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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第三章 王子来訪

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5.岩巨人の帰郷(後)

「ベイエル、貴様が族長だと?」


 冷たくはない。

 だが、一切の妥協を許さない声音。未踏の絶壁を思わせる。


「ベイエル? だれ?」

「誰って、義兄さんですけど……」

「え? エグはベイエル?」

「え? エグ?」


 認識の齟齬で、ヨナとエグザイルの義妹スアルムが顔を見合わせた。黙ってはいるが、ヴァルトルーデも、ベイエルなどというのは知らない名だ。


「そうか。先に、話しておくか」


 父に背を向け、エグザイルは仲間たちに向き直った。


「オレには兄がいた。そう、五年前まではな」


 エグザイルの兄、ベイディスは誰にでも公平で、また、誰よりも強かった。

 族長である父を助け、当然、その地位を継ぐ者だと思われていた。


 あの夜までは――


 その日、エグザイルは狩りに出て夜遅くに集落へ戻ってきた。ドワーフと同じように夜目が利く巨人にとって、夜の山道など物の数ではない。

 その目で彼が見たのは、なんらかの手段を用いて、集落へと誘導したのか――同族を食い散らかすロックワーム。

 そして、その血を浴びて哄笑を上げる強く優しかった兄だったモノ。


 その血をもって下方次元、奈落に住まう悪の相を持つデーモン種と契約し、力を得たのだという。


「ロックワーム?」

「岩を喰うミミズだ。でかくなれば、俺たちも丸呑みにできる」


 そのサイズはもはや虫の範疇を超えていたが、知能もほとんど無いため、虫としか言いようのない存在でもあった。


「ベイディスになにがあったのかは、分からん。興味も無い。だが、捨て置くわけにはいかなかった」

「なるほど。それでか……」


 妙に少ない集落の人々。反対に多すぎる墓標の数。

 そのような惨劇があったのであれば、納得できる。


「身内の罪と恥は雪がねばならん」


 奥歯をかみしめ、エグザイルが言う。


「だから、オレは名を捨て、放浪者(エグザイル)となった」

「そうだったのか」

「しらなかった……」

「誰にも言ったことはないからな」

「ユウトたちにも話していいだろう? 絶対に、力になってくれるはずだ」

「構わんが、助力はいらんぞ。既に、討ち果たしているからな」

「そうか。それは良かった……?」


 ヴァルトルーデが言葉の途中で固まる。ヨナも、ぽかーんと口を開けていた。

 だが、それはまだましな方。

 スアルムなど腰を抜かさんばかりに驚いて声も出なかったし、エグザイルの父親からも驚愕している様子が伝わってきた。


「ああ。〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル )の仲間になっていてな。黒妖の城郭の中で、討ち果たした」

「そう言われてみると……」


 確かに、岩巨人の狂戦士が敵にいたような記憶がある。ヴァルトルーデ自身は、その時はハーフオークの暗黒騎士(ブラック・ロード)と相対していたため、あまり憶えていなかった。


「でも、エグ。その人と戦っているとき、なんにもしゃべってなかったよね?」

「ベイディスには、そんな理性も残っていなかった」


 だからただ。

 力と力をぶつけ合い――殺した。

 その結果だけが残った。


「デーモンとの契約のためか、死体は灰になった。証拠はなにもない。だが、名誉に懸けて、オレは兄だったそれを討ち取った」

「認めよう」


 子供同士が殺し合った。

 弟が兄を殺した。

 そんな話を聞いても、その親は表面上、巨岩のように小動もしない。


「身内の恥は雪いだ。次は、友の役に立ちたい」


 父を族長を正面から見据え、友――ユウトから提示された条件を伝える。


 集落の、メインツ近郊の山地への移転。そのうえで、周辺のモンスターの駆除や治安維持の委託。更に、希望者を募り、イスタス伯爵家直属の兵として警備や将来的には北の塔壁への遠征を行う。

 その代価として、年に金貨一万枚――装備などは別計算――を、エグザイルを通して与える。

 兵を供出はするが、今までと同じような生活を、別の土地で。けれども、汲々と自給自足をすること無く送ることができる。


 破格と言って良い勧誘だろう。


「私が、ヴァルトルーデ・イスタスだ。その話は、当主である私が保証する」


 エグザイルの背後でそう請け合うヴァルトルーデを、さすがに驚きの表情で見つめる。

 族長は、しばし瞑目して考え込むが、結論はひとつ。


「話は分かった。恐らく、皆も賛成しよう」


 だが……と前置きをしてから、問う。


「それだけならば、ベイエル。貴様が族長になる必要はあるまい」

「ある」


 エグザイルは、即座に言い切った。


「友の信義に応えるために、オレ自身がそうしなければならないと決意した」

「……よかろう」


 重低音に、大気が震える。

 一気に部屋が狭くなったような気がしたが、それは決して錯覚などではない。


 立ち上がった。

 ただそれだけの動作で、この威圧感。


「スアルム、皆を集めよ。これより、挑戦の儀を執り行う」

「は、はいっ」


 転がるように、エグザイルの義妹が家を出ていく。

 エグザイルが動くのにあわせてヨナも無言でそれに続き、ヴァルトルーデと族長だけが残った。


「迷惑をかけることになるだろうが、よろしく頼む」


 鋭い眼光を向けるが、ヴァルトルーデは完全に自然体。

 気負いも緊張も無く、ただ事実を告げる。


「代価はあるのだろう。ならば、問題はあるまい」

「代価だけで事足りるのであれば、ここまで足を延ばすことはなかった」

「すべては、ベイエル次第よ」


 そう吐き捨てるように言って、彼も家を後にする。

 遅れて外に出たヴァルトルーデだったが、目指す先は一目瞭然だった。

 やはり、騒動の予感はあったのだろう。集落の中心にある広場のような場所に、人だかりができていた。


 その核は、エグザイルだ。

 龍鱗(ドラゴン・スケイル)の鎧を脱ぎ捨てた岩巨人が、集落の中央で族長を待ち受けている。

 リングもなにもない。内と外を区切るのは、人垣だけ。


 五年ぶりに戻ってきた族長の息子が、挑戦の儀に臨む。

 それをどう理解すべきなのか分からず、周囲からは戸惑いが感じられた。


「まあ、ほどほどにな」


 そんな空気などお構いなしに、エグザイルの横を通って、そう一言激励する。


「相手次第だ」


 その返答を聞いて少しだけ相好を崩したヴァルトルーデは、エグザイルの後方に控えるヨナやスアルムの横へと移動した。


「義兄さんは……」

「エグザイル――こう呼ばせてもらうが――は強いぞ。考えている以上にな」

「エグが負ける姿なんて想像できない」

「でも……」


 身内同士の戦いなのだから、心配なのは当然か。


「ところで、エグザイルのことを兄と呼んでいるようだが、実際に、血は……」

「私は、族長の養い子です」

「そうか」


 これ以上の確認は憚られ、また、族長が現れたため、口を閉ざさざるを得なかった。


「待たせたな」

「準備万端になるのであれば、何時間待っても構わん」

「吐かせ」


 岩巨人の人垣を割って、族長が姿を現した。

 外で見ても、やはり巨大だ。

 普通の巨人族程度あるのではないかと思える。更に、その体つきも身長に見合った――いや、それ以上の肉体だ。


 太陽のように明るい人。

 このような表現はあくまでも例え話であり、残念ながらその人は太陽ではない。

 けれども、どうだろうか。

 このエグザイルの父親は、岩に四肢が生えて生き物になったとしか思えなかった。まさに、岩そのものだ。


「聞いての通りだ。これより、挑戦の儀を始める。このベイエルが勝てば、この里の長となる」

「その名は捨てたと言ったはず。今のオレは、エグザイルだ」

「どちらでも良かろう」

「なら、勝ってエグザイルと呼ばせてくれよう」

「やれるものならな」


 挑戦の儀――試合は、唐突に始まった。

 まずは力比べ。

 どちらから示し合わせたわけでもなく、ごく自然に二人の手ががっぷりと組み合う。


「ぐっ」

「ぎっ」


 歯ぎしりの音、筋肉がきしむ音、大地が歪む音。

 いきなりの展開に、なにが起こるか知っていたはずのギャラリーたちも驚きを隠せない。

 だが、それはまだ驚きの序章に過ぎない。


「なっ」


 押されている。

 あの強大な族長が、徐々にではあるが押されている。

 最初は上から押さえつけるようにしていたはずが、今では下から押し返され、膝が曲がり、顔も歪んでいる。


「これくらいはねー」

「そうだな」


 驚いていないのは、ヴァルトルーデとヨナぐらいのもの。心情的にはエグザイル寄りであるはずのスアルムですら、ぽかんと口を開けていた。


「いくぞ」


 優勢なはずのエグザイルが、ふっと力を抜き手を放した。

 予測していたとしても、バランスを崩さないわけにはいかない。その間隙を縫って巨体とは思えぬ俊敏さで背後に回ったエグザイルは、膝が曲がってちょうど良い高さになった父親の脇に頭を入れ、両腕で胴を掴む。

 そのまま、倒れ込むようにして投げ落とした。


「ぐっ」


 巨体が頭から地面に打ち据えられ、苦鳴が漏れる。

 電光石火の早業に、周囲の岩巨人たちからは声も出ない。


「あんな技を持っていたとは」

「普段は武器を使ってるしね」

「そもそも、ドラゴンを投げるわけにもいかんしな」


 横にいるスアルムから、「この人たちは、なにを言っているの……?」という視線を向けられていることにも気付かず、そんな感想を漏らす二人。


 だが、さすがは岩巨人の部族で長く族長の座を守り通した男だ。

 ほんの数秒で意識を挑戦の儀へと戻し、投げを放った後の無防備なエグザイルへ、起き上がり様に拳を放つ。


 丸太のような腕から放たれる、破壊的な拳。

 エグザイルは、一歩踏み込んで肘で受け止める。

 そのまま腕を脇に挟んで肘を折ろうとするが――それは、罠だった。


「ふんっ」


 びきぃと骨と腱が砕ける音がする。

 それでも構わず、残った左腕を大きくスイングして、エグザイルのこめかみへ拳を叩き付けた。


 技術もなにも無い。

 破壊力だけの一撃。


「久々に効いたな」


 さすがに折った腕は放し、数歩吹き飛ばされたエグザイルが、口内の血を唾と共に吐きながら言う。

 ユウトがいたら、「イグ・ヌス=ザドにやられたことは、どういう扱いになってるんだよ」とぶつぶつ言っていたに違いない。


「当たり前だ」

「だが、腕一本と、拳一発。割に合わんな」

「だが、こうするよりあるまい」


 笑っていた。

 憎しみの欠片も無く、出奔した期間もなく、なんのわだかまりも無く。

 二人は、嗤っていた。


「……おわりじゃないの?」

「終わるわけが無いだろう。誰が終わらせるというのだ?」


 ヨナのもっともな意見は、しかし、この場では少数派だった。


 勝敗は決した。

 そんなことは、誰にでも分かる。


 だからここからは、名誉のための、矜持を懸けた戦い。

 それ故に、一瞬たりとも目を離せない。


「だけど、変なのが来るよ?」

「変なの?」


 広場の中央にいる二人。

 その足下が不自然に揺れ出した。


「地震か?」


 そう口にしながらも、本能的に違うとヴァルトルーデは察していた。


「エグザイル、下からなにか来るぞ!」


 その警告と、出現は同時だった。


 黄土色の巨大なミミズ。

 胴の太さは、エグザイル二人分以上。地上に出ている部分だけでも、その長さは5メートルは超えている。

 丸く開いた口は、岩石を取り込むためか、輪のようになった牙が何重にも並んでいた。


 ロックワーム。


 エグザイルの兄が操り、惨劇を引き起こしたというモンスター。


「あの時の生き残りか?」


 誰しもが思ったその問いに、応えられるものは無い。


「ヴァル!」


 背後で、ヴァルトルーデが討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを抜く気配を感じたのか、鋭い声で制止する。


「だが――」

「まだ、挑戦の儀は終わっていない」


 ただそれだけ言って、不埒な闖入者へさも当然と言わんばかりに近づいていく。


「分かった、任せるぞ!」


 討魔神剣を鞘には戻さず、足下に突き立てた。それっきり、手を触れようともしない。

 最高の信頼の証だ。


「お前の相手は、こっちだ」


 そうは言っても、ロックワームに通じるはずも無い。

 傷ついているものから食らうのは当然と、片腕を押さえた族長へ、その丸い口を向ける。


「こっちだと言ったぞ」


 そんなロックワームを、エグザイルが横合いから殴りつけた。


 内臓のように弾力のある表面。拳がめり込み、その形が体表に穿たれる。

 どの程度の損傷かは分からないが、ターゲットを変える程度のダメージはあったようだ。

 ロックワームは、今度は直接捕食するのではなく、まず、その長い体をエグザイルに巻き付けて蛇のように締め付けた。


 必勝の攻撃だ。

 相手が、エグザイルでさえなければ―― 


「ふんっ」


 エグザイルが上半身に力を込めると、筋肉が一気に隆起する。風船のように膨らんだ肉体が締め付けに綻びを生み、両腕が自由を取り戻す。

 その頃には、既に死の輪を備えたロックワームの口が寸前に迫っていた。


「はっ」


 がっちりとその口を掴み、それ以上の侵攻を許さない。それどころか、引くことすらもできなくなる。


「はあッッ」


 万力のような握力でロックワームの口を掴んだエグザイルは、そのまま徐々に両腕を広げていった。

 分厚い布を引き裂いていくような音がする。

 始めは、徐々に。

 やがて一気に、ロックワームの体が縦に裂ける。


 断末魔の絶叫は無い。ただ、体液をまき散らし、真っ二つに分けられた。

 誰しも、声を失った。

 五年前、集落を壊滅寸前にまで追いやった存在。それが、たった一匹だったとはいえ、素手で切り裂かれたのだ。

 凄絶な光景に、反応ができない。


「挑戦の儀は、決した」


 そこに、低く大きな声が体に浸透するかのように響き渡る。


「見ての通りだ。これより、このエグザイルが我らの長となる」


 一瞬の静寂。

 そして、爆発。


「エグザイル! エグザイル! エグザイル!」


 岩巨人たちが、口々に新たな族長を、強者を称える。


「我らはこれより、新天地へ移住する」


 ロックワームを投げ捨てたエグザイルが、周囲の歓声を抑えるほどの大音声で宣言した。


「そこで新たなる主に仕え、民に仇なすものを狩り、岩巨人の本懐を遂げることになるだろう」


 それを聞いて、本当に出る幕が無かったなと苦笑しつつ、ヴァルトルーデは討魔神剣を鞘にしまった。

 とりあえず、治療が必要だろう


 せめて後始末ぐらいは手伝おうと歩みを進めたヴァルトルーデの横を、岩巨人にしては小柄な巨体が走り抜けていった。

 スアルムは、エグザイルが戻ってきたときと同じように、その胸へ飛び込んだ。

 ただし、その時よりもずっと力強く。


「離れろ、汚れるぞ」

「人を心配させて……っっ」


 そんな息子と義理の娘の姿を見て、二人の父は岩のような巨体をひどくゆっくりと起こしながら言った。


「ベイエル……。いや、エグザイルよ。族長の座を譲る件、ひとつ条件がある」

「なんだ?」

「スアルムを妻として迎えろ。その娘は、お前のことをずっと待っていた」

「分かった」

「義父さん、義兄さん……!」


 人間からすると、非常に分かりにくいのだが……どうやら照れているようだった。

 二人とも。


「とりあえず、ラーシアに土産話ができたな」

「ちょっと、笑えなくなってきたんじゃない?」


 その正論に応えられる人間は、残念ながらどこにもいなかった。

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