PostAct and Interlude
エイプリルフール嘘予告の続きの続きです。
しかも、つなぎの話みたいな感じになってしまいました。
作者も、なにを言っているのか良く分かりません。
良ければ、お楽しみください。
・前回までのあらすじ
西暦2070年。
世界は、超古代からの侵略者との戦いを余儀なくされていた。
そのパレオゾイック・モンスターを世に放った女帝。
それを予期して分霊体を残していた大魔術師。
二人の再会の鍵となった燃え尽きた魔術師。
女帝は姿を消し、分霊体として蘇った大魔術師――ユウトは、
燃え尽きた魔術師真名との孫娘である麻衣那とともに、孤島の研究所を占拠したドラゴンを圧倒的な力で倒したのだった。
「ラーシアの……孫……?」
「はい。こちらでは、初めてでしょうかユウト様。ラーシアの孫、カルセアと申します」
ドラゴンが占拠した研究所。
その最奥で丁寧なお辞儀をしたのは、シルバーワゴンの制服――NBC兵器をも想定した特注品――に身を包んだ少年だった。
少年と表現するには身長が足りていないかも知れないが、それは20世紀の常識。全身義体さえ完成させた2070年代の技術であれば、誰がどんな外見をしていても不思議ではない。
極端な話、頭部だけ動物に整形あるいは交換した人間が闊歩しているのがこの時代なのだ。
その常識を知らないユウトが、驚いている。
やはり、前時代の人間なのだ。
ユウトの孫である――まだ、完全には認めていないが――第二級戦闘魔術師秦野麻衣那は、そう考えていた。
だが、現実は違った。
「ラーシアの……孫……が……?」
ユウトが驚いているのは世界最強の救急サービス、シルバーワゴンのチームリーダーが少年どころか幼児と表現すべき外見をしていたからではない。
ラーシアの孫まで地球にいるからでもなかった。
「やはり、私の祖父は相当型破りだったようですね」
「あ、うん。悪いけど、その……」
ラーシアの孫が地球にいた。
それは、ラーシアのことを考えればある意味で当然。
シルバーワゴンの一員だったのも、この際、良しとしよう。
しかし、しかしだ。
「なんで、司祭に……?」
「それは、実に深遠な問いです」
黒縁眼鏡の位置を直しながら、カルセアはぴっちり七三分けにした髪を撫でる。
顔はラーシアそっくりなのに、まるで真面目な銀行員のよう。
その容姿もユウトに違和感を抱かせる要因だったが、麻衣那からすると堅めだが医師らしい格好にしか見えなかった。
「いや、宗教談義をしたいわけじゃなく……。ちなみに、どの神格を?」
「死者の魂を安んじ、魔術を保護する大いなる御方。トラス=シンク神です」
「タイロン神ですらないのか……。アルシア姐さんの影響か? いや、ファルヴにいたら、トラス=シンク神かヘレノニア神になるか……。そう考えると、ヴァルの影響よりもましか?」
「トラス=シンク? タイロン? ヘレノニア?」
聞き慣れない名前に、麻衣那は小首を傾げ……そのまま固まった。
「神?」
「そうです。異世界ブルーワーズにおわす神です。あ、神の名を口にしても問題はありませんのでご安心を」
「いえ、そういうことではなく、神……?」
それは、賢哲会議でも理論的に実証されている存在。
つまり、宇宙の誕生や生命の起源と同じように、在ることは分かっているが仮説でしかない存在。
真紅の女帝を知っていても、なお認めるのが困難な超越した存在。
それが神だというのに。
「お二人とも、その信じていらっしゃるのですか?」
おずおずと疑問を口にした麻衣那に、ユウトとカルセアの二人は対照的な反応を示す。
「なるほど。信じると口にするのは容易きこと。しかし、魔法が使えても、神の声が聞こえても、神の実在は疑わねばならない。それが信仰ということなのですね」
「神っていうか、あれはすごい力を持った只の人だよな……」
「ごめんなさい。これ以上は、こちらもキャパオーバーです」
いきなり、信仰について語るカルセア。
あたかも、見知った人間のように神を語るユウト。
これ以上、この話題を続けるのはまずい。
麻衣那の本能が、危険を告げた。
「こっちでも神術呪文がある程度使えるのは知ってるけど、まさか、あんな綺麗にドラゴンの傷が治るとは思わなかった」
「ドラゴンと言い張りますか……」
「はい。神の声が届かぬ異境での日々も、信仰の力は成長できる。それを身を以て証明できて、うれしく思っています」
カルセアにとっては、これも神が与えたもうた試練ということなのだろうか。
ストイックすぎて、むしろ、エグザイルの孫だといわれたほうがしっくりくる。
「お力になれる日が、いずれ来るかと思いますが。まずは、このドラゴンの治療に全力で当たらせていただきます」
そう言って、折り目正しくお辞儀をした。
その背後には、ユウトが使用した第四階梯の理術呪文《他者変身》でポメラニアンに変えられたドラゴンが見えた。
なぜポメラニアンかというと100%ユウトの趣味だ。しかし、ぐったりする小型犬の姿を見てショックを受ける大魔術師に、麻衣那はどう感情を処理すべきか分からなかった。
この人は、なぜこんなにすごいのにダメなんだろう。
無力な状態でないと通じない呪文だと言われても、問題はそこではない。
その点、シルバーワゴンのスタッフたちは優秀だ。
プラチナム契約――最もランクの高い顧客のために、粛々とポメラニアンを運び出している。
プロフェッショナルの矜持に懸けて、救急ヘリで運び出し、賢哲会議の息がかかった機関へ引き渡してくれることだろう。
「それでは、ユウト様。私は、この辺りで失礼します」
「あー、ユウト様ってのは、ちょっと」
「分かりました。では、またお会いしましょう、ユウトのおじいちゃん」
してやったりと笑顔を浮かべ、カルセアは研究所の地下から立ち去っていた。
そこには、確かにラーシアの血筋が感じられた。
「マキナ、これ知ってたな?」
「聞かれませんでしたので」
「……まあ、俺も逆の立場だったら言わないけどさぁ」
騙されたと、地団駄を踏む大魔術師。
これでは、祖父だと言われても説得力がない。
「あー。やれやれだ……。これで、おっさんの孫が魔術師になったりしてたら、どうしたらいいんだ。いや、盗賊という可能性も……?」
「それよりも、報告をしましょう」
「報告? ああ。香取さんにか」
香取圭吾。
賢哲会議の極東支部長。カンブリア紀から蘇ったパレオゾイック・モンスターが跋扈する2070年代、世界の半分を支配下に置くと表現しても過言ではない人物だ。
麻衣那にとっては雲の上の存在だが、ユウトにとっては精々ビジネスパートナーでしかない。
「そうなると思って、通信をつないでおきました。ヘッドセットで、そのまま会話可能です」
「さすがマキナ」
「感謝の極み」
研究所へ乗り込むときに装備した、小型のヘッドセットとゴーグル。
それを付け直し、ユウトは香取に事情をかいつまんで説明する。
「というわけで、シルバーワゴンに救助を依頼しました」
「救助? もしかしてドラゴンのですか?」
「もちろん。こっちは、麻衣那も無傷ですよ」
電波の向こうで、沈黙が流れた。
「あ、ドラゴンは今は小型犬になってますけど」
電波の向こうで、沈黙が流れた。
「なるほど、生け捕りにしたということですね。さすが天草師。想定以上の成果です。それだけの材料があれば、あの作戦も説得可能ですね」
「反対派がいる作戦? それは――」
ユウトの脳裏にひとつの可能性が浮かぶ。
それに気付いたのは、彼一人ではなくもう一人いた。
「妾を殺す算段かの?」
「女帝!?」
それは麻衣那ではなく悪の半神。
見る者を蕩けさせ、骨抜きにし、自ら服従を乞いたくなる。
そんな艶やかで淫靡な美貌に微笑を浮かべ、まるで最初からそこにいたかのように割って入る赤毛の女帝。
麻衣那は反射的に、サイバー日本刀『クリカラ』へ手を伸ばした。
しかし、抜かない。いや、抜けない。
相手が、あまりにも強大だから……ではない。
いかな三連斬を誇る『クリカラ』であっても、切り裂けるヴィジョンがまったく浮かばなかったからだ。
それほどまでに、隔絶している。
「……かけ直します」
一方、ユウトは冷静だった。
本来《瞬間移動》は非常に高度な呪文だが、ユウトは自在に操ることができる。
ならば、ヴェルガが同じように行使して姿を現しても驚きはない。
あの悪の半神に居場所が露見していないとは、どれだけ楽観的になっても思えなかった。
「しばらくぶりだな、ヴェルガ」
小型のゴーグルとヘッドセットを外し、苦笑を浮かべてユウトは言った。
実際、他にどんな表情をすればいいのか分からない。
「今まで大人しゅうしておったのだぞ? むしろ、褒めてほしいぐらいだがの」
「言われてみれば確かに」
「納得しないでください!」
呆然としていた麻衣那が、噛みつくように吠え立てた。
妙に仲が良さげな二人に、ついさっきまで抜けないと思っていたサイバー日本刀の刀身がまろびでてしまった。
「女帝がなにをしたか、説明したはずです」
「おや。妾の行いで人が死んだのが、そんなに気に食わぬか?」
「当然です」
「見解の相違よの。10億殺せば婿殿が妾のものになるというならば、念のため15億殺してみせようかの」
「……狂ってるッッ」
麻衣那が、心底軽蔑するように吐き捨てた。
理解できない。まったく理解できない。
愛した男性に振り向いてもらいたい気持ちは百歩譲って分かるとしよう。
けれど、それとこれとは話が違う。他者の命をもてあそぶようなことを許すわけには絶対にいかない。
「愛する婿殿のために、手段を選べるほど妾は器用ではないわ」
「それは……。ですが、人命と引き替えにできるものではありません」
「人命? 人がそんなに大切かえ? 妾にとっては、人も家畜も昆虫も等しい命だがの?」
「詭弁ですッ」
「麻衣那、深呼吸しようか」
孫の肩に手を置いた大魔術師は、相変わらず存在しているだけで淫猥で輝くような赤毛の女帝と相対する。
「俺の孫をあんまりいじめてくれるなよ。若くて、前途洋々なんだ」
「鉄は熱いうちに打つものであろう?」
「限度がある」
うれしそうに淫蕩な視線をユウトとかわすヴェルガ。
だが、淫猥で純真な笑顔を見せると、視線を麻衣那へと向けた。
「すべては、恋い焦がれた男の子を手にするため。妾に、やましいところなどないわ」
反論を聞くつもりはない。
そう、麻衣那の正論を切って捨てた。
「もっとも、そのような経験がなくば理解できぬのも当然かもしれぬがの」
「経験ではなく、常識で話をしているんです!」
「常識。久しく聞かなんだ言葉よな。まったく、耳に痛い」
「俺も同類だろって視線を向けるなよ、ヴェルガ」
「婿殿が常識を知っておったら、妾は今、このような場所にはおらなんだな」
「……まったく」
心当たりがあるらしく、ユウトは反論しなかった。
そんな祖父――とは、まだ認めていないが――を、麻衣那はじとっとした湿度と粘度の高い視線で見つめる。
「徒人が、分霊体を作って活動できるものかの?」
「そう言われると、弱いんだよなぁ」
「そこで納得しないでくださいッッ」
サイバー日本刀で床を切りつけ、麻衣那は吠えた。
それは本当に犬に吠えられた程度のものだっただろうが、ヴェルガは真っ正面から受けて立った。
「妾は諦めぬ。そちらは気に食わぬ。ならば、力で決着をつけるしかあるまい?」
「忘れるなよ、ヴェルガ。それで、失敗してるんだぞ」
「無論」
赤毛の女帝は追憶する。
せっかく精神世界に取り込んだユウトを逃がしてしまった、苦い記憶を。
「本当に惜しいことよ。できれば、もう一度やり直したいと思うほどにの」
「やるなよ」
「正妻気取りの聖堂騎士はおらぬのだ。異なる結果となろう?」
「無理やり手に入れても、それは本当の愛では――」
「じゃが、このままでは体も手に入らぬ」
「それは……」
妖艶で淫靡。
淫猥で高貴。
そんな赤毛の女帝が、苦しそうに吐露した本音。
麻衣那は思わず同情の視線を向けてしまったが、それも一瞬。
「ゆえに、力よ。妾を説き伏せたくば、論ではなく力を振るうことよ」
漆黒のドレスに包まれた胸を反らし、炎よりも濃い赤毛を見せつけるように断言した。
どこまでも傲慢に。
果てしなく淫猥に。
「た……した、のは……」
「なんぞ、言いたいことがあるのかの?」
「ドラゴンを倒したのは、この私です!」
ポニーテールを振り乱し、麻衣那は叫んだ。
力ならあると、虚勢だと理解していても、言わずにはいられなかった。
「ほう。妾の前に立ち塞がるか。さすが、婿殿の血よな」
「この人は関係ありません。あなたが気にくわない。ただ、それだけです」
「よう言うた」
淫靡に楽しそうに微笑む赤毛の女帝。驚くべきことに、本心から称賛していた。
ユウトは、ユウトにはそれが分かる。分かってしまう。
ユウトの孫というだけなく、秦野麻衣那という個人がヴェルガに認識されてしまったと。
「そのほうらが、パレオゾイック・モンスターと呼んでいるあれだがの」
「自分で、放っておいてなにを」
「絶滅した生物とは、あれだけだったかの?」
「……まさか」
麻衣那の疑問に答えることなく。
ただ、淫蕩な微笑みを浮かべて。
現れた時と同じように、悪の半神は忽然と消え失せた。
あとには、呆然とする麻衣那とため息をつくユウトが残された。
「とりあえず、香取さんと相談だな」
「……はい」
自分が余計なことを言ったせいで、女帝が本気になってしまった。
実際は異なるのだが、麻衣那がそう思っている以上は意味のないことだ。
「まあ、いざとなったら俺がどうにかするから」
ユウトは軽い調子で請け負って、ぽんっと麻衣那の頭を撫でた。
慈しむような。それでいて、少し緊張した手つき。
しかし、麻衣那はその手を振り払おうとはしない。
その姿は、祖父と孫娘とまではいかなくとも、血のつながりを感じさせるに充分だった。
次回は未定ですが、5万ポイントのの大台が近いので記念にユウトの修業時代の話を書きたいなと思っています。
(更新してブクマが大量に剥がれることがなければですが)
書きたいと思ってるというか、プロットはできてるんですよね。
タイトルも、『レベル2魔術師による修行生活』と決まっています。
でも、下手すると10話近くなりそうで、なかなか踏み出せない……。
というわけで、気長にお待ちいただけたら幸いです。