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番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第二十一話

「状況を整理しようか」


 ヴァルトルーデたちと別れたユウトとアカネは、自宅マンションへ戻るなり部屋へとこもった。

 竜人(ドラコニュート)メイドのカグラが戸惑っていたが、悪いとは思いつつも気にする余裕はない。


「まず、俺たち……俺と朱音は、元の世界に戻る。これは、大前提だ」

「そうね。ええ、そうじゃないと困るわ」


 ユウトの部屋で二人揃ってベッドに腰掛けながら、アカネはしっかりとうなずいた。すっかり慣れてしまった、平らになったお腹を押さえて。


 この世界にもすっかり慣れてしまったが、流されるわけにはいかない。


 絶対に。


「……そのためには、アンダーメイズの最下層に到達し、オベリスクで願いを叶える……世界を書き換える必要があるわけだ」

「でも、具体的に、なにをしたらそうなるのは不明なのよね」


 もちろん、それで元の世界に戻れる保証も確証もない。

 だが、今は他に手がかりがないのだ。駄目なときはまた別の方法を探せばいいのだから、そこまで考える必要はない。


「そうだな。儀式が必要なのか、呪文を使わなくちゃいけないのか。それとも、願いを口にするだけでいいのか……」


 ヴァイナマリネン辺りなら知っていそうだが、答えてくれるとは思えなかった。アンダーメイズ自体が未攻略なので、情報も限られるだろう。


「その辺は、できる限り事前に情報を集めるとして……」

「問題は、あれよね」


 アカネが、表情を陰らす。

 言いたいことは、ユウトも分かっていた。


「あたしたちの願いを叶えたら、あなたたちは消えます……って言わなくちゃいけないのよね」


 最初は、夢なのだからと気にしてはいなかった。当然だろう。単に、元通りになるだけなのだから。


 けれど、そう割り切るのは難しい。


 アカネは、ベッドの上でユウトの手をぎゅっと握った。


「なんていうか、こう。みんな、生きているのよね……」

「……そうだな」


 ユウトも、否定はできなかった。


 夢にしてはリアルで、帰還のことを考えなければ、夢のように楽しい。


 人と世界に愛着を持たせ、この世界の崩壊をためらわせる。ローコストでハイリターン。これが黒幕の思惑なら、大したものだ。


「記憶が連続してない相手が本人と同じと言えるのかというのはあると思うんだけど、やっぱり、ヴァルはヴァルで、アルシアさんはアルシアさんなのよね……」

「ああ。そして、ラーシアはラーシアだった」


 本当に、ラーシアはラーシアだった。


 噛み締めるように言ったユウトは、空いた手でぽんと膝を叩いた。


「ラーシアは、ここで息の根を止めておきたい……」

「ヴェルガじゃなくていいの?」

「うっ」


 本気でないことを見抜かれ、ユウトは言葉につまった。


「まあ、それはともかく」

「いいわよ。スルーしてあげる」


 幼なじみ相手は、やりやすくやりにくい。

 苦笑を浮かべつつ、ユウトは軽い調子で口を開く。


「こうなったら、全部正直に話すしかないと思う」


 その内容は、表情とは裏腹にシビアなものだった。


 なにしろ、荒唐無稽な話をしたうえに、結論は自分たちのために消えてくれというものなのだ。普通は、避けるべき。


「最後まで黙ってて、不意打ちみたいに――」

「いや、ヴェルガに見抜かれる危険性が高い」


 なにしろ、ヴェルガはユウトたちに元の世界の記憶があることを知っている。

 ただユウトを観察することで、その結論に至ったのだ。


 となれば、反対するのは火を見るよりも明らか。


「……なら、味方を作っておくしかない……わね」


 最悪、ディヴァインクローバーを解散してユウトとアカネだけでアンダーメイズを踏破するという選択肢もある。


「あるけど、選ぶにはリスクが高すぎる」

「……やるしかないわよね」

「いきなり出てきたってわけでもないし、元々、避けては通れない問題だったんだしな」


 まだ見ぬ我が子のためだけではない。


 ここには、カイトもユーリもいないのだ。


 それに、ひとつアイディアもある。


「ダンジョンの攻略よりも難易度が高かろうと、やってやるさ」


 そう決意を口にしたユウトは、父親の表情をしていた。





 翌日。


 ユウトは、ディヴァインクローバーのメンバーを自分の部屋に集めた。

 ユウトとアカネはベッドに。他の三人には座布団を用意して床に座ってもらっている。


 カグラに散歩へ行ってもらっているため、コロもいない。


 ユウトの本気が感じられた。


「今日は、例の懸案を話し合う……前に、ひとつ俺と朱音の話を聞いてもらいたくて集まってもらったんだ」


 そして、ユウトは最初から語り出す。


 元々は、ここではない別の世界にいたこと。

 気付いたら、夢のような世界に迷い込んでいたこと。

 元の世界――ブルーワーズでも、知り合いだったこと。

 アンダーメイズを攻略して、元の世界に帰ろうとしていること。


 最後に、この世界が消えてしまうだろうことを。


 飲み物のひとつも用意せずに切り出した話に、ヴァルトルーデとセネカ二世は言葉を発せず、ぎこちない表情を浮かべるだけ。


 無理もないだろう。


「だから、最終的に、この世界そのものがなくなる……はずだ」


 こんな荒唐無稽な話、簡単に信じられるはずがない。アカネが一緒でなかったら、最後まで話切れたか自信がなかった。


 ただ、ヴェルガだけは、セーラー服のまま静かに微笑んでいる。


「内容の真偽を論じる前に……。セネカは、ヴェルガ様がまったく動じていないのが気になります」

「……確かに、そう言われてみるとそうだな」


 青い桜の着物ではなくセーラー服の風紀委員長へと、部屋中の視線が集まる。


 けれど、それでなにかを感じるヴェルガではない。


「妾は気付いていたからの」


 ユウトのベッドの下から、視線を周囲へと動かし淡々としながら淫靡に言った。


「……なるほど。そういうことですか」

「納得するのか?」

「ホラー映画でよくあるパターンですね。狂っていると見えた老婆が、実は真実を語っていたという」

「そうなのか? なるほどな……」

「というか、セネカさん、ホラー見るの……」


 見ていてターンアンデッドしたくならないか、アカネは心配になった。


「しかし、嘘を言っていないのは分かるのだが……ううむ」


 半信半疑……というよりは、疑のほうに偏っている。そんなヘレノニアの聖女へ、アカネがベッドの上から身を乗り出す。


「そもそも、こう、現代風の世界で普通に神様がいるとかおかしくない?」

「……どこがおかしいのか分からないが? そもそも、現代風とはどういうことだ?」

「おうふ」


 ヴァルトルーデの純真無垢な返答に、アカネはベッドに突っ伏した。

 ここは、そういう常識なのだ。違和感を憶えるのは、異分子であるユウトとアカネだけ。


「ところで、そちらの世界では私たちは、どういう関係だったのだ?」

「あ、うん……」

「それ聞く? 聞いちゃう?」


 ゴシップの気配に、アカネが一瞬で立ち直った。

 そんなアカネに、余計なことを言わないようにと視線で伝え、ユウトは考えながら言葉を紡いでいく。


「俺と、ヴァル……だけじゃなくて、アルシア姐さんとヨナとエグザイルのおっさんと、ラーシアもそうだけど。俺たちは、パーティを組んで世界を救ったんだ」

「ほう。世界を」

「そして、ヴァルが領地をもらって、俺も領地経営に協力して――」

「結婚したのよ、二人は」

「なん……だっ……?」

「子供もいるわよ、二人」


 あり得ない。


 そのはずなのに、なぜかしっくりくる。ヴァルトルーデは、不思議な感覚に顔を歪めた……。


「なにをにやけておるのやら」

「にやけてなど、いない!」


 ……つもりだったのに、ヴェルガに誹謗され、思わず激昂してしまった。断じてにやけてなどいない。そんなはずが、あるわけないのだ。


「……待ってください。今のお話が本当なら、そちらのヴァルトルーデ会長と結婚をしているのに、なぜアカネさまとそんなに仲睦まじく?」

「あたしも、勇人と結婚してるもの」

「なにっ!?」

「ちなみに、アルシアさんもよ」

「アルシア姉さんまでかっ!?」


 ヴェルガのことなど忘れ、ヴァルトルーデは思わず立ち上がった。


「もしや、ヨナ姉さんまでなどとは言わないだろうな?」


 そう聞くヴァルトルーデの目は、完全に据わっていた。

 それで美しさは損なわれないどころか、また違った魅力にあふれていたのだが、それを向けられている当事者は背筋が凍る。


 ユウトはベッドの上で後退し、落ち着くんだと両手を前に差し出す。


「それはさすがにない。それはない」

「言いよられてはいるけどね~」

「朱音が、面白いほうの味方過ぎる……」

「またしても、ラーシア度保存の法則が働いてしまったようね」


 欠片も悪びれることなく、アカネは手で口を押さえて「おほほほほ」とわざとらしく笑う。


「まあ、そもそも。あたしたちの知る世界では、三人は仲良かったけど、三姉妹ではなかったから」

「そうか。なら、仕方があるまい」

「んっ、ううん」


 ヴァルトルーデが雑に納得して座り直したところで、セネカ二世がわざとらしい咳払いをした。


「ところで、セネカとは、どのような関係でしょう?」

「隣の国の偉い人?」

「隣の国の偉い人」


 今の流れで、そんな他人みたいな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。

 アーモンド型の瞳を見開いて、セネカ二世はぽかんと口を開けた。


「要は、他人よな」


 ヴェルガは、いつ、どこから取り出したのか。羽根のついた扇を動かしていた。笑いをこらえている……というアピールだろうか。


 実のところ、隣の国の偉い人という関係は、ヴェルガ自身も変わらないはずなのだが。


「いや、それだけじゃない。依頼を受けて、天上を旅して悪い神様を倒したりもしたぞ。一緒に」

「普通、そっちから出てきませんか!?」


 長い栗色の髪が乱れるのも厭わず抗議するが、あまり効果的ではなかった。


「私が子供を産んだかどうかはさておき。ユウトとアカネが、元の世界へ戻るという願いを持っているのは理解した」


 そこが重要なのだろうと、ヴァルトルーデがセネカ二世とヴェルガを抑えた。


「だが、どうして、その願いで私たちが消えることになるのか理解できないな」

「確かに、ヴァルの視点なら異分子は俺たちのほうだけど……」

「そうではない」


 ヴァルトルーデは、美しい金髪を揺らして首を振る。光の粒子が弾け、一瞬で消えていくような錯覚。


「仮に、ここが夢のような世界だとして、だ」


 信じていないわけではないがと、前置きしてヴァルトルーデが続ける。


「二人で同じ夢を見ているわけでもないのだろう? ユウトとアカネがいなくなったとしても、私たちが消える道理はないのではないか?」


 夢のように不確かなものではなく、確固たるパラレルワールドのようなものに迷いこんだのではないか。

 ヴァルトルーデは、そう言った。


 アカネは、少し迷ってから、あえてユウトは見ずに口を開く。


「実は、あたし、もともと妊娠していたのよね。結構、お腹も大きくなってて……」

「そうなのか。それはめでたいな」


 と、祝福したところでヴァルトルーデが気付く。


「なるほど。それが夢だという根拠か……」


 本人が紛れ混んだのではない。

 それは、この上ない証明だった。


「そういうことなら、仕方ないな」

「そうですね」

「え? 二人とも……」


 あっさりとうなずき合う聖女と神王に、アカネは逆に戸惑う。


「確かに、この世界で笑い、苦しみ――生きているものはたくさんいるのでしょう。間違いだから、偽物だからと消される道理はないかもしれません」


 だが、セネカ二世は決然とした態度で語る。


「しかし、それでも過ちは正さなくてはなりません。歪みは、いつかより大きな悲劇をもたらします」

「うん。そういうことだ」

「……いいの?」

「まだ、どうなるか決まったわけでもないからな」

「それなのに、お二人の希望を妨げることは、悪の行いでしょう」

「アルシア姉さんはいないが、絶対に反対はしないだろうしな。これは、推測ではないぞ。確信だ」

「妾は、反対するがの」


 暖かな空気をばっさりと斬り裂くヴェルガ。


「前にも言うたが、何度でもアンダーメイズの攻略を繰り返す。それが、妾の望みよ」


 そうすれば、いつまでもユウトと遊び続けられる。


「ぶれねえな」

「当然よ」


 けれど、ユウトは、それを予想していた。


 ベッドに座ったまま、淫猥に扇をあおぐヴェルガをまっすぐに見つめる。


「その件に関して、ひとつ提案がある」

「……ほう。婿殿からの提案のう」


 面白そうに、悪の風紀委員は淫靡に微笑む。


「そのつもりが、あればの話だけど……」


 ――直後、その微笑みは凍り付いた。


元の世界(・・・・)に戻るとき、俺たちと同行したらいいんじゃないか?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 誰も、ヴェルガでさえ反応できなかった。


 例外は、一人だけ。


「はああぁっぁっっっ!?」


 それでも、余裕があるわけではない。


 まったく聞いても予想もしていなかった展開。


 アカネは大声をあげると、思わずユウトの胸ぐらを掴んでいた。

たまには、ユウトも爆弾を落とすのさ。


というわけで、この番外編も終わりまでの道筋が整いました。

あと数回で終われる……はず。


まあ、続けようと思えばもっと続けられちゃうんですけど。

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