番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第十話
「さすがに、寝て起きたら全部元通り……なんてことはなかったわね」
「そうなったら良かったけど……。夢としては、中途半端すぎるよな」
笑い話にしかならないと、ユウトは通学路に転がる石を蹴った。
いろいろあった。本当に、いろいろあった翌日。
都合のいいことは起こらず、カグラの朝食を食べたユウトとアカネの二人は、学校への道を歩いていた。
だが、その足取りは意外なほど軽い。
「そういえば、勇人と二人で登校するのって久しぶりよね?」
「そうだな……って、あれ?」
うなずきかけて、ユウトははたと思いとどまった。同時に、行く手の信号が赤に変わり、歩くスピードを落とした。
「高校の頃は、一度もなかったんじゃないか?」
「そ、そうだったかしら?」
「朱音が高校デビューしてからは、距離置いてたし」
「高校デビュー言うなし」
歩道が赤信号になったのをいいことに、アカネがつま先でユウトの足を、がしがし蹴る。
それを受け止めながらも、ユウトは特に反省していなかった。帰りが一緒になることはあったが、一緒に登校したことがないのは事実。
中学時代もユウトはサッカー部の朝練があったので時間が合わず、怪我をしてからもフォローされるのが逆に嫌で避けていた。
よくよく考えると……。
「小学生以来じゃないか……?」
「くっ。これじゃ、再会型幼なじみじゃない」
「幼なじみに、タイプとかあるのかよ」
そこまでどっぷりというわけではないユウトは、逆に感心した。
「まあ、代わりに今やれてるんだからいいじゃないか」
「確かに、厄介な夢だけど、また制服を着て勇人と学園生活できていることは感謝していいかもね」
信号が、青に変わった。
隣を歩くアカネが、にっこりと微笑んだ。
実年齢に関しては、二人とも意図的に触れなかった。それを考えるとドツボにはまるし、ヴァルトルーデやヴェルガはいろいろ超越しているからいいにしても、アルシアがいる。
深く考えてはいけない。
「とりあえず、今日からは最悪俺と朱音だけでダンジョン……アンダーメイズに潜ろうかなと思う」
「二人で……。タンクはライオンさんたちに任せるわけね」
「ヴァルやおっさんに比べたら心許ないけど、仕方がない」
「あたしとしては、別にそれでも構わないんだけど……」
つやつやとした唇に人差し指を添えながら、アカネが言う。
「勇人争奪戦のことは、考えなくていいの?」
「考えてるから、今日からなんだ」
「なるほど。そっちの詳細が固まる前に、進んじゃおうってわけね」
「ああ。さっさと最下層まで踏破して、オベリスクに面会してやる」
現実改変で元の世界に戻れなければ、それで終わり。
そうでなくても、なんらかの進展は得られるだろう。少なくとも、ヴェルガに悪用されることはない。
学校最寄りのコンビニを通り過ぎながら、ユウトは意図を説明した。
「そう考えると、メリットしかないわね」
「できれば、ヴァルかセネカ二世と組みたかったんだけど……」
「争奪戦なんて言われちゃったら、勝手にそれもできないわよね」
つくづく、ヴェルガはユウトのことを理解している。いや、ラーシアも加わっているのだから、そちらからの入れ知恵もあるだろう。
「ほんと、やりにくい……」
「ダンジョンに潜る前に、風紀委員会と決着つけたほうがいいんじゃない?」
「新風紀委員長として祭り上げられるだけだぞ」
「確かに……」
この世界で誰かを完全に排除するには、なんらかの方法で退学にするしかないだろう。そして、そんなことをする権限はユウトにない。
「とにかく、地道にやるしかないわけね」
「ダンジョンだからな。焦りは失敗の元だ」
ユウトが自らへ言い聞かせるように口にしたところで、学校にたどり着いた。
アンダーメイズなどというダンジョンができたり、見慣れない校舎ができていても、校門の周辺は同じ――ではなかった。
「なあ、朱音」
「ねえ、勇人」
幼なじみ夫婦は、同じように校門の先――校庭の中央を見つめて足を止める。
理由は、一目瞭然。
校庭に、リングが、できていた。
その周囲にはパイプ椅子が並べられ、観客でひしめいている。
「ボクシングとかプロレスのリングって、四角形なのになんで輪なのかしらね?」
「元々は円形だったらしいぞ、あれ」
「へー」
顔を見合わせることもせず、呆然とリングを眺める二人。
だが、現実逃避もそこまでだった。
「ユウト、アカネ。一日ぶりだね!」
背後から聞き覚えのある声と、自動車のエンジン音が響き渡る。
ユウトは咄嗟にアカネの手を引き、道の隅へと移動した。
そう動くと理解していたかのように、自動車――サーキットが似合いそうなスポーツカーが滑り込んでくる。
ラーシアを上に乗せて。
しかも、なぜか制服の上半身をはだけさせた。
「軽トラじゃねえんだから、ちゃんと中にいろよ!」
「ははははは。的確なツッコミありがとう!」
ボンネットからジャンプしたラーシアは持ち前の身体能力を遺憾なく発揮し、ユウトの肩に乗っかった。強制的な肩車だ。
そうしてから、
「結局、ボタン留めるのかよ」
「ボクの体は、そんなに安くないんでね。ファンサービスは、ここまでさ」
「殴りてえ……」
それは嘘偽りのない、ユウトの本音だった。
「それよりも、よく来たね景品……じゃないユウト」
「人権がねえ」
「まあ、焦らない、焦らない。それは、これからだよ」
ラーシアが頭上でぱちりと指を鳴らすと、スポーツカーからエグザイルとレイ・クルスが降りてきた。
「レイ・クルスはともかく、エグザイルのおっさんは絶対車に収まらねえだろ!」
「すごいね、人体?」
「ユウト、済まんな」
「許せ、これも浮き世の義理だ」
「……悪いのは、全部ラーシアなんで」
「あれー? すなおー?」
レイ・クルスとエグザイルに両腕を掴まれ、リングサイドまで連行される。
「はっ。勇人!?」
慌てて、朱音が二人を追った。
「どう? ただの長机とパイプ椅子なところが、雰囲気出てない?」
「いや、俺、プロレスとか詳しくないんで……」
そのリングサイドには、ラーシアが言う通り簡素な実況席のような物が用意されていた。ユウトは自主的にパイプ椅子のひとつに腰掛け、肩から下りたラーシアがその隣に座る。
「だいたい、あれだ。教師とかは許してるのかよ」
「許してる」
そこに、スーツを着たヨナが現れた。
あむあむと、アイスを食べながら。
「買収されてるじゃねーか。説得力の欠片もないぞ、ヨナ」
「高いやつだけど」
「なんら免罪符になってねぇ!?」
「大丈夫。なるようになる」
そう力強くうなずいて、ヨナはテーブルの下からラーシアの足を蹴った。アカネがユウトにしたような、可愛いものではない。
ローキックと表現しなければならないほど、強烈な蹴りだ。
「なんで!?」
「ユウトの肩に乗ってるのを見たら、蹴りたくなった」
「なら仕方ないか」
「納得するのかよ」
納得したのは、ヨナもだった。
ラーシアのことは見もせずに、もうひとつのテントへ移動していった。どうやら救護用のようで、不安そうなレンが待機している。
実況席に現れたのはユウトへの説明のためではなく、救護用テントへ行く途中に偶然通りかかっただけのようだ。
そのレンに賄賂のアイスを一本押しつけてから、ヨナはパイプ椅子に座った。
「はあ……。ほんと、かわいい」
「同意できる精神状態じゃなくて、ほんと悪いな」
とにかく、味方が誰もいないことははっきりした。
ユウトはため息をついてから、隣のラーシアに問いかける。
「それで、なにをやるんだよ」
「よくぞ聞いてくれました! そう、そこなんだよね」
さすが親友と、ラーシアは横に両手を広げた。
ユウトは、自転車に乗っていたら口に虫が飛び込んできたときのような表情を浮かべる。
「ボクもね、いろいろ考えたんだよ。『ユウトカルトクイズ』とか、ユウトを引っ張って誰が勝つか決める、『元ネタのソロモン王より、パクリの大岡越前のほうが有名なのおかしくない?』とか、『ユウトチャリティオークション』とか」
「ラーシアの口から出る、チャリティという言葉のうさんくささよ」
「なお、実際の寄付金額からは事務手数料が差し引かれます」
「募金詐欺じゃねーか」
流れるような流れに、傍らで聞いていたアカネが声を出して笑った。
いつも通り過ぎて、ついつい安心してしまう。
「はい、そんなわけでね」
「漫才みたいな仕切り直し止めろ」
「まあ、結局は、正面からやり合うのが一番かなぁって」
「最後の最後に、エグザイルのおっさんみたいなことを言い出しやがって……」
アカネは、(勇人も漫才の相方になってるわよ!)と思うが、口には出さなかった。最愛の人を慮って。
「というわけで、代表者による、Cランクだけど実はSSSランク大魔術師争奪戦はーじーまーるよー」
マイクを握って、ラーシアが開会を宣言する。
同時に、どこからかBGMが流れ、花火が打ち上がった。観客席から怒濤のような拍手が鳴り響く。
異様な盛り上がりだが、恐らく、ラーシアは賭けの胴元も兼ねているのだろう。それは、観戦にも気合いが入ろうというものだ。
「というか、アンダーメイズじゃないってことは、単に素手でやり合うのか……?」
「あらやだ、キャットファイト?」
「大丈夫。その辺は、用務員さんが一晩でやってくれたので」
だから、リングの上では、アンダーメイズと同じく能力が発揮できるよと、ラーシアが軽く請け負った。
「やれやれ、野蛮なことよな」
「おおっと、実は一番風紀を乱しているんじゃないか疑惑のある風紀委員長ヴェルガ。こっちの段取りを無視して登場だ!」
それは、本当に疑惑で済んでいるのか。
ユウトは疑問に思ったが、リング上のヴェルガはどこ吹く風。燃えるような赤い髪に、セーラー服を身に纏ったその姿は、妖しく淫靡。
「とはいえ、婿殿には楽しんでいってもらわねばならぬな」
そして、その淫猥な瞳は、リングでも対戦相手でもなく、ユウトへ向けられていた。
「もう勝ったつもりか? ならば私はこう言うべきだな、『ヴェルガ、敗れたり』と」
「続いて登場したのは、ヴァルトルーデ会長。制服から、一瞬で完全武装。SSSランク聖堂騎士の実力が、満天下に示される!」
正反対のコーナーから、躍り出たヴァルトルーデ。
ラーシアの言葉通り、魔法銀の全身鎧に、籠手と一体化した大型の盾を装備している。
その勇姿は戦乙女を超え、まさに軍神。
そして、熾天騎剣ではなく討魔神剣を手にしていた。
さらに、リング下にはアルシアが全幅の信頼を寄せて控えている。制服姿のアルシアが。
「勇人」
「朱音」
ユウトとアカネの二人は、目と目で通じ合う。
夫婦で想いを共有してから、アカネもリング下へと走った。
「あまりお二人で盛り上がられると、思わぬしっぺ返しを受けるのではないか。セネカは、そう愚考します」
およそ戦いに向くとは思えない太陽神の地上代行者が、ヴァルトルーデとヴェルガの間に割って入った。
「三人目の参加者は、清楚、おしとやか、その実、不撓。数々の運動部員を従える、太陽神の巫女セネカ二世!」
ささくれだった心を癒してくれる、セネカ二世の優しい声。
ヴァルトルーデとヴェルガへの警告でも、それは変わらない。
大きなアーモンド型の瞳で対戦相手を見つめ、くるぶしまで伸びた秋込んだ栗色の髪は、リング上でも輝いていた。
「あ、さすがにジャージじゃないのか」
ヴェルガはそのままだったが、セネカ二世は豪華な法衣に装いを変えていた。白を基調とした、重厚で清浄で、輝くような衣装だった。
「ふふふ。あたしは、無謀にもヴァルと勇人の間に割って入った女よ。引き気味だけど、参戦させてもらうわ」
そこに、最後の参加者が躍り出た。
「距離の近さなら、誰にも負けない。吟遊詩人にして、美と芸術の女神の代行者。マルチクラスのアカネだ!」
リングに入ると同時に、アカネの装備が変わる。
空いた手にはリュートを持ち、腰からは細剣を差している。それだけでなく、緑色のポンチョに、同じ色で鳥の羽があしらわれた鐔広の帽子まで身につけていた。
典型的な、吟遊詩人の装備へと。
「さあ、争奪戦はこの四人のバトルロイヤルで行われるよ!」
「今さらだけど、俺の自由意思は……」
「ありません!」
「知ってた」
適当にお約束を消化したラーシアが、ルール説明に入る。
「殺しちゃダメ、リングから落ちて10秒以内に復帰できなかったら失格、リングからリング下への攻撃はNG。ルールは、こんなところで」
「大ざっぱすぎる……」
「要するに、最後までリングに立っていた者が、ユウトを好きにできる権利を得る!」
「アンダーメイズに同行するだけだよな!?」
ユウトの叫び。
しかし、当然と言うべきか、ラーシアはあっさりスルー。
「制限時間は、長すぎてもあれだし30分ぐらいで」
「……朱音、無理はせず。でも、最大限、頑張ってくれ」
「それじゃ早速、試合開始!」
ラーシアの宣言と同時に、ゴングが鳴った。同時に、再び花火が打ち上げられる。
「さあ、リングの四隅で、四人の美少女が視線をぶつけ合う。すべては、一人の男を手にするために」
「俺へのヘイトを高める実況入れるの、止めない?」
「止めない」
軽妙な掛け合いとことなり、リング上は緊張感に満ちていた。
誰も動かない。
アカネは、どうしたものかと出方を窺う。ヴェルガも、先手を譲るつもりなのか、鷹揚に構えていた。
そんな緊張感に、ヴァルトルーデが耐えられるはずもない。
「では、征くぞ」
「太陽神フェルミナよ」
全身鎧でリングを踏み込んだヘレノニアの聖女の機先を制し、セネカ二世が信じる神に祈りを捧げた。
「生命を生み、育み、守護する御方よ。偉大なる御方の力をもって、我らの蒙を啓き給わん。ここに希う、地上における代行者として、その威光を我が身に与えんことを――《奇跡》」
天上から、一条の光が降り注ぐ。
セネカ二世は顔をわずかに恍惚に染め、その光を全身で受け取った。
身につけていた法衣が、光とともに十二単のような和装へと変化する。さらに、その単衣の一部を構成するかのように、背中から光の翼が伸びた。
太陽神の力をその身に下ろし、眷属へと体を進化させたセネカ二世。
その視線は――
「……私か?」
――ヴァルトルーデへと向いていた。
最近、ヴァルトルーデの影が薄いのでどうにかしたい。
【告知】
先週から、新連載始めています。
・刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ
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平和なスローライフものです。下のリンクからも飛べますので、良ければ読んでみて下さい。