表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
レベル2魔術師による修行生活(サバイバル)
612/627

06.撤退

 レンがまぶたを閉じた。

 その瞬間、ユウトは心臓から冷たい痛みを感じた。まるで、幽鬼(レイス)の手で掴まれたようだ。


 死。


 今まで、野獣たちの命を奪ってきた。ならば、逆も覚悟すべき。


 そんな理屈など、大切な人が失われようとしている現状ではなんの役にも立たない。


魔法薬(ポーション)だっ」


 やるべきことをやる。

 ユウトの思考は、瞬時に切り替わった。


 テントへ駆け戻り、無事だった荷物から魔法薬(ポーション)の瓶を取り出す。


 大丈夫。気を失っただけ。間に合う。充分に間に合う。


 そう言い聞かせながら、キャンプの中心。火が消えたたき火の側へと駆け戻る。


「レン、頼む飲んでくれ」


 無事だった虎の子の魔法薬(ポーション)

 その栓を抜き、口元へ近づける。


 最悪、口移しでも。


 そこまで覚悟を決めていたユウトだったが、杞憂に終わった。


 どろりとした液体が唇に触れると、レンは口を開き。少しずつ、だが確実に嚥下していく。


「良かった……。これで、なんとか……」


 レンの全身が、淡く光る。


 まるで逆再生するかのように傷が塞がっていくのが分かる。魔法薬(ポーション)はただの治療薬ではない。司祭(プリースト)の奇跡を水薬にしたものだ。

 ゆえに、傷は塞がっても失った血は戻らないなどということはない。


「レン、どうだ? 痛いところはないか?」

「…………」


 しかし、レンからの応えはなかった。


 星明かりの下だったが、見れば傷がすべて塞がったわけではないことが分かる。


「傷薬もっ」


 またテントに戻って塗り薬を手にし、そのまま出ていこうとしてから着替えが必要なことに気付く。

 


「悪い、レン。今は我慢してくれ」


 ボロボロになってしまった服をいろいろと苦労しながら脱がし、布で綺麗に拭いてから傷薬を塗っていく。

 もう、この服は《修理(リペア)》でも修繕できそうにない。


 不器用な手つきで包帯を巻き、新しい服を着せた。


 治療を終えたレンを、テントへと運び横たえる。


 これで一安心。

 そう思ったが、レンが目を醒ます気配はない。


 それどころか、顔には汗が浮かび呼吸も苦しそうだ。


「まさか、病気か……?」


 神の奇跡を再現した魔法薬(ポーション)

 ただし、病気には効かない。


 これは、元にした呪文がそうなのだから当然だ。


「レン、レン、レン……」


 汗を拭く。水で濡らしたタオルを額に載せる。手を握る。


 だが、レンは苦しそうに目をつぶったまま。


 名前を呼ぶ度に、不安が増していく。


 破傷風に、敗血症。もしかしたら、狂犬病。

 医療知識の乏しいユウトでも、怪我からの感染症の恐ろしさは理解している……つもりだ。


 もし、そんな病気にかかっていたら……。


「落ち着け。今日は、補給の日だ。助けは呼べる」


 だが、こんな状態のレンを残してはおけない。

 つまり、レンを背負って合流地点まで戻ることになる。


 最悪、共倒れ。


 きっと、その判断は誤りだ。


 それでも、ユウトは揃って生き延びる方策を練り続ける。


 荷物はすべて残す。というよりも、どうでもいい。修業の成果である獲物の角や牙も、ポケットに入る分だけしか持っていかない。


 今日の呪文も、攻撃呪文や足止めの呪文は捨てる。

 ただ、二人で移動するためだけに呪文は使う。


「絶対に、二人で帰ろうな」


 レンに声をかけ続け、汗を拭き、手を握りながら夜明けを待った。

 まんじりともせず朝を待ち、日が昇ると同時に行動を開始した。


「《縄芸(ロープトリック)》」


 修理しておいたロープを操り、がっちりと巻き付けた。


 貴重な理術呪文の枠を使ってしまうのは、ユウトとしても舌打ちしそうなほど悔しい。

 けれど、レンを背負ったままロープで結びつけるなどできそうになかった。かといって、しっかり縛っておかないと安定しない。


 まさに、命には代えられない。


「《全速転進(リトリート)》」


 続けて使用したのは、走る速度を上昇させる理術呪文。


 リトリート。

 ユウトに馴染み深いサッカー用語では、後退しつつ守備をすること。


 つまり、撤退。


 まったくもって、その通りだ。全速で全力で逃げ帰る。


「レン、ちょっとだけ我慢してくれよ」

「……う……ん……」


 うめき声なのか、返事なのか。

 分からないが、生きて呼吸してくれているだけでユウトはうれしかった。


 軽く息を吐いて、同時に覚悟を決め。


 ユウトはテントから出て、足にすべての力を込めた。


 怪我で足をやってから初めての全力疾走。

 治っているからか、それともアドレナリンが出ているからか。膝に痛みは感じない。


 レンの重みも、ほとんど感じなかった。元気になったら、たくさん食べさせないと。


 関係ないことを考えながらも、スピードは落ちない。


 普段の倍。あっという間に、景色が流れていく。

 しかし、それは短距離走の速度でマラソンをするようなもの。無謀すぎる。


 それを可能とするのが理術呪文。

 むしろ、呪文の持続時間内にどれだけ移動できるかが勝負。


 自分の庭とまではいかないが、もう慣れた森の中

 野生動物でも出せないような速度で、レンを背負ったユウトは走る。


 不安はある。というよりも、恐怖しかない。


 それでも、今は走ること。それだけしかできない。それしかない。


 やりたいことと、やるべきことが重なり、ユウトはかつてない集中力を保っていた。

 経験したことがない高速で移動しているにもかかわらず、足下のくぼみはきちんと避け、枝が自分だけではなくレンにも当たらないように配慮している。


 レーサーをも凌駕する集中力。


 けれど、それに水を差すかのように前方の茂みが動いた。


 慌てて立ち止まり、なにかが出てくるのを待つ……。


「なんだ、風か……」


 だが、なにも出てこなかった。


 安堵の息を吐き、そうしてまた走り出そうとしたその時。

 低い、うなり声が聞こえてきた。


 いくつも。


 今度は、気のせいではなかった。


 毛皮はごわごわして。

 目は血走り。

 威嚇の声を上げ。

 牙も爪も鋭い。


 そんな獣が、周囲を取り囲んでいた。


 狼。同じ群れかは分からない。


 けれど、こっちを追いかけてくるのであれば一緒だ。


「相手してやる余裕なんかねえぞ!」


 レンが聞いたら驚くだろう、乱暴な口調。

 ユウトは怒っていた。なにに対してかは分からないが、とにかく怒っていた。


 魔術師(ウィザード)らしい冷静さなどかなぐり捨て、包囲されていることなど無視して。


 ただ正面を向いて再び駆け出した。


 虚を突かれ、慌てて放たれた牙は虚空を噛んだ。


 しかし、それで諦めるような狼の群れではなかった。


 一瞬で態勢を整えると、自棄のような速さで森を征く人間を追う。


 ユウトは、それをほとんど気にしていない。

 他者は関係ない。自分との戦いだ。


 それはつまり、《全速転進(リトリート)》が切れるまでの勝負。


 命懸けの追いかけっこが始まった。


 レンを背負ったまま、ただまっすぐに走り抜けていくユウト。

 獣の誇りで、それを追いかける狼の群れ。


 石を蹴飛ばし、大木の横を駆け抜け、下生えを踏み、枝を払いながら獣道を征く。


 森が拓けた。


 しかし、そこはゴールではない。


 合流地点は、まだ先。


 狼の群れは、勝利を確信した。

 いや、していた。


 最初から、ここに追い込んでいたのだ。


 この崖に。


 にもかかわらず、ユウトは止まらなかった。


 そのまま駆け抜け、崖から――空に飛んだ。


「レン、命を預けてくれ」


 レンの次に大事に持っていた呪文書から、1ページ切り取る。

 それを宙に放って呪文を発動させた。


 過去最高の集中力。過去最高の速度。


 それに本人は気付かず、ゆえに完璧な呪文発動となった。


「《浮遊(レビテート)》」


 術者自身と、その荷物(・・)を縦方向に浮かべることができる第一階梯の理術呪文。


 魔法の浮力によって落下せず、空に漂う。

 狼の牙も、爪も届かない虚空に。


 当然だが、浮かばすだけでなく下ろすことはできる。


 悔しそうな狼の声は、もはやBGM以上の意味はない。


「まあ、結果としていいショートカットになったか。レン、もうちょっとだけ辛抱してくれよ」


 地面に足が付かない不安のほうが大きい。


 負け犬の遠吠えを背に、ユウトとレンはゆっくりと崖から落ちていった。





 《全速転進(リトリート)》が解けてから、どれだけ走り続けただろうか。

 時間感覚など完全になくなったユウトは、それでも諦めることだけはしなかった。


 絶え間なく動き続けた足は、その持ち主と大切なものを目的地へと運ぶことに成功した。


「ユウトくん、レン!? 無事なの!?」

「良かった。アルシア姐さん……」


 真紅の眼帯をした死と魔術の女神の司祭(プリースト)を目にし、ユウトは安心して吐きそうになった。


 神が実在する異世界に迷い込んでから、その存在に感謝したのはこれが初めてだった。

 今なら、入信してもいいと思えるほど。


「夜、狼に襲われて、それで……」

「ええ。大丈夫よ、ユウトくん。なにも心配は要らないわ。そこに寝かせてちょうだい。ゆっくりね」


 言われるままにロープを解き、


「怪我をして、熱を出しているのね。ええ、大丈夫。私が呪文で癒すわ」

「お願い……します……」

「その次は、ユウトくんの診断ですからね」


 返事もできず、ユウトはその場で大の字になった。


 テルティオーネは地面に横たえられた娘の姿を一瞥し、アルシアに任せれば問題ないと判断したのだろう。


 一服しようとして、手にした煙草の向きが逆だったことに気付く。


 何事も無かったように紙巻煙草を戻すと、今度はユウトへを見下ろした。


「ご苦労だったな。修業はここで終わり――」

「続けます」

「やめとけ、意地を張るもんじゃあねえぞ」

「続けます」


 意固地になっているわけではないようだ。

 ただ真剣な弟子の瞳に、見下ろしていたはずのエルフの魔導師(ウォーロック)は気圧される。


「ここでやめたら、レンが哀しむ。だから、俺だけでも続けます」


 説得は無駄。

 そう悟ったテルティオーネは、今度こそ正しい向きで煙草をくわえて火を付けた。


「分かった。ただし、補給物資はちゃんと持って帰れ」

「それはルール違反では?」

「こっからは、ユウト。お前一人の修業。最初からやり直しだ。だから、好きなだけ持っていけ」

「分かりました……」

「ああ、それから。しばらく休んでいけ。こいつは、師匠の命令だ」


 しかし、ユウトは答えない。

 答えられない。


 安心して、疲労は限界で。


 そのまま、気を失うように眠ってしまったから。

書いてて思ったんですけど、ユウトこれ責任取らないと駄目なのでは?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >書いてて思ったんですけど、ユウトこれ責任取らないと駄目なのでは? あれ? ユウトが鈍い原因は…?
[一言] レンは将来、薬神の一人として崇められるのかぁ。ただのエルフでは終われないだろうから。
[一言] やったねユウト!お嫁が増えるよ!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ