04.埋められる外堀
「それで、ベーシアにしてやられた結果がこれ……ってわけ?」
「ああ。完全に後手を踏んだ」
ベーシアの演説。ユウトが国に獲られたらヤバイよね発言が波紋を広げた翌日。
ユウトの執務机の上には、よりどりみどりの書状の束が広げられていた。
「独立したら得をするぞじゃなくて、独立しないと損をするぞってあおるのが上手いわよねぇ」
身重のアカネが、未開封の書状をひとつピックアップした。それは、ハーデントゥルムの評議会が代表して送ってきた書状。
どれから読むかは、どうでも良かったのだろう。ユウトは黙って受け取り、ペーパーナイフで封を開く。
「中身は、まあ、予想通りだな……」
そこには、遠回しな表現ながらユウトの王国宰相就任に反対の旨が記されていた。
しかも、この要望が受け入れられねば……という裏の意図も匂わされている。
二通目。今度はメインツのドワーフを代表しての書状だったが、ほとんど内容は同じ。もしかしたら、両都市の間ですり合わせがあったのかもしれない。
三通目は城塞のあるお膝元のファルヴから。突き上げでもあったのか、ヘレノニア神殿からだった。
四通目は、ケラの森に住む竜人の里から。
「どれもこれも、根も葉もない噂なので本当のこととは思えませんが本当ならば……っていう感じだな」
「よくもまあ、そんなにささっと読めるわね」
昔は呪文を併用して処理していたが、今はその必要もない。さっと一読するだけで、無視していい箇所と本題を整理し、理解できるようになっている。
「慣れだよ、慣れ」
「絶対に、慣れても無理だと思うんだけど」
「呪文よりも簡単だし」
「比較対象が違い過ぎるわねぇ。今の勇人なら、教科書丸暗記とかできるんじゃない? ラノベの、雑な天才設定の天才みたいに」
「ラノベの天才に恨みでもあるのかよ」
執務室には、ユウトとアカネだけ。
気安い幼なじみ同士で開封処理を進めていくが、四通目から六通目を前にしてユウトの手が止まる。
代わりに出るのは、ため息だ。
「はああぁ……。でもって、早速外国からもお手紙が届いているわけだが……」
「黒山羊さんに回しちゃう? あっ。でも、羊皮紙だと共食いには……ならないから、大丈夫ね」
「大丈夫な部分が、なにひとつとして見当たらない」
差出人は、北の大国タイドラック王国のエルドリック王。
西側で国境を接するクロニカ神王国の神王セネカ二世。
それから、百層迷宮を抱えるフォリオ=ファリナのチェルノフ世襲議員――ペトラの父親から。
さすがに直筆ではなく《伝言》の呪文を経由した代筆の書状だが、この問題で正式な書状を送るほうが問題だ。
現段階では、まだ。
「ロートシルト王国よりも、勇人王国を選ぶのね」
「ヴァルトルーデ王国だろ」
それはさておき。
ユウトが速読した内容をまとめると、独立を支持します×3といったところだった。もちろん、それぞれ温度差はある。
最も熱烈なのはセネカ二世からのもので、友人が同格の立場になることへの喜びに溢れていた。不義理を働くのが、心苦しくなるほどに。
逆に、ロートシルト王国からのアプローチがなにもなく申し訳ない気持ちになる。
「勇人、これもベーシアの計算通りだと思う?」
「思いたくない」
思いたくはないが、砂上の楼閣とはこういうことなのだろうとは思う。
計算はしていないが、なるべくしてなった結果だ。
「ねえ、勇人。これって、宰相にはなりませんって宣言したら済むお話?」
「それはそれでまずい。俺が宰相になるのは、既定路線だし」
「絶対に?」
「アルサス王の与党が少なすぎるんだ」
「あー。う~ん……」
二十年も石化して〝虚無の帳〟に囚われていたアルサス王。後継者となるための地固めがほとんどできず、即位のごたごたで有力貴族も力を失っている。かといって、王国にそこにつけ込むほどの余力はない。
そんな国内がまとまっているのは、野心のないイスタス公爵家の献身がすべてではないが大きな要因となっている。
「しばらくは今の宰相閣下に頑張ってもらうけど、後継者となると俺の名前が挙がるのはある意味当然だ」
そんなイスタス公爵家がユウトを出仕させないというのは、現代の企業経営で言えば銀行の貸しはがしのようなもの。
「もちろん、俺自身も国をちゃんと安定させてカイトたちの苦労を取り除きたいというのもある」
「それは重要ね」
アカネは一瞬で納得した。
そして、残る書状に視線を落とす。
「それで、やたら神々しいお手紙が他に……五通ぐらいあるみたいなんだけど?」
「幻覚だ」
「神々しいというか、神様から?」
「まさか、そんなのあり得るはずないだろうl」
もし仮に万が一。
絶対にそんなことはあり得ないが、それが天上からの書状だったとして。
その通りに行動をしたら、現イスタス公爵領は今まで以上に神々の遊び場になってしまいかねない。いや、なってしまう。
それは、それだけは避けねばならない。
ユウトはいつもの仲間――ヴァルトルーデたちを再び執務室に招集した。
そして、開口一番に告げる。
「というわけで、形振り構っていられなくなった」
「そうか。ユウトが決断してくれたのであれば、話は早い」
「エグ、ステイ! あれもボクなんだからね!」
新選組のお家芸を実行しようとしたエグザイルを、ラーシアが必死に止める。珍しく、稚気の欠片もない。
それも当然。岩巨人は完全に本気だった。
「悪い、おっさん。それは本当に最後の手段だ。死んでも、独立運動だけが残るという可能性がある」
「ふむ。吸血鬼の親を殺すようにはいかんか」
「斬っても分裂する粘液の化物のようなものか」
エグザイルとヴァルトルーデ。パーティの前衛二人が、それぞれの表現で納得する。
ユウトとしては、『板垣死すとも自由は死せず』が念頭にあったのだが、理解してもらえたのでなにも言わなかった。
そもそも、『板垣死すとも自由は死せず』とは言っていないらしいうえに、そもそも暗殺未遂事件の時に出た言葉。つまり、死んでいないので説明しても面倒なことになるだけだろう。
しかし、納得いかないのはラーシアだ。
「もうちょっと違う納得の仕方があるよねっ? 仲間は手に掛けられないとか、そういうのがさっ」
「オレが言うのもなんだが、殺した程度で死にはしないだろう?」
「うむ。まったく、言われてみればその通りだな」
「死ぬけど!? 死にますけど!? というか、ユウトの言葉を全否定してるけど!?」
「ラーシア、死ぬ?」
エキサイトするラーシアを、アルビノの少女が赤い瞳で射抜く。
「死ぬ……よ?」
「本当に?」
「た、たぶん……?」
なぜか、自信なさげに目を逸らした。
「それよりも、ユウトくんはラーシアにやらせたいことがあるのではない?」
「アルシア姐さん、ありがとう」
冷静に軌道修正してくれるアルシアには、頭が上がらない。
ユウトは、執務机から草原の種族をじっと見つめる。
「ラーシア」
「うん」
「ベーシアの組織に潜入して、内情を探ってくれるか?」
その言葉に反応したのは、ラーシアではなかった。
「ユウト……」
「ユウトくん……」
ヴァルトルーデとアルシアが、いくらなんでもあり得ないと愛する夫へと詰め寄る。
「私が言うのもなんだけれど、それは司祭が不死の怪物になるようなものよ」
「大丈夫。ラーシアを信じてるから」
「そうか。ラーシアが二人……なにもおきないはずがないか」
策士だなと、ヴァルトルーデが理解を示した。
正々堂々とした戦いを好む聖堂騎士だが、計略の類を否定するわけではない。
「二虎競食の計じゃないんだから」
荀彧による、劉備と呂布を噛み合わせようという計略。
結局、失敗しているんじゃなかったかとユウトは苦笑する。
「ちょっと流してほしい情報があるんだよ」
「情報? ユウトはヴァルとアルシアとアカネといちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃしてるからファルヴから離れることはないよって?」
「ラーシア、一人抜けてる」
「ああ、ヨナもね」
「そう、それでいい」
「よくない」
突然背中に飛び乗って自己主張してきたヨナを床に下ろしてから、ユウトは再びラーシアを見つめる。
「俺たちは、ベーシアと公開討論会で決着をつけるつもりだ。そう情報を流してほしい」
「討論会? なるほど、相手の領分で勝負をすることで、それまでの活動を鈍化させる作戦ね?」
アルシアの確認に、ユウトはそっとうなずいた。
その表情には、気負いも悲壮感もない。
「でもさー。肝心の論戦で勝てるの?」
「そのために、ラーシアにスパイをしてもらうんだろ」
「ふふんっ。ユウトは、人の使い方が上手いね」
ラーシアがその場で飛び上がり、くるりと一回転してユウトとハイタッチ。そのままの勢いで、執務室から消えていった。
数日後。
「ねえ、勇人。なんか、ラーシアとベーシアが肩を組んで酒場を回って独立を訴えてるって噂が聞こえてきたんだけど?」
「作戦、作戦だから」
公開討論会まで、残り一週間となっていた。
予定通り、次回で終わる……はず。