番外編その13 それを彼らは友情とは
初レビュー&五周年記念で番外編を投稿します。
「勇人、ちょっと時間いい?」
ファルヴの城塞。世界で一二を争うほど多忙な家宰を訪ねたアカネは、来客中だと気付いて回れ右をしようとした。
「ねえ、ユウト。お金よりも大切な物ってあるのかな?」
しかし、その来客がおなじみの草原の種族だと判明して、とりあえず執務室へ入ることにする。
アカネ自身の話ができそうだからではない。
もっと面白そうななにかが始まりそうな予感がしたからだ。
「そりゃ……」
「お金でなんでもできるわけじゃないけど、お金がないとできないことはたくさんあるとか。そういう、ちょっと背伸びした子供みたいな意見が聞きたいわけじゃないからね?」
いきなりネタを潰されたユウトが、露骨に嫌そうな顔をした。アカネにとってはレアだが、ラーシアがいるとコモンぐらいに確率が跳ね上がる表情だ。
「あと、そもそもなんでそんなことを聞くんだよとか、そういう時間稼ぎもなしで」
「……そうだな」
執務机をこつこつと指で叩いていたユウトの視線が、執務室へ入ってきたアカネを捉えた。
これで話をうやむやにできると目を輝かすが、アカネは無言で続けるようにジェスチャーで促した。
ユウトが目に見えてうなだれる。
だが、なにか思いついたのか。追い込まれていた雰囲気が一変。正面からラーシアを見下ろし――身長差の関係でそうなる――真っ先に結論を口にする。
「……お金よりも大切な物は、ないな」
「お、俗物っぽいね。いいよ、いいよー」
「お金は俗な物である。その認識自体が誤りだ」
安易に答えに食いついたラーシアに、釣り竿の手応えを確かめるかのようにしながらユウトは続けた。
「それは、お金――通貨の本質を理解していない証拠だな」
「お、結論から考えている割に大きく出たね」
「分かってるなら、言わなくていい」
アカネはとてもそうは思えなかったが、ユウトはブラフを叩きつけていたらしい。
ということはつまり、今、ユウトの頭脳はフル稼働しているのだ。領地経営に振り向けるべき頭脳が。
「まあこれは地球ではある意味常識だけど、通貨に必要なのは信用だ」
「そっちは紙のお金だからそうなんだろうけど、こっちはちゃんと価値がある金とか銀なんだけど?」
「金や銀になら価値があるなんて、誰が決めたんだ?」
「神様じゃない?」
「……これだからファンタジーは」
出鼻をくじかれ、ユウトは苦笑する。
だが、この程度は予想の範囲内。なにしろ、相手はラーシアなのだ。
「神様だろうと政府だろうと、そこは誰が尻持ちするかという違いでしかないから。本質的には同じことさ」
もっと重要なのはと、ユウトは続ける。
「金や銀が選ばれたのには、重量とか埋蔵量とか加工性とかいろいろあるんだろうけど、それは本質じゃない。貨幣を貨幣たらしめているのは、交換可能であるという相互的な認識」
懐から金貨を取り出し、片手でもてあそぶ。
「つまり、幻想だ」
親指でコインを弾き、執務机の上で独楽のように回した。
「人は、幸せであれば今日の続きに明日があるという幻想で生きている。不幸せであれば、明日こそはなにかのきっかけでより良い未来が待っているという幻想を抱いて生きている」
くるくる回る金貨に、自然と目が吸い寄せられる。
「そんな確証なんて、どこにもないのに」
その金貨が、勢いを失ってぱたりと倒れた。
「つまり、人間が生きていくのに、幻想よりも大切な物はない。そして、幻想の共有物である通貨――お金よりも大切な物はないということになる」
「それだと、ユウトハーレムも幻想の産物ってことになるけど?」
「ハーレムじゃないけど、まあ、そうだな」
そこは譲れないと断りを入れてから、金貨を素早くしまった。目の前に、油断ならない相手がいることを思い出したのだ。
「だから、その幻想を共有できるようにみんなを大切にしなくちゃいけないのさ」
「なにが幻想だよ。愛の結晶まで作っておいて、良く言うよ」
「ラーシアのとこだって、遅かれ早かれだろ」
「止めてッ! ボクは自由を愛する風のような男なんだからねっ」
「風のほうにも言い分はあると思うけどな……」
もちろん。いざそのときとなったら、風への支援を惜しまないだろう。
「というわけで、この世のだいたいの物は大切だと思い込み――幻想を抱いているだけなんだから、ほとんど全部大切な物だよ」
「全部同率一位ってことになるわね、それ」
「すごいね、ユウト。ハーレムが正当化されたよ?」
「我がイスタス家の領内では合法だ」
文句は言わせないと、ユウトは言い切った。
そのために、わざわざ法律を作ったのだ。自分で。
「まったく。こっちに来た直後は、ボクが世話をしてあげないとなんにもできない子だったのに、いつの間にか権力者になってるんだから。育て甲斐があるね!」
「その節は、お世話になりました」
ユウトが素直に頭を下げる。意外なことに、その部分にだけは皮肉は感じられなかった。
「で、朱音はなんの用事だったんだ?」
「そんなことより、こっちへ来た直後の勇人の話を聞きたいんだけど? 話題ガチャでSSR引いたようなものじゃない」
「別に面白いことなんかないんだけどな……」
それは紛れもなくユウトの本音だ。
加えて、ヴァルトルーデたちのパーティに参加した動機が動機なので気恥ずかしいというのもあった。
「えー? だって気になるわよ。この二人が、どうやって今みたいな友情を築き上げたのかとか」
「友情なあ……」
「友情ねえ……」
ユウトとラーシア。
まったく似ていない二人が、同時に腕を組み首を傾げた。どちらかがどちらかの真似をしているという雰囲気は感じない。完全に、素の行動だった。
アカネとしては、否定の言葉が出てくること自体が驚きだ。
「そもそも、ラーシアの第一印象が思い出せない」
「それは、勇人がヴァルに見とれてたからでしょ」
「いや……。返り血まみれのエグザイルのおっさんとか、眼帯着けてるアルシア姐さんもちゃんと憶えてるけど……」
「そうそう。ヨナはアルシアの後ろに隠れて、うさんくさそうにユウトを見てたよね」
「まだ、ヨナいねえだろ。捏造すんな」
「ちっ」
どういうわけか、草原の種族の印象はすこぶる薄い。
このラーシアなのにだ。
あの状況で、弓を持った子供がいたら、気付かないほうが困難なはずなのに。
「ひどいっ。いくらボクがちっちゃいからって眼中になかったってはっきり言わなくたって」
「はいはい。うざいうざい」
「ボクもそう思う……って、そうだ」
ぽんっと手を叩き、ラーシアが思い出したように言った。
実際に忘れていたかどうかは別として。
「いきなり変な格好の人間が出てきたから、いつでも奇襲攻撃できるように気配消してたんだ」
「そりゃ、気付かねえよ」
良くも悪くも空気を読まない。実にラーシアらしい行動だった。
「ボクとしては、あれだよね。むしろ最初はユウトのこと、どっかのスパイじゃないかって警戒してたからね」
「スパイとしちゃ無能すぎないか?」
背もたれに体を預けながら、ユウトは自身へ客観的な評価を下した。
なにしろ、転移直後のユウトはただの高校生だったのだ。理術呪文も使えない。使い物にならない分、荷物以下だったろう。
「でも、ヴァルはそういうの見捨てられない性質じゃん?」
「あー。まあ、それは確かに」
公明正大にして慈悲深い聖堂騎士であれば、右も左も分からない異世界人を見捨てることはない。それは、事実が証明している。
「そこにつけ込んで……か。まあ、ヴァルに感化されない保証があれば有効だよな」
「だねぇ。実際、ユウトは一目ぼれしちゃったわけだし」
「……ま、まあそういうこともあるかもしれない」
「なのに、一目ぼれした相手以外とも結婚してるし」
「ハハハ」
「ハハハ」
こやつめと笑い声を上げる二人。
ただし、目は鋭いまま。
そういうことするから、リトナからも変な疑いを向けられるのだ。
アカネはそう思ったが、なにも言わなかった。このまま放置したほうが楽しいことになるのは確定的に明らかだったから。
「第一印象はあれだけど、俺は逆に、最初はラーシアは信頼できるなと思ってたんだよ。最初は。最初だけは」
「それはつまり、そう思うに至るエピソードがあったわけよね?」
「ああ」
手元のボールペンを持って、器用にくるりと回す。
回すごとに、意識は過去へ向かう。
オズリック村の宿屋で、ラーシアとエグザイルの二人と一緒に暮らしていた時代へと。
ファルヴの地下のオベリスク。
その活動に巻き込まれて異世界ブルーワーズへとやってきた天草勇人。
様々な衝撃――八割は、ヴァルトルーデの存在――が過ぎ去った後、ユウトに直面したのは経済的な問題。
即ち、生活費だった。
アルシアからは、身の振り方が決まるまでは負担してくれると伝えられていた。〝虚無の帳〟の儀式を完全に止められなかった、こちらの責任だからと。
だが、はいそうですかと甘えるわけにはいかない。
そこで、宿のベッドに売れそうな物を広げ、草原の種族と岩巨人の意見を聞くことにした。
ヴァルトルーデやアルシアに相談したら、逆に諭されるだろうから、妥当な人選だ。
「二人とも、ちょっとこれを見てほしいんだけど」
教科書、筆記用具。そして、鞄そのもの。
それに、携帯電話に財布の中身と制服。いざとなれば、靴も。
それが自分自身を除いたユウトの全財産。
「これ、売れると思う?」
「そうだな……」
ユウトの気持ちを理解していたエグザイルが、岩のような手で顎を撫でて思案する。
なにに使うか分からないが、かなり珍しい品だというのは一目で分かった。
そして、珍品奇品を集める好事家というのは確かに存在する。
厳密には魔法具ではないらしいが、そういった相手にはそれなりの高値で売れるだろう。
しかし、そこへの伝手がなかった。
このオズリック村は、規模は大きくとも所詮村だ。
魔法具を売買できるような商店はない。魔法薬を扱っているテルティオーネの店がせいぜいだろう。
それでも、あの魔導師ならば、ある程度は正しく価値を判別してくれるはずだ。ユウトの師だからといって、色を付けることもないだろうが。
そこまで考えて……つまり無言でいたエグザイルの反応に怯えてしまったのか、ユウトがおずおずと提案する。
「もしあれなら、ラーシアさんたちに買い取ってもらっても構わないんだけど……」
それで、ユウトは最低限の生活の糧を得られる。
ラーシアたちは、売却先を探す手間は発生するが、それなりのマージンが得られる。
どちらにも得な取引。
「うんうん。なるほどね」
ラーシアも、興味深そうに異世界の物品を品定めする。
盗賊であれば、里から出たエグザイルにはないコネもあるだろう。
エグザイルは任せるべきかと思ったが、しかし、ラーシアの反応は誰にとっても予想外のものだった。
「それ、ボクたちをバカにしてるのかな?」
「え? いや、そんなんじゃないけど……」
がらくただから売れないと言われるかもしれないとは思っていても、怒られるとは思っていなかったはずだ。
ユウトが、しどろもどろになって視線をさまよわす。
こちらを頼るような目をしているが、驚いているのはエグザイルも同じだった。
「でも、世話になりっぱなしっていうのも……」
別の驚きに襲われて、ユウトは言葉が見付からない。
足手まとい。なにもできない自分にかけられた言葉だと、素直に受け取ることができなかった。
「もしかしなくても、小銭を稼ぐために、故郷の品を売り払わせるような人間だと思われてたのかな?」
「でも、今の俺にはこれしかないし……」
「そこは、ボクたちに甘えれば済むだけの話じゃん」
将来の金貨は重要だが、現在の銅貨が命を救うこともある。
けれど、ラーシアはそれを問題にはしていなかった。
「でも、一方的に負担を掛けるのは悪いっていうか」
「でもも、だってもないよ」
「その言い回し、異世界にもあるのかよ……」
困惑するユウトに、ラーシアが畳み掛ける。
「そんなことじゃ、一緒にパーティ組んだって信頼が築けないよ?」
そして、次の一言が決定打となった。
「ボクたちは、仲間が欲しいんであって、奴隷が欲しいわけじゃないんだからね。分かる?」
「……分かりました。いや、分かったよ」
強引に吹っ切って、ユウトは荷物を鞄にしまった。
金で得られる信頼もあれば、失う信頼もある。
今回の場合は、後者だ。
「ラーシア、エグザイル。みんなに甘えさせてもらうよ。まあ、すぐに、一人前の魔法使いになるけどな」
なら、遠慮はしない。
遠慮なく頼って、一日も早く一人前の魔術師になる。
そう決意したユウトに、ラーシアが微笑みかけた。子供のように、無邪気で残酷な笑顔で。
「とはいえ、生活費はパーティ財産から出るし、その財布のヒモを握ってるのはアルシアだけどね」
「そうだな。別にオレたちの懐が直接痛むわけではないな」
「ちょっと待った。それ初耳なんだけど?」
今までの話はいったいなんだったのか。
ユウトの必死な顔は、草原の種族にも岩巨人にも傑作だった。
二人部屋に無理やりベッドを入れて三人部屋にした狭い室内に、たまらず笑いがこだました。
「というわけで、俺は持ち物を売らずに済んで、教科書を通じてヴァイナマリネンのジイさんとの縁もできたわけだ」
「いいことなのか分かんないけどねー」
「そうなんだよなぁ」
世話にはなっているが、差し引きで考えるとプラスと断言できない。
街作りでの協力や学院とのコネは大きいし感謝もしているが……。
「ちょっと。ちょっと待って」
ヴァイナマリネンとのあれこれをひとつひとつプラスとマイナスで分けようとしていたユウトの前で、アカネが額に手を当て待ったをかけた。
「ユウトって、最初ラーシアさんって呼んでたの? というか、それほんとの話? 外向けに洗浄してるとかじゃなくて?」
今の二人からは、ちょっと想像ができなかった。
「この話が事実だったら、ラーシアって年々不真面目になってることにならない?」
「真面目なことは、ユウトとアルシアがやってくれるからね!」
だとしたら、ユウトはまだ比較的まともだったと言えなくもない奇跡のような草原の種族を野に解き放った元凶だ。
「勇人は、頑張りすぎてアクシズを止められないタイプね……」
「そうは言うけどさー、ボクだってそんなに真面目だったわけじゃないよ?」
「そこは否定するところじゃねえからな」
「否定するよ。超するよ」
正論は、草原の種族に通用しない。
「だって、ユウト一人追加しても宿賃と食費あわせて一日に銀貨何枚かだよ? もう魔術師になることは決まってたし、テュルも才能はあるって言ってたし。それなら、最初から恩を売るでしょ? マウント取るでしょ?」
「……そう?」
「そうだよ。それに、下手なことするとヴァルに怒られるし?」
「というのを言い訳にして、勇人に親切にしてくれたのね。ありがとう」
「感謝するの止めてっ」
誤って善行を積んでしまった悪魔のように、ラーシアはうめき苦しんだ。
「全然、親切とか同情したとかじゃないんだからね。小銭で恩を売って、後からがっぽがっぽするつもりだったんだから!」
「ツンデレムーブでごまかしているように見せかけてるだけっぽいわね……」
「ぐあああっっ。おのれ、人類め。いずれ自らの愚かさで滅びると知れ……」
と、魔王のようなことを言って、ラーシアは出ていってしまった。
あとには、幼なじみたちが残される。
「……それで、朱音。結局、なんの用だったんだ?」
「あー。忘れたから、また来るわ」
「そうか」
アカネも執務室を出ていく。
「いったいなんだったんだ、この流れ……」
今ひとつ釈然としないユウトが仕事を再開するまで、30分ほどの時間がかかった。
後日、アカネはエグザイルから話を聞く機会を得た。
ラーシアの行動が真実だと確認した後、二人の関係をどう思うか尋ねてみたところ、内容に迷いはないが、表現に迷う素振りを見せる。
果断な万事果断なエグザイルには珍しい反応。
アカネは黙って答えを待つ。
「オレの目からは、そうだな……」
少し考間が経ってから、重低音が紡ぎ出される。
「あれは、お互い自分のことを兄だと思っている兄弟みたいなものだな」
だとしたら、エグザイルはそんな二人を苦笑交じりに見守る一番上の兄。いや、父親のポジションだろうか。
「それって、こっちの世界的に普通の関係なのかしら?」
「さあな。こちらも聞きたいところだ」
どうやら、男同士には異性からは想像もできない複雑なものがあるようだ。
それを、二人は友情とは呼ばないのだろうけど。
素晴らしいレビューを頂いたので更新です。
元々、Twitterでユウトとラーシアが会話するだけの話というネタをもらったのですがなかなかまとまらなかったところ、レビューを頂いた瞬間ものすごいスピードでプロットが組み上がりました。
レビューすごい。
感謝、感謝です。
そんなわけで、今日で投稿開始から五周年でした。
これからもちょくちょく更新していきますので(感想欄でネタを頂いたり、エイプリルフールネタの続きもあったりしますし)、よろしくお願いします。
【そして、宣伝】
今回も、『青雲を駆ける』の肥前文俊先生主催の書き出し祭りに参加しています。
出品作を10万文字ぐらいの連載にする予定ですので、よろしければ探してみてください(第一会場にいます)。
・第五回 書き出し祭り 第一会場
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