番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第十六話
「百眼の外衣、着用すると死角がなくなるという上級の魔法具だ」
弱体化前の永劫巨氷ジャブドゥファレェヴ。
その万能触媒は、9万ポイントもの収入となった。
それを聞いたユウトが購買部に移動し、手にした一着のローブ。
男女のどちらでも着られるゆったりとしたサイズの服で、表面には無数の瞳が描かれている。それでいて、ローブ自体は、クジャクの羽のように美しい。
百眼の外衣。
これこそが、購買に存在する無数の魔法具から、ユウトがヴェルガのために選んだ逸品だった。
「この目ひとつひとつが着用者の感覚と連動して、全方位を同時に、視界に収めることができる。しかも超感覚も備えていて、透明化した相手も把握することができるんだ。挟撃も受けないし、実質的に奇襲を受けることもなくなるぞ」
百眼の外衣が、いかに素晴らしいものか力説するユウト。
冒険者の花と言えば、やはり戦闘。
魔法具は高価なのだから、目に見えて敵への打撃が増える効果のほうが好まれるのは道理。
けれど、それは浅はかだとユウトは力説する。
「確かに、派手な効果じゃない。でも、敵が見えるか見えないか。奇襲を受けるか、迎え撃てるか。この違いは大きい。こういうところを大事するかどうかが、一流と二流の分かれ目だと俺は思う」
その言葉には経験者の重みがあり、正論特有の説得力もあった。
ただ残念なことに、TPOにはまったく合っていなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
プレゼンが進むに連れ、アカネとレジーナ。それに、ヴァルトルーデ、セネカ二世から表情が失われていく。
無。
無だった。
「あと、目の模様のところを外して投擲すると、手榴弾みたいに爆発するんだけど……」
「凍らせ屋の話はいいのよ」
アカネがふるふると首を振って反応したのが、せめてもの優しさだろう。
とはいえ、まだ穏当な反応ではある。ユウト以外だったら、自死を選びかねない罵倒が飛んでいたはずだ。
「めっちゃ高いけど、いいアイテムなのに……」
それに、シチュエーションも良くなかった。
これが普通の買い物だったら、まだましな反応が返ってきたことだろう。
けれど、これはユウトがパーティメンバーをプロデュースするという場。たとえ、その対象がヴェルガだとしても、全面に無数の目が描かれた孔雀の尾のように派手なローブというのはない。
ない。
絶対に、ない。
今は販売側――購買のお姉さんであるレジーナですら、見解は同じ。
「婿殿の気持ちは、よう分かった」
ただし、当事者であるヴェルガは意見を異にしていた。
ユウトが手にしてプレゼンした百眼の外衣から、ユウトへ視線を移し、ヴェルガは淫靡に艶やかな唇を開く。
「マジかよ。じゃあ……」
「実用性で押せば、この難局を打破できると信じる。その実直で浅はかな気持ちは、実に尊い。いや、愛いと表現すべきかの」
戦闘や政治となれば、苛烈で大胆で常識に後ろ足で砂をかけるような選択を取るのに、プライベートでは百眼の外衣。
そのギャップが、風紀委員長にして女帝たるヴェルガには面白い。
それは、清少納言が幼児に向ける視線に似ていた。
「勇人、ほめられてるんじゃないわよ。むしろ、呆れられてるのよ」
「分かってるって!」
むきになって言うユウトの姿に、アカネはひとつ思いついたことがあった。
ユウトはプレゼントに、やたらと意味を持たせたがる。これは、なぜなのだろうかと。
最初の婚約指輪からして、そうだった。
ヴァルトルーデの熾天騎剣は、その最たる物。
アルシアに贈った結婚指輪も、不変の性質にこだわり、いくつもの宝石を代償にして作り上げた。
その根底にあるのは、実用品へのこだわり。
どうせなら、役に立ってほしいという想いがあるのだろう。
それはいい。
ユウトらしいと言っていい。
アカネとしても、好ましいと思っている。
けれど。
裏を返せば、ファッション性への無理解があったのではないか。
どう考えても、綺麗だから。似合いそうだから。身につけたところを見たいからという気持ちに欠けている。
いや、そうに違いない。
「勇人……。あたしの教育が悪かったばっかりに……」
「いきなり、なんの話だよ」
目頭を押さえて哀しそうに首を振るアカネが、抗議の声を無視してユウトを購買の端へと連れていった。
二人きりで秘密の話をする。それを隠すつもりなどさらさらない。
「あの二人、どのような関係なのだろうか……」
「そういえば、同じ家に住んでいらっしゃいましたね」
「ただの幼なじみというには、親密に過ぎるのは認めざるをえんの」
ヴァルトルーデたちは、それを黙って見送ることしかできなかった。
あまりにも堂々として、当たり前に振る舞われると、こっちが間違っているような気になってしまう。
その間に、レジーナは百眼の外衣を仕舞おうと、そそくさと移動した。
「あの痴女風紀委員のためというのは腹立たしいけど、この際だから、百万歩妥協するわ」
「大幅な譲歩だな」
ユウトを壁に押しつけ、背伸びをしながら顔を近づけてくるアカネ。
この距離が不慣れなユウトではないが、公共の場でというのは緊張感しかない。
「でも、この状態を壁ドンと表現する人間は絶対に許せないわ。絶対にね」
「百万歩譲ってもダメとか、どんな原理主義者だよ! そこはもうちょっと寛容になろうぜ!」
アカネの冗談――だと信じたい――に、あっさりと緊張が解けた。
「……で、なんの話だよ」
「あたしは敵に塩を送るつもりはないのよ? でも、さすがにあれはちょっと問題だわ」
あまりにも百眼の外衣が不評で、ユウトは哀しくなった。
確かに、凝視攻撃に弱くはなってしまうが、それを補って余りあるメリットがあるというのに。
「強いのに……」
「強くなくていいのよ」
「……え? いやだって、ダンジョン潜るんだぞ?」
緊張は解けたが、代わりに混乱が生じた。
ユウトは、アカネがなにを言っているのか理解できない。
「いいのよ。そもそも、防御力の欠片もないセーラー服で、問題なかったじゃない」
「それはそうだけど、そこを強化しようって話だったろ?」
そう。そこが発端だったのだ。
それなのに、アカネは静かに首を横に振る。
憐れみさえ、感じさせながら。
「その段階は、とっくに過ぎ去ったわ」
「いつの間に……」
なぜ、このパーティのリーダーをやっているのか。ユウトは、ちょっと分からなくなってしまった。
「というわけで、ヴェルガに着せたいコスチュームとかないの?」
「ないけど」
「そうよね。勇人から出てくるはずなかったわね……」
「……はい。申し訳ありませんでした」
「じゃあ、昔見た中でもいいわ。似合ってた服とかないの?」
ユウトを壁に押しつけながらの問い。
逃げられるはずもなく、ユウトは素直に記憶の断片を精査する。
「いつものドレス以外だと……」
真っ先に出てきたのは、浴衣。
フォリオ=ファリナをヴェルガと見て回ったときの衣装。
淫靡な彼女が身につけるにしては、大人しい浴衣だった。
藍色の浴衣の裾は当然足下まであり、足袋も履いていた。顔を除くと、素肌が出ているのは両手とうなじぐらいのものだったか。
花があしらわれた生地も、華やかではあるがヴェルガに抱いていたイメージに比べると、清廉過ぎた。
だからというわけではないが、印象に残っている。
「着物じゃなくて、浴衣かな……」
「ああ……。あのときの……」
アカネも、それは憶えていた。
そのあとも、いろいろあったのだ。忘れるはずがない。
「浴衣はさすがにあれだから、着物かしらね……」
「キモノですか」
そこに、百眼の外衣を仕舞ってきたレジーナが通りがかった。
「キモノの魔法具なら、一種類だけですが在庫がございます」
「あるの?」
壁に押しつけられたまま、ユウトはレジーナに質問した。その表情も声も、意外としか表現しようがない。
もし、ブルーワーズのレジーナだったら、驚きに放心していたことだろう。
「はい。ございます」
ブルーワーズではリ・クトゥアでしか普及していない。
それが魔法具になっているなど、想像もしていなかった。
「あるんだ……。さすがは……」
夢の世界。
そう。ここはブルーワーズの常識に囚われることのない世界。
世界自体が不思議に満ちているのだ。この程度、当たり前なのかもしれない。
「さすが購買部などと言われてもお値引きはできませんが、お持ちします」
百眼の外衣を仕舞ったばかりのレジーナが、バックヤードへ戻っていく。
ユウトとアカネも、ヴァルトルーデたちのところに戻っていった。
「ほう。まさか、二人して妾の衣装の相談をしてくれていたとはの」
「いや、結果としてそうなっただけで……」
狙ったわけではない。ユウトなど、風に翻弄された帆船でしかなかった。
「婿殿からの愛を感じて仕方がないわ」
「言わせておけば」
「事実ほど、怒りは大きくなるものよの」
「……ユウト争奪戦、やはり途中で止めるべきではなかったな」
「こら、二人ともケンカしない。レジーナさんが、持ってきてくれたみたいだぞ」
ちょうどいいタイミングで、レジーナが衣桁と一緒に姿を現した。
着物かけには、鮮烈な青の着物。
青い絹の着物は、思わず息を飲むほど美しかった。
「おお。綺麗だな……」
「そうね。けど……」
美しいのは間違いないが、無地で飾り気がない。帯も同様だ。
シンプル・イズ・ベストとも言うが……。
「少し、寂しいのではないか?」
「これはこれで悪くはありませんが、飾り気があったほうがより良くなるはずですね」
地味だなと率直な意見を口にしたヴァルトルーデに、セネカ二世が同意した。どこか、画竜点睛を欠いている印象は否めない。
「つまり、それがこの魔法具の核心なのであろう?」
「その通りです」
ヴェルガの指摘に、着物を前にしたレジーナが小さく頭を下げた。
「このキモノ……彩魂の着物の着用者が、アンダーメイズで敵を倒せば倒すほど、生地は鮮やかに染められ物理的な防御力や魔法的な抵抗力が増し、着用者の力量もアップするとされています」
「なるほどの」
面白いと、ヴェルガは彩魂の着物へ手を伸ばし、手触りを確かめた。
かなり気に入ったようだ。
「自ら染め上げるという趣向か。悪くはないのう。そう思わぬか、婿殿」
「なんで俺に振るんだよ」
「女子を染め上げるのは、男子の本懐であろ?」
「魔法具の話だったはずだよなぁ!」
「実際、そこんとこどうなのよ、勇人?」
「ラーシアみたいなこと言うなよ……」
「失礼。ラーシア度保存の法則が働いてしまったようね」
「ラーシア度保存の法則」
ラーシアがいない場合、誰かがラーシアのように振る舞ってしまう法則。
エネルギー保存の法則を無視しまくっているユウトは言えたことではないが、奈落よりも最悪な世界法則だった。
「気に入った。なにより、婿殿が妾の着物姿を見たいというのが良い」
「……ノーコメントで」
ドレスやセーラー服のほかと言われてこれが思い浮かんだだけ。
……などと言うほど、ユウトも無粋ではなかった。
実際、似合うことが間違いないのだから。
「次からは、妾が撃破役を担うわけだな」
「できるものならばな……と言いたいところだが、できるのだろうな」
ヴァルトルーデと張り合えるだけの戦闘力はある。
ヴェルガなら、遠からず彩魂の着物を染め上げるだろう。
少しの口惜しさとともに、ヴァルトルーデはその実力を認める。
アカネも、戦闘力とファッションとで方向性は違うが、ほぼ同じ気持ちだった。
「あれを着るとなると風紀委員長を通り越して、完全に極道の妻になるわね」
しかし、レジーナと組んでブルーワーズのファッション革命を主導するアカネだからこそ、似合わないとは言えなかった。
「まあ、いいんじゃないか? 効果も結構良い感じだし」
それに、ユウトがユウトである限り、今のところ必要以上に嫉妬する必要はなさそうだった。
風紀委員長から極妻にクラスチェンジ。
ヴェルガ様を戦闘で活躍せざるを得ない状況に誘導する、ユウトの名采配でしたね(棒)。
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新作の『刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ』、第一部完結しました。
第二部開始までちょっと間がありますので、まだでしたら読んでいただけると嬉しいです。
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