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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第三章 王子来訪

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4.岩巨人の帰郷(前)

 岩巨人(ジャールート)の集落は各地に点在している。

 彼らが国という単位でまとまったことはなく、大きくとも部族と呼べる程度の規模でしかなかった。


 そして、エグザイルの故郷もその例外ではない。いや、その中でも小規模な方だろう。

 上空からでは少し大きな点にしか見えない集落を見て、そんな感想を抱くヴァルトルーデ。


 ヨナの《テレポート》により王都の先まで出たヴァルトルーデ、エグザイル、ヨナの三人は、更に《フライト》のパワーによる数時間の空の旅を経て、ようやく目的地にたどり着いた。


 そこは、ロートシルト王国の西の端。

 かつてユウトと争った――正確には、返り討ちにされた――バルドゥル辺境伯領内に、エグザイルの生まれ故郷はある。

 もっとも、領民とは認知されておらず、放置という名の自治を許されていた。


 それも当然だろう。誰が好き好んで、こんな辺境の更に奥へ管理の手を伸ばすというのか。労多くして、あまりにも見返りは少ない。


「交渉は、任せて良いのだな」


 集落と外を結ぶ道。

 岩場よりは多少ならされている程度のそこに降りたった三人。いきなり集落の真ん中に登場するわけにもいかないため、少しだけ歩く必要がある。


「ああ」


 ヴァルトルーデの確認に、エグザイルはわずかに頷いた。


 二人とも、今日は完全武装。

 ヴァルトルーデは魔法銀(ミスラル)の鎧を身につけ、腰には討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを佩いている。

 相変わらずの輝くような美しさ。そして、彼女には戦装束が最も似合う。ほんの十日ほど前に、亜神との激戦を終えたばかりとは思えない威風堂々とした出で立ち。


 そのヴァルトルーデが天上の美であるとするならば、エグザイルは地上で振るわれる鍛え抜かれた、しかし無骨な兵器だった。


 龍鱗(ドラゴンスケイル)の鎧は、イグ・ヌス=ザドとの激戦の生き証人。補修は終わり実用には問題ないが、傷や汚れは未だ残っている。

 背負った錨のようなスパイクフレイルも、よく見れば部分部分が欠けていることに気付くだろう。

 しかし、その持ち主であるエグザイルに刃こぼれは見あたらない。


 ユウトたちは知っている。

 エグザイルは、その天与の肉体を鍛錬という砥石で日々磨き力を強さを追い求めていることを。そこに一切の妥協は無く、ストイックという言葉すら微温い。

 まさに、敵に打ち勝ち、障壁を破壊するために鍛え抜かれた、武器だ。


 ヴァルトルーデは、ただそこに存在しているだけで気高く美しい。

 だが、エグザイルは違う。

 一見しただけでは、ただの無骨な道具に過ぎない。しかし、道具は振るわれることで真価を発揮する。そこに美しさがあるとするならば、機能美に他ならない。


 このブルーワーズで最強の座を争うであろう二人は、実に対照的。

 だからこそ、力を信奉する岩巨人と交渉を行うのにふさわしい二人だった。 


「ねー。なんかやってない?」


 先を歩くヨナが、二人を振り返って聞く。


「ああ。ラ・グだろう?」

「ラ・グ?」


 ヨナに、危ないから後ろ歩きは止めるように言いながら、ヴァルトルーデがそっくり聞き返す。


「そうか。人間はやらないんだったな」


 説明するよりも見る方が早いだろうと、エグザイルはあっさりと説明を放棄した。

 しかし、集落の片隅で行われているそのスポーツ――恐らくだが――は、徐々に近寄ってはっきり見えるようになっても、ルールはまったく不明だった。


 ユウトやアカネが目にしたならば、野球に似ていると感想を抱いただろう。


 フィールドの中央に、ピッチャーと思しき岩巨人がいてボール代わりの丸い石をおおきく振りかぶって砲弾のように投げる。

 それをバッター役と思われる別の岩巨人がヨナと同じぐらいの棍棒で力任せに打ち上げた。

 そのボール――としておく――を、フィールドに散った他の岩巨人たちが我先にと奪い合う。野球とは違って、攻撃側も守備側も関係ないようだ。


 そして、ボールに直接関与できない他の選手たちは……殴り合っていた。

 どうやら、地面に足以外が触れたら負けというルールらしく、地に伏せ膝を折った選手は、試合に関与することなく見物に回っている。


「まあまあだな」


 エグザイルは上から物を言うような批評を下すが、ヴァルトルーデとヨナには、もちろん違いは分からない。


 やがて、ボールを確保した一人の岩巨人が敵を蹴散らし、味方はその岩巨人を守りつつ援護し、ピッチャーやバッターがいた場所、野球で言うホームベース目がけて大型馬のように疾走する。

 そのピッチャーとバッターも殴り合い、ピッチャーが勝利していた。敗因は、バットが使えなかったことだろうか。


 最後の砦と、そのピッチャーがボールを抱えた選手の前に立ちはだかるが――ショルダータックルを受けて吹き飛ばされてしまう。

 そのままフィールドを駆け抜け、バッターが立っていた場所にボール。いや、岩を置き喜びを爆発させる。

 どうやら、攻撃側の得点のようだった。


 サッカーでゴールを決めたときのような歓喜の輪が、得点者を中心にできる。あまりにも手荒い祝福のため、その場には敗者しかいないように見えた。

 これが、岩巨人たちが伝統的に行なっているスポーツ、ラ・グの試合風景。


 ユウトならずとも、こう言うだろう。


「頭おかしい」


 と。


 しかしながら、この場にはまともな感性を持った人間が一人もいなかった。


「凄まじいものだな」


 感銘を受けたとでも言いたげに、ヴァルトルーデは何度も大きく頷く。


「だが、私なら、直接仲間に打ち返すな」


 しかも、モチベーションに溢れていた。

 間が悪いことに、それを止める良識と常識のある人間は品切れ中。


 ヨナも、やる気を煽るかのようにルールの質問をする。


「これ、空振りしたらどうなるの?」

「負けひとつだ」

「打ち返せないような所に投げたら?」

「三つ続いたら勝ちだ」

「あの石を棍棒で打ち砕いたら?」

「勝ちだ」


 説明をする気があるのか無いのか。分かりにくいことこの上ないが、とりあえず攻撃側視点の勝ち負けらしい。


「投げてきたあの石が体にぶつかったら?」

「負けだ。だが、連続で体を狙うのは反則だ。卑怯者として、石を持って追われる」

「いや。逆に、棍棒を砕くのも狙い目か……」


 ラ・グ攻略法を練り始めるヴァルトルーデだったが、彼女にとっては残念ながら、参加する機会は無さそうだった。


 近づいてきたよそ者三人。

 いや、エグザイルの姿を見て、ラ・グに興じていた岩巨人たちがにわかに騒ぎ出す。歓迎でも、拒絶でもない。遠巻きにして探るようにこちらをうかがっている。

 そのうち、思い出したかのように、何人かが集落の方へ走っていく。


「あまり歓迎されていないようだな」


 そういえば、エグザイルがなぜこの集落を出て、今まで帰ろうとしなかったのか。その理由をヴァルトルーデたちは知らなかった。

 話してくれないからといって信用されていないと不平を漏らすほど浅い仲ではないが、寡黙なこの岩巨人が自ら語るとは思えない。きちんと聞いておくべきだったかと反省する。


 しかし、それも一瞬。


「まあ、やることは変わらないだろう」

「そだね。あ、誰か走ってくる」


 ヨナが指さす先には、比較的小柄な岩巨人がいた。

 ずんずんと音が聞こえそうなほど大地を揺らし、必死に駆け寄ってくるのが分かる。エグザイルに比べて、胸が張り出しており小顔で、顔の作りもどことなく繊細。


 初めて見るが、岩巨人の女性なのだろう。

 その彼女が、体当たりをするような勢いでエグザイルの胸に飛び込んだ。


「しゅらば?」

「嬉しそうに言うな、ヨナ」


 いつもの棒読みだったが、わくわくは伝わってしまったらしい。ヴァルトルーデがアルビノの少女の頭をコツンと叩く。

 だが、状況は彼女たちの想像を超えていた。


「義兄さん! 今まで、どこに行っていたんですか!」

「にいさん?」


 ヨナが不思議そうに。

 言葉の意味が理解できないと、可愛く首を傾げる。

 そして、それはヴァルトルーデも同じ。外見はまったく似てはいないが、姉妹のようによく似た反応をする二人だ。


「お前も知っているだろう、スアルム」

「でも、生きていたのであればっ」

「目的を果たした後、どうするかはオレの勝手だ……」


 一方、本当に兄妹であるらしいこの二人。だが、エグザイルはすがりつく妹を振り払った。


「なら、どうして帰ってきたのです」

「友のためだ」


 きっぱりとしたその言葉に、スアルムと呼ばれたエグザイルの義妹はなにも言えなくなる。


「義兄さんは、卑怯です……」

「用があって来た。族長はいるか?」

「族長――義父なら、家に……」

「そうか」


 ひとつうなずき、それで関心を無くしたと言わんばかりにエグザイルは集落の中心へと迷いなく足を進めていく。

 ヴァルトルーデに、ヨナ。そして、スアルムもその岩巨人を追った。

 ついてきているのが分かっているからか。

 振り向きもせず、エグザイルが言った。


「大きくなったな、スアルム。まだ、子はいないのか?」

「結婚も、まだで……」

「そうか。里の男たちは、見る目が無いのだな」

「義兄さん!」


 スアルムが怒ったように手を振り上げ、しかし、それは振り下ろされること無く、頬を染めてもじもじと口の中で何か言っている。

 照れているようだ。非常に分かりにくいが。


「なんか、エグがお兄ちゃんしてる……」

「こう言ってはなんだが、意外だな……」

「というか、これはあれだよね?」

「傍観者になると、こんなに分かりやすいものなのか……」


 予想外の展開に、借りてきた猫のように大人しい二人。

 遠巻きにしている他の岩巨人たちのことは、とりあえず考えないことにする。必要があれば、エグザイルが何か言ってくるだろう。


「でも、人が少なくない?」

「そう……だな」


 ヴァルトルーデが上の空で答えたのには、理由がある。

 集落の裏手。

 いくつもの木の杭が並ぶ一画。

 種族が違うと言っても、習慣はある程度似るものだ。そう考えれば、あそこは墓地なのだろう。


 それはいい。


 だが、ここは本当に小さな集落だ。よそ者にエグザイルまで帰ってきたとなったら集落総出の騒ぎになりそうなものだが、見回しても百名いないように見える。

 それに対して、墓地に突き立つ杭は、あまりにも多かった。


「変わらないな」


 エグザイルの声で、ヴァルトルーデの意識が現実に引き戻される。

 立ち止まった彼の前には、岩巨人にあわせた大きさではあるが、掘っ立て小屋のような建物があった。

 これでも、まだ他の住居に比べればまだましな方。


 ユウトが言っていたとおり狩猟や山の恵みで生活しているらしい。現金を得る手段は、獲物の肉や毛皮を売りに行く程度だろうか。

 扉ではなくのれんのような布をくぐって、エグザイルが家の中へ入り、慌ててその後に続く。


「なにをしに来た」


 頭上から、声が降ってきた。


 それは錯覚ではない。

 目の前に座る岩のような男は、その体勢でもヨナはおろかヴァルトルーデよりも頭が高い位置にある。

 エグザイルを一回り大きくし、更に峻厳にしたような岩巨人。


 まさに、巨岩だ。


「義父さん、義兄さんにそんな……」


 なにも言わず、ぎろりと一瞥し義娘を黙らせる。


「もう一度だけ問う。なんの用だ」


 よく帰ってきたとは言わない。

 父子らしい、言葉も無い。

 また、それはエグザイルも同じだった。


「オレは、族長になる。そのために、帰ってきた」


 父。否、族長の前にどかりと座り、それが決定だと既定の事実だと。

 エグザイルは、堂々と宣言した。

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