番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第十九話
風邪気味で、予定してたところまで書き切れませんでした。ごめんなさい。
「朱音、良かった……。無事みたいだな」
「無事みたいだな……じゃないわよ! なんで、地獄のゾンビ軍団率いてるのよ!」
「地獄のって……B級映画みたいに言われても困るんだが……」
「困ってるのは、こっちなんだからね!」
「可愛く言われても、困る……」
上空と地上で交わされる、幼なじみたちの会話。
心の底から安堵するユウトに、理不尽に憤るアカネ。心情としてはどちらも、正しい。
では、なにが間違っているのか。
問題はひとつに集約される。
「この屍生人はあれだよ、ヴェルガが乗っ取ったんだよ」
「……納得したわ」
せざるを得なかった。この辺りの説得力は、ある意味でラーシアに匹敵する。
「婿殿、久闊を叙するのは終わりで良いな?」
飾り気のないシンプルな着物を身につけた赤毛の風紀委員長が淫靡に確認を取ると、地上を睥睨した。
その姿は、まさに生まれながらの支配者。
悪の半神としての威厳を纏い、下々へと宣言する。
「降伏せよ。然らざれば攻撃す」
「なんで、いきなり降伏勧告だよ。ちゃんと話し合うって、言ったよな!?」
「交渉とは、最初に受け入れがたい要求を押しつけることであろう?」
「最初から最後通告じゃねーか!」
朽ち果てた城門の上空で、ヴェルガとユウトが揉めている。
ドラゴンの屍生人という、いかにも悪という乗騎の上でも悪の半神と大魔術師は変わらない。
とりあえず、ユウトがまた洗脳を受けたわけではなさそうだ。
これならなんとかなりそう。
そうアカネが胸を撫で下ろした直後。
「そちらが攻撃するつもりなら、こちらにも考えがある」
「考え? 妾を排除するの誤りであろうに」
「分かっているなら、口にしなくていい」
麗しき聖堂騎士が、あっさりと挑発に乗った。
セネカ二世と、幽霊王女ミカエラがぽかんと口を開く。今の流れで、戦闘が始まる要素はなにもなかったはず。
けれど、ヘレノニアの聖女にとっては違った。
「戯れ言めかして交渉の主導権を握ろうとするのであれば、実力で奪い返すまでだ」
討魔神剣を構え、上空を鋭くも美しい瞳でにらみつける。常人であれば、その引力に引きつけられて、自分から地上へ降りてくることだろう。
「どうした? 空から、延々と一方的に攻撃し続けても構わないぞ」
「それで始末がつくなら、苦労はせぬわ」
そんな中途半端な覚悟で放った攻撃が、ヴァルトルーデに通用するはずがない。通用するようなら、ヴェルガに苦労はなかった。
「やはり、妾のこの手でくびり殺さねばな」
「奇偶だな。私も、似たようなことを考えていた」
「結局、そこに行き着くのかよ……」
夢の世界なのに、悪の半神とヘレノニアの聖女が血なまぐさい。
絶望の螺旋を撃退した直後の殴り合いを思い出し、ユウトは頭痛をこらえるように額を押さえた。
その間に、ドラゴンゾンビがゆっくりと降下していく。
このドラゴンゾンビは、死界の王が服属の証として差し出した供物であり、元々は最大の切り札。
それが、ヴェルガには従順の一言。
いろいろと思うところもあるが、話がしやすくなるのでユウトも止めはしない。
だが、不満は別のところから噴出した。
「陛下と軍師殿に対して不遜な物言い。度し難きは、聖堂騎士よ。お二方の手を煩わせるまでもないわ!」
死界の王がマントを翻して、細く筋張った指をヴァルトルーデに突きつける。
死の香りを纏った不死の怪物と、美しい以外の形容詞を思考の海に沈めてしまう聖堂騎士。
極限とすら言える、美醜のコントラスト。
誰もが一触即発の気配を感じ、緊張感に身を固くする。
一人を除いて。
「軍師殿……? 勇人、なにをやったの?」
「朱音、俺が名乗ったわけじゃないからな!」
「あー。うん。なんか、だいたい分かったわ」
幼なじみにして今や夫であるユウトは、わりと押しに弱い。
十数年に及ぶ付き合いで知り尽くしているユウトの性格は、ここでも変わらなかったようだ。
「抑えよ、軍師殿は話し合いを所望しておる」
「……差し出がましい真似をいたしました。罰は、いかようにも」
「忠勤大儀なれど、その程度で妾は怒りはせぬ」
その呼び名が気に入ったのか、淫猥に上機嫌でヴェルガがアカネたちへと近付いていく。ユウトも慌てて、その後を追った。
「婿殿から軍師殿って、後退してない?」
「なにを言う。軍師から妾の婿へ進展する過程を楽しむのも一興であろうが。なんといったか、そう。オフィスラブというやつよ」
「オフィスラブ」
今時聞かないわねと、アカネは遠い目をした。
はっきり言って、いかがわしさしか感じない。出世なんて興味ないと言いながら社長まで登り詰めたサラリーマンのようだ。
「さて、ヴェルガ。地上に降りたということは、話し合うつもりでいいのだな?」
「その言葉に妾がうなずけば、そちらは信用するのかの?」
ヴァルトルーデは、討魔神剣を鞘に仕舞う気配はなく。
ヴェルガは、淫奔で挑発的な態度を崩さない。
「ヴァル、ヴェルガ。まずは情報のすり合わせだ。なんか、幽霊の人が置いてけぼり食らってぽかんとしてるぞ」
さすがに本気ではないだろうが、ここで二人を衝突させるわけにはいかない。
ユウトが、お姫さまのように見える幽霊の少女を引き合いに出して止めようとするが、これは悪手だった。
「ほう。婿殿は新しい女子が気にかかるのか」
「幽霊相手に、そういうのはねーよ。いや、幽霊じゃなくてもねえよ」
「そうかそうか。これは、借りひとつよの」
ユウトの言い訳を聞き流し、ヴェルガは当たり前のように借金を背負わせた。飽きたのか、あっさりと呼び名を婿殿に戻して。
「では、こちらのことは代表してセネカがお伝えします」
ヴァルトルーデとヴェルガに任せては先に進まないと、セネカ二世が一歩前へ出て名乗りを上げた。一服の清涼剤のような存在に、ユウトは海面に出た思いだった。
「じゃあ、こっちは俺が……と言っても、大した経緯はないんだが」
転移直後。沼地で死界の王が率いる不死の怪物と遭遇したこと。
ヴェルガが、それを乗っ取ったこと。
死界の王は、腐肉の公主テュェラ・ズ・ ラニュズから、ヘレノニア神の秘宝具の強奪を命令されていたこと。
「で、朱音たちがその秘宝具の側にいるらしいと分かって向かったところ、こうなったと」
「全軍で?」
「屍生人は置いていくつもりだったんだけど、ヴェルガの後を雛のようについてくるのでそういうわけにもいかなくてさ……」
「屍生人に懐かれるとは……」
セネカ二世が、あまり感情を見せないが端麗な相貌に、嫌悪にも似た表情を浮かべた。
不死の怪物を敵と定める太陽神フェルミナの地上代理人としては、仕方のない反応だろう。
「小母上の秘宝具がいかなる物かは分からぬが、手中にすれば道は開けるであろ」
「残念ながら、それはできません」
ヴェルガの傍若無人な要求に、セネカ二世は決然と立ちふさがった。
「ヘレノニア神の秘宝具、雷霆の紋章は、彼女ミカエラさんと同化しているのですから」
「ほう……」
興味深そうに幽霊の王女を見つめるヴェルガ。その横で、ユウトがため息をついた。厄介事の気配しかしない。
「わたくしはミカエラと申します。かつて栄えしシュルバシュ王国の最後の王女だった者です」
「シュルバシュ王国……?」
「勇人も知らないの?」
「聞いたことがあるような、ないような……。なにかの調べ物をしたときに、見たの……か……?」
思い出せないと首を横に振るユウトを、アカネが怪訝そうに見つめる。
さすがに、ユウトなら知っていると信頼していたのだが、当てが外れた。
「でも、この世界の構造がどうなっているのかも分からないのだから、仕方ない……のかしら?」
すすすっとユウトの横へ移動し、アカネが耳元でささやいた。
「そう考えるのが妥当かな……」
ユウトの返答を聞くと、そのまま当たり前のような風情で手を引いてこっち側へと連れていこう――としたところで、ヴェルガが反対側の手を掴んだ。
「待て二人とも。大岡裁きみたいになってるぞ」
「大丈夫。ちゃんと先に手を放すから」
「それ、ヴェルガ相手にも通じればいいんだけどなぁ……」
「大胆不敵よな。油断も隙もないわ」
「そもそも、勇人がそっちにいるのが間違いでしょ!?」
「言われてみたら、そうだった」
流れでなんとなくヴェルガの隣にいたが、本来の立ち位置は異なる。
危うく、『軍師殿』が既成事実になるところだった。
「考えてみたら、交渉すると言った時点で対立が成立してるじゃねえか……」
赤毛の風紀委員長に乗せられていた。
どうにもやりにくいなと首をすくめて、ユウトはアカネとヴェルガ。二人の手を振り払った。
そして、両者の間に移動し、どちらとも距離を取る。
「それで、雷霆の紋章。ヘレノニア神の秘宝具が彼女と同化してるという話だったけど?」
「え? あ、はい」
唐突に話が戻り、ミカエラが戸惑いを見せた。
けれど、それも一瞬。
すぐに、ユウトやヴェルガ。さらに、背後にいる死界の王たちを味方にすべく説明を始める。
「腐肉の公主は、この地からの脱出を企図しています。それを防ぎ、縛り付けるのが雷霆の紋章なのです」
「ヴァル」
「ああ。間違いなくヘレノニア神の神威を感じた」
名前を呼ばれただけで、ヴァルトルーデはユウトの言わんとするところを察し、的確な答えを返した。
ユウトは納得しているが、アカネとセネカ二世とヴェルガは以心伝心っぷりに渋い顔だ。
一方、もう一人の当事者であるヴァルトルーデは、言ってから、なぜあれだけで意図が通じたのか首を傾げていた。
「雷霆の紋章はわたくしとは不可分になっており、テュェラ・ズ・ ラニュズ自身は、手を出すことができません」
「だから、腐肉の公主は死界の王たちに襲わせた……と」
情報のすり合わせは、終わった。
けれど、結局、同じところで詰まってしまった。
「ユウト様でもお分かりにはなりませんか」
「推測はいくらでも、できるけどね……」
同じ悩みを共有する、ユウトとセネカ二世。
にもかかわらず、大魔術師には余裕があった。
「雷霆の紋章を鑑定させてもらおう」
「それは……」
秘宝具と同化しているためだろう。幽霊王女が恥ずかしそうに目を伏せる。
必要だということは分かっているが、容易にはうなずけない。
ラーシアがいれば、「女の子を鑑定したいの? ユウト、いい仕事してるね! その気持ち、大切になさってください!」とでも言い出すところだろうが、草原の種族はいない。
いないのだ。
「……分かりました」
少しの逡巡を見せた後。幽霊王女ミカエラは、他に手段はないと肯いた。
「ですが、わたくしに協力してくださると、どうか約束をしてください」
「当然だ」
間髪容れずに返答したヴァルトルーデに、幽霊王女ミカエラは青白いエクトプラズムで笑顔を見せる。
そのやり取りを見ていたユウトが、思案気に手で口を覆う。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
手を振って否定したユウトが、《魔力解析》の呪文の焦点具である片眼鏡を準備した。
どんな魔法具が見つかってもいいように、一回分は常に準備している。
「じゃあ、雷霆の紋章を」
「……はい」
恥ずかしそうに顔をうつむかせると、幽霊王女の胸にヘレノニア神の聖印が浮かび上がった。それが雷の紋章が描かれた盾へと姿を変える。
ヴァルトルーデのように神の息吹は感じられないが、膨大な魔力は触れずとも分かった。まず、秘宝具であることは間違いないようだ。
「《魔力解析》」
ユウトは片眼鏡を通して、その詳細を探る。
呪文が完成すると同時に脳へ直接流れ込んでくる情報は、秘宝具であることを肯定した。
さらに、腐肉の公主テュェラ・ズ・ ラニュズを封じたものであることも。
しかも、かなり高性能な盾でもあるようだ。
そして……。
「地・水・火・風・光・闇。六大源素の象徴たる印を集め、儀式を行うことで封印は完全となる……か」
「戦闘解決型ではなく、ミッション攻略型の階層ということか?」
階層の主である悪魔諸侯を打ち倒すのではなく、封印を施すことによってクリアするタイプ。
そういうのもあるのかと、アンダーメイズの多様さに感心するユウト。
同時に、なぜ最初から完全な封印を施さなかったのかと疑問も浮かぶが……。
「源素が絡んでるというのは、しっくりくるわね」
アカネの感想には、同感だった。
だが、疑問は解消しない。
「腐肉の公主から、源素の印というのを聞いたことは」
「ありませぬ」
「ふ~ん」
「恐らく、不死の怪物では触れられないため、告げなかったのではないでしょうか?」
死界の王すら存在を知らなかったことに対し、幽霊王女が推測を述べる。
妥当だ。
確かに、筋は通っている。
腐肉の公主が、すべての情報を与えるはずもない。
だが、アカネにはユウトが納得しているようには見えなかった。
「恐らく、ヘレノニア神が私たちを遣わしたのだろう」
「だとしても、ここに至って、腐肉の公主が出てこない理由は……」
ヴァルトルーデがさらに推論を重ねて補強するが、ユウトはなおも思考を手放さない。
「……つまり、そういうこと……でいいんだよな……?」
そして達する、ひとつの結論。
つぶやきながら、ユウトはヴァルトルーデ……ではなく、ヴェルガをじっと見つめる。
悪の半神は、淫靡に笑う。
つまり、それが答えだった。
「話を聞いて良かった……と、言えるかな」
「まったくよな。妾たちが先にこっちへ来ておったら、まんまと騙されておったかもしれぬ」
「客観視って大事だな」
「なにを言っているのだ?」
二人だけで分かり合うユウトとヴェルガに、ヴァルトルーデが怪訝な表情を浮かべた。
そう。嫉妬でもなく、怒りでもなく、不思議そうな。
「そこな幽霊。そやつこそが腐肉の公主テュェラ・ズ・ ラニュズだと言うておるのよ」
「バカなッ。証拠はあるのか!?」
「そりゃ、封印は本人にするもの――」
「――証拠?」
説明しようとするユウトを制し、着物のヴェルガが楚々として淫奔な動作で前に出る。
その手には、いつ呼び出したのか。真紅の大鎌が握られていた。人の魂を刈り取る形をした武器を手に、ヴェルガは淫猥に笑った。
いつも通りに。
「それは、今から作れば良かろう」
笑顔で。
淫靡で、本当にいい笑顔で。
ヴェルガは、躊躇なく死の大鎌を振るった。
というわけで、謎解きとか決着は次回へ。
それが終わったら、さくさくこの番外編終わらせるよ!