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番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第十三話

「あたしは、できれば後ろのほう。後衛? が、いいんだけど……」


 コロの背中から顔を上げたアカネが、控えめに自らのポジションを要望する。声はおどおどしていたが、抑揚は普通。


 しかし、アカネの頬に赤みが差し、照れていたのが一目瞭然だった。


「ほう……」

「ううむ」

「なるほど……」


 その反応に、若干不穏な空気が流れる。まさかと言うべきか、セネカ二世も含めて。


「まあ、朱音のことだけを考えれば、妥当だとは思うけど……」


 気づかないのは、ユウトだけだ。


「え? 問題あるの?」

「セネカは、それでは後衛が多くなりすぎるのではないかと考えます」

「あの武器は飾りかの? それに、一人に前衛を任せていいものかのぅ」


 セネカ二世の指摘は、ディヴァインクローバーというパーティ全体のバランスを考慮したもの。

 一方、ヴェルガの発言には、それだけではない含みがあった。


「私は一向に構わない」


 しかし、それを向けられたヴァルトルーデは、まったく意に介さない。むしろ望むところだと、青い瞳に煌めく光が宿る。


「セネカ、アカネ、そして、天草勇人。三人の支援があれば、後れを取ることはない。絶対にな」

「妾が勘定に入っておらぬようだが、気のせいかの?」

「もちろん、入っているぞ。ただし、敵としてな」

「生徒会長様は、お優しいの。つまり、どさくさ紛れに殺しても構わぬというお墨付きを与えてくれるわけじゃな?」

「やっぱ、そうなるのかよ」


 教師――ヨナに言われたから、同じパーティを組む。しかし、なれ合うつもりは一切ない。

 呉越同舟といっても、偶然居合わせただけ。協力して嵐に立ち向かうつもりなどないと、ヴァルトルーデとヴェルガは言っている。


「雲霞の如く押し寄せるモンスターを相手しながら、妾の面倒まで見てくれるとは。生徒会長様は実に勤勉よの」

「無論だ」

「いや、待った。そこまでモンスターが出るのかよ」


 ヴァルトルーデが真面目なのは同意するが、雲霞の如くとはどういうことなのか。


「腐肉の公主テュェラ・ズ・ ラニュズが支配する第三階層。それに、不殺剣魔ジニィ・オ・イグルが統べる第七階層は、特に大量のモンスターが発生することで有名です」

悪魔諸侯(デーモンロード)か……」


 腐肉の公主は、いわゆるアンデッドモンスターの支配者。となれば、ラーシアがケラの森で遭遇したような事態が起こるのだろう。

 不殺剣魔の領域は、彼女の武器を手にした悪魔(デーモン)たちが出てくるのだろうか。


「しかし、不殺剣魔ジニィ・オ・イグルか……」


 ヴァルトルーデとの結婚式当日にちょっかいをかけてきた、負の感情しか抱きようのない相手。

 レイ=クルスに新たな肉体を与えたことで絶望の螺旋(レリウーリア)の降臨につながったこともあり、厄介者としか言えない。


 しかし、すでに滅びているはず。その不殺剣魔が、どうしてこの世界では現役なのか。基準が分からない。


悪魔諸侯(デーモンロード)がフロアマスター? 階層ボス? なのよね。となると、出てくる順番が強さで決まってるんだろうから……」


 だが、アカネが考えていたのは、別のことのようだった。


「ということは、この前の木の人は、我らの中で最弱。悪魔諸侯(デーモンロード)の面汚しだったわけね」

「妖樹の御子ニーケンララムな」


 ユウトとセネカ二世の表情が、わずかに緩む。

 アカネのお陰で場が和む……ことは、残念ながらなかった。


「階層主程度、ヴェルガを相手にしながらでも倒してみせる」

「いや、それはさすがに無理だろ」

「できるというなら、やってもらえば良かろう。妾と婿殿は、その屍を越えていけば良い。それだけの話よ」


 再び、神の恩寵を受けた生徒会長と赤毛の風紀委員長が、鋭い視線をぶつけ合う。

 コロも、あきれているのか、吠えようともしない。


「なんで、この二人はここまで仲が悪いんだ?」


 元の世界ではユウトが争いの発端だったが、こっちでは違うはず。一応、同じ学生の生徒という立場なのだ。もう少し、友好的でもいいのではないか。


「あくまでもセネカの私見となりますが、絶望的に相性が悪いのではないかと」

「うん。それはよく分かる」


 その問いに対し、セネカ二世が明確すぎる答えを出した。


「加えて、生徒会が設定しようとした到達階層更新の義務化を風紀委員会が中心になって反対運動を繰り広げるなど、立場上の違いもあります」


 残念ながら、すべての学生がアンダーメイズの攻略に熱心なわけではない。安全な階層を周回して適度にポイントを稼ぐことに終始するパーティも存在した。


 それを問題視したヴァルトルーデが、学期毎に最高到達階層を最低でもひとつは更新するよう義務化する校則を提案した。


 もちろん、階層ごとの攻略情報を伝える講習会など、サポートを約束したうえで。


 だが、ダンジョンの自由を標榜し、それに真っ向から反対したのがヴェルガ率いる風紀委員会。結局、生徒会は校則を取り下げざるを得なかった。


「仲が悪いから対立してるのか、気にくわないから邪魔をしているのか。どっちかしらねぇ」

「卵が先か、ニワトリが先か……だな」


 どうして、ここまで反発し合うのか。当人たちも、分かってないはずだ。

 なにしろ、絶望の螺旋(レリウーリア)を撃退した直後に殴り合ったことなど、記憶にないのだろうから。


 だから、仕方ない……とは、ユウトは言えない。守るべき相手がいるのだから。


「そこまでにしようか」


 声のトーンは変わらない。

 しかし、決然とした口調でユウトは言った。曖昧なごまかしを許さない、厳しい声と視線が善と悪の象徴二人に注がれる。


「天草勇人……」

「婿殿……」


 にらみ合っていたヴァルトルーデとヴェルガは、言葉を失った。呆然と、ユウトのことを見つめる。


「まず、俺のパーティで死者を出すことは絶対にないぞ」


 二人の、それもタイプがまったく違う美女から視線を向けられても、まったく動じない。


 慣れることはない美しさだが、場数が違う。


「即時の蘇生なら、アルシア副会長だけでなく、セネカにも可能です」

「そもそも、蘇生が必要なシチュエーションにする気がないというか――」


 哀しげな影が、セネカ二世の瞳に宿る。


「――そういうんじゃないけど、いざというときには頼らせてもらう」


 嬉しそうに、セネカ二世がうなずいた。

 その仕草だけ切り取ると、年相応の少女に見える。


「それから、俺をリーダーにした以上、いがみ合いもなしだ。きちんと役割を果たして、アンダーメイズの最下層まで攻略してもらう」


 反論を許さない明確な言葉で、ユウトは宣言した。

 元々、反論されるような内容でもないのだが、このメンバーに限っては、当然とは言えなかった。


 そんな中、真っ先に反応したのはセネカ二世。


「もちろんです。リーダーを押しつけた挙げ句、好き勝手な振る舞いを取ることなどあり得ません」

「……すまなかった」

「いつものじゃれ合いじゃが、まあ、アンダーメイズでは控えるかの」


 続けて、ヴァルトルーデはおろかヴェルガまでもが、ユウトの方針に従うことを約束した。今までのいがみ合いはなんだったのかと言いたくなるような豹変。


「ゥワンッ! ゥワンッ!」


 アカネに抱かれたままのコロも満足気だ。しかし、そのアカネは、「夢の中だと、勇人もオラオラ系になるのね! いいと思うわ!」などと喜んでいなかった。


 コロを抱きしめたまま、深刻そうにつぶやく。


「というか、下手すると死んじゃうのよね……」

「なにを言うておるのだ? 当たり前であろう?」

「私は、今のところ死んだことはないし、私が生徒会長になってから、誰一人として死者は出していないがな」


 ヨナや真名と一緒に潜ったときは必死で、そこまで考えが及んでいなかった。


 それに、どこかでファルヴにある『善と悪の無限迷宮』のように、安全(・・)なダンジョンだと思っていたのだ。いや、思い込もうとしていたのか。


 この夢の世界で死んだら、どうなるのか。


 元の世界で宿っていた子供はどうなるのか。


 貧血でも起こしたかのように、アカネの視界がちかちかとしたモザイクに覆われる。


「ご安心ください、アカネ様。セネカたちには、大いなる方々の加護があります」

「そ、そうよね」


 勇気づけられたアカネが、頭を振って、傍らのユウトを見る。やはり、頼りになるのは、リィヤ神ではなく、幼なじみだ。


 その視線を受け止め、ユウトは安心させるように微笑んだ。


 ユウトとしても、不安は分かるが、オベリスクが叶えてくれる願いを考えれば、一緒に潜る他ない。


「大丈夫だ。俺もいるし、考えようによっては、このディヴァインクローバーは最強パーティだからな」

「そうよね。それに、ついていっただけだけど、あたしだってダンジョンの攻略経験はあるし」


 あからさまに安堵の表情を浮かべるアカネ。

 無条件の信頼と信用に、ユウトは喜びの表情を浮かべるが……。


「いちゃつくのは止めてほしいものだと、セネカは要望します」


 水を差すように、セネカ二世は自らのグラスに炭酸飲料を注いだ。しゅわしゅわと泡が立つ飲み物を、一気にあおる。


「話し合いの場なのですから、真面目にやるべきです」

「ほう。太陽神の巫女まで、その反応か。まったく、婿殿は罪深いのう」

「一般論です」

「その一般を定義するのは、いったい誰なのかの」


 ヴェルガがセネカ二世を煽るが、深刻さも真剣さも感じられない。

 ユウトなら仕方ないと思っているのか。それとも、セネカ二世など物の数ではないと断じているのか。


「フォーメーションの話に話を戻したいのだが?」


 黙っていたヴァルトルーデが、ヨナのように平坦な口調で言った。どんなときでも彼女の美しさが損なわれることはないが、真面目と不機嫌の中間ぐらいの表情は珍しい。


「そうだな。後衛は、俺、セネカ総長。それから、朱音の三人でやらせてもらう」

「やはり、後ろの比重が重たいように思えるがの?」

「仕方ない。支援系が多いパーティだからな」


 ヴェルガの言葉に、ユウトは当たり前のように答えた。


「いざというときには、朱音は俺たちの護衛をしてもらう」

「え? いきなり話が変わってない?」

「不意打ちを警戒してのことですね」

「あ、そういう……」


 アカネは、コンピュータゲームのバックアタックを思い浮かべ、ユウトの意図を理解した。つまり、そういう理屈でアカネを手元に置こうと言うのだ。


「それに、朱音はあんまりダンジョンに慣れてないからな。俺の指示が届きやすい場所のほうがいい」

「ま、良かろう。フォーメーションも絶対不変というわけではないであろうし」

「私は、元々一人で前衛を担うつもりだった。なんの問題もないぞ」


 ヴァルトルーデが請け負うと、赤毛の風紀委員長は唇を蠱惑的で淫靡に歪めた。


「うん。状況によっては天上種やエレメンタルを呼ぶだろうけど、基本、前衛はヴァルトルーデ会長に任せたい」

「承知した」


 全幅の信頼を寄せるユウトと、当然のように受け入れるヴァルトルーデ。

 細かい説明も指示もない。確かな絆が、そこにあった。


「それで、妾はどうするのだ?」


 その絆を断ち切ろうとするかのように、ヴェルガが二人の間に割って入る。

 ヴァルトルーデは、神が描いたと言ったほうが信じられる眉をぴくりとさせた。一方、ユウトは予期していたとばかりに、口を開く。


「ヴェルガは自由にしていい」

「ほう」

「それは危険……。いや、調和を欠くのではないか?」


 なにをするのか分からないのに、ヴェルガを放置しては安心して戦えない。

 ヴァルトルーデはそう言ったのだが、ユウトは静かに首を振った。


「ヴァルトルーデ会長の戦闘力も、セネカ総長の信仰の力も信じている」


 ユウトは、セーラー服を身に包んだ赤毛の半神をしっかりと正面から見つめる。


「それと同じく、俺はヴェルガのことを信じている。まあ、いい部分も悪い部分も最悪の部分もどうしようもなく利己的な部分もひっくるめてだけどな」

「くくくくく。これだから、これだから婿殿は!」


 昨夜、コロから邪険にされて意気消沈したヴェルガでも。

 ヴァルトルーデと剣呑な視線をぶつけ合ったヴェルガでもない。


 悪の魅力(カリスマ)を存分に纏った、赤毛の女帝がそこにいた。アカネは、ここがマンションのリビングではなく、玉座の間だったかのような錯覚を憶えた。


「鎌みたいな武器で近接戦もできるし、秘跡(サクラメント)で遠距離からも攻撃できるだろ? あと、トラップ探知なんかもやってもらうからな」

「やれやれ、人使いの荒いことよ」


 できるとは言わず。

 もちろん、できないなどと言うはずもなく。


 覆わずひれ伏したくなるほど淫猥な笑顔を浮かべ、ヴェルガは存在し、君臨していた。


「勇人、あたしは、そういうところだと思うのよ」

「……なんの話だよ」


 せっかく、フォーメーションがまとまったのになにを言っているのか。

 そう思っているのは、残念ながら、ユウトだけだった。


「なぜ、ヴェルガは呼び捨てて私は会長なのだ?」

「セネカも、同じ点を指摘します」

「ほら。言ったじゃない」


 なにを言われたのか分からないが、どうすればいいのかはユウトにも分かった。


「……じゃあ、ヴェルガ委員長?」


 なんだろう。すごく危険で赤い響きがする。


「なぜ、妾が位下げされねばならぬ」

「そもそも、呼び捨てのほうが親しげに聞こえるとか、そういうのは一面的な理解でしかないのではないか――」

「諦めなさい、勇人(・・)


 アカネに諭され、ユウトは軽く息を吐いた。

 確かに、アンダーメイズで探索中に敬称など邪魔でしかない。中学までとはいえ、サッカー部だったユウトには、それが心で理解できる。


「あー。ヴァルに、セネカ。これでいいか?」

「……不思議と、しっくりくるな」

「大変よろしいかと」


 おかしい。

 セネカ二世のことを呼び捨てなど、元の世界でもしたことがないというのに。


「これは、婿殿に埋め合わせをしてもらわねばならぬな」

「なんでだよ」

「やはり、ドッグランを受け取ってもらわねば……」

「それこそ、なんでだよ」


 先行きが不安すぎる。

 リーダーとして、この四人を束ねるなど不可能ではないか。


 もっともと言えばもっともな。

 今さらと言えば今さらな心配。


 しかし、その懸念とは裏腹に、翌日からディヴァインクローバーの快進撃が始まった。

もっと和気藹々と戦術を詰めるはずが、ヴァルとヴェルガ様が勝手にいがみ合うんですけど……。

頑張ってまとめてくれ、ユウト。

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