Boy meets Girl again(後)
もはやエイプリルフール関係ない、エイプリルフールネタの続きです。
・前回までのあらすじ
真名がヴェルガにマウントを取った!
私は、センパイの子供を産みましたけど?
真名が振るった、無慈悲な刃。
それをまともに喰らい、ヴェルガは薄く笑った。
激発はしない。
ただ、普段の淫靡さは霧散してしまっていた。
「そう。いかにも、妾は負け続けておる」
誇り高き、淫靡なる女帝が負けを認めた。
高貴であるがゆえに、事実を曲げることはできない。
だが、認めることと諦めることは同義ではなかった。
悪の半神は降伏などしない。絶対に。
「ゆえに、勝つまで続けるしかあるまいて」
「狂ってますね、相変わらず」
「分かっておらぬのう」
「いえ、分かっていますよ」
ユウトが知る真名は、ヴェルガとは間接的な関係だったはず。
しかし、ここでは違う。真名は、女帝の感情を理解している。
だから、眼鏡の奥の老いた瞳に浮かぶのは――憐憫。
「アキレスと亀のパラドックスと同じです。だって、勇人さんは何百年何千年経ってもあなたのものにはなりませんから」
「ならば、何万年何億年追い求めようぞ」
「そこまでは、さすがに生きてないだろう」
「であれば、死後の魂を妾のものとするだけよ」
「このストーカー!」
たまらず、麻衣那が声を上げた。
けれど、ヴェルガが気にするはずもない。
「問答は、この辺りで良かろう?」
闇を糸にしてあつらえたかのようなドレスを身にまとい、ヴェルガは天を見上げた。
地上で過ごす時間は、もうじき終わる。
そう、言いたげに。
「ええ。言葉を交わす時間は終わりました」
「なれば、やるべきことはひとつじゃな」
「はい。戦争です」
戦争という物騒な単語。けれど、眉をひそめたのはユウトだけだった。そのユウトも、実力行使に異存はない。
結局、ヴェルガとは力で決着をつけねばならないのだ。
「直接やり合うのは、久し振りだな。前はヴァルと殴り合いをしてたけど、今度は――」
やる気を見せたユウトだったが、この場にはもっとやる気で。ずっと前から、準備を続けていた存在がいた。
「――ご主人様、全兵装利用可能です」
「ぜ、全兵装?」
戦争には相応しいかもしれないかもしれないが、思ってもみなかったマキナからの報告に麻衣那が目を丸くした。
呪文書を片手にやる気だったユウトも、訝しげに老いた真名を見やる。
その真名は、ヴェルガと真っ直ぐに対峙し――軽く手を振り下ろした。
「マキナ、始めなさい」
「実は、もう始めています」
どこからともなく聞こえてくる、マキナの得意げな声。ハーフツインのメイド姿で、不敵な笑みを浮かべているに違いない。
「とりあえず、アングルモアミサイルからです」
最初はビール。
それくらいの気安さで、郊外の屋敷にミサイルが降ってきた。
大気を切り裂く、幾つもの轟音。
恐怖の大王が天から来て蘇らせたのは、破壊。
行くは破壊。
来るは破壊。
すべて、破壊。
「み、ミサイルですか!?」
「麻衣那、俺の後ろに」
返事を聞く前に、ユウトは白いローブで孫娘をかばった。
だが、意外なことに屋敷そのものへの被害はほとんどなかった。ただ、ヴェルガが現れた庭にだけ崩壊の鎚が振るわれている。
「超AI制御による、精密ピンポイント攻撃です。攻撃範囲も計算していますから、安心してご覧ください。ちょっとした見ものですよ」
マキナの説明は、控えめに言って謙遜が過ぎた。
庭には炎が踊り、風が巻き起こっている。
耳をつんざく轟音で、大声を出さないと会話は困難。
煙で視界が遮られ、爆心地の様子は見えない。
個人に向けて行うべき攻撃ではない。
にもかかわらず、ミサイルと砲弾の雨はまだまだ止む気配がなかった。
「……だから、こんな場所に住んでいたんだな」
「はい。ただ黙って、秘宝具を封印していたわけじゃありません。ミサイルや砲弾、そして兵器そのものに魔化を施し最高のタイミングで叩き込むつもりでした」
「この付近の地下に隠した、完全無人のミサイル基地。悪の半神といえども、察知は不可能だったようですね」
解説するマキナは、高笑いのひとつでもしそうだった。
「現代兵器を舐めるんじゃないです。環境さえ整えれば、神だって殺してみせましょう」
「――足りぬな」
爆心地から、低く冷たい声が聞こえた。
爆音にかき消されるはずが、間違いなく届いた。
麻衣那がはっと顔色を変えた瞬間、魔力の塊が無数に天へと飛んでいく。
「《矢弾》」
神が為す行い。
それは、すべて奇跡である。
その模倣を試みたのが理術呪文であり、その原形となるのが神々が振るう秘跡である。
ユウトが使用する数々の理術呪文に比べて、極めてシンプル。
ただの力技。
それでも、いや、だからこそ。
特に狙いを定めた様子もないのに、ヴェルガが放った神威の矢弾は降り注ぐ現代兵器と理術呪文の結晶を空中ですべて撃墜した。
「第二波攻撃、全弾消失しました。やはり、バケモノですね!」
「第三波と第四波、急いで」
「否、そこまでよ」
爆煙は、未だ晴れない。
生命が生きていけるはずがない破壊が、確かに行われた。
にもかかわらず、今度は赤い稲妻が解き放たれた。
「《御雷》」
「ちっ。《理力の棺》」
咄嗟に純粋魔力の障壁を発動し、屋敷そのものへの攻撃を防ぐ。
だが、ヴェルガの狙いはそこではなかった。
「……今の雷撃攻撃で、地下及び周辺に展開していた兵器の8割が損傷。再使用は絶望的……無念です」
「マキナ……」
麻衣那が気遣わしげな表情を浮かべる。普段は振り回されているが、お互いを思い合った相棒なのだ。
「まあ、これで倒せるとは思っていませんでしたけどね。これも、ご主人様の計画のうちです」
「はい?」
もっとも、あまり心配し甲斐のない相棒ではあったが。
「そうですね。目くらましの役割は立派に果たしてくれました」
爆炎と爆煙に包まれた、真名の屋敷。
大きく、さわやかな風が吹いた。
その源は、ユウトでも。ましてや、ヴェルガでもない。
真名からだった。
「……なるほどの。さすが、婿殿の子を産んだだけのことはある」
「その評価基準、なんなんだよ」
反射的に言ってしまったが、ユウトとしてもそれどころではない。
もっとそれどころではないのが、麻衣那だ。
「おばあ……ちゃん……?」
煙が晴れて露わになった真名。
麻衣那は、大きく目を見開いた。
驚いているのか。喜んでいるのか。やはり、驚いているのか。
まったく分からない。
理解が及ばない。
「若返って……?」
かくしゃくとした老婆のすがたは、そこになかった。
いるのは、麻衣那と同年代……とまではいかない。少なくとも、五歳ぐらいは上。
若さと色香と。その絶妙な境界の上に立つ、妙齢の美女だった。
「え? 若返ったということですか? どうして?」
「切り札は持っているとは思っていたが……」
驚いているのは、ユウトも同じ。
ただし、若返ったことそのものにではない。
「真名、その姿……。まさか」
「そうです。勇人さんのおこぼれで、私も亜神に昇格しています」
あの結晶に力を吸われて、加齢は止められませんでしたが。
と、薄く笑った。
このユウトがよく知る、少し困ったような。でも、怒ってはいない表情で。
「じゃあ、この先の展開も想定済みだな?」
「もちろんです。ご主人様は、この日を数十年待ち続けていたのですから」
「マキナ! なんであなたが答えるんですか!?」
「いいではないですか。もう、何十年も前に、やることやっているんですから。おや? これだと、またやることやるため若いす――」
声は、そこで途絶えた。
代わりに、胎児のような形をした結晶――怨嗟の精髄が宙に浮かぶ。
秘宝具を封印から解放し、真名は若さを取り戻した。
ひとつの呪文を行使するために。
「勇人さん、補助をお願いします」
「補助? この秘宝具を触媒にするのか!?」
「はい。残念ながら、私では力不足なのは分かっていますから」
亜神となった真名が、秘宝具を触媒として消費するほどの大呪文。
このユウトも、使ったことはない。
「つまり、これを潰せば妾の勝利ということだの?」
「させません!」
ホウコク重工が開発した、対パレオゾイック・モンスター用近接攻撃兵器『クリカラ』。
煩悩を破る智恵の利剣の名を冠した日本刀は、魔法銀ミスラルを配合した粉末鋼とチタンのクラッドメタルを加工して生まれた芸術的な逸品。
その愛刀を抜き放ち、麻衣那がヴェルガへと突進した。
肉体に埋め込まれた強化反射神経が、無謀な挑戦を支える。
地球人類の叡智の結晶。
「《火炎剣》」
そこに魔法の力を上乗せし、赤毛の女帝へ刃が迫った。
「――《時間停止》」
真名が呪文名を認識した瞬間、盛大な爆発が起こった。
「片手間に、第九階梯の呪文を使用するとはの。さすがは、婿殿」
「なにを喜んでいるんですか!」
「盾」
時を止め、その間に連鎖的な爆発呪文を唱えてヴェルガを釘付けにする。
そこまでお膳立てしてもらったにもかかわらず、麻衣那の一撃は秘跡によって遮られてしまった。
満足すべきなのかも知れない。あの飽和攻撃を受けても微動だにしなかった、赤毛の女帝に防御を選択させたのだから。
「まだ、まだです」
けれど、終わらない。終わりではない。終わってはならない。
「やあああっ!」
一呼吸で放たれた三連斬。
炎の軌跡を描き、火の粉を散らした連撃がヴェルガの盾に一筋の傷をつけた。
「よくやってくれた!」
「ほう」
そして、ユウトと真名にはそれで充分だった。
「《英霊降臨》」
勇者。
英雄。
豪傑。
偉業を為し、人と神々に足跡を印した存在を招請する亜神級呪文。
ユウトの補助を受けて、真名が唱えた奇跡の呪文は完成し。
魔法銀の全身鎧に身を包む。
この場に最も相応しい英雄が、現れた。
「ああ、そうだな。まったく、美味しいところを持っていくんだからな」
「それはそう……なんですが……なぜ麻衣那に?」
英雄が、孫娘に憑依している。
予想外の結果に真名が戸惑うが、憑依している本人はなにも気にしていなかった。
「馴染みはないが、いい武器だ。持ち主の心が伝わってくる」
「あ、ありがとうございま……す?」
自分に重なって存在する、とてつもない力の波動に麻衣那はどうしたらいいのか分からない。
重圧に潰されずに済んだのは、その持ち主が優しさに満ちていたから。
「よもや、ここで出てくるとはのヴァルトルーデ・イスタス」
「今の私は、ただの力だ。憎悪を向けても意味はないぞ、女帝ヴェルガ」
「……そのようだの」
かつて、共闘した後に殴り合ったことすらある二人。
行き着く先は、ひとつしかない。
「それに、そのような時間もない」
「所詮、仮初の降臨ということだの」
「いや。決着は一瞬だという意味だ」
自然な動作で、英雄が剣を振り上げた。
釣られるように、麻衣那もクリカラを上段に構える。
「妾の秘宝具を使って、忌々しき女を呼び出すとはの」
「逃げ出すわけには、いかないでしょう?」
「愉快ではないのは、確かだったの」
度重なる、真名からの挑発。
それに応えて、ヴェルガは真紅の大鎌を手にした。
しかし、英雄は一顧だにしない。
「聖撃連舞――陸式」
三連斬の倍、一瞬で放たれた六連撃。
それを、麻衣那が。麻衣那の体が、行なった。
耐えきれず、クリカラの刀身にひびが入る。
「剣で妾に負けるはずがないという態度が、気に食わぬ」
ガラスのような、澄んだ音がした。
ヴェルガが手にした、真紅の大鎌が半ばから折れる。
それを合図にしたかのように、漆黒のドレスが切り裂かれ鮮血が舞った。赤毛よりも、さらに赤い血だ。
まだ、致命傷ではない。正確には、ヴェルガが防ぎぎったと表現すべきか。
しかし、均衡を崩すには充分な損傷。
「くくく。これは、諦めるしかないのぅ」
「それは、嘘だな」
ヴェルガが、淫靡に笑う。
だが、英雄ヴァルトルーデ・イスタスにはもうどうにもできない。
末期の言葉も発することは叶わず、金色の粒子となって消えてしまった。
「今の……すごい……」
「はぁ……、はぁ…………」
「真名、よくやってくれた」
「今度会ったら、もっと燃費を良くするように言っておいてください」
「それ、本当にできそうで怖いんだが」
亜神級呪文を維持していた真名が、荒い息で膝をつく。
それを支えながら、ユウトは呪文を使用して麻衣那をこの場に呼び戻した。簡単な瞬間移動系の呪文だ。
ヴェルガも、わざわざ阻止をしたりしない。それよりも、優先すべきことがあった。
ユウトと言葉を交わすことだ。
「婿殿は、恐竜に執心だったようだからの。是非、この世界に呼び戻したかったのだが」
「世界全体はやめろよ」
「一部だって、駄目ですよ!」
麻衣那の極めて常識的な訴え。
しかし、向けられたのはヴェルガのつまらなそうで淫猥な視線。
「やれやれ。婿殿の孫とは思えぬ退屈さよの。それでいて妾を撃退するというのだから、道理にも割もに合わぬ」
「だから、麻衣那は最高なんだろう?」
呪文書を片手に、ユウトがにやりと笑う。
「世界を救うのは、神様でも王様でもない。いつだって、単なる冒険者たちだ」
「くくく。婿殿をただの冒険者と言い切る蛮勇は妾にはないがの」
ヴェルガが、淫靡に微笑んだ。
心の底から楽しそうに。
そして、淫虐に。
「ところで、婿殿。狙っておるの?」
「そりゃそうだ。もうそろそろ、終わりにしないとな」
ここで、ヴェルガを倒す。
決着をつける。
「妾も、同感よ。気が合うのう」
「そこは、昔から部分的に否定できないんだよなぁ」
「完全に否定してくださいよ!」
麻衣那のもっとも過ぎる指摘は、届かなかった。
少なくとも、ヴェルガには。
「ただのう」
悪の半神が、より一層淫蕩に笑う。
「そうはいかぬのが、世の常よの」
気づけば、不気味な胎児の結晶――怨嗟の精髄がその淫靡な繊手に握られていた。
「そんな。代償で使い切ったはずが!」
「残っておるではないか」
淫蕩な声。
男であれば、いや、人間なら誰しも蕩けきってしまうような声音。
それを聞いて冷静になるのは、恐らくユウトだけだろう。
「最悪の場合でも、こうなることは想定していたわけか」
「うむ。忌まわしき絶望の螺旋に取り込まれて以来、常に切り札は残すようにしておる」
「そういう成長は要らないんだが……」
ヴェルガの赤毛が、魔力の奔流で浮かび上がる。
魔力が、かつてないほどに高まっていた。
英雄を呼び出したときよりも、遥かに。
「どうにかできないんですか!?」
麻衣那の訴え。しかし、祖父母は首を横に振るだけ。
「駄目だ。下手に手を出したら、逆に制御不能に陥る」
「うむ。婿殿は、話が早くて良い」
魔力が渦となって屋敷を崩壊させる中、ヴェルガが淫靡に微笑む。
「信じるんですか!?」
麻衣那が、ユウトのローブをぎゅっと掴んだ。
その手を、真名が優しく包み込む。
「昔から、微妙に分かり合ってる風なのが腹立つんですよね」
「おばあちゃんも、なんでそんなに平然と……」
「センパイにどうにもできないものは、誰にもどうにもできません」
「それは……そうですけど……」
奇妙な納得。
それを待っていたわけではないだろうが、ヴェルガが怨嗟の精髄を握りつぶした。
「ではの、婿殿」
「そろそろ解放してほしいんだがな」
「次は、婿殿から会いに来てくれると確信しておるぞ」
淫靡に微笑み、一方的に言葉を紡ぐ。
そして、世界が闇に包まれた。
「いったいなにが……」
一瞬のような永遠。
あるいは、永遠に等しい一瞬。
魔力の奔流が収まったことを認識しつつ、麻衣那が恐る恐る目を開く。
「きゃっ」
白いローブを身にまとったユウトに抱かれていることに気付き、反射的に手足をばたつかせた。
しかし、ユウトは小動もしない。意外な力強さに、麻衣那はあらぬことを考えそうになる。
「えー、あ。あっ、そうです」
無理やり思考を再起動させ、現状を確認する。
「ここは……?」
先ほどまでいた郊外の僻地とは違う。
耐震性など考慮する必要のない、独特なビルが林立していた。
明らかに、日本とは異なる街並み。
浮かび上がる嫌な予感を、携帯端末に宿る超AIの分身が肯定する。
「照合完了しました。アメリカ合衆国イリノイ州シカゴです」
「そんな、あり得ないですよ!」
マキナの分析が、間違っているはずがない。
それを理解しているからこそ、麻衣那は悲鳴を上げた。上げざるを得なかった。
アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ。
摩天楼発祥の地。
今から20年も前にパレオゾイック・モンスターが蹂躙し、核で焼き払わされたはずの都市。
それなのに、往年の輝きが目の前にある。
「幻覚ですか?」
「いや、ちゃんとした実体がある」
麻衣那を下ろして、ユウトは首を横に振った。
「過去に送られたか」
「あっ、おばあちゃんが……」
「いないな。ヴェルガ、真名に対して相当ぶち切れてるな……」
ミシガン湖から吹く風が、摩天楼を通して増幅される。
ウィンディーシティの名にふさわしい風が、ユウトと麻衣那の間を吹き抜けていった。
……やっと、次回で終わる予定。
終わったら、バラバラになってる話の順番を整理したいと思います。
それから、前回の後書きで書いたコミカライズ関連の話は削除して活動報告に移しました。
もう一点。
次の番外編(だいたい5,000文字)も書き上がっているので、推敲して来週更新予定です。
登場人物は、ヨナ、リィヤ神、アカネですね。
それでは、今後ともどうかよろしくお願いします。