番外編その14 英雄の幸運
平成最後の更新です。
600話記念ということで、ヴァルトルーデがメイン。
Episode1のどこかであった出来事になります。
「では、そろそろ行ってくる」
「ああ……。村の視察だね」
「うむ。畑の生育状態を見るだけなら、ユウトよりも向いているぞ」
魔法銀の板金鎧に身を包み、籠手と一体化した大盾を装備したヴァルトルーデが、得意そうな顔をする。
思わず、イスタス伯爵家の家宰にして大魔術師ユウト・アマクサの手が止まった。
ヘレノニアの聖女と出会って一年以上経つのに、その美しさには一向に慣れない。本当の美人には、三日経っても飽きることなどあり得なかった。
「本当に、《瞬間移動》で送らなくてもいい?」
内心を気取られないように、ユウトは話題を変えた。
幸い、ヨナもアルシアもいないので、上手くいってくれた。
「歩いても、今日中に往復できるからな。問題ない」
「それできるのヴァルだからだけどね……」
聖堂騎士にもかかわらず、ヴァルトルーデは馬に乗れない。
駆け出しの頃は馬など飼えなかったし、資金に余裕が出てからは馬車で移動。そして、《瞬間移動》を憶えてからは乗り物自体が不要になった。
なにより、ダンジョンや戦闘中では逆に邪魔になる。
さらに言えば、スピードもスタミナもヴァルトルーデが上だ。
そのため、イスタス伯爵領――つい数ヶ月前に拝領した、ヴァルトルーデの領地――内にいくつかある村の視察は、専ら徒歩で行っていた。
それに、いい気分転換にもなるようだ。
なにより、ヘレノニアの聖女を害するなにかがいるとは思えない。
「ユウト、済まないがあとは頼むぞ」
「ああ。よろしくね」
最初はアルシアとユウトとで行っていたが、他に仕事もあり密に連絡を取り合うのは難しい。
その点、元は農村の娘であるヴァルトルーデは適任だった。
しかし、この日の視察は、早々に中止を余儀なくされた。
「行方不明?」
イスタス伯爵領内にいくつかある村。
その入り口で待ち受けていた村長からの第一声に、ヴァルトルーデは眉根を寄せた。
「はい。領主様に、このようなことを申し上げていいのか迷ったのですが……」
「いや。よくぞ言ってくれた」
話を聞く。
それが、ヴァルトルーデにできるふたつの仕事のひとつ。
普通なら領主に直訴など処罰覚悟で行うべきこと。
それを行なっているという事実だけで、信頼関係がよく分かる。なにしろ、言わなければ逆に怒られるのだから正直にもなるというものだ。
「ディアス……狩人見習いの小僧が、夜明け頃に森へ入ったまま戻ってこないのです」
「一人で森に入る許可は与えていたのか?」
「ええ、一応は。でも、今までこんなこと一度も……」
師匠である痩身の狩人が、無念そうに言う。
今にも、再び捜索に戻りたいのを、必死にこらえているようだ。
ヴァルトルーデの心は決まった。
「視察は後日だ。今から私が探しに行こう」
「では、案内を――」
「不要だ」
「お、お一人でですか?」
「案内は欲しいが、村のほうになにかあっては本末転倒だからな」
もうひとつの仕事。
それが、決断。
実務に携わることができないイスタス伯にとって、それは義務であった。
ヘレノニア神から賜った討魔神剣を腰から下げたヴァルトルーデは、森の中にいた。
無造作に。
しかし油断なく、森の中を一人歩む。
聖堂騎士健脚で、30分も進んだ頃だろうか。
ゆったりと、実際には走るような速度で進んでいたヴァルトルーデは唐突に剣を抜き、左足を軸にして回転。
右手の木と一緒に、突然背後から出現した熊を一刀両断。
ずんっと、ふたつの重量物が地面に倒れる音がした。
「ブラウンベアか……」
どこにでもいる。
だが、いきなり襲ってくるような野獣でもなかったはずだ。
「なるほど。猟犬か……」
となると、この先になにかがあるらしい。
確信とともにさらに進んでいくと、唐突に森が開けた。
その先に、一軒の屋敷があった。
石造りの、優美な曲線を多用した白亜の邸宅。
その前に、甲冑が立っていた。
「出迎え……か?」
思わず討魔神剣に手をやったが、甲冑はわずかに頭を下げただけ。
小型魔導人形という、一部の魔導師が護衛として使役する魔導人形の一種だ。
甲冑を身につけた小型魔導人形は襲いかかるようなことはなく、黙って屋敷の扉を開いた。
ためらうことなく入っていくと、小型魔導人形は立ち止まることなく階段を上っていき、三階の一室の前で立ち止まった。
「この部屋に入れというのか?」
もちろん、応えはない。
だが、ヴァルトルーデに迷いはなかった。
罠を調べた後の扉を開くのは、聖堂騎士の役目だったから。
「りょ、領主様!?」
「ディアス、だな?」
「は、はい」
「おや。これは、美しい挑戦者が現れたものだ」
「無事……。いや、どうにか間に合ったようだな」
扉を開いた先は、遊戯室だった。
ビリヤード台やルーレットなどの設備が揃っており、ダークエルフがスプーンを握って、厚手の服を着た少年に迫っていた。
スプーンの向かう先はスープではなく、少年の右目。
どうしてそうなったのかは分からないが、目をくりぬこうとしていたらしい。
「まずは、ディアス。私の民から離れてもらおうか」
「対価になにを差し出してくれます?」
「今すぐ命を殺らないというのは、どうだ」
「剣呑なことです」
野蛮人を嘲弄するかのような口振りで、それでも、ダークエルフは少年から離れた。
「改めまして歓迎しましょう、美しき領主様」
「ヴァルトルーデ・イスタスだ」
称賛の言葉は完全に無視し、改めてエルフの男を睨め付ける。
「私が預かる土地に、こんな館があると聞いたことはないが。ダークエルフが住んでいるともな」
「私はカスタエア。次元の狭間にたゆたう趣味人……」
「そうか。ここは、別次元界か」
地球の伝承で言えば、迷い家が近いだろうか。
たまたま入り口が、この付近にあった。
否、誘い込まれたのだ。
ディアスも、ヴァルトルーデも。
「それで、その子をどうするつもりだ?」
「彼は、賭けに負けました。だから、唯一の取り柄である、その美しい瞳をいただきます」
「い、イカサマだ!」
事実なのか負け惜しみなのか分からないが、今はあまり大事ではない。
「では、その勝負は私が引き継ごう」
「りょ、領主様!? そんな、俺なんかのために……」
「なんかではない」
ヴァルトルーデは、その想像でしか描けないような美貌を向けて言った。
「私に税を徴収する権利があるのは、住民の安寧を守るという義務を果たしているからだ」
正確には、ユウトからそう聞いている。
「義務を果たすのに、相手や状況を選んでなどいられない」
「これはご立派」
嘲笑にも似た、軽薄な拍手が遊戯室に響き渡った。
「それでは、ルーレットなどいかがですかな?」
軽くルールの説明を聞いたヴァルトルーデが、鷹揚にうなずいた。
席に着きながら、淡々と告げる。
「分かった。では、6に賭けよう」
「ルージュでもノワールでもなく?」
「ん? それも、賭ける場所だったのか?」
ギャンブルには疎いヴァルトルーデが、端麗な相貌に驚きの色を浮かべた。
「それでは、どちらかが必ず当たりではないか」
「必ずではありませんが、そうなりますねぇ」
それがなにかと、ダークエルフは苦笑する。
もちろん、個々の数字を狙う戦術も存在するが、いきなりなどあり得ない。素人丸出しだ。
コレクションに神剣が加わる様を夢想し、嫌らしく憎たらしい笑みが我慢できない。
「ちなみに、なぜ6を?」
「私を含めた仲間の人数だ」
我慢できず、笑ってしまった。
しかし、長くは続かない。
「バカなッ」
ディーラーを兼ねる小型魔導人形が放ったボール。
それは、6のポケットに吸い込まれた。
「もう他に、好きな数字はないな。別のゲームにしてもらいたい」
「バカなッバカなッ」
カードでも、同じだった。
「これは、交換する必要がないようだが?」
「スリードラゴン……」
ポーカーでいえば、ロイヤルストレートフラッシュ。
配られた時点で、最高の手が揃っていた。
「バカなッバカなッバカなッ」
クラップス――ダイスゲームでも同じだった。
7と11が連発され、子の勝利が続く。
もちろん、ダイスはカスタエアが用意した物。イカサマなどではない。
「すまないな。私は、とても運がいいらしい」
瞬時の計算力も、勝利を引き寄せる技術も、流れを読む眼力も。
ヴァルトルーデには、なにひとつとして存在しない。
あるのはただの運。
同じ村にアルシアがいたという幸福。
そのオズリック村に、偶然エグザイルとラーシアが流れ着いたという天佑。
ユウトが転移した場所に居合わせ、なにより、それがユウトだったという僥倖。
ヨナを救い出せた、類い希なる巡り合わせ。
いくら感謝しても、したりない。
「当然だな。私は、仲間に恵まれている。その一事を以ってして、私の幸運は証明されている」
心からの言葉だったが、細かく痙攣するカスタエアは聞いていない。ただ、ぶつぶつ言葉にならないつぶやきを続けている。
「心を入れ替えると誓うなら、この場は見逃そう。無論、賭金を取るつもりはない」
子供に残酷な光景を見せたくない。
やり直しができるのであれば、そうしてほしい。
ヴァルトルーデの優しさは、カスタエアには通じなかった。
一片、たりとも。
「ふざけるなっ。この高貴なる私が――」
「そうか。残念だ」
いつ抜いたのか。
そして、いつ振り下ろしたのか。
ヴァルトルーデ以外の、誰一人として知覚できなかった。
小型魔導人形すら反応できない、神業。
「あおがっ。うで、うでうでががががががあああぁぁぁっっ」
けれど、それを事実として認識しているのは、男の腕が持ち主からお別れして、床に転がっているのを目撃したから。
手にした、呪文書と一緒に。
守るべき対象がいる以上、未遂であっても容赦するつもりはなかった。
「アルシア――私の仲間に頼めば、治療できる」
「あごがががががが」
「もう一度問う。心を入れ替えるつもりはないか?」
「そうか、分かったぞ! こんな高位の聖堂騎士が、偶然我が館を訪れるはずがないっ!」
「自らの悪事を棚に上げ、なにを言い出すかと思えば……」
「渡さぬっ。私のコレクションは、絶対に誰にも渡さぬっ!」
残った手で懐から取り出した宝石を、乾杯したグラスのように床へ。すると、燎原に放たれたかのように、火が一瞬で広がっていった。
勝手に発狂して、館との心中を選んだようだ。
それでも、ラーシアであれば、絶対に諦めたりしない。この炎をかいくぐり、金目の物を総ざらいしたにちがいない。
だが、ヴァルトルーデは、もちろん違う。
「安全第一だ」
「ふぇっ」
狩人見習いの少年が、間の抜けた声を上げる。
それも無理はないだろう。
猫のように掴まれたかと思うと、そのまま窓へ向かって疾走しているのだから。
「も、もしかして!?」
「口を閉じていろ」
――舌を噛むなよ。
そう注意とも言えない注意をしたヴァルトルーデは、豪華な窓硝子に突っ込んでいった。
感じたことのない。
感じてはならない浮遊感。
それを意識した瞬間、ディアスは気を失った。
限界だったのだ。
ヴァルトルーデが愛用の魔法具、飛行の軍靴には短時間だが空を飛ぶ能力がある。
狩人見習いの少年が、それを知ったのは、ベッドで目覚めてからのことだった。
「大変だったらしいね」
ディアスを村人に預け、ファルヴの城塞へと戻ってきたヴァルトルーデをユウトは温かく迎え入れた。
先に事件があったことは聞いていたが、細かいことはまだだ。
心配はしていないが、それを聞くためにユウトたちは執務室に集まっていた。
「ヴァルだけずるい」
「ヨナ、そういうことではないでしょう?」
「領主には向いていないが、辞められない。そう思ったな」
ヴァルトルーデらしからぬ言葉。
いったい、なにがあったのか。
ユウトは目を丸くし、真紅の眼帯を身につけたアルシアはぽかんと口を開き――
「それ、当たり前の話」
――ヨナは、極めて冷静に事実を指摘した。
「まあ、そうだな。当たり前の話だ」
アルビノの少女の言い分を全面的に認め、完全武装のヘレノニアの聖女は微笑む。
「だが、それだけに重要だ。そう実感したのさ」
そして、ヴァルトルーデはあの館での顛末を語り始めた。
一人で。だが、最高の仲間たちと出会えた幸運が解決した事件を。
久々の番外編でした。
平成のうちに間に合って良かった!
令和もよろしくお願いします。
【宣伝1】
新連載始めてます。
アラフォー社畜の主人公が、タブレットの妖精と異世界と地球を行ったり来たりして、生涯年収目指して頑張るお話です。
作者としては珍しく勘違い要素みたいなのも出てきて、楽しく書いてます。
タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~
https://ncode.syosetu.com/n0768fi/
【宣伝2】
以前から連載していた『刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ』が完結しました。
もし読んでいなかったら、この機会に是非。
刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ
https://ncode.syosetu.com/n7933ex/