番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第十一話
どうしてこうなった……。
太陽神フェルミナの力を宿し、眷属へと進化したセネカ二世。
十二単のような和装に変化し、その一部を構成するかのような光の翼が大きくはためく。そして、先端がヴァルトルーデへと襲いかかった。
「奇襲か。戦闘は、かくあるべしだな」
天上の美貌に意外そうな表情を浮かべたヴァルトルーデだったが、戸惑いは一瞬。ユウトが、その表情に見とれた時間のほうが長いくらいだ。
冷静に、光の翼の先端を討魔神剣で切り払う……が、なんの抵抗もなくすり抜けてしまった。
そのまま、槍の穂先のようになった光の翼が、正確にヴァルトルーデの心臓を貫く。
「なるほど。非実体接触の攻撃か」
――物理的な障壁を貫通するはずの光の翼は、しかし、魔法銀の盾に弾かれてしまった。
正確には、籠手と一体化した大型の盾に付与された、魔法的な防御を駆使して。
不動。盤石。堅固。ヘレノニアの聖女は、このおかしくなった世界でも、揺るがない。
「あわよくば……と思いましたが、さすがに高望みのしすぎでしたか」
そう言うセネカ二世だったが、表情は特に変わらない。防がれることは想定の範囲内だったのだろう。
「それにしても、太陽神と剣を交えられるとは光栄の極みだな」
「セネカは、ただの忠実なる下僕に過ぎません」
「構わぬさ。悪の半神とやり合うのも、飽きてきたところだ」
その一言で、ユウトを含む観客たちの意識がヴェルガへ向く。
「妾を無視するなど不遜……などとは言わぬ。存分にやるが良いわ。ちょうど、話をしたいと思っておったからの」
リングの隅で艶然とした微笑みを浮かべていた赤毛の風紀委員長は、スカートの裾をひるがえすことなく、もう一人の参加者へと淫猥に歩みを進める。
「え? あたし?」
呆気に取られていたアカネが、自分を指さしきょろきょろと見る。セネカ二世に狙われたときのヴァルトルーデと同じ反応。
だが、こちらは虎とハムスターだ……と、ユウトは心の中で頭を抱えた。
「おっと、これは驚きの展開だ。てっきり、うちの委員長が集団でボコられる展開だと思ってたんだけど!?」
「なんで部下やってるの? いや、言わなくていい。儲かるからだな……」
「そうそう。Win-Winだよ。ウィンウィンウィン」
景品兼解説のユウトが、エアギターを弾くラーシアに苦笑を浮かべる。本当に、遠慮の欠片もない。まあ、遠慮するラーシアなど気持ち悪すぎるのだが。
「聖堂騎士には、ひとつ弱点……いや、欠点がある」
「融通が利かないとか、頑固とか、悪は見逃せないとか?」
「それもあるが、戦闘能力が、悪の存在への対処に特化している。しすぎていると言ってもいいかもしれない」
「ああ、なるほど」
ユウトを巡って対立はしているが、太陽神の地上代行者であるセネカ二世も善。
ヴァルトルーデが十全に力を発揮できる相手ではない。
「でもそれなら、生徒会長と風紀委員長がぶつかってるときに横槍加えたほうが良くない?」
「勝つには、それが一番なんだろうけど……」
ただの推測だ。
けれど、間違ってはいないだろうと、ユウトは続きを口にする。
「それをやったら、部活動連合を維持できないとかじゃないか? ヴァル……ヴァルトルーデ会長と組むのも、日和見と言えば日和見だし」
「なるほど。ユウトを奪い合うほかに、支持層へのアピールも兼ねなきゃいけないと。大変だねぇ……」
「首謀者が言うなよ」
「てへ」
「死ね。加えて言えば、ヴァルトルーデ会長を攻撃したらヴェルガが乗ってくると思ってたんだろうけどな。それと、ラーシアは死ね」
「なんだか複雑だねぇ。あと、ボクは死なないよ。煖炉の前で安楽椅子に座って、孫に囲まれながら昔話するまではね!」
解説だか漫才だか分からないやり取りを背景に、なおもセネカ二世が動く。
「《光翼襲撃》」
第八階梯の神術呪文が、翼の先から射出された、
いくつもの光弾が、幕のような密度でヴァルトルーデを襲う。まさに、光の攻撃。リングだけでなく、その周辺までが容赦のない閃光に包まれる。
セネカ二世が、最強の神術呪文を放ったのだ。
これで終わりと思った者も、一人や二人ではない。
「ふむ……。目がちかちかするな」
しかし、光が消えると、それよりも光り輝く美少女が立っていた。
傷ひとつなく、血の一滴も流れていない。
被害はおろか、汚れもなく。反応と言えば、目をしばたいているだけ。
これには、さすがのセネカ二世もアーモンド型の瞳を大きく見開いた。
「これほどですか」
「どうやら、私は呪文の類が効かない体質のようでな」
「……ユウト、ほんとなの?」
「いや、あれただ単に耐えてるだけなんだよ……」
もちろん、聖堂騎士が賜る対呪文耐性もあるのだが、いくらなんでもここまで強力ではない。
要するに、ヴァルトルーデが単純に我慢しているだけなのだ。
我慢を我慢と認識していない点に関しては、確かに才能と言えるのかも知れないが……。
「恐竜は痛覚が鈍いとか、そういう話かな?」
「……ヴェルガが、朱音の側まで移動したぞ」
慎重に相手を見定めるヴァルトルーデと、動くに動けないセネカ二世。
リング上の焦点は、赤毛の女帝と美神の崇拝者へと移動した。
「はっ。あたしみたいな雑魚を真っ先に倒そうとするなんて、勇人を取られるとでも思ってるの?」
「いかにも」
「うわっ。ストレートっ」
どうあっても逃がしてはくれそうにない。
アカネは、セネカ二世かヴァルトルーデのどちらかに呪芸で援護を……とも考えていたのだが、諦めるしかなかった。
「だが、始末はいつでも付けられるし、そもそもこの場では亡き者にはできぬ」
「事実だけに反論できないわ……。納得は絶対にできないけど」
細剣を構えながらも、アカネはげんなりとした口調でヴェルガと対峙する。
女性の、そして現代人のアカネから見ても、ヴェルガの存在は際立っている。単純な美で比較すれば、ヴァルトルーデに軍配が上がる。
しかし、人としての欲望をかき立てるのは、圧倒的にヴェルガだった。
「しかしまあ、戦うだけが勝負ではあるまいよ」
「は? こんなリングまで作ってなに言ってるのよ?」
「はて。妾が作ったわけではないのだが」
それはさておきと、ヴェルガは淫靡に微笑んだ。
セーラー服を身につけたヴェルガがそうすると、夢のようでくらくらする。
「婿殿を、如何に迎え入れるか。それも重要であろ?」
「勇人を……?」
思ってもいなかった話に、細剣の切っ先が僅かに下がった。
「婿殿は律儀者ゆえ、勝負の結果には従う。これは、間違いあるまい?」
「まあ、そうね……。馬鹿正直というか、そういうところもいいんだけど……」
「他者にそれが向けられてるのは、いささか業腹ではあるがの」
「でも、そこも含めて勇人だもの」
「ねえねえ、ユウト、ユウト。女の子たちに分析されて、なんか全幅の信頼を寄せられている気分はどう?」
「ラーシアって、エグザイルのおっさんに頼んだら駆除してもらえるの?」
「はははは。ボクが最後のボクとは思えない、いずれ第二第三のボクが……」
「そういうところだぞ」
とりあえず、駆除はしてもらえるようなので、ユウトはリング上の会話に集中することにする。
争奪戦から逸脱しかけているのは、良いのか悪いのか。さっぱり見当がつかなかったが……。
「しかし、不本意な環境でやりがいもあるまい」
「いやー。それはどうかしら? 結構、社畜体質というか、抱え込みがちよ?」
「それは、そうさせている雇用主の怠惰と無能よ」
「うっ。無関係のはずなのに、胸に痛みが走ったぞ」
ヴァルトルーデが顔をしかめるが、隙を生じるほどではなかった。結果、セネカ二世と向き合いながら、ヴェルガとアカネの会話に耳をそばだて続けることとなる。
「ぶっちゃけ、好きな人だから頑張ってるだけだと思うけど……それで、なにが言いたいわけ?」
「ぐはっ」
朱音の容赦のない分析に、ユウトは実況席に突っ伏した。ラーシアも、なにも言わない。ただ、見られていないことを良いことに、ものすごくいい笑顔を浮かべている。
「ここまで言えば分かるであろう? 福利厚生よ」
「福利厚生」
悪の女帝は、真面目で淫猥な声と表情で言い切った。
予想外の方向からの攻撃に、アカネは朦朧状態に陥った。いや、最近は、魔王や悪の組織のほうがホワイト待遇という話も流行っているそうだが……。
「でも、お金……ポイントだったら、ダンジョン潜って手に入るわよ?」
「なれば、それを超える物を用意すれば良い」
アカネは、ヴェルガの体を好きにできる権利などと言い出すのではないかと身構えたが……違った。
「まずは、ドッグランなどどうかと思うておる」
「ドッグラン」
今度こそ、脳が理解を拒絶した。
それはなにも、アカネばかりではない。
「やだ。うちの委員長、乙女すぎ……」
「気にしてたのか、ヴェルガ。ヴェルガなのに……」
両手で口を覆って驚くラーシアに、コロから吠えられている光景を思い出すユウト。
それはまだましなほうで、周囲の観客たちは誰一人として反応できていない。ぽかんとしている。
「……しまったっ。戦場で戦いを忘れるとは」
真っ先に復帰したのは、ヴァルトルーデだった。いらだたしげに頭を振り、同量の金よりも価値のある髪が揺れた。
ヴェルガに指摘されるのは不本意だが、確かに一理ある。
「それならば私はっ、私は――」
「セネカたちも、できうる限りの待遇を与えることを誓いましょう」
「愚かよの」
だが、赤毛の風紀委員長はライバルたちを一蹴した。
「相手は婿殿であるぞ? そのような受け身では、遠慮して受け取らぬに決まっておろう」
「ああ、まあ。勇人は、そういうところあるわよね」
「朱音、どっちの味方だよ!?」
雲行きがおかしい。
観客席から注目されているのもおかしい。
けれど、ヴェルガがそれを斟酌するはずもない。
「ゆえに、婿殿の望むものを考え、先に準備し、与えることこそ肝要」
「というか、それをあたしに言ってどうするつもりなのよ……」
「知れたことよ。構想を語って、感触を確かめたかったに決まっているであろう?」
プレゼントを贈りたいけど、喜んでもらえるか分からないから相談したい。
学生風に翻訳すると、こういうことだろうか。
この翻訳に気付いていないのは、恐らくヴェルガ本人だけ。
「家に帰って、コロの散歩に行きたい……」
「そういうところだと思うよ、ユウト」
気付いてしまったユウトが、再び実況席に突っ伏した。
「そもそも、オベリスクに願いを叶えてもらえれば福利厚生とかどうでもいいような気がするんだけど……」
「つまらない。ユウトの話はつまらないな!」
「ラーシアはおもしろおかしくしたいだけだろ」
「面白きこともなき世を面白くがボクのモットーだからね」
「おっさんとかレイ・クルスを連れて、辞世の句の意味を教えに行くぞ」
もはや、戦闘などという雰囲気ではなくなってしまった。
「ふっ。考えの浅い、愚か者ばかりよの」
「この空気、どうしよ、ほんと……」
賭けの胴元であるラーシアが、本気で頭を抱えた。それはなかなか溜飲の下がる光景だったが、収拾がつかないと困るのはユウトも同じ。
「まったく、殺るならちゃんと殺らないとダメ」
そこに、空気を読むという機能を持たない存在が降り立った。
この世界では、なぜか教師になったヨナだ。
アルビノの女教師がリングの中央に《テレポーテーション》し、四人の参加者を順番に見回し……ヴェルガで視線を止めた。
この場に集まったすべて視線が、ヨナへと注がれる。
「なにを根拠に、妾たちが争う場に乱入し――」
「賄賂はダメ」
そして、紡がれたのは極めて真っ当な指摘。
「ぬぐ……」
これには、ヴェルガも反論できない。この世界の、風紀委員長となったヴェルガには。
「ヨナちゃん先生、賄賂がダメっていうのは分かったけど、この試合はどうなるの? まったくもって続ける空気じゃなくなってるんだけど?」
「教師権限で没収試合にする」
「じゃあ、明日とかに、やり直し?」
「違う。引き分け」
その場合はどうなるのか。
ユウトとラーシアは、実況席でぽかんと顔を見合わせた。まさか、ヴァルトルーデとヴェルガが揃って引き分けになるとは想像もしていない。
誰も彼もが、想像を超える超展開に身じろぎひとつできずにいた。
こういうシチュエーションでは、ヨナが強い。絶対的に強い。
「ヴァル、セネカ、ヴェルガ、アカネ。そして、ユウト」
名前を呼ばれた五人が、黙ってアルビノの女教師を見つめる。ヴェルガですら、素直に。
「罰として、この五人でパーティを組むこと」
「マジか……」
実際、言葉にしたのはユウトだけだったが、それは万民の気持ちを代弁したものだった。
そして、逆らえばなにをされるか分からない……いや、分かり易すぎるほど分かるヨナに逆らう者もいない。
争奪戦は、誰の者にもならないという玉虫色の決着を迎えた。
迎えてしまった。
「ハーレムパーティかぁ。地獄だねぇ」
「盗賊いねえんだけど、どうするんだよ……」
罰ということなら、それも含んだものなのだろうか。いや、それ以前に、アンダーメイズの入り口にたどり着く前に解散したりしないだろうか。
「なに現実逃避してまともに攻略しようとしてるのさ! ユウトには、もっと心配することがあるでしょ?」
「なんだよ、そこは『盗賊がいない? いるさ、ここにね!』って言うところだろ?」
「え? 無理。絶対イヤ」
演技の欠片も感じない。完全に自然で淀みのない拒絶。
それを聞いたユウトは肩を落とす……が、逆の立場なら同じことを言っただろうと思い至り、なんとか復活する。
となると、やれることはひとつ。
「話し合うしかないか……」
絶望の螺旋と対峙したときよりも悲壮な表情で、ユウトはリング上の新しいパーティメンバーを見つめた。
途中経過はアレですが、頂上パーティ結成は想定通りなので問題ない……はず。
もし良かったら、いい感じのパーティ名をつけてくれると喜びます。
【告知その1】
以前お知らせした、『青雲を駆ける』の肥前文俊先生主催の書き出し祭りですが、結果が出ました。
・第三回書き出し祭り
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藤崎は、勘定奉行:RePossession(https://ncode.syosetu.com/n9677ev/3/)でした。
もし分かった人がいたら、教えて下さい。
【告知その2】
先週お知らせした新連載ですが、今日の投稿分で第一章が終わりました。
ちょうどいい機会ですので、もしまだでしたらお気軽にどうぞ。本当に、気軽に読めます。
・刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ
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