05.運命の討論会
予告通り、5話で終わったよ!
まあ、5,000文字ぐらいだから予定の文字数より2,000文字ぐらいオーバーしてるけどね!
ファルヴのほど近くに存在する神の台座。
数々の名勝負が繰り広げられてきた闘技場で、二人が向かい合っていた。
言うまでもなく、一人はユウト・アマクサ。イスタス公爵家の家宰。つまり、実質的な経営者だ。
そしてもう一人。いや、一柱がベーシア。
草原の種族の勇士ラーシアの分神体にして、イスタス公爵家独立運動の旗手である。
「ふふふ、逃げずによく来たね、ユウト」
「はっきりした形で決着をつけないと、いつまでもくすぶり続けるからな」
「一回、討論会を延期されたからさー。てっきり、なにか仕掛けてくるのかと思ってたよ」
「誰かさんのせいで、仕事が増えたのが原因だよ」
闘技場の中央で、エールを交換。
その様子を、観客席に集まった住人たちが固唾を飲んで見守っていた。
当初は、ベーシアの演説から十日程度で開催される予定だった公開討論会。
諸般の事情で、一週間延期された。
独立運動の存在はイスタス公爵領全体に認知され……満員の観客席という結果となった。
「ユウトのことだから心配ないとは思うが、大丈夫だろうか?」
「ヴァル、落ち着きなさいな」
「心配なものは心配なのだ」
ヨナは興味がなく、アカネは「勇人ならどうにかするでしょ」と城塞に残っている。だが、貴賓席で見守るヴァルトルーデは気が気でなかった。
それも仕方がない。公爵より上の存在。女王になるかもしれない瀬戸際なのだから。
「心配する気持ちは分かるけど、少なくともユウトくんはこの後のことを考えているわ」
「そうか……。ならば、私はユウトを信じるのみだな」
ヴァルトルーデとアルシアだけでなく、闘技場全体がユウトとベーシアに視線を注ぐ。
そんな中、結果として短く終わる討論会が始まった。
「初めての人もいるだろうから、基本からおさらいをしようか?」
武闘会でも使用されたマイクを手に、ベーシアが観客席を見回す。
その声、抑揚、間の取り方。
すべてが、人の心を揺さぶる。
「今のイスタス公爵領にとって、ロートシルト王国は成長を妨げる低い天井でしかないとね」
感情が乗った、感情を刺激する語り。
声さえ届けば、距離など関係ない。
「家宰であるユウトを、王国に獲られるかもしれない。問題だ、大問題だ」
まさに、扇動者。
「でも、不都合は他にもある。国内のバランスを取るため自重していたけど、南の山岳地帯には鉱物資源がいろいろ眠っている。その手つかずの資源開発が進むはずだ。そうなれば、景気はさらに良くなるよね?」
デメリットの次は、メリットの提示。
「さらに、今ボクたちがいるこの場所。神の台座に様々な神の恩寵があるけれど、これでも最低限だと知っていたかな?」
ベーシアの問いかけ。
ざわめきが、観客席を一周してもまだ止まない。
普通なら、信じられない内容。
しかし、彼らの領主なら。そして、ベーシアの言葉であれば信じられる。
「神王国との関係もあって遠慮していたけど、もっといろいろあったかもしれないんだよ。このファルヴだけじゃなくて、メインツやハーデントゥルムにもできたかもね」
ざわめきは、さらに大きくなる。
「独立したら遠慮する理由もなくなるからね。ボクたちのこの土地。いや、国が神々の加護をさらに得られることになるのさ」
なんて誇らしい。
声だけなく身振りでも、その感情を喚起する。
そして、それは神が実在する世界で生きる人々にとってこの上なく甘い言葉だった。
「さあ、こうして順調に発展していったらどうなるだろう? もちろん、人口が増える。実感しているよね? 働き手が足りなければ、余所から移住してもらわないといけないかもしれない。つまり、この快適な生活を得られる人が増えるわけだ」
ここで、ベーシアは沈黙を選ぶ。
そうして、かつてと今の生活を比べる時間を与えた。
「それは、この選ばれた土地に住んでいたボクたちの高貴なる義務――ノブリスオブリージュと言えるのではないかな?」
最後に、集まった住人たちの優越感を刺激する。
ひとつとして、嘘はない。
事実を口にするだけで、大勢は決まった。
満足そうに、ベーシアはマイクを口から離した。おさらいといいつつ、初太刀で急所を切り裂いた。
さあ、どう返す?
そう言わんばかりに、ユウトを見つめる。
5秒・10秒・30秒・1分。
沈黙が続き、ユウトは声を出さずに唇を動かした。
『ありがとう』
声ではない声を聞き、ベーシアは目を見開いた。
「……は?」
だが、もう遅い。
「うん。まったくその通りだ」
ユウトは、一切反論しなかった。
「外交関係の構築、軍事予算の増加、ロートシルト王国との関係悪化。デメリットはあるけど、メリットのほうが大きい。まったくその通りだ」
「やばやばやばやば」
危険。
相手がこちらの言い分を認めた。
なのに、それなのに。
盗賊の感覚が、最大の警告を発する。
ここは討論会場ではない。
ここは裁判所だったのだ。
ベーシアは、このとき虎口に誘い込まれたことを理解した。
そして、ここに虎児はいない。
「ただし、どの国の紐付きになってはいけない」
「そんなのは、当たり前のこと……」
「ラーシア」
「はいは~い」
いつからそこにいたのか。
それとも、今登場したのか。
討論相手と同じ容姿をした草原の種族――ラーシアが、ユウトの傍にいた。
「いやー。このボクが証拠を掴むのに苦労しちゃったよ。さすが、ボクだね」
ユウトのマイクに口を近づけるラーシア。
その手には、何枚かの書類を握っている。
「あんまりにも尻尾を見せないものだから、討論会の日程を延期してもらっちゃったよ」
「あれはほんと、きつかった……」
和気藹々とするユウトとラーシアに対し、ベーシアはガタガタと小刻みに震えている。
逃げ出すべきなのに、逃げられない。
その直感は正しかった。
実は、遥か上空にヨナが待機していたのだ。
誰にもなにも言わず、不都合があればすべてなかったことにするために。
「というわけで、空き巣泥棒して手に入れたご所望の証拠となります」
「ありがとう。というわけで、ベーシア。活動資金がどこから出ているのか。調べさせてもらったぞ」
「謀ったなっ。ボクめ、謀ったなっ!? あんなに一緒に飲み歩いたのも嘘だったんだな!?」
「恨むのなら、ボクたちの意地汚さを恨むんだね」
「最悪だな……」
討論会なんてやらなくても、二虎競食の計が成功していたのではないか。
苦笑とともに、ユウトはマイクを握り直した。
「というわけで、これが外国から独立運動への資金援助とか独立した後に見返りを払うという空手形を約束した手紙なわけだが」
「はっ。その気になればいくらでも稼げるんだけど? そんなボクが、外国からわざわざお金をもらって」
「まさか、ロートシルト王国とコンタクトを取って独立運動から手を引く代わりの資金供与を提案してるとまでは思わなかったぞ」
闘技場に、沈黙の帳が降りる。
「ただ酒は、美味かったか?」
「あったりまえじゃん!」
「……さすがボクだなぁ」
草原の種族は、どこまでも草原の種族だった。
「おっさん、頼む」
「待ちくたびれたぞ」
ユウトが片手を上げると、選手入場口から錨のような先端をした鎖が飛び出しベーシアに巻き付いた。
「あーれー」
そのまま引きずられるように連行されるベーシア。
「これにて、討論会を終了とする!」
事前になにも聞かされていなかった。
だが、ここしかないというタイミングでヴァルトルーデが宣言した。
ラーシアの話術を超える、天然自然の魅力。
まるで魔法が解けたように、観客席の住民たちが我に返る。
ここで発動する最大のペテン。
独立運動であるベーシアが不正を働いていたからといって、独立運動自体の正当性に瑕疵が発生したわけではない。
それを誰にも気付かせることなく、討論会は幕を下ろした。
「くっ、殺せっ!」
闘技場の内部。
控え室のひとつへと連行されたベーシアが、スパク・フレイルの鎖で拘束されたまま叫んだ。
「ボクは。こんなことで絶対に屈したりしないっ」
「同じ顔で、こんなこと言ってるんだがどんな気持ちだ?」
「え? 普通じゃない?」
今回はなんとか勝ちを拾ったが、精神的には絶対に勝てない。
ユウトは相手の土俵に乗ることを避けた。
そのために、後始末はこの三人――ラーシアとエグザイル――だけで行うことにしたのだ。
つまり、実力行使である。
「おっさん、頼む」
「ああ」
低く重たい声を発し、エグザイルがずしりと前に出る。
その手には、黒い包帯。
「ちょっ、エグ? 目がマジなんだけど?」
「オレは冗談など言わない。センスがないからな」
「そういうところだよ!?」
冗談を言わなければ、ベーシアの抗議も一顧だにしない。
ただ己の役割を完遂すべく、まず包帯を首に巻いた。
「くっ、くくく。死ぬ。死んじゃうからっ」
「この程度で死ぬのなら、苦労はしない」
屈強な岩巨人に拘束され、草原の種族がラッピングされていく。
と言っても、首から鼻の下にかけてと両腕をきつめに締めただけ。
口の部分は開くように、ちゃんと調整されている。
代わりにスパイク・フレイルによる拘束は解かれたが、ベーシアは不思議そうに首を傾げた。
「あ、なんだか体が重たい? 重たくない?」
「というわけで、俺とアルシア姐さんで取り急ぎ力を制限する魔法具を作成した。バンデージ・オブ・パワーコントロールってところか」
「あれ? 殺さないの?」
「そんな気は、最初からない」
分神体とはいえ、ラーシアなのだ。そんなこと、できるはずがなかった。
「ボクだから許されるようなところあるけど、ぶっちゃけ反逆者だよね? 力を制限する程度で許しちゃうのは甘くない?」
「ああ。だから、追放する」
「ふ~ん。じゃあ、ちょっと外国とか見に行ってこようかな~」
「違う。追放するのは、この青き盟約の世界からだ」
「ほほう。そう来た?」
「これでも罰になってるかは分からないけどな」
「なってないね。確実に」
首と両腕の黒い包帯――バンデージ・オブ・パワーコントロールをさすりながら、ラーシアがにかっと笑う。
「ま、それも悪くないかな」
「分かってたけど、ひたすら前向きだな……」
「誰にものを言ってるのさ? さ~て。それじゃ、別の世界でユウトが見過ごせないような悪の兆候を見つけてこようかな」
「そうだけど、そうじゃない……」
そういう大義名分で、放逐するのは事実。
しかし、そんな報告をされたら苦労するのはユウトだ。
「言うなれば、ボクは神の使い。はっ? 天使? ボク天使!?」
ベーシアは、高らかに笑った。
そこだけ切り取れば、新たな使命に高揚しているように見えなくもない。
「思い立ったら吉日だね。それじゃ行ってくるよ! じゃあね、ユウト。お嫁さんたちと元気に暮らすんだよ。みんなによろしくね」
一方的にまくし立て、ベーシアが闘技場の控え室から出ていく。
扉を開けて廊下に出た瞬間、その姿はかき消えた。
止めるつもりはなかったが、止める間もない。
これで一件落着。
そのはずだが、なんとも言えない後味だった。
「う~ん。歩いてすぐ異世界行きとは、ホライゾンウォーカーとしてはボクを超えてるかも?」
「悪事を見つけてくるって。ヴァルが知ったら、絶対に放置できない……」
「またまたぁ。ヴァルに知られなくても、放置するつもりなんかないくせにぃ」
ぽんぽんっと、ユウトの背中を叩くラーシア。
親愛に溢れた手つきに、ユウトは泣きそうになった。逆の意味で。
「まあ、あのボクも悪い子じゃないし。愉快犯だけど、筋は通すって」
「だから厄介なんだろ?」
「いざとなったら、ユウトも分神体を作って対抗すればいいだろう」
「俺が増えたら……? ヴェルガを喜ばせるだけじゃねえか」
「ははは。言えてるや」
しかし、ユウトははき違えていた。
分神体が増えただけで、ことさら喜びはしない。
ただ、それと同じだけ自らも分神体を増やす。
悪の半神ヴェルガは、そういう女なのだ。
なぜかヴェルガ様がオチ担当になりましたが、ヴェルガ様はこういうところあるよね……。
というわけで、ベーシアくんには作者の別作品に出張してもらうことになりました。
まずは、ノベリズムで連載している『使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記』ですね。
アドレスは、こちら。
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契約作品なので挿絵あります。
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