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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第三章 王子来訪

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8.夕餐会

 ユウトは、アルサス王子一行が最上階の貴賓室に入ったのを見届け、安堵の溜息を吐いた。

 城塞内の案内が一通り終わった後は、数時間の休憩をおいて夕餐会ということになっている。

 とりあえず、そこを越えれば楽になる……はずだ。


 ヴァルトルーデはと見れば、まるで貴婦人のような笑顔を浮かべていた。

 絵画のように美しく、そしてぴくりとも動かない。


「笑顔が貼り付いてる」

「気疲れがひどいですね。少し、休みましょう」

「ヴァル、しゃべり方が戻ってないぞ」

「いいえ、いや、うむ。どうも、戻した後にもう一度同じことができる自信がな」


 滅多なことでは疲労の色など見せないヴァルトルーデも、勝手が違うようだ。

 むにむにと、アカネやアルシアにされたように彼女の顔を揉みほぐし、強ばりを取ってやる。


「うん。こっちの方が可愛い」


 ユウトも疲れていたのかもしれない。

 正気だったなら絶対にしないだろう行為と言葉に、ヴァルトルーデはらしくもなく慌てふためいた。


「いや、まあ、なんだ。イヤではないのだがな。その、あれだ。私にもな、心の準備というものがな。そもそも、婦女子の顔に無断で触れるのはな、どうなのかと思う部分もあるぞ」

「あ。うっ……」


 そう言われて、大胆さに気付いたらしい。

 取り乱しながら距離を取り、顔を真っ赤にする。


「まあ、ユウトなら構わないのだが。それでもだな――」

「キヲツケマス」


 二人して顔を見合わせ、そうする度にうつむく。なんともむずがゆい光景。

 誰にも見られてはいなかった。


 見られては。


「終わりましたか?」


 貴賓室での仕事を終えたアルシアが、出てきていたことに揃って気付いてはいなかった。


「あー。うう……」

「しまった……」

「はぁ……。先が思いやられますね」


 アルシアとしては、この程度で照れてどうする。もっと強引に……と言いたいところだが、今は王子来訪という大イベント中だけに、あきれるだけで済ませる。


「二人とも、夕餐会の準備があるのでしょう? そういうのは、後にしなさい」


 とりあえずいつまでもこんなところにいるわけにもいかない。

 固まって動かない二人を促し来賓室から離れ、滅多に訪れることが無かった最上階から、彼らのプライベートスペースへと移動する。


「準備? なんの話だ?」

「とぼけても無駄ですよ」

「うう……」

「この格好ではダメか?」

「ヴァル、俺でもそれは無理だって分かるぞ」


 諦めろと、肩に手を置いて諭す。

 もう、『準備』はできているのだ。今になって逃げ出すという選択肢は許されない。


(元々は、ユウトくんが言い出した件が発端のようですけど)


 ――と蒸し返すことはせず、アルシアもヴァルトルーデの肩をがっちりと掴み、ハーデントゥルムから来たレジーナ・ニエベスが待つ控え室へと強制連行した。





 このファルヴの城塞には、使用されていない部屋が数多く存在している。

 アカネの砦となった第一厨房がそうだったし、アルサス王子一行を通した最上階の来賓室もそうだ。

 豪華な大広間――に隣接したこの部屋も、今回ようやく日の目を見ることになった。


 本来は、大広間での会合時の控え室や少人数での談話室としての用途を想定しているのだろう。比較的こじんまりとした部屋だった。

 それでも、壁は金糸銀糸で飾られ絵画や置物などの調度も一流。黒檀の一枚板を使用したダイニングテーブルは、このために用意された逸品だ。


 今回は随行員が少なく、大広間では寒々しい印象を与えてしまう。

 アルシアに案内されてきたアルサス王子にもユーディットにも、不満の色は見られない。

 そしてなにより、ホストの美しさは群を抜いている。


 立ち上がって彼らを迎えたヴァルトルーデは、見慣れないドレスを着ていた。

 濃紺の繻子(サテン)で仕立てられたドレスは、首の根元からアームホールの下側まで斜めに大きくカットされ、肩が露わになっている。

 それを隠すように白に近い灰色のボレロを羽織っており、首元のリボンにつけられた同じ生地で作ったコサージュが華やかさを演出している。

 胸の下辺りに配された帯のようなベルトが胸を強調し、それとは対照的に広がりが抑えられたスカート部分がより彼女をスマートに見せていた。

 神秘的で天の恩寵を受けたかのようなヴァルトルーデの容姿と相まって、神話に語られる女神の衣装のよう。


 その横で、恥ずかしそうに立つユウトも、いつもの制服は脱ぎ、新しい服に袖を通していた。

 といっても、スラックスとワイシャツはそのまま。その上にベストをあわせて詰め襟の学生服は脱ぎ、一番上に魔法具(マジック・アイテム)の白いローブを羽織っている。

 アカネは、どうせならスーツを着せたかったようだが、時間も技術も足りなかった。ネクタイですら窮屈に感じているユウトからすると、たまったものでは無いだろうが。


「改めまして、ご来訪を心より歓迎いたします」


 来賓の二人がスツールに腰を下ろしたのを確認し、ヴァルトルーデが挨拶をする。それと同時に、食前酒のワインがグラスに注がれる。

 ソムリエ役は、アルサス王子の随行員にお願いしていた。本来、ヴァルトルーデやユウトにまでサーブする義理はないのだが、他に適任者がいないため我慢してもらった格好だ。


「……美味いな」

「クロニカ神王国からの贈答品です」

「ほう」


 感嘆の声をあげて、アルサス王子がもう一口グラスをあおる。

 つい数時間前に露台(バルコニー)で感じた不安を、おくびにも出さない。


 ユウトはあまり美味しいとは思えなかったが、酒好きでなければこんなものなのだろう。その分、ヴァルトルーデが嬉しそうに飲んでいるので問題ない。


「そのお召し物は、実に大胆ですが素敵ですね」


 ワインよりもよほど気になると、ユーディットがヴァルトルーデへ問いかける。


「アマクサの故郷から来たもう一人の来訪者。彼女の尽力によるものです」

「今はまだ試作段階ですが、よろしければ後ほどサンプルをお見せできます」


 ヴァルトルーデから他人行儀にアマクサと呼ばれたのが逆に新鮮で、変に笑わないよう口を挟む。

 先回りして要望を言い当てられたユーディットは、少女のようにはにかんだ。


「注文も?」

「もちろん」


 そのために、わざわざレジーナまで呼んだのだ。ヴァルトルーデの着替えを手伝わせるためだけに、ハーデントゥルムの評議員を呼びつけるはずがない。


 今度は、どんな顔で驚いてくれるのか。

 そんなつもりはないのだが、ユウトのやることなすことに良い反応をしてくれるので、ちょっと楽しみになってしまう。


「うん。時間はあるだろうからね」

「本日は、私たちの故郷の伝わるコース料理を召し上がっていただきたいと思います」

「異世界の食事か」

「突飛なものではありませんので、ご安心を」

「コースとはなんです?」

「一度に料理を運び込むのではなく、召し上がる速度に合わせ、順番にご提供します」


 ワインとパン。そしていくつかの食器が載っているだけの机上を示しながら、説明する。

 少なくともロートシルト王国にはまだコースの概念がない。つまり、この場が初めてとなるわけで、いわばアカネがルールとなるのだ。

 マナーを気にしていた彼女が、それに気づいたときに見せた晴れ晴れとした笑顔は忘れられない。


「鶏胸肉のハムとイチジクの前菜です」


 ワインと同じく、アルサス王子の随行員が運び入れてくれたオードブル。

 黒胡椒がきいたハムをスライスし、角切りにしたリンゴの実を散らしてバルサミコ酢に似た酢とオリーブオイルで作ったドレッシングをかけたもの。彩りは、ハーブで補った。


「まあ。なんて芸術的な」

「うん。これは美しいね」


 王宮の料理人も、日々研鑽を積んでいるはずだ。

 しかし、地球における料理の進歩とはそれこそ数百年の隔たりがある。専門家ではないとはいえ、当たり前のように享受しているアカネにかなうはずがない。


「……これは、随分と贅沢に胡椒を使っているようだ」

「このソースもさわやかですね」


 胡椒がきいた鶏肉のハムとリンゴの甘みが調和し、舌を楽しませる。

 鶏は、カイエ村で飼育していたものをさばき、アカネが手ずから加工した。鶏ハムは地球にいた頃から作っていたので、なんの問題も無かった。


 味も合格点をもらえたようでほっとする。ミラー・オブ・ファーフロムでこの部屋を覗いているはずのアカネも喜んでいるだろう。

 さんざん味見をしたはずなのに食べるのに集中しているヴァルトルーデは……可愛いのでなにも言えない。礼を失しなければそれで良しとしよう。


 歓談をしつつ一皿目は綺麗になくなり、頃合いを見計らって次はスープが運ばれてきた。


「ブイヤベース。これは、こちらにもある料理ですが」

「そうなのかい?」

「海が近い漁師町では、よくありますよ。ただし、作法はこちらのものですが」


 多元大全で調べて初めて知ったのだが、ブイヤベースにはブイヤベース憲章なるものがあるらしい。

 全部が全部珍しいものでは疲れる。素材はなるべく地物を。でも、新奇性も欲しい。

 そんなわがままにうってつけだ。


 ジャガイモもトウモロコシも無くポタージュを作るのが難しいと、あれこれ探していた中で行き当たり、あまりにも都合がよすぎてハイタッチをしてしまった。


 目の前でスープをサーブし、具となる魚は別の皿にあけられ取り分けられる。

 小魚で出汁を取り、ふんだんに香辛料を使って味付けをしたスープは絶品だった。 


「滋味豊かですわね。夢中になってしまいそう」


 そうは言いつつも、優雅にスプーンを運ぶユーディット。

 そんな彼女とは対照的に、アルサス王子は無言で食べつづけ、バゲットにも遠慮なく手を伸ばしている。

 パンは、王都でユウトたちがひいきにしていた店に焼いてもらったもの。スープに合う物をという注文によく応えてくれた。


 本来のフルコースであれば、次は魚料理。

 しかしそれはアカネが保たないので省略。今回は、彼女がルールだ。


 次に運ばれてきたメインの肉料理は、一度披露したハンバーグ。

 ただし、ヴァルトルーデやアルシアの意見を採り入れ、細部はかなり調整されている。

 たとえば、肉の噛み応えを出すためにハンバーグの周囲に豚のバラ肉を巻き、ボリューム感を出していた。


「私の故郷では、一番人気の料理です。祝いの席でもリクエストされることが多いです」


 嘘は言っていない。

 ただ、子供にとって――と言っていないだけ。


「それは楽しみだ」

「ええ」


 ナイフとフォークを使って切り分ける二人。

 口へ運び、一口かみしめる。


 結果は――言うまでもないだろう。

 驚きに目を見開いた、その表情がすべてだ。


(確かに、旨い。でも、ヴァルまで一心不乱に食べることはないだろ……)


 本当に驚き感動しているときは、黙ってしまうものらしい。

 アルサスが、口は言葉を発するための器官であることを思い出したのは、頼みもせずに出てきた二皿目を食べきってからのことだった。


 ユーディットにもあわせてパティはやや小さめにしていたので、実は計算通りでもあったのだが。

 そんなアルサスの姿を見て、「肉食系美形王子とか捗りそうね」と心のノートにネタをメモしていた料理人がいたことを、誰も知らない。


「素晴らしい。いや、本当に素晴らしい。私は、神の食を口にしたようだ」

「過分なお褒めの言葉に、料理人も喜んでいるでしょう」

「まったくですわ。是非、お会いしたいものです」

「デザートと一緒に、こちらへ参ります」


 そう、ユーディットというよりは向こうで見ているであろうアカネへ呼びかける。露骨に嫌そうな顔をしているだろうが、そのわがままは聞き届けられない。


 ワインや会話を楽しむこと数分。

 ユウトが言ったとおり、アカネが会食場に姿を現した。


 服装は、いつか着ていたメイド服。

 精一杯すました顔でデザートのシャーベットを配り終えたアカネは、主賓二人の横で頭を下げた。


「まずは、ご賞味ください」


 ヴァルトルーデよりは自然な。しかし、堅さの残った声でデザートを勧める。

 氷が使い放題だったため、まだ珍しい紅茶を使った、ミルクティーのシャーベットを作った。

 色合いはやや地味だが、甘く、なにより冷たい食感がゲスト二人を大いに楽しませる。


「お口に合いましたでしょうか?」

「こんな料理を食べたのは初めてだよ。いや、君たちの故郷のものであれば当然だが」

「まだ若い女性が、これほどの物を作り出せるとは、同じ女として誇らしいですわ」

「故郷の技術のたまものです」


 謙遜しているように見えるが、実は早くこの場から立ち去りたい。いや、逃げ出したいと思っているはず。


「彼女――朱音は、この衣装の発案者でもあります」

「まあ」


 この日何度目かの驚きの声。

 当然、今日の立役者を逃がすはずなどない。アカネから恨みがましい視線が飛ぶが、当たり前のように無視する。


「勇人……」


 我慢しきれず、アカネは声にまで出していた。

 フォローが大変だ……と、ユウトは内心苦笑する。


「こちらの魔法は使えないとは聞いていたが、それを補って余りある才媛のようだ」


 アルサスのその言葉は率直な称賛であり、同時に、なぜこの地にこれほどの人が集まるのかという疑問を思い起こさずにはいられない。


 ヴァルトルーデ・イスタス。

 恐らくはこのブルーワーズで最高の聖堂騎士(パラディン)であり、異界の衣装も着こなす美しき聖女。

 世界を救った英雄であれば、それも当然なのだろうか。


 〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)に囚われた自分とは……。


「アルサスさま?」


 思考の深淵にはまりかけたアルサスの意識を、ユーディットの甘い声が引き戻す。


「いや、このデザートをどうやって作るのかと考えていただけだよ」

「氷に塩を足すと温度がぐぐっと下がるので、それを利用しています」

「それは初めて聞く現象だね」


 表面上は、いや、アルサスの内心以外は和やかに食後の語らいは進む。


 こうして、夕餐会は成功裏に幕を下ろした。


 だから、アルサス王子が感じた心の闇に気付いた者は、たった一人。数十年に亘って彼を思い続けた、彼女だけだった。

ハイソな会話は書いてるこっちも疲れますね。

なので、次回は一人ファルヴを離れているラーシア視点で始まる予定。

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