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番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第二十三話

「いやー。そのリアクションは嬉しいけど、そんなになるほど?」

「なんだろうな……。確かに、冷静に考えると、そこまでじゃないはずなんだけどな……」


 玄関でうな垂れたまま、ユウトは考える。


 どうやって、ラーシアはここに現れたのか。

 どうして、ラーシアは増えてしまったのか。

 なんで、来たのがラーシアだったのか。


 それらの疑問が渾然一体。ない交ぜになって、ユウトを襲い……結果として、その場に崩れ落ちたのだろう。


 そう自己分析してみたが、結局、気分は晴れなかった。


 さすがにコロは床に下ろし、ユウトはどかりと座り込んだ。そして、玄関の段差もあってちょうどいい位置にいるラーシアを見つめる。


 ラーシア。


 ラーシアだった。


「本当にラーシアなんだよな?」

「本物だよ。ブルーワーズへ来て右も左も分からないユウトとしばらく同じ部屋で暮らして、いろいろ面倒を見てあげたボクだよ」


 そう。そんな時期もあったのだ。もちろん、ラーシアだけでなく、エグザイルも一緒に。

 その後、ユウトが魔術師(ウィザード)としてのレベルを上げ、馴染んでいく間に遠慮がなくなったのだ。お互いに。


「そうかぁ。そうかぁ……」


 一目見た時に直感していたが、改めて証拠を突きつけられ、ユウトは事実を噛み締めるようにつぶやいた。


「まさか、ラーシアのことを懐かしいなんて感じる日が来るとはなぁ……」

「そのトゲが、どうしようもなくユウトだね!」


 同時に、どうしようもなく“外”の存在を意識させられ、今まで封じていた思いが勝手に溢れてきてしまう。


 向こうにいるヴァルトルーデたちは無事なのか。

 カイトとユーリは、元気だろうか。

 仕事は滞っていないだろうか……滞っていないはずがなかった。


「やべえ。なんか、現実が襲いかかって泣けてきた……」

「勇人? なんか長引いてるみたいだけど、どうしたの?」

「お、やっほー! アカネも元気そうだね!」

「やっほー……って、なんでがうなだれてるのよ?」


 アカネは、ラーシアが本物(・・)だとは気付かなかった。否、普通は気付くはずがないのだ。一目見て気付いたのは、ユウトだからだろう。良くも悪くも。


「それについては、説明すると長くなるんだが……みんながいるところで話したほうがいいな」

「みんな? こっちのヴァルとかアルシアもいるの?」

「あー。そこも、すり合わせないとな」

「こっちのヴァルとアルシアさん? おかしな言い方するわね……って。え? あれ?」

「そうさ」


 アカネの疑念に、ラーシアはぐっと親指を立てて答える。


「大きなことを言うようだけど、ユウトの親友の草原の種族(マグナー)といったら、今やこの世界で……ボク一人だからね!」

「それ、もう一度言う必要あったのかよ」

「天丼だよ、天丼」

「うわ……。本物だわ、これ……」


 遅まきながら、アカネも気付かされた。

 小さいが頑丈なブーツを脱いで、家に上がろうとしている草原の種族(マグナー)。子どもにしか見えないラーシアは、本物(・・)なのだと。


「これ、説明大変なことになりそうね……」

「だな……」


 しかし、避けては通れない。


 どうせなら、ヴァルトルーデたちと話し合う前に来てほしかったと思いつつ、ユウトはラーシアを連れて自分の部屋に戻った。今度は、愛犬も一緒だ。


「遅かったの、婿殿」

「なんの話だったのだ?」

「おー。アルシアアウト、ヴェルガインだー」


 ラーシアはユウトの部屋で大人しく待っていたヴァルトルーデたちの目の前まで近付き、順番に巡ってシャーロック・ホームズのようにじーっと観察する。

 コロも負けじと、来客の匂いをふんふんとかいでいく。


「まったく、もう。予想通り、ハーレムしてるんじゃん。セネカ二世まで新規加入させちゃって」

「させてない」

「またまたご冗談を」


 即座に否定するが、当然と言うべきか、ラーシアが聞き入れるはずもない。


「これは、なにが起こっているのでしょうか?」

「さっぱり分からんぞ」


 セネカ二世とヴァルトルーデは、いきなりやってきた本物のラーシアに戸惑いを隠せないが、さすがというべきか、ヴェルガだけは違った。


「もしや……」

「なんで分かるんだよ」

「仮にも、妾の右腕だからかのう」

「それは本当に仮にしてほしい」


 ヴェルガと自分が組んでいる。

 そんな超オモシロ情報を耳にしたにもかかわらず、ラーシアは無反応だった。


 もちろん、それは表面上の話でしかない。最高のタイミングで使えるように、心の中に刻んでいた。


「というわけで、このラーシアは俺の世界から来たラーシアだ」

「やっほー」


 ユウトの紹介にあわせて、まるで皇族のように手を振るラーシア。まるで、真剣味が感じられない。


「はい。そんなわけでね」

「漫才でも始めるつもりかよ」


 ぴしっとツッコミを入れるユウトに、ラーシアはうんうんとうなずく。打てば響く、この感覚。素晴らしい。


 ……と、ラーシアが感じていることは分かっていたが、ユウトは取り合わない。

 コロを抱き上げて、アカネとともにベッドに座る。


「とりあえず、ユウトとアカネがこっちに来てる間の話をしようか。そっちの三人には退屈だと思うけど、よろしくね!」


 よろしくとは言いつつ、反論を聞く気はないようだ。

 部屋の中心に立ったまま、周囲を見回す。


「きっかけは、特になかったんだよね。なのに、いきなりユウトとアカネが目を覚まさなくなってさー」

「やっぱり、夢を見ているのか……」


 特に、意外な話ではない。

 アカネの状況から、そうだろうとは思っていた。


 けれど、実際に目撃者から話を聞くと、実感が湧いてくる。


「それは、何者かの攻撃を受けたということでいいのか?」

「はい。ヴァルの割にいいこと言った」

「……私の割に?」

「こっちのヴァルは、戦闘面以外でも優秀なのかな?」


 疑問形だが、特に答えは求めていなかった。言いたいことだけ言って、ラーシアは続ける。


「状況を考えたら攻撃としか思えないけど、その後“敵”は姿を現しもしないし、要求もなし。それ以上の異変も起こらなかった。そしてなにより……」

「護符だな」

「そう。アカネは、どっかの神様からもらった護符を身につけてたんだよね」

「どっかの神様とは……」


 不敬を通り越して、フレンドリーに聞こえる表現。セネカ二世は、二の句が継げない。


「いや、うちはいろんな神様と付き合いがあるから、具体的に誰からなのか忘れたんだけど、とにかく攻撃だったら、それが弾くはずなのに……って、逆に混乱しちゃってね」

「つまり、この状況は何者かの“善意”かもしれぬわけか。無論、今までの話が真実であればだがの」


 そう言って、淫靡な視線をユウトへ向ける。


「そこを議論すると話が進まないから、事実として認めてほしい」

「婿殿の願いとあれば、致し方あるまいて」

「それ絶対、勇人からお願いされたかっただけよね」


 策士だわ……と、アカネが戦慄する。


「なんで、犯人捜しはともかく、ユウトとアカネを救うためにアルシアとかヨナとかが頑張って、ボクをこの夢の世界に送り込んだってことなのさ。あ、よりにもよってボクだった理由の説明って必要?」

「不要」


 状況適応力や対応力。それにファルヴでのポジションを考えれば、ラーシア以上の適任はいない。ユウトだって、ラーシアを選んだだろう。


「でもって、代表してヴァルからの伝言」

「……聞かせてくれ」


 コロを抱き直してから、ユウトは神妙な顔で言った。


「『こっちの心配はしないでいい。だが、必ずアカネと一緒に帰ってきてくれ』だってさ」

「男前だ……」

「正妻力を感じるわ……」


 ヴァルトルーデらしい。

 あまりにもヴァルトルーデらしい言葉に、思わずため息が出る。


「なるほど。実に、私らしいな」

「そこはセネカも、素直に感心します」


 こちらのヴァルトルーデもご満悦だ。逆に、ヴェルガは沈黙を保っている。


「次はこっちの番だな」


 ユウトが、この世界に来てからのことをかいつまんで説明する。

 ふんふんと、うなずきながら聞いていたラーシアが真っ先に反応したのは、ヴァルトルーデについてだった。


「ヴァルが生徒会長? 生徒会長って、やたらと権力持ってるあの生徒会長? ヴァルが? ヴァルなのに? え? 大丈夫? まだ学校行ってないんだけど、めっちゃ荒れてたりしない?」

「アルシア姐さんが副会長だから」

「ああ……。安心した……」


 今にも死んでしまいそうな透明な笑顔で、ラーシアは言った。紛れもなく本心だろう。


「もう一人の私は、いったい、なにをしたのだ……?」


 と悩むヴァルトルーデにかける言葉がないので、ユウトは先ほど省略した事実を継げることにする。


「それで、ヨナが二人の姉で教師やってる」

「は?」

「ヴァルの姉がアルシア姐さんで、その二人の姉がヨナだ」

「は? 姉? しかも女教師? ヨナが?」


 想像を絶するキャスティングに、ラーシアはその場で身もだえした。


「あああっ。出番をヨナに譲るんだったかなぁ……」


 面白いほう、面白いほうへと行こうとする草原の種族(マグナー)の血が刺激され、ラーシアは後悔に似た感情に襲われた。


 天変地異の前触れかもしれない。


「レンも、保健室の先生やってるぞ」

「……ユウト」


 ラーシアは真顔で言った。


「もうしばらく、こっちで過ごそう」

「せめて疑問形にしろ。死ね」


 ストレートに否定と罵倒され、ラーシアはわざとらしいため息をついた。実際、わざとだ。欠片も傷ついていない。それどころか、おいしいとすら思っている。


「それにしても、エグがセネカ二世と同じ勢力で、ボクがヴェルガの参謀長ねえ……」

「右腕と、参謀長。どっちがましだろうか」


 分からない。分からないが、どっちも駄目だというのは間違いなく言える。


「この状況さぁ。生徒会、風紀委員、体育会で三国志やってるってこと? 学園ハイパーバトル? 転校生のユウトとか、マジ主人公じゃん」

「そんなんじゃねえよ、ダンジョン潜ってるって言っただろうが。止めろ。俺を殺す気か」

「ボクは参謀長なんで、落鳳坡されてくるね」

「しかも、蜀気取り」

「だって、エグは明らかに許褚でしょ」

「張飛かもしれないだろって、それはいいんだよ」


 なんで三国志演義を知っているのか……などと余計なことは言わない。相手は、ラーシアなのだから。


「問題は、ダンジョン……アンダーメイズを攻略することで……」

「そこだよ」

「どこだよ」


 本筋に戻った途端のラーシアの指摘に、ユウトは不機嫌そうに言葉を返した。

 アカネは慣れているが、他の三人には新鮮だったのだろう。黙って、ユウトとラーシアのやりとりを見守っている。


「いつものユウトなら、まともにダンジョン攻略なんてバカらしいって取り合わなかったはずだよ」

「そこまで無茶じゃねえよ」

「とりあえず、校舎を破壊するぐらいのことはやってたね」

「そこまで無茶苦茶じゃねえよ!」


 大声に、膝に乗ってたコロが何事かと起き上がる。


「ああ、ごめんごめん」


 労るように愛犬に声をかけるユウト。


「いいや。やるね」


 しかし、ラーシアは取り合わない。


「誰も怪我しなきゃ壊れても問題ないし、ぶっ壊して黒幕が出てきたら儲けものぐらいのことを考えていたはずだよ」

「……あるわね」


 アカネも、草原の種族(マグナー)に賛同した。

 確かに、アカネの幼なじみにして配偶者には、そういう面がある。


「勇人、不本意でも事実は認めないといけないわ」

「いつの間にか、味方がいない……」


 外からの客観的な視点は重要。

 腐肉の公主のときにも思ったが、また思い知らされることになるとは思わなかった。こんな残酷な形で。


「ま、その辺の意識というか認識というかも、黒幕の介入がありそうな気がするけど……」


 ラーシアが、新しいいたずらでも思いついたかのように笑う。


「ボクがデウス・エクス・マキナとして働けば、いいだけ。心配無用さ」


 そして、まだ見ぬ黒幕へ宣戦布告した。

ラーシア効果でしょうか。前回の更新後、評価人数が1,000人に達しました。

ありがとうございます。ユウトは思いっきり微妙な顔をしていそうですが。


そんなわけで、今回もラーシア劇場になってしまいました。ほんとに、デウス・エクス・マキナですね。

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