番外編その15 異世界における間違ったハロウィンの過ごし方(前)
半年ぶりのご無沙汰です。
ハロウィンネタの番外編を今日と明日の二回に分けて更新します。
わりと過去最高にひどい内容ですので、ご注意ください。
「ん? コーヒーの味がちょっと違う……にょ」
「にょ? ユウト、どうしたのだ……でござるか」
「ヴァルこそ、なんで武士っぽい喋り方っぽいぽい?」
いつもここからなにかが始まる、ファルヴの城塞の執務室。
珍しく。本当に夫婦揃って真面目に書類仕事をしていたユウトとヴァルトルーデが、顔を見合わせた。
数々の事件を解決した冒険者だ。これだけで、気付いた。
ラーシアかいずれかの神格かラーシアかヨナの悪ふざけだと。
「強制的に語尾が変わるとか、なんてテクノロジーの無駄遣いだメポ」
「そうでござるな」
「ヴァルはござる固定なのに、なんで俺はころころ変わるにゅう……」
これは、とっととどうにかせねばならない。
魔法であれば、解除はできる。
ユウトが呪文書をめくり始めた――その瞬間。
「トリック・オア・トリート」
「トリック・オア・トリート……だよ」
とんがり帽子をかぶってマントをした、かわいい魔女たちが執務室に入ってきた。
無表情だが心持ち胸を張ってやる気満々のアルビノの少女と、申し訳なさそうにしているハーフエルフの姉弟子。
二人揃っている時点で、ユウトはだいたいの事情を察した。
「ユウトとヴァルにハロウィンをお届けする」
「すでにいたずらしている以上、お菓子はもらえないるん」
「るん」
「真顔で言うのやめるのにゃあ……」
ヨナに珍妙な語尾を繰り返され、ユウトは軽く死にそうになった。まあ、ヨナが真顔でない瞬間など年に何回もないのだが。
「これ、《ライナの激笑》をベースにしたポーションの仕業でおじゃろう」
「そう」
「わざと……じゃない……んだよ?」
ユウトが奇妙な語尾で指摘した《ライナの激笑》は、魔導師ライナが開発した第二階梯の理術呪文。
呪文の対象を狂ったように笑わせ集中力を奪うという、使い方によっては凶悪な呪文だ。ユウトも、敵の魔術師を封殺するのに使用したことがある。
ヴァルトルーデがあまりいい顔をしなかったので、使用頻度は低かったが。
それをポーションにする際、事故が起こった。
語尾が変わるだけという害のない効果に変化した代わりに、抵抗もできなくなったということらしい。
「ピンポイント過ぎるでゲス……」
「とにかく、ユウトとヴァルは数々の関門をくぐり抜けて、黒幕のもとにたどり着いてもらう」
「私たち……が、待つ場所……にたどりついたら、終了……だよ」
「黒幕なら目の前にいるんだが……っていうか、クリアしたら解毒剤を配るとかじゃないアルか?」
「それは、全部終わったら自分で《破魔》して」
どこからかハロウィンのことを聞いてヨナが考えたイベントなのだろうが、根本的に間違っている。
根本的すぎて、間違いを指摘できないぐらいに。
「今、呪文効果消せば、どうとでもなるだろりゅん」
「それはダメ」
「ダメかぽよ……」
そこは対処できなかったらしい。
脆弱性を人情で押し切る作戦だ。チーズのように穴だらけだが、潔いと言えば潔い。
「ヨナちゃん……やっぱり、やめ……ない?」
「やめない。人質も取った。後戻りはできない」
「どうもー。人質でーす」
絶妙なタイミングで登場したのは、多才なことに定評のあるユウトの幼なじみだった。
コスプレをしないことで、人質アピールをしているらしい。
「朱音……。人質らしさが全然ないかしら?」
「秒でストックホルム症候群になったのよ」
「秒かにゃー」
設定がガバガバすぎる。
ユウトは、自分の語尾とともに深く絶望した。
「まあ、ほら。来年以降、街全体でできるイベントにしようってヨナちゃんたちがせっかく考えてくれたんだから。大人しく実験台になりなさいって」
「オブラートに包む努力を怠ってはいけないザマス」
ふざけた語尾のせいで、まったくシリアスにならない。
ユウトは絶望した。
「それで、ハロウィンとはなんでござる?」
「ヴァル、動じないわね……」
いつも通り堂々としたヘレノニアの聖女におののきながら、アカネはざっと説明をした。
元は、死者の霊を迎える祭りであったこと。
現代では、仮装をして楽しんだり、子供がお菓子をくれないといたずらするぞと練り歩いたりするイベントになっていることを手短に。
「なるほど。ヨナは、お菓子を用意してくれる人材を先に押さえたわけかでござるか」
「人質が味方になるのはよくあること」
「朱音がほぼ首謀者じゃねえかよ、みたいなー」
ヨナとレンのコスプレを用意したのもアカネだろう。
ほぼほぼ黒幕である。
「第一の関門は、花嫁広場にある」
「あるというか、いるというか?」
「だいたい察したネ」
いるのだろう。あの男が。
その予想は、完全に正鵠を射ていた。
いないはずがなかったのだ。
「ふっははははは。期待を裏切らず、予想を裏切る。それが創作の鉄則だよね!」
「そう思うんなら、二度と出てくるのではないのじゃ」
「まあ、最初だから簡単なクイズだよ。あと、今回のボクは黒幕の部下なので責任はない。ボクを責めるのは、殺人の罪を剣に求めるようなもの。いいね?」
「ラーシアは相変わらずでござるな」
花嫁広場。
ユウトとヴァルトルーデの結婚式が行われ、神々から贈られた時計塔が見守るファルヴで一番の広場。
そこは今、即席のクイズ会場になっていた。
急ごしらえの回答者席に座らされた、ユウトとヴァルトルーデ。武闘会で使用された魔法具のマイクも準備されている。
そして、観客までいた。
「お兄ちゃん……たち……ふぁいとっ」
「勇人、ヴァル。レンちゃんの期待を裏切らないように頑張るのよ」
「ラーシアは、我々の中でも一番の小物」
そう、黒幕たちまで観客に回っていた。
身を隠す気が欠片もない。
黒幕の定義が崩れるようなフリーダムさに、ユウトはなにも言えなかった。
魔女コスチュームのヨナとレンが可愛くて、怒るに怒れない……というのもなくはなかったが。
「というわけで、このファルヴとそこを治めるイスタス家に関してのクイズを出すよ。当たったら良いことがあります。外したら、悪いことが起こります」
「そこ、もっと具体的に言うのだ」
「それでは第一問」
「ラーシア!」
ユウトたちを囲む通りすがりの観客……つまり、住民たちから笑い声があがる。
語尾に対しての笑いではなかったので、そこは事前に周知されていたらしい。余計な配慮に、ユウトは涙が出そうだった。
「みんな楽しそうでござるな。さすが、ユウトとラーシアでござるな」
「そういうんじゃないのれす」
哀しげなユウトの言葉は、しかし、誰にも届かない。
そして、若干教育とか統治とかを考えていないでもないテーマを持ち出されてしまい、強硬な抗議も難しい。
悪辣だ。さすがラーシア。可及的速やかに報いを受けてほしいと、ユウトは神に願った。
届かなかった。
「問題。ここファルヴの地は、領主夫妻が初めて出会った場所ですが……初対面で、ユウトはヴァルトルーデのことをどう思ったでしょう?」
「狙い撃ちするんじゃないナリ!」
「ひゅーひゅー」
「味方がいないんだなもし」
昔、ハネムーンで行った宿のダンジョンを思い出す。
宿のダンジョンという時点でどうかと思うが、タイロン神が新婚の二人にダンジョンでレクリエーションを提供したのだ。
そう。ラーシアたち草原の種族の創造神が。
願いが神に届くはずなどなかったのだ。
どこまでも、同じ穴の狢なのだから。
「これは、答えが分かっていても恥ずかしいものでござるな」
「さあ、張り切ってどうぞ」
「一目惚れしたでちゅ」
「正解!」
わあああっっと盛り上がる観客。いや、住民たち。
語尾のことは忘れ去られているがそれでいいのかと、ユウトは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。
しかし、それも長くはない。
「では、最後の問題です」
「早いっちゃ!」
思わずといった調子で出たツッコミに、ラーシアがにんまり笑う。
「ボクともっと遊びたかったの? それは残念。ああ、残念だなぁ。でも、このあとも詰まってるからさくさく行かないとね」
ユウトは、謎の敗北感に苛まれた。
すべて、ラーシアの手のひらの上だ。
「というわけで、ラストクエスチョン。一目惚れだったユウトに対し、ヴァルがユウトを好きになったのはいつ?」
「ふむ……」
腕組みをし、ヴァルトルーデが考え込む。
普段とは違う方向から来た質問に、ユウトも柄になく緊張してしまう。
出題者のラーシアも、黒幕たちも無言。
じっと答えを待っていると、おもむろにヴァルトルーデが口を開く。
「ユウトは、私にないものをたくさん持っているでござる」
「うんうん。それはまったくその通りだね」
「ラーシア、黙る」
アルビノの少女にぴしゃりと言われて、草原の種族はふて腐れたように頬を膨らませた。演技だ。
「だから、冒険の中で、普段の生活の中で、そんなユウトから目が離せなくなって自然と好きになっていったのでござる」
「ヴァルでも、そこは普通なのねぇ」
「素敵……だ……ね」
「敵から助けられたとか、そういう劇的なイベントが足りない」
三者三様の反応に、ヴァルトルーデがはにかむ。
その愛らしさと麗しさに、周囲の観客たちだけでなくヨナすらも言葉を失った。
例外は、ラーシアだけ。
「それじゃ、ユウトに感想を聞こうか」
「まともな語尾で聞きたかったってばよ」
最初の段階で、お菓子を渡していたらこの悲劇は防げていたのだろうか。
ユウトは、失われた可能性に刻の涙を流した。
まだ、続くというのに。