隣に座っていた。


「儀式の件で、緊急の話があるということだが」

「詳しい話は、まだ私も聞いてはいません」

「それではラーシア、お願い」


 アルシアに促され、ラーシアが椅子から立ち上がって報告を始める。


「まず、自然崇拝者たちの集落はもぬけの殻。死体もなんにも無し」

「それでは、返答がないのも当然だな」


 ヴァルトルーデが重々しく頷く。


「そだね。で、ケラの森を慎重に探索してたんだけど、かなり奥の方で不死の怪物がいきなり大発生してさ」

「それは、めんどくさかっただろう」

「うん。あいつら急所ないし。百ぐらいはいたかな?」


 結局、包囲網を突破した後は、距離を取りながら殲滅したよと当然のようにラーシアが報告を終える。


「不死の怪物でも、屍生人や塚人は自然に現れるものではないな」

「そうなると例の遺跡が?」

「少し待ってほしい。不死の怪物が、百以上?」


 軽く流したユウトたちとは異なり、アルサス王子には――というよりは、普通は――看過できない発言だった。


「見える範囲のは殲滅したから、すぐに他へ飛び火ってことは無いと思うよ……思います」

「いや、緊急時だ。言葉遣いなど、どうでもいい」

「それは助かるなー」


 建前などものともしないラーシアが、口調はおろか姿勢まで自由にする。そして、その言葉を聞いていたわけでは無いだろうが、ついにヨナは陥落してアルシアの膝の上に頭を乗せていた。


「アルサス王子も、同じことはできるのではないか?」

「屍生人程度に、後れを取るつもりはないが」


 それでも、百以上を同時に相手取るというのはぞっとする話だ。

 アルサスは、エグザイルへとそう返答する。


「タイミングから考えると、ラーシアが言っていた王都での事件との関連も疑われるところだけど……」

「その件は、宰相から伝え聞いている。解決には、至っていないようだがな」

「不確定な話ではありましたからね。ところで、例の遺跡や祭壇に関して、屍生人が出現するような伝承などはなかったのでしょうか?」


 首を振って静かに否定するアルサス。

 王家の秘として語れないこともあるだろうが、これは本当に無関係のようだった。


「アルシア姐さん、明日にでも」

「ええ。神託を授けてもらいましょう」


 情報が出そろったためか、沈黙が訪れる。


「行くしかあるまい」


 それを打ち破ったのは、ヴァルトルーデの静かな言葉。

 たった一言で皆の瞳に士気が宿り、一気に戦う集団へと生まれ変わる。

 アルサス王子を除いて。


「殿下?」

「いや、すまない。そうだな。申し訳ないが、明日以降の予定は取り消させてもらおう。私自ら乗り込んで、真相を確かめさせてもらう」

「承知いたしました」


 ユウトが聞き入れることで、方針が確定する。


「しかし、こうなると留守番を残したいところだけど……」


 そう言って顔を見回すが、誰一人として残留を望む者はいなかった。特に、ヴァルトルーデを残しでもしたら、尾を引きそうだ。


「信用ができて、実力があって、すぐに招聘に応じてくれる。そんな相手が――」

「……適任者に一人心当たりがある」


 そう言ったユウトは、笑顔を浮かべながらとても嫌そうな顔をするという、困難な行いを達成していた。

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