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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第三章 王子来訪

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7.王子来訪

「ようこそおいでくださいました」


 王都セジュールにある、冒険者時代の拠点。

 今やイスタス伯爵家の王都における出先機関となったその邸宅で、アルシアは賓客に頭を下げた。


 訪問者はアルサス王子と、その婚約者ユーディット・マレミアス。それに、わずか二名の供。


「手間をかける」


 赤銅色のダブレットに太腿の辺りがやや膨らんだズボンを履いた美形の王子が、堂々と進み出でた。

 佩刀トレイターを腰からつるし、ヴァルトルーデにも比肩する超一流の剣士らしく隙の無い足さばき。


 その後ろから控えめについてくるユーディットは、コルセットで上半身を強く締め付け体形を整えたうえで、大きくスカートが膨らんだドレスを身に纏っていた。

 純白で、ふんだんに使われたレースで飾られた衣装は、その可憐さとは逆に、ヴァルトルーデは元よりアルシアでさえも音を上げてしまうはず。

 けれども、彼女は愛する人と一緒にいる喜びで、本当に幸せそうに微笑んでいた。


「本来であれば、正面から訪れるべきなのだが」

「事情は聞き及んでおりますので」


 大司教(パトリアーチ)としての正装に身を包んだアルシアが、小さく頭を下げる。


 多数ではないが確実に存在する、アルサス王子廃嫡の動き。

 それを封じ込めるため、後継者としての証を立てる。反対派に気取られぬよう、秘密裏に迅速に。

 そのため、宰相たちと協力して、ちょっとした小細工を弄していた。


 訪問団は、すでに出発して王都からファルヴへと向かっているが、当然ながら、その中に王子の姿は無い。

 それを隠れ蓑にして、昼過ぎにこの邸宅に入ったアルサス王子一行は、ここから瞬間移動してファルヴの城塞へと赴く手筈となっていた。


「早速ですが、参りましょう。ヨナ」

「…………」


 無言どころか、呼吸も最低限にして気配を隠していたヨナが、仕方ないといった仕草で前に出る。

 ヨナが借りてきた猫のように大人しくなっているのは、皆から――ラーシアまでも――問題を起こさないようにと言い含められているからというのもあるが、実際には人見知りをしているだけだった。


 アルシア、アルサス王子、ユーディット。それに二名の随行員を円環状に並べ、その中心に立ったアルビノの少女が超能力(サイオニクス)を発動させる。


「《テレポート》」


 ヨナから溢れ出る光を受けて、事前に聞いてはいたもののアルサス王子一行は反射的に目を閉じる。

 微かな浮遊感。

 光が収まり、目を開いた時には、彼らはまったく別の場所にいた。


「ここが……」


 ファルヴの城塞。

 その城門の前に、アルサス王子一行は現れた。

 時計などは無いが、天に輝く太陽を見れば分かる。王都にある邸宅に入ったのと同じく、.今はまだ昼過ぎ。体感したとおりの時間しか経過していないのだと。


 戦となれば固く閉じられ外敵の侵入を拒む城門は開け放たれ、賓客を歓迎している。

 城門の先、城館への道には多数の出迎えが立ち並んでいた。


 アルサスから見て右側には、クロード・レイカーを筆頭とした文官たちに、ヘレノニア神殿からアレイナ・ノースティンら聖堂騎士(パラディン)や神官たちが並んでいる。


 左側は、エグザイルを先頭に二十名ほどの岩巨人(ジャールート)たちが護衛兵として侍っていた。

 光り輝く玻璃鉄(クリスタル・アイアン)製の胸甲(ブレストプレート)を装備した彼らは、このイスタス伯爵家にしか存在し得ない存在だ。

 見るからに雄壮で、同時に凄味を感じさせる集団。


「イスタス伯爵家一同、ご来訪を心より歓迎いたします」


 正面から進み出て、膝を折り臣下の礼を取るイスタス伯ヴァルトルーデ。

 これが正装であると言わんばかりに、白金色の魔法銀(ミスラル)の鎧と、豪奢なマントを身に纏っている。


 堂々とその礼を受けるアルサス王子。

 美姫を傍らに置いた威厳のある王族に、忠誠を誓う騎士。

 まるで、伝説の一ページだ。


「まずは、城塞内をご案内いたします」


 更に、異界から来た大魔術師(アークメイジ)まで加わった。


 そんなホストに促され、王子一行は静かにゆっくりと城内へと足を踏み入れる。


 エグザイル率いる岩巨人部隊は周囲を警戒しながらそれを見送り、アレイナ・ノースティンたち聖堂騎士が崇敬の視線を向ける。


 しかし、アルサスの目を最も引いたのは、直立不動のまま微動だにしないクロードの姿だった。

 記憶にあるよりも年を取り、だが生き生きとしている老官吏。

 彼に視線を合わせ、笑顔を浮かべて微かに頷く。

 たったそれだけで、数多の言葉を受け取ったかのようにクロード・レイカーの心は感動の波に翻弄されたが、それを表に出すことは決して無い。


「ご案内……と言っても、別に珍しいものはありませんが」

「いや、この場所にいるというだけで充分だよ」


 城館内に入って比較的近しい人間だけになったため、多少砕けた口調で言葉を交わすユウトとアルサス。

 他にいるのは、ヴァルトルーデとユーディットだけだ。


 ヨナは自分の仕事を終えると同時にどこかへ消え、アルシアは王子の随行員を先に宿泊先となる貴賓室へと案内している。

 ラーシアは名代としてケラの森に住む自然崇拝者(ドルイド)のもとに派遣し、そして、この場にいないアカネが一番の修羅場に突入しつつある頃だろう。


「ヘレノニア神の息吹を感じるかのようだ」


 信仰厚き聖騎士には、ユウトやアカネとはまた違った印象があるようだった。

 ユウトは案内役に徹し、アカネが忙しく働いているのとは別の厨房や浴場、会議室、一般の執務室などを順番に回っていく。

 どれも質実剛健で目を楽しませるものではないが、浴場のシステムには二人して目を見開いて驚いていた。


「遠くから見たときにも思ったけれど、この城塞はどんな素材でできているんだい?」

「分かりません」


 石造り――と言えばそうなのだが、継ぎ目もなくどんな石でできているのかも分からない。

 そのため、なにかあれば呪文で補修するしかないのだ。


「だが、メンテナンスなど必要ないように見えるが?」

「普通ならば、そうでしょう」


 ヨナの提案で一度強度実験をやってみたのだが、全力で使用した《差分爆裂ディファレント・ブラスト》や《エレメンタル・ミサイル》であれば、壁に穴を開けられるということは判明した。

 案内しつつ、そんな話を披露する。


「ほう。かなりの強度だね。さすが、ヘレノニア神からの賜り物だ」

「私は止めたのですが……」


 まさに神をも恐れぬ所行を知られ、珍しくヴァルトルーデは恐縮していた。


「いや、重要なことだよ。刃の鋭さを知らずに、戦場に立つことはできない」

「私の世界では、『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』とか言いますね」

「真理だね、それは」


 本当に楽しそうに笑顔を浮かべ、壁と言わず扉と言わず窓と言わず、気になったものに遠慮無く触れていくアルサス王子。


「アルサス様、子供のようですわ」

「それだけ興味津々ということさ」


 婚約者が止めても、まるで意に介さない。まるで、不可視の重圧から解放されたかのよう。

 ユーディットは、そんなアルサス王子の姿を、本当に嬉しそうに目を細めて見ていた。


「こちらから、街が一望できます」


 次に案内したのは露台(バルコニー)

 ヴァルトルーデとアカネからの告白を受け取った場所なので誰かと一緒に来たくなかったのだが、他に場所が無いのだから仕方ない。

 まさか、この二人に対して《飛行(フライト)》の呪文を使うわけにもいかないだろう。


「くっ」

「どうかされまして?」

「いえ、まったくなにも」


 しかし、露骨に反応するヴァルトルーデによって、ユウトのポーカーフェイスは無駄になった。


「なるほど……」


 ユーディットがそんなヴァルトルーデとユウトを見比べ、得心いったと楽しそうに笑う。


「どうかしたのかい?」

「どうやらここは、素敵な場所のようですわ」


 ふわふわとした髪を揺らしながら笑う。

 可憐な少女にしか見えないユーディット・マレミアスは、淑女のように謎めいた言葉で婚約者を煙に巻いた。

 彼女の推測は恐らく正解なのだろうが、別に知られたからといって実害は無い。


(この居心地の悪さはなんだ……)


 頬に熱を感じつつ、ユウトは仕事を進めることを選んだ。ヴァルトルーデへ非難の視線を送るのは忘れなかったが。


「こちらへどうぞ」


 露台の端へ来賓の二人を誘い、単眼の望遠鏡を手渡した。

 魔法具(マジック・アイテム)ではない、職人の手による逸品。望遠鏡自体、金貨数十枚はする高級品ではあるが、存在自体は広く知られている。


「玻璃鉄のレンズですので、少し重たいです」

「ああ、噂には聞いている。鉄のように頑丈なガラスだとか」

「それだけなら、玻璃鉄でレンズを作る必要はありませんが」


 つまり、なにか仕掛けがあるというのだろう。

 ユウトの言葉に興味を引かれ、説明を求めるのではなくまず望遠鏡を覗いた。


「……これはっ」


 理解するまで、時を要した。

 現象を理解してからも、納得するまで何度も裸眼と望遠鏡とを往復する。


「あ、当然ですが太陽は見ないでください。まあ、治療はしますが」


 そんなアルサス王子の興奮した様子にも平然と、ユウトは言わずもがなの注意をする。


「どうされたのです?」

「ユーディット、君も、見てみるといい」


 百聞は一見にしかずと、アルサスが婚約者へと望遠鏡を手渡す。

 戸惑いつつ受け取ったユーディットだったが、のぞき込むと同時に感嘆の声を漏らした。


「まあ……。随分とはっきり見えるのですね」


 肉眼では、街並みを景色として認識するのが精々。人の姿など、豆粒とは言わないが、詳細を判別するのは難しい。

 ところが渡された望遠鏡で見たところ、人の顔まではっきり見えるようになっていた。あまりに倍率が高く、どこをみているのか分からないほど。


「これは、魔法具ではないのか?」

「厳密には異なります」


 視力を強化する《鷹の眼(ホークアイ)》の呪文をかけておいただけの代物だった。


「持続はたぶん、数ヶ月ってところです。街灯からの類推ですが」

「数ヶ月か……」


 アルサス王子の頭の中では、主に戦場での用途が展開されているに違いない。偵察に通信に、使い道はいくらでも思いつく。


「よろしければ、お持ちください」

「いいのか?」

「はい。効果が切れた際には、お抱えの魔術師(ウィザード)にでも依頼していただけますか」


 なんとなく裏のある話をする彼らに対し、彼らの美しい婚約者(フィアンセ)たちは、純粋に露台からの光景を楽しんでいた。


「街ゆく人はみな、笑顔を浮かべていますね。素晴らしいことです」

「皆が幸せであれば、それに勝る喜びはありません」


 どんな為政者が言ったとしても、笑われるか疑われるかするだろう台詞。だが、それは間違いなくヴァルトルーデの本心だった。

 とにかく敬語をと心がけているため、ラーシアやヨナが聞いていたら別の意味で笑われていたかもしれないが。


「夜景はもっと美しいです。恐らく、お泊まりになられる部屋からもご覧いただけるでしょう」

「それは素敵ですわね。ねえ、アルサス様」

「そうだな。しかし、この発展具合は目を見張るものがある」 


 アルサスの言うとおり、ファルヴの街は日々成長し続け、まだ工事は終わらず人口も増加の一途をたどっている。

 未来のある、季節で言えば芽吹きの春を思わせる街。


 自分に同じことができるだろうか。


 そう、羨望と嫉妬がない交ぜになった感情を抱いたアルサスは、しかし、それを即座に否定した。

 こんなことが、他の誰にできるというのか。今も、いとも簡単に王都からこの地へ運ばれ、とんでもなく高性能な望遠鏡をぽんと渡されたばかりではないか。


 むしろ、そんな彼らが、貴族という立場に甘んじている方が不思議だ。望めば、王にでもなれるだろうに。

 だが、それは開ければ取り返しのつかない魔法の箱のように思えてならなかった。 

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