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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
ファルヴ騒動記その3
603/627

波瀾の名はアムネジア(前)

ブックマーク20,000件突破記念の番外編です。

前中後編の三部構成でお届けします。


時系列的には、ファルヴ騒動記その1 性別が変わった日(https://ncode.syosetu.com/n0747bz/493/)の翌々日。

人格入れ替わり事件の次の日という感じです。

なお、その事件(ファルヴ騒動記その2)はまだは書かれていません

「ここは……」


 性別が変わった騒動の直後に発生した、人格入れ替わり事件を解決した翌朝。

 ようやく平和な日常が戻ってきたファルヴの城塞。


 その一室で、次の騒動の種が芽吹きつつあった。


「あれ? 俺、学校から……?」


 ファルヴ一帯のみならず、ロートシルト王国。否、この世界全体に多大な影響力を有する一個人。そして、世界有数の大魔術師(アークメイジ)


 そんなユウトが、寝起きの胡乱げな様子とは異なる気配で天井を眺めていた。

 まるで、見知らぬ場所だというかのように。


 その横で、当番日(・・・)だったアルシアも目を醒ました。


「ユウトくん、起きたの?」

「は?」


 完全な不意打ち。

 反射的に声の方向を振り向けば、そこには黒髪の美女が横たわっていた。


 しかも、半裸で。


「昨日まで、いろいろあって大変だったものね。もう少し寝ていても……」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 反射的に飛び起き、落下するように床へ。

 そこでユウトは土下座し、壊れたスピーカーのように謝罪の言葉を垂れ流す。


「あの……。ユウトくん? いったいなにをしているの? ラーシアに脅されているのかしら?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。見ず知らずの人と一緒のベッドにいたなんて記憶がないと言っても、ああ、もう、なんだこの状況!?」

「記憶がない……?」


 昨夜、同じベッドで寝た記憶が……というわけではなさそうだ。

 恐らく、記憶にないのはアルシアのことだけではあるまい。


「ユウトくん、大丈夫なの? 痛いところはない? 気持ちが悪かったりは?」

「いや、そういうのは……って、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 会話が少し成り立ちそうだったが、ユウトが顔を上げた瞬間に崩壊した。

 シーツを体に巻き付けたままのアルシアは、その理由が分からず呆然としてしまった。シーツを体に巻き付けたまま。


「昨日までの、肉体と魂が入れ替わる騒動に続いてこれとは……」


 この地以外ではありえないことだった。


「……アカネさんに頼るしかないわね」

「朱音も一緒に!? いや、記憶が途切れる前は朱音と一緒に帰るところだったんだから不思議じゃないか……」


 驚きつつも、顔は上げないユウト。


(こういうところは、ユウトくんらしいわね)


 少しだけ安心したアルシアは、《伝言(メッセージ)》の呪文を使ってアカネを呼び出した。





「というわけで、勇人が記憶喪失になったわ」


 食堂兼会議室となっている城塞内の一室。

 そこに集められた面々を前に、アカネは苦笑と泣き笑いの中間ぐらいの表情で言った。


「勇人のTS、人格入れ替わりに続いてよ」


 さすがのアカネも、ここまでの天丼には閉口気味。せめて、もう少し間を空けてほしいところだ。


「今はヴァイナマリネンのおじいちゃんに見てもらってるけど、記憶喪失の部分は間違いないわね」

「その他の部分は、特に問題はなかったわ。心身ともに健康よ」


 向かい側に座るアカネの言葉を、アルシアが補足した。


「ちなみに、ヨナにも出会った……というよりは、向こうから来たのだけど。まったく同じだったわ」

「それでいてあたしやおじさんと春子さん……勇人の両親のこととか、向こうでのことは普通に憶えてたわね」


 それを聞いていたヴァルトルーデ、エグザイル。そしてラーシアは三者三様の表情を浮かべていたが、沈黙は共通していた。


 テーブルの上にはワインなどの飲み物も用意されていたが、誰も、ラーシアでさえも水も注いではいない。


 たっぷり30秒ほどしてから――冒険者時代のことを考えれば、30回は攻撃できただろう時間だ――リーダーであるヴァルトルーデは口を開く。


「記憶喪失……?」

「どうやら、そうみたいね」

「それは、忘れてしまったということか?」

「なにひとつ情報が増えてないね!」


 ラーシアが混ぜっ返すが、今ひとつ切れがない。


「つまり、オレはユウトの頭を殴って元に戻せばいいんだな?」

「やめて」

「やめてちょうだい」

「それは最後の手段だな。いや、私の役目だろう」


 むしろ、エグザイルのほうが切れ味は鋭かった。


「これが、天然の力……ッッ」

「それで、どの範囲まで記憶を喪失しているのだ?」

「こっちに来て以降は……みたい」

「むぅ」


 意外な答えではない。

 しかし、残念極まりない現実にヴァルトルーデは押し黙ってしまう。


「記憶以外は無事か。それは良いことなのだが……」


 釈然としない。

 再現不可能な美貌に憂色を湛えていた聖堂騎士(パラディン)は、小さく首を振った。


「いや。今、一番辛いのはユウトだな。私たちのことは二の次だ」

「さすがヴァルトルーデだね」

「当然のことだ」


 いじりがいがないとでも思ったのか。あるいは、これ以上踏み込むとマズいことになると無意識に悟ったのか。

 ラーシアは、話題を変える。


「そういえば、ヨナはどこにいるの? 学校?」

「まさか。勇人と一緒にいるわよ」

「大丈夫なの、それ?」

「でも、それ以前に、離れたがらないから……」

「う~ん。それは仕方ないね」


 ラーシアが、あっさり追及の矛先を収めた。

 もちろん、面白いことになりそうだからである。


「集っとるな」


 そこに、禿頭の大男――大賢者ヴァイナマリネンが姿を現した。


「調査が終わったので、寝かしてきたぞ」

「そこはせめて検査で」

「大差はなかろう」


 アカネの抗議も意に介さず、ヴァイナマリネンは空いた席にどかりと腰掛ける。

 全員の注目を受けてもマイペースで、ワインをそのままラッパ飲みして大きく息を吐いた。


「それで、記憶はいつ戻るの?」


 ラーシアも手酌でワインをグラスに注ぎながら、拙速に結論を求めた。

 しかし、大賢者は謎かけを口にするのみ。


「そも、記憶はどこに存在するのか」

「そういうの求めてないんだけど?」

「それは、脳でしょう。前頭葉とか側頭葉とか、その辺で」


 話に乗らないと、進まない。

 それに気付いたアカネが二十一世紀の地球人らしい答えを出すが、後半はやや曖昧になってしまった。とはいえ、間違ったことは言っていない。


「ワシは、その先があると思うておる」

「私には、話の先が見えないのだが」


 わけが分からないと閉口するヴァルトルーデを無視して、大賢者は自説を唱える。


「その先とはつまり、夢の領域よ」


 それは、生物すべての精神が接続しているとされている特殊な次元界。

 そこは自然崇拝者(ドルイド)の崇める祖霊(トーテム)たちが住まい、サキュバスやナイトメアを始めとする夢魔の故郷でもある。


「夢の……。アカシックレコードとか、そういうオカルトな話になっちゃう系?」

「ワシもあれも。それこそ100を超える呪文を記憶しとるが、あれが全部頭の中に入っているとかそれこそ頭おかしかろう」

「うー。そう言われると……」


 転移直後に理術呪文の巻物(スクロール)を読み、即座にギブアップしたアカネにとっては説得力のありすぎる言葉。

 それはそれとして、大賢者と呼ばれ尊ばれるヴァイナマリネンの言っていい言葉ではなかった。


「分かりやすく言うと、外付けハードディスクがあるんじゃないかってことよね……」

「ああ、そういうことだな。あるいは、認証に失敗しとるかだな」

「確かに、NASとかクラウドのほうが近いかしらね……」

「つまり、記憶は頭の中にあるだけではなく、夢の領域に保存されている」

「そことの接続が上手くいってなくて、ユウトは記憶喪失になってるって?」


 アルシアとラーシアの確認の言葉に、ヴァイナマリネンは大きくうなずいた。

 一方、エグザイルは自分の出番ではないと黙っており、ヴァルトルーデは頭上に疑問符を浮かべている。


 だが、聖堂騎士(パラディン)にも結論だけは理解できた。


「ユウトが再び呪文を使うことができたなら記憶も蘇るということか」

「それ、記憶が戻ったから呪文が使えるようになったのと区別つかないんじゃない?」

「始まりは、卵だろうがニワトリだろうが構わんだろうよ。いざとなれば、《奇跡(テウルギィ)》でも使えば、どうとでもなるだろうしな」

「無理をすると反動が恐ろしいわね……」


 自然に戻るのであれば、それに越したことはない。

 そう考えることができたのは、道筋が示されたお陰。


 にもかかわらず、それをもたらしたヴァイナマリネンは


「もっとも、記憶の戻し方よりも先にやるべきことがあるだろうがな」

「それはもちろん、勇人のフォローはするけど」

「ああ。しっかりしておけよ。重婚しとるなどと聞いたら、卒倒するだけではすまんだろう」


 倫理観がアップグレード。あるいはダウングレードされていない、ブルーワーズへ来る前のユウト。

 アカネには、はっきりと。ヴァルトルーデとアルシアは懐かしく思い出せる彼ならば……。


「あっ、ははー。最初の頃のユウトなら、全員と別れるとか言い出しそうだ」


 まったく、縁起でもない。

 ラーシアに鋭い視線が向けられるものの、当然、草原の種族(マグナー)が気にするはずもなかった。


「で、そのユウトは今どうしてるんだっけ?」

「ヨナと一緒だな」


 ずっと黙ったままだったエグザイルが答えた。

 それは、ただの事実ではない。それを遙かに超える破滅の言葉。


「……あ、やべっ」


 ラーシアの手から、グラスが滑り落ちていく。


 それが、事態の深刻さを物語っていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > 父親の雷蔵 あー、らいぞうだとすぐ変換に出てくるんですね… 今まで気づかなかった…
[一言] 記憶喪失にかこつけて、吹き込むのは基本ですよね! ……間に合うのか?w
[一言] そこはアカネと一緒にしとこうよと小一時間w 超常現象を目の前で実演する人間とセットにしておくべきでしょう。 最後のラーシアがシリアス感出してるだけで伝わる事の重大さよw
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