番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第十二話
「それでは、ごゆっくり」
コーヒー、紅茶、緑茶、ミネラルウォーター、炭酸飲料。ばらばらのオーダーにも嫌な顔ひとつせず見事に対応したカグラが、深々と頭を下げるとリビングを出ていった。
竜人の巫女……ではなく和メイドの退出を見届けたユウトが、自宅のリビングに集った客人たちを見回す。
制服に身を包んだ、生徒会長のヴァルトルーデ。
セーラー服を完全に着こなしている、風紀委員長のヴェルガ。
わざわざジャージに着替えている、部活動連合を束ねるセネカ二世。
そして、タンクトップにもこっとしたカーディガンを合わせ、ルームパンツを穿いた、部屋着というには気合いの入ったコーディネートのアカネ。
「さて……」
三勢力から独立した中立地ということで、会談の場に選ばれたユウトとアカネの家。
夢の世界でも、元の世界でもとびきりの重要人物たちが、ダイニングテーブルに集まっている。
カグラがいなくなっても美人度数は変わらない。非日常過ぎる光景に、ユウトの内部でラーシアへの名状しがたい感情がぐずぐずに煮詰まっていく。
けれど、いつまでもそれに囚われているわけにもいかない。
その顔を見回し――
「どうしてこうなった……」
――ユウトは、そのままダイニングテーブルに突っ伏した。わけが分からなすぎる。そう簡単に、切り替えられるはずがない。
「勇人、最初から挫けちゃダメよ!」
リングに立ってなにか吹っ切れたらしいアカネが、幼なじみを元気づけた。
コンビニで買ったお菓子の封を切りながらだったが、決して片手間ではない。そのはずだ。
「私としても、同感ではあるな」
ヴァルトルーデが、うなずきながら元凶――赤毛の風紀委員長へと鋭い視線を向けた。
「仕方があるまいよ」
「そもそも、そちらがドッグランで買収などと言い出したのが原因だと、セネカは考えます」
「それも、仕方のないことよ。まさか、妾の真心が袖の下扱いされるとは、想像もせなんだわ」
いつもの、人を食ったような淫猥な笑みではない。
悪の半神の美貌には、本気の困惑があった。ヴェルガの意識からすると、ちょっとしたもの。それこそ、アカネがパーティ開きをしたポテトチップス程度のものだったのだろう。
「真心ねえ……」
ドッグランは、確かに魅力的だ。雨の日でも使えるよう、一部でも構わないので屋根があれば、なおいい。
……などという本音は慎重にひた隠し、ユウトはコーヒーを一口啜った。
それをきっかけに、遠慮していたセネカ二世もリクエストしたコーラを口にする。
「シュワッとして、シャンパンのようですね」
「くっ。ベタなところなら、お嬢様がジャンクフードに目覚めるところなのにっ」
植物をモチーフにしたチョコレート菓子を開封していたアカネが、身もだえた。
ちょっと残念そうなアカネはとりあえず置いておいて、ユウトは先ほどの争奪戦の感想を口にする。
「てっきり、ヨナに注意されても、無視して続けるかと思ってたぜ」
「なにを言っているのだ」
またしても、反応したのはヴァルトルーデ。
「ヨナ姉……ではなく、教師の言うことに逆らうことはできない」
「その通りですね」
「忌々しいがの」
「……なんで、そういうところだけ常識的なんだ。特に、ヴェルガ」
「収拾がつかないからじゃない?」
ご都合主義の極みだが、この夢というシチュエーション自体が狂っているのだ。もう、そういうものだと受け入れるほかない。
この五人で、アンダーメイズの探索をすることも。
そもそも、実力だけで言えば最上級といっていい。降って湧いたようなチャンスだが、アンダーメイズの攻略。
そして、元の世界への帰還を考えれば、逃すことはできない。
「とりあえず、リーダーから決めようか」
紛糾する未来を思い浮かべ、ユウトはコロの腹を足の指先でぐにぐにした。ポメラニアンが、気持ちよさそうになすがままとなる。
そう。ユウトたちのほかに、この場には天草家の愛犬もいた。退出を拒否して、ユウトの足下で寝っ転がっている。
邪魔は邪魔だが、こうなるとユウトが邪魔にするはずがない。ヴェルガだけは複雑そうな表情を浮かべたが、他のメンバーはあっさりと同席を認めた。
「リーダー? それはもう決まっておろう?」
「同意するのはしゃくにさわるが、まあ、そうだな」
「決めるなら、登録パーティ名からかと思っていました」
「ええぇ……?」
満足そうに紅茶を口にするヴェルガも、堂々とむしゃむしゃお菓子を食べるヴァルトルーデも、ポテトチップスの塩と油に眉をひそめながらも手が止まらないらしいセネカ二世も。
誰一人として、リーダーに名乗り出ることはなかった。
仮にも、それぞれが勢力を代表しているはず。
にもかかわらず、主導権争いをしないとは何事か。まさか……と、恐る恐るアカネを見れば。
「そのつもりがなかったのは、勇人だけよ」
「俺か……。できれば、ヴァル……会長にやってほしかったんだけどな」
パーティのリーダーといえば、ヴァルトルーデ。
魂にまでそう擦り込まれているユウトとしては、当然の希望。
それを聞いたヴァルトルーデは、憂いというタイトルの芸術品のごとき表情を浮かべた。
「それならそれで構わないが……」
「ならば、妾が立候補するしかないの」
「セネカは、円滑な探索の実現を望みます」
「……だな」
ユウトが適任というよりは、他にいない。ユウト以外では、空中分解が目に見えていた。強く押せばヴァルトルーデをリーダーにできるかもしれないが、デメリットのほうが大きい。
「じゃあ、俺がリーダーをやらせてもらう。無茶を言う気もさせる気もないけど、反感はぐっとこらえて指示には従ってほしい」
強権を振るって従わせるなどユウトの流儀ではないし、そんなことができるメンバーでもない。自主的な協力は必須だった。
「というわけで、ヴェルガ。意見とか要望があるなら、最初に聞いておきたい」
「そうだの。アンダーメイズでは、他の者を置き去りにして妾と婿殿二人で――」
「おいこら、ヴェルガ」
「――というようなことを、言わねばいいのであろう?」
「不言実行も止めろよ」
「くくく。ああ、やはり婿殿はいいのぅ」
ユウトが釘を刺すと、なにが可笑しいのか童女のように、しかし子供ではあり得ないほど淫靡に笑った。
「そうよな。妾から望むことは、ひいきをせぬこと。それくらいよ」
セーラー服の女帝が、牽制するようにユウト。そして、ヴァルトルーデとアカネに視線を向ける。
素通りされたセネカ二世は一瞬哀しそうにしたが、なにも言わなかった。
「そうだな。私も、不偏不党が望ましいと考える」
思わずといった調子で、ユウトとアカネが固まった。
それは、ヴァルトルーデがヴェルガの言葉に賛同したことと、難しい四字熟語を使ったことのどちらに対してか。本人たちも理解はしていなかった。
「……なにかおかしなことを言ったか?」
「えっ、ええと。そう。でも、あれよ。初心者のあたしにはひいきはともかく、配慮は欲しいんだけど」
「それは、妥当でしょう」
夢の中で、実際の彼女とは違う。それが分かっていても、ヴァルトルーデを特別扱いせずに済ますことができるか。
正直、自信はなかった。
そんな中で、セネカ二世がアカネへの配慮を認めてくれたのは僥倖といっていい。
「分かった。実力に応じた対応を認めてくれて、感謝する」
「いいえ。要諦はアンダーメイズを攻略すること。そのための協力は惜しみません」
アーモンド型の瞳をユウトに向け、セネカ二世は真摯に言った。
表情は変わっていなかったが、穏やかで満足そうな雰囲気が伝わってくる。
ユウトの中で、セネカ二世への好感度が上昇する。代わりに、ラーシアへの好感度が低下した。まだ、落ちる余地があったらしい。
「朱音、他に要望はあるか?」
「大丈夫。勇人に任すわ」
次に、ユウトはヴァルトルーデを見る。
ヘレノニアの聖女は、ポテトチップスとチョコレートを交互に食べていた。
「私か? そうだな……」
メビウスの輪から抜けられなくなっているが、彼女の美しさは一切損なわれていない。
「最前線に立たせてほしい。それから、指示はこなすので、戦闘に集中したい。その程度だな」
「まあ、ヴァル……会長の腕なら、そのほうが効率的か」
「う、うむ。別に、アルシア姉さんから自重を求められがちだったので、自由にやりたいというわけではなのだぞ?」
そういうことらしい。
アルシア姐さんらしいと、ユウトとアカネは目を合わせ、ダイニングテーブルの下で拳を合わせた。
「なぜか、そっちの二人からうちの姉が好きすぎる霊気を感じるのだが……」
「気のせいだろ。で、セネカは?」
「そうですね。功績は等分すること。そして、オベリスクへの願いは、事前に教え合うこと」
「前者は良いが、後者はうなずけぬな」
真っ先に、ヴェルガが反発した。
以前口にしていたことを考えれば、それも当然だろう。
「こちらは、まだ特に決めていないのだが……なにか問題があるか?」
「えっと、できればあたしもそれは避けたいかなぁ」
「願いはそれぞれでしょう。そこは、セネカも理解しています。しかし、邪悪な願いに手を貸すことはできません」
「なれば、最下層の手前で解散するかの? 教師からも、最後まで仲良しこよしでやれとまでは言われておるまい?」
セネカ二世の懸念は妥当なものだったが、ゆえにヴェルガが受け入れることはない。
知られても構わないと思っているかも知れないが、同時に、不遜であると見下してもいる。
険悪な空気が、リビングに充満した。
――そのとき。
「ゥワンッ! ゥワンッ!」
ユウトの足下から出てきた天草家の愛犬が、ダイニングテーブルの下で吠えた。
その声で、全員――ヴェルガさえも――冷静になった。いや、狼狽の度合いでは、赤毛の風紀委員長が一番だったかも知れない。
「あー、落ち着け、コロ」
「ケンカしてるんだと心配しちゃったのね」
ユウトが抱き上げたコロの頭を、アカネがよしよしと撫でる。それで落ち着いたコロは、代わりにぺろぺろとアカネの手を舐めた。
「フェルミナの巫女、そなたのせいでまた嫌われてしもうたではないか」
「……それでは、この件に関しては中層を越えた辺りで、もう一度話し合うことにいたしませんか?」
「異議はない」
「致し方あるまい」
「やだ。コロちゃんが勇人より役に立ってる」
「当たり前だろ」
コロのファインプレーだ。カグラと相談して、ちょっと夕飯を豪華にしてあげようとユウトは心に誓う。
「では、登録するパーティ名はいかがいたしましょう」
「必要なのか、それ」
「義務ではありませんが、今回の設立の経緯からして学校側への届け出はしておいたほうがいいでしょう」
ヴァルトルーデとヴェルガも、気が乗らない様子だが否定はしない。とりあえず、あったほうがいいものらしい。
「……あ」
なにか思いついたらしいアカネが、コロから手を離してぽんっと打ち合わせた。
「『よりどりみどり』とかどう?」
「あ、今、俺の中でラーシアへの殺意が過去最高に高まってる」
「それはまずいわねえ。殺し愛は人を選ぶわ」
「ちょっと変換がおかしいことになってる気がするんだが」
あまりといえばあまりなアカネの提案。
見かねて、セネカ二世がすっと手を挙げた。
腹案があったらしい。
「セイントクローバーでは、いかがでしょう?」
クローバーと言えば、四葉のクローバーを連想する。そして、ここにはユウトを除いて、四人の美女・美少女がいる。
いずれも、神の寵愛を受けた、もしくは神そのものの美女・美少女が。
「いいんじゃないか?」
「セイント……か……」
ユウトは悪くないと思っていたが、生徒会長は風紀委員長へ鋭い視線を投げかけている。
確かに、聖なるは若干語弊があるかも知れない。
「では、セネカはもうひとつ提案します。セイントではなくディヴァインではどうでしょう?」
「ディヴァインクローバーか……」
「略してDCね。まあ、いろいろ連想するものはあるけど、別にいいんじゃない? よりどりみどりのみどりとクローバーがかかってるし」
「そういう、ちなみかたは要らねえ」
コロの前肢を左右に振って、ユウトがよりどりみどりを否定する。
「今の状況で、朱音以外を選ぶ気はないしな」
「ま、シチュエーション限定でも、そう言ってもらえるのはうれしいわね」
軽く流したアカネは、ユウトからコロを奪ってその背中に顔を埋めた。
「……なぜか、胸がむかむかするな」
「同感であるが、そっちのはただの食べ過ぎであろ」
「うむ。ううむ……?」
混乱するヴァルトルーデ。
籍は入れていないようだが、一緒に住む二人が愛をささやき合うのは当然のこと。それで、不快感を憶える道理などない。
ないはずなのだが……。
「ようやく、アンダーメイズでの役割分担や戦術について話し合うことができそうだの」
「ああ、そうだ。ようやく、本題だな」
よく分からないものは、なかったことにする。
戻ったらアルシアに相談すればいいと先送りにし、ヴァルトルーデは目の前の心躍る問題に集中することにした。
これ、カグラさんはどういう集まりだと認識してるんだろうか……。
あと、パーティ名の「よりどりみどり」は感想でお寄せいただいたアイディアです。ありがとうございました。