表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
600/627

番外編その14 英雄の幸運

平成最後の更新です。

600話記念ということで、ヴァルトルーデがメイン。

Episode1のどこかであった出来事になります。

「では、そろそろ行ってくる」

「ああ……。村の視察だね」

「うむ。畑の生育状態を見るだけなら、ユウトよりも向いているぞ」


 魔法銀(ミスラル)板金鎧(プレートメアーマー)に身を包み、籠手と一体化した大盾を装備したヴァルトルーデが、得意そうな顔をする。


 思わず、イスタス伯爵家の家宰にして大魔術師(アークメイジ)ユウト・アマクサの手が止まった。


 ヘレノニアの聖女と出会って一年以上経つのに、その美しさには一向に慣れない。本当の美人には、三日経っても飽きることなどあり得なかった。


「本当に、《瞬間移動(テレポート)》で送らなくてもいい?」


 内心を気取られないように、ユウトは話題を変えた。

 幸い、ヨナもアルシアもいないので、上手くいってくれた。


「歩いても、今日中に往復できるからな。問題ない」

「それできるのヴァルだからだけどね……」


 聖堂騎士(パラディン)にもかかわらず、ヴァルトルーデは馬に乗れない。

 駆け出しの頃は馬など飼えなかったし、資金に余裕が出てからは馬車で移動。そして、《瞬間移動(テレポート)》を憶えてからは乗り物自体が不要になった。


 なにより、ダンジョンや戦闘中では逆に邪魔になる。


 さらに言えば、スピードもスタミナもヴァルトルーデが上だ。


 そのため、イスタス伯爵領――つい数ヶ月前に拝領した、ヴァルトルーデの領地――内にいくつかある村の視察は、専ら徒歩で行っていた。


 それに、いい気分転換にもなるようだ。


 なにより、ヘレノニアの聖女を害するなにかがいるとは思えない。


「ユウト、済まないがあとは頼むぞ」

「ああ。よろしくね」


 最初はアルシアとユウトとで行っていたが、他に仕事もあり密に連絡を取り合うのは難しい。

 その点、元は農村の娘であるヴァルトルーデは適任だった。


 しかし、この日の視察は、早々に中止を余儀なくされた。


「行方不明?」


 イスタス伯爵領内にいくつかある村。

 その入り口で待ち受けていた村長からの第一声に、ヴァルトルーデは眉根を寄せた。


「はい。領主様に、このようなことを申し上げていいのか迷ったのですが……」

「いや。よくぞ言ってくれた」


 話を聞く。

 それが、ヴァルトルーデにできるふたつの仕事のひとつ。


 普通なら領主に直訴など処罰覚悟で行うべきこと。


 それを行なっているという事実だけで、信頼関係がよく分かる。なにしろ、言わなければ逆に怒られるのだから正直にもなるというものだ。


「ディアス……狩人見習いの小僧が、夜明け頃に森へ入ったまま戻ってこないのです」

「一人で森に入る許可は与えていたのか?」

「ええ、一応は。でも、今までこんなこと一度も……」


 師匠である痩身の狩人が、無念そうに言う。

 今にも、再び捜索に戻りたいのを、必死にこらえているようだ。


 ヴァルトルーデの心は決まった。


「視察は後日だ。今から私が探しに行こう」

「では、案内を――」

「不要だ」

「お、お一人でですか?」

「案内は欲しいが、村のほうになにかあっては本末転倒だからな」


 もうひとつの仕事。

 それが、決断。


 実務に携わることができないイスタス伯にとって、それは義務であった。





 ヘレノニア神から賜った討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲーターを腰から下げたヴァルトルーデは、森の中にいた。


 無造作に。

 しかし油断なく、森の中を一人歩む。


 聖堂騎士(パラディン)健脚で、30分も進んだ頃だろうか。


 ゆったりと、実際には走るような速度で進んでいたヴァルトルーデは唐突に剣を抜き、左足を軸にして回転。


 右手の木と一緒に、突然背後から出現した熊を一刀両断。


 ずんっと、ふたつの重量物が地面に倒れる音がした。


「ブラウンベアか……」


 どこにでもいる。

 だが、いきなり襲ってくるような野獣でもなかったはずだ。


「なるほど。猟犬か……」


 となると、この先になにかがあるらしい。


 確信とともにさらに進んでいくと、唐突に森が開けた。


 その先に、一軒の屋敷があった。


 石造りの、優美な曲線を多用した白亜の邸宅。


 その前に、甲冑が立っていた。


「出迎え……か?」


 思わず討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲーターに手をやったが、甲冑はわずかに頭を下げただけ。


 小型魔導人形(ガーディアン)という、一部の魔導師(ウォーロック)が護衛として使役する魔導人形(ゴーレム)の一種だ。


 甲冑を身につけた小型魔導人形(ガーディアン)は襲いかかるようなことはなく、黙って屋敷の扉を開いた。


 ためらうことなく入っていくと、小型魔導人形(ガーディアン)は立ち止まることなく階段を上っていき、三階の一室の前で立ち止まった。


「この部屋に入れというのか?」


 もちろん、応えはない。

 だが、ヴァルトルーデに迷いはなかった。


 罠を調べた後の扉を開くのは、聖堂騎士(パラディン)の役目だったから。


「りょ、領主様!?」

「ディアス、だな?」

「は、はい」

「おや。これは、美しい挑戦者が現れたものだ」

「無事……。いや、どうにか間に合ったようだな」


 扉を開いた先は、遊戯室だった。

 ビリヤード台やルーレットなどの設備が揃っており、ダークエルフがスプーンを握って、厚手の服を着た少年に迫っていた。


 スプーンの向かう先はスープではなく、少年の右目。


 どうしてそうなったのかは分からないが、目をくりぬこうとしていたらしい。


「まずは、ディアス。私の民から離れてもらおうか」

「対価になにを差し出してくれます?」

「今すぐ命を殺らないというのは、どうだ」

「剣呑なことです」


 野蛮人を嘲弄するかのような口振りで、それでも、ダークエルフは少年から離れた。


「改めまして歓迎しましょう、美しき領主様」

「ヴァルトルーデ・イスタスだ」


 称賛の言葉は完全に無視し、改めてエルフの男を睨め付ける。


「私が預かる土地に、こんな館があると聞いたことはないが。ダークエルフが住んでいるともな」

「私はカスタエア。次元の狭間にたゆたう趣味人……」

「そうか。ここは、別次元界か」


 地球の伝承で言えば、迷い家が近いだろうか。


 たまたま入り口が、この付近にあった。

 否、誘い込まれたのだ。


 ディアスも、ヴァルトルーデも。


「それで、その子をどうするつもりだ?」

「彼は、賭けに負けました。だから、唯一の取り柄である、その美しい瞳をいただきます」

「い、イカサマだ!」


 事実なのか負け惜しみなのか分からないが、今はあまり大事ではない。


「では、その勝負は私が引き継ごう」

「りょ、領主様!? そんな、俺なんかのために……」

「なんかではない」


 ヴァルトルーデは、その想像でしか描けないような美貌を向けて言った。


「私に税を徴収する権利があるのは、住民の安寧を守るという義務を果たしているからだ」


 正確には、ユウトからそう聞いている。


「義務を果たすのに、相手や状況を選んでなどいられない」

「これはご立派」


 嘲笑にも似た、軽薄な拍手が遊戯室に響き渡った。


「それでは、ルーレットなどいかがですかな?」


 軽くルールの説明を聞いたヴァルトルーデが、鷹揚にうなずいた。

 席に着きながら、淡々と告げる。


「分かった。では、6に賭けよう」

「ルージュでもノワールでもなく?」

「ん? それも、賭ける場所だったのか?」


 ギャンブルには疎いヴァルトルーデが、端麗な相貌に驚きの色を浮かべた。


「それでは、どちらかが必ず当たりではないか」

「必ずではありませんが、そうなりますねぇ」


 それがなにかと、ダークエルフは苦笑する。

 もちろん、個々の数字を狙う戦術も存在するが、いきなりなどあり得ない。素人丸出しだ。


 コレクションに神剣が加わる様を夢想し、嫌らしく憎たらしい笑みが我慢できない。


「ちなみに、なぜ6を?」

「私を含めた仲間の人数だ」


 我慢できず、笑ってしまった。


 しかし、長くは続かない。


「バカなッ」


 ディーラーを兼ねる小型魔導人形(ガーディアン)が放ったボール。

 それは、6のポケットに吸い込まれた。


「もう他に、好きな数字はないな。別のゲームにしてもらいたい」

「バカなッバカなッ」


 カードでも、同じだった。


「これは、交換する必要がないようだが?」

「スリードラゴン……」


 ポーカーでいえば、ロイヤルストレートフラッシュ。

 配られた時点で、最高の手が揃っていた。


「バカなッバカなッバカなッ」


 クラップス――ダイスゲームでも同じだった。

 7と11が連発され、子の勝利が続く。


 もちろん、ダイスはカスタエアが用意した物。イカサマなどではない。


「すまないな。私は、とても運がいい(・・・・・・・)らしい」


 瞬時の計算力も、勝利を引き寄せる技術も、流れを読む眼力も。

 ヴァルトルーデには、なにひとつとして存在しない。


 あるのはただの運。


 同じ村にアルシアがいたという幸福。

 そのオズリック村に、偶然(・・)エグザイルとラーシアが流れ着いたという天佑。

 ユウトが転移した場所に居合わせ、なにより、それがユウトだったという僥倖。

 ヨナを救い出せた、類い希なる巡り合わせ。


 いくら感謝しても、したりない。


「当然だな。私は、仲間に恵まれている。その一事を以ってして、私の幸運は証明されている」


 心からの言葉だったが、細かく痙攣するカスタエアは聞いていない。ただ、ぶつぶつ言葉にならないつぶやきを続けている。


「心を入れ替えると誓うなら、この場は見逃そう。無論、賭金を取るつもりはない」


 子供に残酷な光景を見せたくない。

 やり直しができるのであれば、そうしてほしい。


 ヴァルトルーデの優しさは、カスタエアには通じなかった。


 一片、たりとも。


「ふざけるなっ。この高貴なる私が――」

「そうか。残念だ」


 いつ抜いたのか。

 そして、いつ振り下ろしたのか。


 ヴァルトルーデ以外の、誰一人として知覚できなかった。


 小型魔導人形(ガーディアン)すら反応できない、神業。


「あおがっ。うで、うでうでががががががあああぁぁぁっっ」


 けれど、それを事実として認識しているのは、男の腕が持ち主からお別れして、床に転がっているのを目撃したから。


 手にした、呪文書と一緒に。


 守るべき対象がいる以上、未遂であっても容赦するつもりはなかった。


「アルシア――私の仲間に頼めば、治療できる」

「あごがががががが」

「もう一度問う。心を入れ替えるつもりはないか?」

「そうか、分かったぞ! こんな高位の聖堂騎士(パラディン)が、偶然我が館を訪れるはずがないっ!」

「自らの悪事を棚に上げ、なにを言い出すかと思えば……」

「渡さぬっ。私のコレクションは、絶対に誰にも渡さぬっ!」


 残った手で懐から取り出した宝石を、乾杯したグラスのように床へ。すると、燎原に放たれたかのように、火が一瞬で広がっていった。


 勝手に発狂して、館との心中を選んだようだ。


 それでも、ラーシアであれば、絶対に諦めたりしない。この炎をかいくぐり、金目の物を総ざらいしたにちがいない。


 だが、ヴァルトルーデは、もちろん違う。


「安全第一だ」

「ふぇっ」


 狩人見習いの少年が、間の抜けた声を上げる。

 それも無理はないだろう。


 猫のように掴まれたかと思うと、そのまま窓へ向かって疾走しているのだから。


「も、もしかして!?」

「口を閉じていろ」


 ――舌を噛むなよ。


 そう注意とも言えない注意をしたヴァルトルーデは、豪華な窓硝子に突っ込んでいった。


 感じたことのない。

 感じてはならない浮遊感。


 それを意識した瞬間、ディアスは気を失った。


 限界だったのだ。


 ヴァルトルーデが愛用の魔法具(マジック・アイテム)飛行の軍靴ブーツ・オブ・ウィングスには短時間だが空を飛ぶ能力がある。


 狩人見習いの少年が、それを知ったのは、ベッドで目覚めてからのことだった。





「大変だったらしいね」


 ディアスを村人に預け、ファルヴの城塞へと戻ってきたヴァルトルーデをユウトは温かく迎え入れた。

 先に事件があったことは聞いていたが、細かいことはまだだ。


 心配はしていないが、それを聞くためにユウトたちは執務室に集まっていた。


「ヴァルだけずるい」

「ヨナ、そういうことではないでしょう?」

「領主には向いていないが、辞められない。そう思ったな」


 ヴァルトルーデらしからぬ言葉。


 いったい、なにがあったのか。

 ユウトは目を丸くし、真紅の眼帯を身につけたアルシアはぽかんと口を開き――


「それ、当たり前の話」


 ――ヨナは、極めて冷静に事実を指摘した。


「まあ、そうだな。当たり前の話だ」


 アルビノの少女の言い分を全面的に認め、完全武装のヘレノニアの聖女は微笑む。


「だが、それだけに重要だ。そう実感したのさ」


 そして、ヴァルトルーデはあの館での顛末を語り始めた。


 一人で。だが、最高の仲間たちと出会えた幸運が解決した事件を。

久々の番外編でした。

平成のうちに間に合って良かった!

令和もよろしくお願いします。


【宣伝1】

新連載始めてます。

アラフォー社畜の主人公が、タブレットの妖精と異世界と地球を行ったり来たりして、生涯年収目指して頑張るお話です。

作者としては珍しく勘違い要素みたいなのも出てきて、楽しく書いてます。


タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~

https://ncode.syosetu.com/n0768fi/


【宣伝2】

以前から連載していた『刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ』が完結しました。

もし読んでいなかったら、この機会に是非。

刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ

https://ncode.syosetu.com/n7933ex/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ