01.それは、まぎれもなく
今回は、試験的に一話2,500~3,000文字弱で更新していきます。
さらに、ちょっとだけ政治絡みのお話になる予定です。
その日、雲ひとつない青空が広がっていた。
風はさわやかで、気温も暑くもなく寒くもない。
ファルヴの城塞に来て間もなく。川遊びをして英気を養ったときのよう。
そんな日でも、ユウトは仕事だった。
救いは、ノルマが終わったら子供たちと散歩に出かける予定でいることだろう。きっと楽しい思い出になるに違いない。
しかし、そんな未来は一人の来客によって暗雲に包まれてしまった。
「おっ、やってるね? 感心感心」
ファルヴの城塞。ユウトの城とも言える執務室。
今日はヴァルトルーデも詰めて書類仕事をしているところ、草原の種族が当たり前のように乗り込んできたのだ。
「ユウトー、独立しないの?」
「独立? なんの話だ?」
「その予定はないな」
認めているわけではないが、注意しても時間の無駄と書類から目を上げようとしない。
さらに言えば、そんな状態なのに気にしていない。
二人ともに、だ。
「えー? そんなのつまらない。つまらなくない?」
「ラーシアがこの世界から独立するというのなら、支援は惜しまないが」
「それは独立っていうよりは、追放だよね!?」
「そうだな。片道切符だ」
「ひどいっ」
「片道の切符を用意しているのに……?」
心の底から意味が分からないと、ユウトはやっと顔を上げた。
相手をする気になったというよりは、このほうがダメージが大きくなるからだろう。
今日も、いつも通りだった。
(迷惑そうにしている割には、きちんと相手をしているのだな)
と、慎重にサインをしながらヴァルトルーデは柔らかく微笑んだ。天上の美貌の中に、母性と慈愛を感じられる。
ユウトにその疑問をぶつければ、「対応するのもうざいけど、無視すると被害がもっとでかくなるから」と渋面で答えることだろう。
そこまで想像して、聖堂騎士はもう一度微笑んだ。
ある意味で蚊帳の外の状態だが、気にしてなどいない。
初めて会った頃から、何度となく繰り広げられた日常風景。
あの頃から、立場も関係もいろいろと変わった。
しかし、変わらないものもある。それはとても尊く愛おしいものに、ヴァルトルーデには思えるのだ。
ただし、ヴァルトルーデの記憶はやや捏造がある。
さすがのラーシアも、初対面でここまでなれなれしくはない。むしろ、突然現れたユウトを警戒していた。
まあ、それも最初だけだったが……。
その後の印象ですべて上書きされてしまったので、その点ではヴァルトルーデに同情の余地があるかもしれない。
「それで、独立ってなんの話だよ?」
「もちろん、このロートシルト王国からの独立だよ」
「ラーシア!?」
これには、傍観者に徹していたヴァルトルーデも声を上げずにいられなかった。
爆弾。劇薬。そんなレベルの話ではない。世界の安全保障の問題だ。
ロートシルト王国から、イスタス公爵領が独立する。
その意思を示しただけで、世界が揺れる。ヴェルガ帝国亡き後の火種となりかねない一大事。
「私にも、ユウトにもそんなつもりはないぞ」
「ああ。そんなこと、やるわけないだろう」
「知ってる。でも、できないじゃないんだよねー?」
「可能・不可能で言えば、そうだな」
「ユウト? なにを言っているんだ?」
大丈夫だと、ユウトは身振りで別の机で仕事をしていたヴァルトルーデをなだめる。
「だけど、メリットよりもデメリットがでかいからやらない」
「ほんとに~?」
「嘘を言っても仕方ないだろ。というか、俺を過労死させる気か」
「でもさぁ? 将来のことを考えたら、独立も手じゃない?」
虫でも追い払うように手を振っていたユウトが、動きを止めた。
それで、ヴァルトルーデは草原の種族の言葉に理があることを知る。
「ラーシア、どういうことなのだ?」
「それは、ボクの仕事じゃないよ。ユウトとしっかり話し合ったら? 夫婦なんだし」
「う、うむ。夫婦……。そうだな、私とユウトは夫婦だな」
「子供まで産んでおいて、そこで照れるの!?」
草原の種族が苦痛に顔を歪め、心臓を押さえる。
「あり得ない。やることやっといて……」
そのまま、二歩三歩とよろめいた。
「ボク一人を殺したところで、この流れは変わらない。時代そのものが潮流となって、新しい世界の訪れを求めているんだからね……」
情熱を燃やし尽くした革命家のようなことを言って、シームレスに退場した。
「相変わらず、ラーシアは……」
美神でも生み出せないに違いない美貌に苦笑を乗せて、ヴァルトルーデはサインすべき書類に意識を戻し――
「いや、それどころではないぞ」
――ラーシアが落としていった爆弾の存在を思い出した。
将来。つまり、子供たちの未来に関係する話だ。問い質さずにはいられない。
「ユウト、さっきの話はどういうことだ?」
「ユウト! ヴァル! 今、ここにボクが来なかった?」
しかし、息せき切って走り込んできたラーシアの存在によって中断を余儀なくされた。
珍しく汗をかいており、その表情は真剣そのもの。
それで、ヴァルトルーデはすっかり安心した。
「ああ、そうか。ラーシアの悪ふざけだったのだな」
うむと、納得して仕事に戻ろうとする。
「なにすっかり落ち着いてるのさ、ヴァル。もっと焦って、緊張感を持って!」
「ははは。しかし、今回の仕込みはラーシアにしては雑だな」
「ユウト、ヴァルはなにを言っているのさ!?」
理解できないと、ラーシアが短い手足をじたばたさせる。
「こういうのを、滑ったというのだろう? さすがに、出ていってすぐに戻ってくるのは手を抜きすぎではないか?」
「確かに、ラーシアにしては……待てよ?」
ヴァルトルーデは相変わらず楽しそうに笑っていて、ずっとそれを見ていたくなる。
しかし、ユウトのなかに、それを許さない違和感が芽生えた。
いや、違和感はなかった。なかったのだ。
それこそが、最悪の事態ではないか。
恐る恐る、ユウトは答え合わせを試みる。
「なあ、ラーシア。もしかしてなんだが……」
「そうだよ、ユウト。間違ってないよ」
「マジか……。あれは分神体だったのか……」
分神体。天上にある神が、地上で活動するための分霊。
階に足を掛けたばかりとはいえ、神の力を持つ以上分神体を生み出せても不思議ではない。
不思議ではないが……。
「どうして、分神体が突然……」
「なんか、朝起きたら分神してたんだよ」
「プラナリアよりひどい……」
分神体。
ラーシアが二人。
その報告を聞き。
ユウトは、しめやかに執務机へ突っ伏した。
随分短いスパンでの更新となりましたが……。
思いついちゃったんだ、「バッカヤロー! そいつがラーシアだ!」って言うラーシアをね……。
というわけで、短めですが週一で全五話ぐらいの予定です。よろしくお願いします。
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