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番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第二十四話

「《雷光進軍(ライトニング・マーチ)》」

「《障壁(シールド)》」


 リノリウムの床を蹴って突撃(チャージ)するヴァルトルーデを、秘跡(サクラメント)を使用したヴェルガが受け止める。


「いきなり本気とは、風情の欠片もないの」

「まさか。本気なら、とっくにこの盾を破壊している」

「殺す気はないということかの?」

「やる気を出した程度で死んでくれるのなら、安いものなのだがな」


 不可視の《障壁》越しに、学校の廊下で、美女と悪女が笑う。

 まずは小手調べということなのだろう。二人の笑顔と表現するには剣呑とした表情が窓ガラスに映り……消えた。


「足癖の悪いことよな」

「平然と受け止めておいて、なにを言う。それに、私から仕掛けなければ、そっちがやっていたことだ」


 ヴァルトルーデが愛用する魔法銀(ミスラル)の全身鎧。そのセットである魔法銀(ミスラル)長靴(ブーツ)で強かに蹴りつけられたヴェルガが、《障壁(シールド)》ごと廊下の先まで押しやられた。


 着物姿の風紀委員長を追って、全身鎧に身を固めた生徒会長が疾駆する。


「《雷光連鎖ライトニング・チェイン》」


 ヴェルガは《障壁(シールド)》を解除し、連なる雷を飛ばしてヴァルトルーデを迎え撃った。


 まさに雷速で飛ぶ秘跡(サクラメント)は、確かに美の化身である聖堂騎士(パラディン)を打ちすえる。

 イオン臭が廊下に充満し、ガラス窓がびりびりと震えた。


「ヴェルガ、その程度か?」


 けれど、ヴァルトルーデは止まらない。それどころか、まともに食らっても速度すら落ちない。雷撃の痕跡は、魔法銀(ミスラル)の全身鎧にわずかについた焦げ跡だけ。


「やはり、効かぬか」

「効いてはいる」


 耐えているだけだ。

 そう真実を口にしたヴァルトルーデは、もう、ヴェルガの目の前。


 体を開き、討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを横薙ぎに振るう。壁が邪魔になりそうな軌道だが、気にした樣子はない。


 大振りだが正確無比。

 矛盾する攻撃を規格外の筋力でまとめ上げ、壁を斬り裂きながらヴェルガへと迫る。


 それを避ける術はない。


 鮮やかな着物を身にまとった赤毛の風紀委員長が、つんざくような轟音とともに教室へと吹き飛ばされた。


 入り口の扉は押し倒され、教卓にぶつかり、反対の壁際まで飛ばされ。

 そこでようやく、ヴェルガは止まった。


「ふはは。婿殿が選んでくれたキモノがなかったら、危ないところであったな」

「戯れ言を」


 ヴェルガ自身はおろか、彩魂の着物にも傷ひとつついていない。


 並のモンスターであれば両断できる。

 その程度の攻撃では、ヴェルガに通用しないのだ。


「おお、怖い怖い。そうも必殺の気を纏われては、か弱い乙女である妾は卒倒してしまうではないか」


 着物のほこりを払いながら、悪の半神は淫靡にヴァルトルーデを嘲笑する。


「余程、妾のことが気にくわぬようだが……妾が、好きにやってなにが悪い?」

「悪いに決まっている」

「はっ。婿殿にろくなアピールもできなかったくせに。ようも、大言壮語を放てるものよ」

「……言われる筋合いはない」


 ユウト・アマクサ。転校生。


 世界で有数の理術呪文の使い手であり……一目会ったその日から、奇妙な心のざわつきを感じてしまった。


 だから、顔を見に行く程度のつもりだったファーストエンカウントで、生徒会に誘うような真似をしたのだろう。


 だが、アカネもいた。


 その不思議な気持ちを持て余し……それだけで、終わりが来てしまった。


 仕方がない。


 それに、まだ役割は残っていた。


「今の私にできるのは、貴様という禍根を断つことだけだ」

「なるほど。それは、ディヴァインクローバーとしてアンダーメイズを潜ることでは果たせぬの」

「最下層まで届かないのは、残念と言えば残念だが……」


 討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターの切っ先が、静かにヴェルガへ向けられる。

 堂々として、思わず息を飲む。戦女神もかくやという所作。


「その心残り、ここですべて昇華しよう」

「生徒会長様は、妾よりも余程風紀委員向きよな」

「ヴェルガ、間違えるな。貴様より風紀委員に向かない人間が存在しないのだ」


 またしても、二人の姿がかき消える。


 赤い大鎌と討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターが、正面から激突した。

 お互いの得物を挟んで、この上なく真剣なヴァルトルーデと淫靡だが必死なヴェルガが衝突する。


 足下の床が軋み、砕け。その余波で、教室の机が耳障りな轟音とともに弾き飛ばされた。見れば、黒板にもひびが入っている。


「はははっ。遠慮なしにやっているな」

「それでこそ、ヴァルとヴェルガでしょ」


 肩を組む……とは物理的な事情でいかないが、意気投合するラーシアとこちらのヴァイナマリネンに、ユウトの気力は底を抜けた。


 ヴァイナマリネンには事情をある程度話し、協力をしてもらっている。

 だが、ラーシアと組ませたのは明らかに失敗だった。


 なぜ、“体育祭”を体育館で中継しているのか。

 そして、パイプ椅子が並べられ、大いに盛り上がっているのか。


 ユウトにはさっぱり分からなかった。


「いやー。ガチな二人の戦闘をちゃんと見るのは初めてだけど……ガチね」

「……何度見ても、ガチだぞ」


 視線を舞台の巨大スクリーンへと移動させたユウトは、思わず胃を押さえた。教室は見るも無惨に荒れ果て、それとは対照的に観客もヴァルトルーデとヴェルガもヒートアップしている。


 まだ、二人とも全力ではない。


 だが、本気。


 それでいて、ヴァルトルーデとヴェルガの戦いはただの前振りでしかないのだから。


 ラーシアとヴァイナマリネンが構築した中継システムのお陰で現場にいる必要はないのだが、それでユウトのストレスが減るわけでもなかった。





 なぜ、ヴァルトルーデとヴェルガが校舎内で激闘を繰り広げているのか。


 それは、ラーシアがユウトの家に現れた際、強硬に校舎の破壊を主張して譲らなかったことに起因していた。


 最初は冗談だと思っていたユウトも、自室のベッドに座って愛犬をなでながら、視線を険しくする。


「校舎を壊してどうにもならなかったら、どうするんだよ」

「バックレる」

「そういう話じゃねえよ」

「ウソウソ。次は、アンダーメイズ? ダンジョンの入り口を攻撃してみようか」

「それ以前に、破壊することに対して問題意識を持ってほしいのだが……」


 常識そのものといった発言をするヴァルトルーデ。

 美しき聖堂騎士(パラディン)に対し、草原の種族(マグナー)は純真でつぶら――に見えるだけの――瞳を丸くした。


「こっちのヴァルが比較的まともなのって、やっぱりユウトの願望込みなのかな?」

「……関係ないんじゃないか?」


 ヴェルガとはすぐ殺し合おうとするしと、ユウトは気のない様子で否定した。


「いやー。そこはユウトも嬉しいんじゃないの? 公明正大な正義の使徒であるヴァルが、ユウト絡みでヴェルガだけは絶対に許さないとか。男冥利に尽きるんじゃない? じゃない?」

「風評被害止めろ」


 被害は、かなり深刻だ。


 隣に座っているアカネがコロを強引に奪い、隣に座っていたと表現せざるを得なくなるほど距離を取ってしまった。


「校舎を壊すことを反対しただけで、まとも呼ばわりされるのがおかしい気がするのだが」

「……セネカに聞かれても困ります」


 ヴァルトルーデからの救援依頼を、セネカ二世はきっぱりと断った。下手に踏み込まないのが正解だ。


「婿殿が校舎を破壊する様を、また見たいか見たくないかで言えば見たくはあるが……」


 そこで、沈黙を保っていたヴェルガが、淫靡な唇から言葉を紡いだ。


「婿殿との約束がうやむやにされそうであるな? それは、到底、許容できぬが」

「そこは、交渉次第で」

「ほう、交渉次第か」

「うん。交渉次第さ」


 ヴェルガとラーシア。

 組んではいけない二人が、意味ありげに視線を絡み合わせた。


 いったい、誰と交渉するつもりでいるのか。


 ユウトとしては、不吉さしか感じない。


「まあ、とにかく。ちまちまダンジョン攻略なんて、やってられないからね。さくっとショートカットするよ」


 まったく悪びれることなく、ラーシアは極当然と言いきった。

 これには、反発より疑問のほうが大きい。


「……なんか、急ぐ事情あるの?」


 一同を代表したアカネの問いに、ラーシアは深刻そうにうなずいた。


「城塞の雰囲気が、めっちゃ微妙」


 悪いではなく、微妙。

 こう表現したのには、もちろん、理由がある。


「ヨナはちょっと不機嫌なぐらいだし、ヴァルとかアルシアは慣れたもので心配ないんだけどね」


 あえて名前を出さなかったが、エグザイルも言うまでもなかった。

 カグラやレン。真名も心配そうではあるが初めてではないので、雰囲気を悪くするほどではない。


 しかし。


「ユウトのご両親とか、なんでもない風を装ってるけど、めっちゃ心配してるのが丸わかりなんだよねぇ」

「あああ……。そうだよなぁ……」


 ユウトには、突然、異世界へ転移してしまったという前科がある。

 ただでさえも心配させる素地があるのに、今回はアカネも一緒にだ。


 責任感の強い父親が、どう思っているか。それは火を見るよりも明らか。


「本当は、ボクもこの世界で遊びたい! なんかこう、将来への禍根をいろいろ残したい!」

「ラーシアらしくて、逆に安心する」

「とはいえ、好き勝手遊べるタイミングは他にもやってくるだろうけど、ユウトのお父さんにはいい顔をできるのはレアだからね」

「だから、デウス・エクス・マキナか」


 錯綜した劇の混乱を快刀乱麻に断つ、機械仕掛けの神。

 ラーシアは、この夢の世界に決着をつけるべく降臨(アドヴェンド)した。


 ……と、少なくとも、本人は自認しているわけだ。


「というわけで。もう、こうなったらボクに乗るしかないでしょ?」

「悪辣だ」

「ユウトに言われたら、ボクも本物だね」

「なにしろ、妾の右腕だからの」

「待て。それはあっちのラーシアであって、こっちのラーシアじゃない」

「止めて! ボクのために争わないで!」

「では、妾と婿殿の共同保有ということに――」

「――通らねえよ」


 絶対にノゥと、ユウトは拒絶する。

 それだけは。それだけは許してはいけない。


 なので、ささっと話を元に戻した。


「まあ、アンダーメイズを一層一層クリアしていく時間がないのは分かったけど、だからって乱暴すぎるのも受け入れられないぞ」

「じゃあ、乱暴すぎなければいいんだ?」


 露骨な揚げ足取りに、ユウトとヴァルトルーデは顔を見合わせる。

 経験上、良くない流れなのは理解できるが、出てくるのが得がたいアイディアだというのも確かなのだ。


「だったら、文化祭ならいいよね?」

「文化祭?」

「そそそ。校舎を舞台に、バトルロイヤルでもやろうか」

「どこの世界に、バトルロイヤルする文化祭があるか」

「エグの部族なら、きっと……」

「ああ、うん。そうだな」


 完全無欠の説得力だった。


「納得されちゃうと逆に話が進まないね! 校舎が舞台だから文化祭かなって思ったけど、じゃあ、体育祭でいいや」


 そういう問題ではない。

 そういう問題ではないのだが、ラーシアが気にするはずもなかった。


「優勝者は、願いをひとつ叶えられる。表向きは、ダンジョン踏破の予行演習みたいな感じでいけない? いけるでしょ」

「その願いって、誰が叶えるんだよ」

「そりゃ、ユウトだよ」

「だよなぁ」


 優勝の最有力候補は、言うまでもなく。

 彼女たちがなにを求めるにせよ、ユウトが関連することは、さらに言うまでもない。


「その体育祭、派閥での参戦も認められるのでしょうか?」

「もちろん、参加者は多い方がいいからね! ぶわーっと盛り上げて、黒幕さんをおびき出そう。校舎がリングだ! 頭部を破壊された者は失格!」

「それ、死んでるからな」


 アルシアなら、どうにかしそうだが。


 しかし、セネカ二世まで乗り気となると、開催は決まったようなものだ。


「これも、ある意味で天岩戸なのかしら?」

「ただの近所迷惑でしかないけどな」


 参加するつもりのないユウトとアカネは、ベッドの上で苦笑を浮かべる。


 かくして、“体育祭”の開催は事実上決定した。





 しかし、まさかヴァルトルーデとヴェルガの対決に割って入る存在がいるなどと、ユウトは本気で考えてはいなかった。


「盛り上がっているところ悪いが、オレも混ぜてもらおうか」


 のそりと。

 無防備に入ってきた岩巨人(ジャールート)の存在に、絶世の生徒会長と淫猥な風紀委員長は打ち合わせもなく同時に距離を取る。


「ほう。ジーグアルトらは、いかがした?」

「倒した」


 全身傷だらけのエグザイルが、何事も無いことのように言った。


 セネカ二世、アルサス王らを擁する部活動連合。そして、ラーシア以外にも吸血侯爵ジーグアルト・クリューウィングやレイ・クルスが所属している風紀委員会。


 その両者が激突したのは、アルシアが運営に回って生徒会からの参加者がヴァルトルーデ一人になった時点で、必然だった。


 そして、勝ち残ったのはエグザイルただ一人。


 怪我が癒されていないということは、セネカ二世もリタイアしたのだろう。


 早くも、決勝戦(ファイナル)が始まろうとしていた。


「この三つ巴では、どうしても私たちとヴェルガの二対一になってしまう」


 だから、先にヴァルトルーデがエグザイルを一騎打ちで退ける。

 そう公明正大だが傲岸不遜な提案をしたが、岩巨人(ジャールート)の大族長は怒るでもなく冷静に首を振った。


「オレも部活動連合の看板を背負っている。そんな真似は、しない」

「良かろう。いささか意外なカードなれど、相手にとって不足はあるまい」

「……そうか。思えば、私もこうなることを望んでいたのかもしれないな」


 三人の視線と矜持が交錯した。

 部外者である観客たちも、部外者だからこそ、緊張に身を強ばらす。


 一人を除いて。


「ふうむ」


 前の席に座っていた作業服のヴァイナマリネンが、ぐるりと首を回してユウトへ顔を近づけた。


「ワシらもやるか」

「……は?」


 言われたユウトは、意味を理解でき……たが、理解したくない。


「唐突に、なんだよ! ジイさん、別にバトルジャンキーキャラじゃなかったろ!」

「ふっははははは。以前はレイのやつに花を持たせるため譲ったが、一度、決着をつけるのも乙だろう」

「この二人が戦ったら勝手に校舎壊れそうだし、それはそれでありかな」


 武闘会も、そのままの形ではないだろうが、あったらしい。

 その時の意趣返しを狙うヴァイナマリネンが、用務員の作業服のまま呪文書を取り出した。


「《重力反転(アンティ・グラヴ)》」

「《大魔術師の縮地ステップス・オブ・アークメイジ》」


 重力が反転し、上へ落ちていくユウトのパイプ椅子。それだけを効果範囲に捉える大賢者の精密魔術操作は、まさに白眉。


 ただ、その時には、瞬間移動してユウトは大きく距離を取っていた。


「ちょっ、本気で始めるの!?」


 アカネの悲鳴。

 それは、体育館に集まった観客たちの総意だったに違いない。


「ユウト、がんばれ~」


 一人を除いて。


「年なんだから、無茶するんじゃねえよ――《理力の棺(フォースコフィン)》!」


 お返しとばかりに、ヴァイナマリネンだけを狙って純粋魔力の箱を構築するが、同じ《大魔術師の縮地ステップス・オブ・アークメイジ》で逃げられてしまった。


「ちっ。ラーシアも一緒に閉じ込めるか悩んだばっかりに、発動が甘くなった」


 最後の学校行事(イベント)――“体育祭”は、ますます混迷の度を深めていった。

ラーシア効果か、また評価が増えておりました。

そんなに、ユウトに微妙な顔をさせたいのかな?

ありがとうございます。


というわけで、番外編の本編は次で終了。

その内容次第によっては、もう一話エピローグが追加されるかな……というところです。


10話ぐらいで終わる予定が、どうしてこうなった……。 

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