ベーシアの異世界報告書Ⅰ 奴隷がぐるぐる回すと、いい感じに世界を滅ぼしそうなエネルギーが抽出される機械
久しぶりの番外編ですが、ベーシア(ラーシア)の一人称です。
「ボクの名前は、ベーシア。正義を愛する者さ」
自己紹介に重ねて、リュートをつま弾いた。
旋律が流れると同時に光でできた矢が飛び出して、筋骨隆々なジャイアントに突き刺さる。
「危ないっ! そんなのじゃ……」
しかし、その巨躯に比べて矢はあまりにも小さい。
草原の種族は、あまりにも非力。
「助けられたのに、その言い草はないんじゃない?」
そう思っていたであろう、冴えない人間のお兄ちゃんの目の前でオーガがあお向けに倒れ伏した。
即死。
急所のある敵なんて、こんなもんさ。
筋骨隆々?
エグに比べたら、小枝みたいなものじゃん。筋肉なんて言えない。ただの肉だよ、肉。
「あ? え? は?」
情けなく尻餅をついていた冴えない人間のお兄ちゃんが、首と目を挙動不審に動かす。
いいよ、いいよ。そういうの、もっとちょうだい。
「運が良かったね、冴えない人間のお兄ちゃん」
「冴えない!?」
「それで、こんな街道の真ん中で巨人に襲われるなんてなにしたの? 冴えない人間のお兄ちゃん」
「ロバーツです! 名乗らなくてすみませんでした!」
尻餅から土下座に移行したので、冴えない人間のお兄ちゃんを見下ろす体勢になる。
そこまでされたらね。ボクも鬼じゃないからね。
話ぐらい聞こうかなって気になるのも自然なことだった。
「ところで、お酒とか持ってない?」
会話には、お酒が必須だよね?
「奴隷がぐるぐる回すと、いい感じに世界を滅ぼしそうなエネルギーが抽出される機械の設計図です」
「奴隷がぐるぐる回すと、いい感じに世界を滅ぼしそうなエネルギーが抽出される機械の設計図かぁ」
ボクは、理解ある王様みたいにうなずいた。
冴えない人間のお兄ちゃんが、襲われた理由。
まさか、先祖から受け継いだ奴隷がぐるぐる回すと、いい感じに世界を滅ぼしそうなエネルギーが抽出される機械の設計図が原因だったとはね。
奴隷じゃないと駄目なのか。
いい感じに世界を滅ぼすな。
どんなエネルギーなんだ。
そもそも、どこから抽出しているのか。
というか、作るなよそんなもん。
ユウトがいたら、こういったどうでもいいことを気にしていたことだろう。
でも、いないからね。そんな些細なことに、こだわる人間なんてここにはいない。
「なるほど、なるほど。それは、大変だ」
街道の脇に腰を下ろし、冴えない人間のお兄ちゃんことロバーツにもらったワインをぐびっと一口。
高級品ではないけど、わりと美味い。
「実は、私の本業はワインの買い付けなんです」
「いい仕事じゃないか。奴隷がぐるぐる回すと、いい感じに世界を滅ぼしそうなエネルギーが抽出される機械よりも大事だよ」
「それは私もそう思うんですが、大して複雑ではない事情がありまして……」
聞けば、発端は何百年も昔。
ノームの発明家とドワーフの技術者がタッグを組んで、奴隷がぐるぐる回すと、いい感じに世界を滅ぼしそうなエネルギーが抽出される機械を開発したらしい。
実際に使いたかったわけじゃなく、できそうだから作ったと。実に、共感しやすい動機だった。
ぐるぐる回すということは、円を描く。
つまり、螺旋。
絶望の螺旋と、偶然パスがつながっちゃった感じかなー。危ない危ない。
幸いなことに表に出したらヤバイという分別もあったらしく、設計図を分割。
そして、衝突しがちなノームとドワーフ間を取り持った人間――冴えないお兄ちゃんの先祖も一部を預かり子孫に伝えていたと。
手綱の重要さがよく分かるね?
「悪用されたら、エラいことになるね」
「いえ、使用されるだけで大変なことになるんですが……。本物ならですけど」
「なにを言っているんだい。道具は道具。使う人間次第じゃないか」
「奴隷がぐるぐる回すと、いい感じに世界を滅ぼしそうなエネルギーが抽出される機械は、どう使っても悪じゃないですかねえ!?」
そんなことないよ。
島をひとつ落としたって、正義のためなら許されるもん。
まあ、ついでに悪の女帝も落としちゃったけどね! HAHAHAHA!
「それで、設計図を奪うために襲われたんだと思うけど……。さすがに焼けば良かったんじゃない?」
「詳しくは分からないんですが、魔法で保護されていまして。傷が付かないようになっていたんですよね。なので、まずは魔法を解除してもらおうと王都を目指して旅に出たんです。すぐに見つかってしまいましたが」
「そこに、ボクが偶然行き会ったと」
どういうわけか、異世界探索すると事件に当たるんだよね~。
今回の奴隷がぐるぐる回すと、いい感じに世界を滅ぼしそうなエネルギーが抽出される機械も、たぶん本物だね。
ボクの直感がそう言っている。間違いない。ユウトの大魔術師のローブを賭けてもいい。
ほんと、世界は危機に満ちているね。ボクを世界の外に出したのも当然って感じだ。
「ま、ここまで聞いたら放っておけないや」
「良かった……。護衛を引き受けてくださるんですね」
「は? 護衛なんかしないけど?」
「今、明らかにそういう話の流れじゃありませんでした!?」
ロバーツくんが立ち上がって抗議するけど、なにを言っているのかよく分からないな。あ、なんか鳥が飛んでる。
「なんで、鳥なんて見てるんですか!? というか、ほとんど点じゃないですか。よく見つけましたね!?」
「鳥なんて? ひどいな。鳥だって生きてるんだ。命という意味では、ロバーツくんと変わらないんだよ。ほら、謝って」
「ええ……。その、ごめんなさい……」
「って、あれはイーグルゾンビだね」
そんな気はしてたけど、これは放置できないや。
素早くリュートをかき鳴らし、頭上へ矢を放った。
結果は、見なくても分かる。
「……命は大事って話してませんでした?」
「そりゃ、時と場合によるでしょ」
「それは……そうなんですが……」
そもそも、ゾンビだから生きてないし。
「それよりも、護衛なんかしないよ?」
「二度言う必要あります!?」
「あるよ。やるのは、敵を根絶やしにするほうだから」
「根絶やし!?」
「通じなかった? なで切りとか皆殺しでもいいけど」
「理解できてますけど……ええ……?」
だって、手足を潰したって仕方ないじゃん。
刺すなら止め。
止めるなら息の根。
ヨナも言ってたし、間違いなく真理でしょ。
「長く苦しい戦いだったね……」
「ここまで一瞬でしたけど?」
崖の上で岩に片足を乗せ、ニヒルに笑うボクを見るロバーツくんの視線が生暖かい。
う~ん。ユウトみたいな切れ味はないなぁ。そもそも、ユウトだったらボクに付いてくるだけじゃなくて少しでも力になろうと修行でもしてるよ。
「まだまだだね」
「なんの話ですか!?」
「愛、愛だよロバーツくん」
ユウトが頑張ったのはヴァルに一目惚れしたからだしね。
愛は世界を救う。もうとっくに救ってたや。
いくらボクがいい男だからって、ロバーツくんに好意を抱かれても困るしなぁ。
「いつまでも、そのままでいてね」
「まだまだなのか、このままでいいのかどっちですか!?」
「もちろん、ボクの都合のいいほうだよ」
「理不尽!?」
誰かが得したら、誰かが損をするものだよ。
ロバーツくんも納得してくれたみたいで、視線を崖下に広がる街へと移動させる。
「それにしても、まさか吸血鬼が設計図を狙っていただなんて……」
こっちを偵察してたイーグルゾンビを潰したら、今度は吸血鬼が出てきたんだよね。
それでいろいろ教えてもらって、ここにたどり着いたわけ。
こうしてちゃんと段階を踏んでいたのにロバーツくんは信じられなかったらしい。
ユウトがいたら、《念視》の呪文で設計図の位置を特定。
そこに《瞬間移動》してフィニッシュだよ?
まあ、それはともかく。
「吸血鬼なら、奴隷なんて使い放題だねぇ」
「しかも、こんな街まで作っているとは……」
眼下に広がる、とても山奥にあるとは思えない整然とした町並み。
真ん中にでかい屋敷があり、そこから放射線状に街が広がっている。
夜だというのに随分と明るい。
だから、ここから見えるだけでも人通りは多い。
まあ、ファルヴのほうが全然上だけど。
なにせ、ここは活気が欠片もないからね!
「なんか、人通りはあるのに不気味なぐらい静かなんですけど……」
「吸血鬼が、人間を催眠して支配してるからじゃない?」
吸血鬼が、他の吸血鬼に自慢をしているんだろう。
奴隷を引き連れ歩いているが、その奴隷は大人しい。
まったく、趣味が悪いね。ヨナがいたら、町ごと灰燼に帰せなくてかんしゃく起こしていたかもだ。
「それで、ベーシアさん。これから、どうするんですか……?」
「あの数の吸血鬼を相手にするのは手間だよねぇ」
「いや、面倒じゃ済まないと思うんですけど……」
面倒じゃん。親玉を倒したら、それで全部終わりとは限らないし……。
……そうだ。
「起こしちゃおうか、反乱」
「それができないから、支配下に置かれているんじゃないですか?」
「じゃあ、できるなら問題ないってことだ」
うん。それがいいや。そうしよう。
「それじゃ一発歌うから、ロバーツくんは耳塞いでてね」
「え? あ、はい?」
もうロバーツくんのことは見ず、首元の包帯を取り去った。
封印を解く……ッッ。
「さあ、始めようか」
リュートをかき鳴らし、ボクは歌う。
戦いの歌ではない。
反抗の歌でもない。
愛する人と一緒にいられて、幸せだと。
夢を叶えるために歩いて行こうと。
この先に、希望が待っていると。
戦いの歌ではない。
反抗の歌でもない。
その必要はない。
歌に比べて、自分はどうなのか。
歌われたような幸せを潰しているのは誰なのか。
諸悪の根源に、自ずと気がつく。
「……なんか、吸血鬼まで街の真ん中にある屋敷に向かってますけど?」
「そこに、元凶がいるからだね」
奴隷になっている人間たちは、もちろん。
吸血鬼になんかして人間を虐げさせてと、親である吸血鬼に反旗を翻した。
「じゃあ、ボクも行ってくるから。ここで大人しくしててね」
「あ、はい。いってらっしゃい。……いってらっしゃい!?」
そして、ボクは闇に消えた。
「一大事でございます。侵入者! 侵入者でございます」
「騒がしいと思えば、侵入者とは……。何者だ!」
「それは……ボクだよ!」
「なに!?」
執事っぽい吸血鬼をしばき倒して変装してたけど、吸血鬼の親玉を前にボクの格好良い姿に戻った。
間髪を入れず短剣を投げて、影を縫った。
「う、動けぬッッ」
「ヴァルなら、ちゃんと懺悔させて改心させようとするんだろうけどさぁ」
アルシアも、そっち側だ。
ユウトはもうちょっと現実が見えてて、改心が無理な場合に備えてる。
エグとヨナは、まあ、エグとヨナだよね!
そして、ボクもボクなんだ。
今のボクは、流離の吟遊詩人。
「今は昔、吸血侯爵と呼ばれし邪悪なる吸血鬼ありけり。
自らの欲望に従い、一国の王子すら吸血鬼に落とす。
勇者・英傑に退治され、その身を灰と化すも計画の内なり。
異世界よりまかり越し乙女の血。
すべてをそれを得んとすための計略。
嗚呼、乙女の純潔は風前の灯火……とはならざり」
リュートから光の矢が飛び出して、天井を吹き飛ばした。
月光が、吸血鬼の親玉へと注ぐ。
「すべては、乙女の思い人たる大魔術師。その掌の上なり。
哀れ、乙女を前に吸血鬼は理力の檻に囚われる。
空気も通さぬ、絶対の障壁。
なれど、陽光はその理外。
哀れ、生命を育む光を浴び断末魔の悲鳴を上げる。
これぞ、因果応報なり」
歌声とリュートの余韻が、室内に満ちた。
けれど、今日の聞き手はイマイチだった。
見苦しいったら、ありゃしない。
吸血鬼なら、体から煙を噴いても平然としてるものでしょ。
「なっ、なぜだ!? なぜ月光が我が身を灼くのだ!?」
ユウト曰く、月光って太陽の光が反射したものらしいよ?
それって、実質太陽じゃん。
実際どうだか知らないけど、ボクがそう決めた。
歌で補強もした。
だから、現実になる。
「おっと、お仕事お仕事。仕事があるって、幸せだなぁ」
間違いないね。だって、ユウトはあんなに幸せなんだからさ!
吸血鬼の親玉には目もくれず、部屋を家捜しする。
しばらくして、目的の物が見つかった。さすがボクだ。
間違いないね。いかにも、奴隷がぐるぐる回すと、いい感じに世界を滅ぼしそうなエネルギーが抽出される機械っぽい絵が描かれてるし。
やれやれ、厄ネタはさっさと手放すに限る。
「ええと、なんて書こうかな。『前略。奴隷がぐるぐる回すと、いい感じに世界を滅ぼしそうなエネルギーが抽出される機械の設計図を手に入れたので送ります。上手いことやってください。風邪など引かないようお過ごしください。かしこ』こんなもんでいいかな!」
さらさらさらっと書き付け、設計図ともども紙飛行機にして投げる。
天井に開けた穴から飛んでいく後ろ姿に、パンパンと両手を合わせた。
「夫婦でいちゃいちゃしていい雰囲気になったところで、届きますように」
こういう条件付けをしておけば、確実に届くからね。
それに、いつもいちゃいちゃしてるから、なる早で届くということ。
なんという神のような采配! あ、ボクは分神体だったね。神だったよ。
ボクなら、このくらい当然だね。
だから、アルシアといちゃいちゃしているときには届きませんように。後が怖いからね。
「次は、もうちょっと平和な世界がいいなぁ。ボクを吟遊詩人として扱ってくれるようなさ」
人類と魔族が、南北に分かれて敵対する。
次はそんな世界に行って……ボクの希望は叶えられることになった。
びっくりだね?
意外とまともな内容だったな。ヨシッ!
というわけで、このベーシアくんが出張予定の「使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記(https://ncode.syosetu.com/n8955hk/)」を小説家になろうでも掲載中です。
下のランキングタブのところからも飛べます。
別サイトで契約(公式)作品として連載していたのですが、いろいろありましてね……。
毎日更新していますので、こちらもよろしくお願いします。