02.独立のコストパフォーマンス
「ラーシア、ずるい」
「ははははは。なにせ、ボクはもう立派な成人男性だからね。子供は、学校にでも行っていればいいよ」
「ラーシアも、学校に行ってない」
「行ったよ。いや、今も通っていると言うべきかな?」
無表情に不満を表明するアルビノの少女に向かって、草原の種族が見得を切る。
「そう。人生という名の、学校にね」
「さすが、ホライゾンウォーカー師匠は言うことが違うな」
「でしょう?」
執務机に陣取るユウトから言の葉の刃が飛ぶが、ラーシアは無傷だった。避けたのではない。その必要もない。分厚い外皮で弾き返したのだ。
「ラーシアだけ、ずるい。増えたい」
「ヨナ、普通は増えないんだからな?」
「だから、ずるい。そうしたら、学校とユウトで遊ぶの両方できるのに」
「俺で遊ぶ前提は、破棄しような」
緊急事態だが、一度に広めたくはない。
そのため、いつものメンバーだけがユウトの執務室に集められていた。けれど、ヨナに関しては若干後悔しつつあるユウトだった。
「それ以前に、ヨナちゃんのことだからどっちが学校に行くかでもめそうよね」
「昔アニメで見たぞ、そのパターン」
「絶対に負けない」
「ファルヴから離れた場所でやってくれ」
「ドラゴンの巣穴とかでやる。一石二鳥」
ちょっとだけ頬を膨らませて得意げに言うヨナ。
冗談ではなく本気なところが、なんとも言えない。
ドラゴンに関しても、なにも言えない。
「それにしても、深刻さも欠片もなくていいわ」
ソファに深く腰を掛けリラックスしているアカネが、楽しそうに笑う。恐らく、本気で言っていると気付かなかったのだろう。
正直なところ、ユウトはアカネにラーシアの件を教えたくはなかった。
しかし、知らないと対処できない事態になるかもしれない。いわば、苦渋の選択だった。
「それにしても、胎教にはうってつけな環境よね。安産間違いなし」
「朱音、前後がつながっていないぞ」
「うむ。子供の健やかな成長には、適度な刺激が必要だろう」
「ヴァル?」
「ま、まあ、なんだ。ラーシアが言う個人の感想というやつだが……」
身内だけなので真紅の眼帯を外しているアルシアににらまれ、ユウトの隣に立っていたヴァルトルーデが視線を彷徨わせた。
「心配をかけたことは謝る」
「過ぎたことに、あれこれ言っても仕方がないけれど……。後悔してからでは遅いのよ?」
アルシアとしても、許してはいる。だが、妊娠中にドラゴンを一刀両断した件を忘れているわけではなかった。
「ははははは。怒られてやーんの」
「ラーシアが原因ではないか」
「ええ? 今のは、ボク関係なくない? なくなくなくなくない?」
「そこが、諸悪の根源の辛いところだよな」
「ふっ、気付いてしまったんだね。ボクがすべての絵を描いていたことに」
「嫌だわ。余計なことを知った勇人が口封じに殺されちゃう」
「もしかしたら、ボクは誰かに止めてもらいたかったのかもしれない……」
「速攻で死んで、自己満足して退場したぞ」
バタリと倒れたラーシアをヨナが遠慮なくトゥーキックしていると、今まで黙っていたエグザイルが目を開いた。
重たく低いバスが、ユウトたちを現実に引き戻す。
「つまり、ラーシアが分裂したわけか」
「分裂ではなく、増殖ではないかしら」
「そうか。ますます厄介だな」
「ああ。分裂なら、少なくとも半分にはなってるはずだからな」
こうして、ラーシアが増えたという前提が共有された。
「人間が増えるわけないだろとか、言われないのがボクだよねぇ」
「むしろ、減ったほうが驚かれるよな」
「それ、死んだってことじゃない!?」
納得の空気が流れた。確かに、ラーシアが死ぬなど冗談にしても出来が悪すぎる。オオカミ少年だって、もう少しマシな嘘を考えるだろう。
「それで、ラーシアBの目的だが……」
「ボクに目的なんか、あるのかな?」
「ユウトに、ロートシルト王国から独立しろなどとそそのかしていたではないか」
「厳密にはボクじゃないんだけど……独立ねえ」
イスタス公爵領の独立。
それは確かに大事件だが……。
「その気がないのは私としても同じだけれど……。ユウトくん、実のところできなくはないわよね?」
「まあ、それはね」
「だが、できるとやるは別の話だろう」
「そうだな。ユウトがやるというのであれば、オレとオレの一族は一丸となって協力するが」
相変わらず、エグザイルは頼もしい。
ユウトは、心の中で頭を下げる。だが、口にしたのは独立について。
「簡単に言うと、いろいろめんどくさい。あと、俺以外のみんなの仕事も増える」
「そうなのか?」
「あんまり、イメージ湧かないわね」
「まず、ヴァルは女王になる。今までより、雑務が増えるに決まってるだろう」
「そこはユウトがなればいいではないか」
「そのときは、ラーシアとおっさんも貴族だぞ。侯爵と辺境伯にしてやる」
「自爆技ねえ」
アカネが笑うが、彼女にまで爵位となったら同じ反応ではいられなかっただろう。
「簡単に言うと、コスパが悪いってところだな」
「コスパで片付けるのも、どうなのよ」
「だって、独立したら自分たちで外交とか防衛とかしなくちゃいけないんだぞ?」
「なにが攻めてきても、私たちで守り切るが」
「殺る」
ヨナは、ただひたすらにシンプルだった。
「ロボットも復活させられる」
「ああ、海に沈めたっていうあれね」
異世界の無人島で発掘した、アルスマキナ。
一部機能は封印されたが、それでも普通の敵を相手にするにはオーバースペック。
「確かに、子供たちの代になっても安心よね」
しかし、ユウトたちがいなくなった後のことを考えれば話は別だ。
「まあ、普通の軍隊なんか跳ね返せる力を持ったとしよう。そうすると、どうなる?」
「ああ、そっか。それはユウトは困るよねぇ。ボクとしては、面白いけど」
「持たなくても、持ちすぎても面倒は減らないというわけか」
男性陣が即座に理解し合うところ、アカネが右手を挙げる。
「どういうこと?」
「で、そうやって防衛力を高めるとだな。自然、外交に追われることになるわけだ」
「ああ……。そうなるわね」
アカネが答えにたどり着き、アルシアも無言でうなずく。
ヴァルトルーデは、表情を変えない。ただ、美しい彫像のようにユウトの傍らにある。
「力のある冒険者に依頼が集まるのと同じことだな」
「うむ。そういうことだな」
ユウトのまとめを装ったフォローに、ヴァルトルーデが分かりやすく反応した。
「とりあえず、独立に関しては分かった」
「それで、肝心の増殖ラーシアはどうしている?」
「それは、リトナさんに任せているんだが」
リトナ。ラーシアの伴侶にして、草原の種族の祖神タイロンの分神体。
当たり前のように、分神体が活動している。それが、イスタス公爵領だった。
「大変よ!」
タイミングを見計らっていたかのように、彼女が執務室に駆け込んできた。
まるで、自らの分神体を追ってきたラーシアの再現。
そして、凶報もまた繰り返される。
「ラーシアくんBが、独立運動組織を立ち上げたわ」
「意外と正統派だなぁ、ラーシアB」
もっと搦め手で来るかと思っていたが、相手の行動はシンプル。
予想通りでありながら、それでいて最悪の展開だった。
急募:ラーシアBのコードネーム。
アバタシアとかガイバーシアでは、さすがに語呂が悪すぎたので。
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