8.会議は進む
「多少はマシな顔になったわね」
「黒幕にそんなこといわれても困るんだけど。っていうか、表情分かんないよね?」
「どうかしら?」
アルシアが、部屋に戻ったユウトへ艶然と微笑みかけた。
ユウトは追及するだけ無駄と降参し、いつもの席に腰掛ける。
左側にヴァルトルーデ。右隣にアカネ。なにを言われたわけでもないし、さっきの話は秘密のはず。
それなのに。いや、だからこそか。
自然と動悸が速くなり、まともに二人の顔が見れない。
「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」
「そういや、まだ本題じゃなかったんだよなぁ。もう、アルサス王子が来るとか来ないとか、どうでも良くねえ?」
「駄目に決まっているでしょう」
疲れ果てたユウトの希望をアルシアが一蹴。
一同を見回し、次の議題を俎上に載せる。
「それでは本題。アルサス王子を迎えるとして、そのための準備をどうするかね」
「アルシアが厳しい」
「今は、甘やかさないことに決めたんだろう」
ヨナとエグザイルには、最初から期待していない。ユウトは腕を組み、頭を切り換える。
切り替えてみて分かったが、政治的な問題を検討している方が、まだましだった。
「向こうからは、日数も規模もまだなにも言われてはいないんだな」
「それでは決めようがないではないか」
「そんなことはないさ。こっちが受け入れ可能な限界を提示することで、向こうと交渉できるんだから」
「交渉か……」
英雄だ、聖女だと言われても元が庶民のヴァルトルーデ。王家からの頼みであれば、その要望を最大限に叶えることしか頭に無かったらしい。
それは、王侯貴族などフィクションでしか知らないアカネも同じだ。
「なるほどね。そうなると、色々シミュレーションが必要になるわけ? なんか机上の空論になりそうな気もするけど」
「まずは、たたき台とか、ブレインストーミングってところだな」
傍目にも息が合っている二人。
そんなユウトとアカネを目の当たりにしても、ヴァルトルーデは先ほどのようにはうろたえたりしない。
ちくりと小さな痛みはあるが、今はそれを信頼という薬が癒してくれる。
「想定というよりは希望になるけど、できるだけ大規模な視察団の方が嬉しいわね」
そんなヴァルトルーデの変化を感じながら、あくまでアルシアは仕事モードを崩さない。
「それでいいのか? 数が多い方が大変に思えるが」
「私もエグザイルに同意見だな」
「あ。ヴァルとエグが同意見ってことは、間違いってことだ」
容赦ないヨナの言葉に、ヴァルトルーデの笑顔が固まる。
「そう言われるとそうだなぁ。これが戦闘なら別なんだが」
「おっさんは、少しはショックを受けた方がいい」
「たくさん人を連れてくるということは、世話をする人員も、その分やってくるということでしょう?」
イスタス伯爵家には、貴族の家に必要な使用人というものがほとんど存在していない。
今までは必要が無かったというのもあるし、いてもこの城塞の維持管理や書記官たちのサポートのためであり余剰人員はいない。
それをあと一ヶ月で、しかも信頼できる人間を揃えるというのは、まず不可能だ。
「……でも、それだと逆に泊まる場所が必要になるんじゃない?」
「造れば良いのよ」
ちょっと買い物をしてくる程度の気安さで、アルシアは言った。
「アルシア姐さんの言う通りだなぁ。専用の宿舎みたいなのを造って、警備もお世話も王都から連れてきた使用人にお任せってのが俺たちは一番楽だ」
「常識が崩壊する音が聞こえるわ」
「いや、わざわざ造らなくても良いか。《不可視の邸宅》の呪文なら、全力で使えば三日は保つし、百人は収容できる……」
ダンジョンをあるいは野外を旅する冒険者たちが、安全な野営を追い求めるのは極めて自然なこと。
そのため、過去の魔術師たちは、そのために多くの呪文を開発してきた。
ユウトが口にした《不可視の邸宅》は第七階梯の理術呪文。
空間の一点を指定して呪文を発動すると分厚い木の扉が現れ、そこをくぐった先には豪壮な邸宅が存在しているという、おとぎ話のような呪文だ。もちろん、呪文を使った術者が許可しない人間には、その扉を開くことはできない。
ただし、《瞬間移動》で拠点まで往復できるのであれば、わざわざ使う必要も無いので目立たない呪文でもある。
「崩壊したのは、私の常識じゃなくて勇人のだったみたいね……」
疲れたようにアカネが言うが、こればかりは慣れてもらうしかない。
「というわけで、あっちにはなるべく大人数で来てもらうようにしよう。なんなら、こっちが費用を負担してもいい」
「なにか間違っているような気がするが、それが一番なのか……?」
「ヴァル、急がば回れですよ」
「そうだな。うん。そうだ」
リーダーの許可が出たので、ひとつ目の方針は決まったことにする。
「後は、視察の時にどこを見せるかかな?」
「そうですね。これも、先方の希望次第でしょうけど」
「といっても、うちで見るべきところなんて、馬車鉄道にでも乗ってもらって、玻璃鉄の製品を見てもらって……ぐらい?」
「ユウト、この城塞を忘れているぞ」
「ああ……」
ユウトは、神が実在するこのブルーワーズでも、特定の信仰を持つことはなかった。
そのため忘れがちなのだが、ヘレノニア神の奇跡により出現したこのファルヴの城塞は、一部で信仰の対象となっているのだ。
「ま、一回ぐらいここで歓迎会的なものをやれば良いだろ」
そんな風にユウトとヴァルトルーデが話している横で、アカネはヨナからこの城塞の由来を聞いて目を丸くする。
「普通に寝起きしてるんだけど、良かったの?」
「ん? もちろんだ」
なにを言っているのか分からないと首をかしげるヴァルトルーデ。
アカネからすると神社に住んでいるようなもので、ちょっと畏れ多いのだが、どうも感覚が違うようだった。
「じゃあ、相手はなるべく大人数。この城塞、馬車鉄道、メインツで玻璃鉄。この辺の視察を中心とした計画をクロードさんたちにお願いしようかな」
「そうね」
「呼んでくる!」
余程、暇だったのだろう。ヨナが返事も聞かずに部屋から出ていく。
その後ろ姿を見送りながら、ユウトはエグザイルに話しかけた。
「ところで、エグザイルのおっさんにも頼みたいことがあってさ」
「なんだ? 珍しいな」
「少数で良いから、イスタス伯爵家の軍を作ってくれない?」
「そのつもりではいたが……急だな。どんな理由があるんだ?」
「主に面子の問題かな」
警護というだけであれば、アルサス王子の随行とヘレノニア神殿からの人員で充分だろう。更に、ラーシアにも協力してもらって不穏分子――いれば、だが――を掃討しておけば完璧だ。
しかし、警備に自前の戦力を出せないというのは、体裁の面で問題がある。
「とりあえず、金で傭兵とか集めてそれっぽく仕立て上げられれば良いんだけど……」
「そうか……。まあ、渡りに船だな」
なにかを決意したかのように、エグザイルが大きく息を吐く。
「ひとつ、反対にこっちから提案がある」
「なにか考えがあるのか?」
「ああ。うちの部族をこっちに移住させる。そして、その中から部隊を組織する」
「……なるほど」
岩巨人の部隊であれば戦力的には申し分ない。
また、比較する基準が普通の人間の軍隊とは異なってくるし、多少練度が低くても見栄えの問題はクリアできるかも知れない。
「同じ付け焼き刃なら、そっちの方が良いな。よし、金ならどうにでもなるから、早速お願いする」
「承知した」
トップダウンによる即断即決。
この意思決定の速さは、イスタス伯爵家の大きな特徴だろう。
「岩巨人の部隊か。調練が楽しみだな」
領主であるヴァルトルーデにも異存は無い。
「お呼びとあって、罷り越しました」
そこに、タイミングを計ったかのようにイスタス伯爵家の筆頭書記官、クロード・レイカーが姿を現した。
総白髪の老人だが、こちらへ来た時に比べて肌に艶が出て目にも力が増している。
やりがいのある立場と仕事を得て、まるで若返っているかのようだった。
「もう帰るところだったでしょう? 申し訳ありません」
「いえ、領主様方は会議中でしたので、待機いたしておりました」
そっちの方が申し訳ない。しかも、その会議の半分は恋愛話だった――とは口が裂けても言えなかった。
「わざわざ来てもらった用件なんだけど――」
ヨナが自分の席に戻るのを確認してから、クロードに向けて説明を始める。
といっても、まだ具体的な段階ではないため、それほど長くはかからない。
アルサス王子の行啓先として、イスタス伯爵領を希望していること。
その際の視察先の計画を練ってほしいこと。
重要なのは、この二点だ。
「なんと……」
ユウトの説明を聞いたクロードは、最初驚きに目を見開き、感動に打ち震え、やる気に充ち満ちていたが――予定が一ヶ月後と聞いて顔を曇らせた。
「その日程ですと、"領内文化祭"と重なってしまいますな……」
「ああっ」
すっかり、忘れていた。
ユウトだけでなく、アルシアも失敗したと苦笑を浮かべている。
「え? 文化祭?」
「なんか、ユウトが言いだした。領地の中の村のひとつに代表者が集まって、剣の試合をしたり名産品の自慢をしたりするんだって」
「はぁ。そんなことまで……」
本来であればもう少し前に行われていたはずで、そのイベントを見届けてユウトは地球に戻るはずだった。
「正直なところ、同時に準備をというのは不可能ではありませんが……」
「無茶ですよね」
色々と重なりすぎて、すっかり抜け落ちていたようだ。
「延期するか、どうするか。その辺は先方とも調整をしてみます」
「ははっ。まずは、こちらもいくつかの想定で計画を立案いたします」
エグザイルではなく彼に軍の組織を任せた方が良いのではないかと思わせるほど、綺麗に背中をぴんと伸ばして退場していった。
「ユウト、アルシア。これで決めるべき事は決まったか?」
「そうだな。忙しくなるのは、これからだろうけど……」
なんか途中で関係の無い話にまで飛んでしまったような気もするが、今は深く考えない。
そんなほっと一息となったその時、アカネが遠慮がちに手を挙げた。
「そういえば、ユウト。私への頼みってなんだったの?」
「え? あれ? そんなこと……」
「言ってたわよ、最初に」
「ああ、そうだそうだ」
言われて思い出したと、ユウトが頭を掻いて誤魔化す。
「なるべくあっちはあっちでやってもらうように調整するけどさ、ヴァルトルーデ主催で晩餐会の一回ぐらいはやらないといけないと思うんだよな」
「よく分からないけど、そういうもの? そして、そこに私が絡む理由はもっとよく分からないけど」
「うん。そこで、アカネに料理を出してもらおうかってね」
「え? 私?」
「他に適任者もいそうにないし。頼む」
「ああ、はいはい。料理、料理ね。それくらい、なんでも……って? え? 私が、王子様相手に料理を作るの?」
「うん。よろしく」
「ええええーーーーー!?」
驚愕。
そして、狼狽。
異世界へ来てしまったという非常識な事態より、ある意味大きな衝撃に見舞われる。
アカネはなにも考えられず、自分の声が反響する音をただ聞いていた。




