影の功労者は、語らない
本当は母の日に投稿したかったんですが、間に合わなかった番外編です。
気付けば、ヨナは美術館にいた。
どこまでも廊下が続き、その両脇には絵画や彫刻。書や工芸品。古今東西の美術品が展示されている。
芸術の殿堂。
しかし、アルビノの少女になんら感銘を与えることはなかった。
「夢だから、壊す」
「待って」
惑いなく超能力を行使しようとしたところ、ヨナをこの場に招待したリィヤ神が現れた。
二人とも、揃って声もテンションも低い。
だが、美と芸術の女神は焦りを隠せなかった。
ヨナにとっては夢だが、現実の天界に迎え入れているのだ。超能力を使用されたら、実際に影響を受ける。
簡単に壊れはしないだろうが、だからこそむきになる可能性も高い。
唐突に、芸術界へ危機が訪れようとしていた。
「アカネ様のお子様が、もうすぐお生まれになる」
だから、単刀直入に用件を切り出した。
「お祝いの品をお贈りする権利を、神々との話し合いの中で勝ち取った」
「要らないと思う」
「そういうわけにはいかない」
ユウトとアカネの困った顔が思い浮かび、ヨナはふんすと頬を膨らませる。
リィヤ神を前に、敢然と立ちはだかった。
「ただ、こちらとしても押しつけるつもりはない」
「つまり?」
「審査してほしい」
「分かった」
リィヤ神が一手に引き受ける代わりに、きちんと同意を得ることを求められた。
そんな細かい説明は抜きにして、一見スムーズに話が進んでいく。
「これなら、絶対に喜んでもらえる」
美と芸術の女神が、絵筆を取った。
アルビノの少女でもみとれるような華麗な筆致で描かれたのは、島。それも、浮遊する島。
平原があり湖があり森林があり雪山がある。どこを切り取っても絵になる、絶景の地。
「子供には、遊び場が必要」
「理解できる。でも、島?」
「そう。この浮遊島が贈り物。了承を得られたら、街の上に浮かべる」
表情は変わらないが、うきうきとしたリィヤ神の声。
「ダメ」
しかし、ヨナは即座に却下した。
「でっかいのは、嫌われる」
「人間はでっかいほうが喜ぶのに……」
「ユウトたちは、ただの人間じゃない」
「確かに……」
残念そうに、美と芸術の女神が肩を落とした。
しかし、芸術は永遠。この程度で、終わりはしない。
「では、これ」
次にリィヤ神が取り出したのは、人が通り抜けられるぐらいの銀色の輪っかだった。
「子供には、秘密基地が必要」
「分かる」
ヨナは特別心惹かれるものはないと思っているが、初等教育院の子供たちにはそういうところがある。
ユウトの子供たちも、同じだろう。それについていって遊んであげるのも、悪くはなかった。
「ポータブルホール。地面にぺたりと貼ると、決まった場所へのゲートが開く」
「つながっているのは、どこ?」
「それはもちろん、天界」
「却下」
「なぜ!?」
神々が、子供と遊びたいだけだった。
「逆に、天界からこちらへ来ることもできるはず」
「そんなことは……あるかもしれない」
しかも、地上へ遊びに来ることまで想定していた。
「……どうしても?」
「ダメ」
アルビノの少女は、まさに鉄壁。取り付く島もないとは、まさにこのこと。
「仕方がない……」
さすがの美と芸術の女神でも、突き動かすことはできなかった。
「今回は、小手調べのようなもの」
「ただし、付き合うのはあと二回だけ」
負け惜しみを言うリィヤ神に、すかさずヨナが条件を突きつけた。
「ユウトとアカネの新婚旅行、それから絶望の螺旋と殺り合ったとき。役に立ったのは、この二回だから」
「劇場は?」
「良いのと悪いので、打ち消しあってる」
活用しているが、シナリオを書く重圧でアカネが苦しんだことも知っている。
そのため、プラスマイナスゼロとなった。
「アカネ様の出産までの時間もあるし、制限は妥当。限られた条件の下でこそ、美しい芸術は生まれる」
美と芸術を司る、リィヤ神。
その名にふさわしい高貴さを宿し、決まり切ったことかのように言い切った。
「でも、二回は必要ない。次で決まる」
「期待してる」
皮肉ではない。ヨナの本心。
「でも、たぶん無理」
同時に、期待もしていなかった。
「意外と、早かった」
「納期を守れなくては、真の芸術家とは言えない」
草原が広がる、夢の空間。危険性を踏まえ、美術館は止めたようだ。
前回はヨナとリィヤ神だけだったが、今回はもう一人。
モノトーンの侍女服を身につけた、黒髪の女性を連れていた。控えめであまり目立たないが、美形と表現して差し支えないだろう。
「これは育児や教育をサポートし、子供を見守る高性能なホムンクルス」
「必要ではないけど、不要とまではいかない」
そもそも、ユウトの子供には母親が多い。祖母の春子もいるし、コボルドたちもいる。
面倒を見る人間は足りている。
だが、人手が多くて困ることもない。
それに、神が用意した子育てに特化したホムンクルスなら専門家。いてくれれば、心強いに違いない。
「でも、将来的には要らなくなる。そのとき、処分はさすがにできない」
「大丈夫」
その懸念に対して、リィヤ神は粘度の高い笑顔を返した。
「15歳になったら、自壊するようになっている」
「……なぜ?」
「そうして、命の大切さも学べるように」
幼い頃から世話をしてくれた、美しいホムンクルス。
成長を見守ってくれたであろう、大切な存在。
それが成人したところで壊れて、別れを知ることになる。
「人の心がない」
「え? 美と芸術の女神なのに?」
ユウトとアカネの子供であれば、ヨナの子供と同じ。
まだ見ぬ我が子のためにも、却下せざるを得なかった。
「これで、あと一回だけ」
「からの?」
「あと一回だけ」
「むう……」
ローテンションで繰り広げられる攻防。
リィヤ神は不服そうに頬を膨らますが、ヨナは小動もしない。
「分かった。原点回帰して次こそは認めてもらう」
「期待せずに待つ」
夢が終わった。
それと同時に、ヨナが現実でも覚醒した。暗い部屋に、赤い瞳が灯る。
「……お腹が空いた」
むくりとベッドから下り、部屋から出ていった。冒険者として保存食は常備しているが、もっと美味しいものが食べたい気分。
「今日は、アルシアはユウトと一緒に眠っている」
だから、厨房で食べ物を漁っても怒られない。
少しだけ口の端を上げたアルビノの少女が、そろりそろりと城塞の廊下を進む……と。
「あら、ヨナちゃん。こんな時間にどうしたの?」
ゆったりとしたマタニティドレスを身にまとったアカネと出くわした。
無言で、それでいて戦闘中でも出さないような速度でヨナが隣に移動する。
「危ない。誰かと一緒にいて」
「大丈夫よ。ちょっと、お腹が空いたからなにか作ろうかなって思っただけだから」
「駄目」
「……じゃあ、ヨナちゃんも付き合って」
「仕方ない」
連れ立って、城塞の厨房へと歩く。
その途中、赤い瞳で横を歩くアカネをちらり見た。
だが、視界は膨らんだ腹部でほぼふさがれてしまう。
ヴァルトルーデは双子だったが、それと変わらないぐらいお腹が大きくなっていた。
不思議だ。
不合理だとすら、感じる。
それなのに、ヨナは不思議とうらやましさも感じていた。
「もうすぐ生まれる?」
「そうね。もうすぐね」
「……分かった」
こんな不安定な状態で、子供を産もうという挑戦。
少しでも、心配事はなくしたほうがいい。いや、あってはならない。
ヴァルトルーデのときはヴァルトルーデだからそんな心配も湧かなかったが、アカネはただの人間だ。
「アカネのことは、絶対に守る」
「え? うん。ありがとうね」
アカネ本人も、今ひとつ危険性を理解していないようだ。
自分がしっかりしなければ。
アルビノの少女は頬を紅潮させ、固く誓った。
「今回もダメだったら、諦めてもらう」
「……自信がある」
三度目となる、夢での邂逅。
ヨナは腕を組んで小さな体を反らし、仁王立ちでリィヤ神を待ち受けていた。
絶対に我を通す。
強い決意だ。
「今までの失敗を分析した」
「今までしなかった?」
「……大げさ、ぎょうぎょうしい、大仰。その基準が、違っていた」
ヨナの指摘を、リィヤ神は巧みにかわした。
そして、追撃を受ける前に今回のマジックアイテムを取り出す。
今までで、最も小さい。
黒い絵筆だった。
「これは、ドリーム・ペインター。アカネ様の子供なら、芸術の素養があるのは当然。ならば、それを伸ばすのが美と芸術の女神の務め」
「効果は?」
リィヤ神の長広舌に興味はない。
ヨナが、じりっと美と芸術の女神に迫る。
「念じれば、思った通りの色が出てどこにでも描ける絵筆」
「どこにでも?」
「そう。空中にでも」
リィヤ神が巧みに絵筆を振るうと、空中に虹が生まれた。
美しい、七色の円弧。
「面白そう。でも、どこにでも描かれるのはアルシアが困る」
「もちろん、考えている」
どこからともなく、もう一本絵筆が取り出された。
先ほどとは違う白い筆。
それを振るうと、先ほど描いた見事な虹が消えてしまった。
「この対になった筆で、簡単に跡形残さず消える」
「それならいい。面白そう」
「そして、これが目玉」
好感触。
それに気を良くして、リィヤ神が再び黒い筆を手にした。
空中に筆を舞わせ、大鷲を描く。
「命あれ」
その目に色を落とすと同時に、合言葉を唱える。
すると、絵が消えた。
否、生まれ変わったのだ。
夢の空間を、大鷲が飛んでいく。どこまでも、どこまでも。遥か彼方へと。
生命の創造。即ち、奇跡。
「生物だけでなく、剣とか非生物もいける」
あまり表情は変わらないが、自慢気なリィヤ神。
しかし、ヨナの赤い瞳は淀んでいた。
あきれを通り越して、蔑みすらしている。
「その機能は要らない」
「え?」
「削除すれば、認める」
「でも、インパクトが……」
どこでも、どこにでも絵が描ける。
それを、簡単に消せる。
その程度の機能しかないマジックアイテムなど、神の贈り物にできるはずがない。実体化させる程度で我慢したのも、相当妥協をしたものなのだ。
「インパクトは、要らない」
「……目から鱗」
こうして、ヨナは神の認識を矯正することに成功する。
ユウトやアルシアでは、どこかで手心が加えられていただろう。
ヴァルトルーデでは、神々に対して意見をするのは難しく。
エグザイルは、判断基準が大らかすぎた。
ラーシアは……想像するのも、止めたほうがいい。
ヨナだからこそできた、偉業だった。
「ならせめて、10本ぐらい贈りたい」
「認める」
最終的には、数を増やすことで妥協が成立した。
ドリーム・ペインター。
神々を代表し、美と芸術の女神が贈ったマジックアイテム。
それは、イスタス公爵家の子供たちに代々受け継がれる伝統的な遊び道具となった。
それから、しばらく。
アカネは、無事男の子を産んだ。
当然、母子ともに健康。ヴァルトルーデよりも時間がかかったが、それは比較するほうが悪い。
充分、安産と言える範囲内だった。アルシアがいる以上、危険があるはずもないのだが。
「本当にありがとうね、ヨナちゃん」
その日のうちに、ヨナは一人アカネに招かれていた。
ファルヴの城塞内に用意された、母と子供だけの部屋。大きな窓からは暖かな陽光が降り注ぎ、室内の調度も落ち着いた物が選ばれていた。
病室のような清潔感と、自分の部屋のような居心地が備わっている。
「……なんの話?」
「リィヤ様の相手を、ずっとしてくれてたんでしょう? 本当に助かったわ」
「大したことじゃない」
「……そう」
アカネは、ヨナの白い髪をくしゃっと撫でた。
赤い瞳がくっと見開かれるが、アルビノの少女はされるがままになっている。
「そうだ。ヨナちゃんも抱いてあげて」
「いいの?」
「もちろん」
隣の小さなベッドに寝かされている、生まれたばかりの赤ん坊。
ライト。
ユウトとアカネの子供。異世界で生まれた、生粋の日本人。神々がこぞって祝福を与えようとした存在。
けれど、母親の腕に抱かれているその姿は、ただの赤ん坊に過ぎなかった。
顔はしわくちゃで、ふにゃふにゃして頼りない。
肉と皮が不釣り合いで、爪で触れるだけで弾けてしまいそう。
あまりにも、異質。
これが大きくなって、人間になるというのか。とても信じられない。
それなのに、ヨナは目を離せなかった。
「……産む」
「なんでいきなりそっちに!? でも、女の子としては正しい……?」
疑問を抱きながらも、アカネはヨナにライトを預ける。
か弱い。そして愛らしい、大好きな二人の子供をヨナはふんわりと受け取った。
……だが、手は使っていない。
「きゃっきゃっ」
ライトは、ふんわりと宙に浮いていた。
「……どうして、超能力で受け取っちゃったの?」
「自分の手より、信頼できる」
「喜んでるみたいだから、別に良いんだけど……」
楽しそうに笑うライトと、真剣に顔をのぞき込むヨナ。
ちょっとだけ常識から外れている部分もあるが、
生まれたての我が子と、アルビノの少女。
どちらが大物なのか。
そう、考えてアカネは思わず笑ってしまった。
「両方に決まってるわよね~」
現実は、どうなるか分からない。
未来に、とんでもない苦難が待ち受けているのかもしれない。
だが、今この瞬間は、明るい未来を無条件に信じることができた。
リィヤ神とヨナの口調がかぶってる上に、二人ともマイペースすぎていろいろ後悔しつつ書き上げました。
楽しんでいただけたら幸いです。