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番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第六話

第六話にして、やっとダンジョンアタックです。

「ここがアンダーメイズの第一層……で、いいのか?」


 次元門を通った、ユウト、アカネ、ヨナ。そして、真名の四人。

 物珍しそうに辺りを見回すのは、手をつないだままだと気付いていないユウトとアカネ

だった。


 それも無理はないだろう。


 アンダーメイズ――ダンジョンだと思っていたのに、緑に囲まれた森の中にいるのだから。

 しかも、遙か先。視界の端には、天を突くような巨木がそびえ立っていた。


「世界樹……って言うには、禍々しい感じだな」

「まあ、でも。ありがちよ、ありがち」

「なんとなく俺と朱音が考えてるのは違う気がするけど、ファルヴのダンジョンも階層ごとに全然違うしな」


 小声でささやき合い、ユウトとアカネは無理やり納得する。


 教師であるヨナや、情報収集している真名が驚くはずもなく。

 記念すべき初めてのアンダーメイズは、無難に受け入れられた……のだが。


「それよりも、服とかが勝手に装備されてるな」


 着慣れた、善の魔術師(ウィザード)であることを示す白いローブ。それに、むしろこの重みがないと落ち着かない呪文書。


 こちらの姿が正常だというユウト。


 それとは対照的に、アカネは困惑に眉根を寄せていた。


「……あたし、楽器とか弾いたことないんだけど? 武器も使ったことないし」


 アカネは、困惑気味に全身を見回す。


 空いた手にはリュートを持ち、腰からは細剣(レイピア)を差している。それだけでなく、緑色のポンチョに、同じ色で鳥の羽があしらわれた鐔広の帽子まで身につけていた。


 なにを着ても服が合わせるヴァルトルーデや、元々ファンタジーの住人である――うえにスタイルもいい――アルシアと違い、コスプレっぽさがある……と、アカネは羞恥に頬を染めてしまう。


「うう……。こんなの聞いてないわよ……」

「似合ってるって」

吟遊詩人(バード)の標準的な装備だと思いますが?」

「装備の質は、かなりいい」


 さすが、Aランクの吟遊詩人(バード)だと言う真名とヨナ。

 それには勇気づけられたが、ユウトの感想は……困る。


 アカネは、より一層あたふたしてしまう。


「似合ってるって、だってこんなの……」

「お世辞なんかじゃないから」

「あ、そこは疑ってないから」


 ならば、どこが問題なのかと言えば。


「まるで、学園ものゲームのキャラがスピンオフでRPGになったときのキャラデザみたいじゃない!」

「ああ、うん。そうだな」


 ちょっと、その感想は分からない。どうして恥ずかしさにつながるのかも。

 けれど、アカネの良人として、否定の言葉を口にすることはなかった。


 理不尽に巻き込まれた真名は、そんな夫婦――とまでは知らないが――をじとっとした目つきで見つめていた。


「お二人とも、まるで初めて潜るような反応ですが……」

「そんなことあるわけないだろ」

「はいはい。そろそろ行きましょ」


 真名の鋭い指摘に、ユウトとアカネは露骨にごまかしを図った。

 ここで下手にぼろを出して、変に追及されたくはない。


 真名やヨナだけならば構わないのだが、巡り巡ってヴェルガやラーシアに知られたら……当人には悲劇で、他人からは喜劇だ。


「進む必要はない」


 完璧には集中していなかったユウトたちに向けて、引率のヨナが平坦な声で警告した。


 その意味は、すぐに分かった。


 森の中から、モンスターが現れた。

 いや、森そのものがモンスターだった。


 現れたのは、根っこをうねうねと上下に動かし、這い寄るように現れた5メートルほどの樹木。葉はなく、幹は太く、枝の先には毒蛇の頭部が生えていた。


 それが十数体も出現し、ユウトたちを挟み撃ちにする。


蛇樹枝怪(スネークツリー)! 枝の先に蛇の頭があって、メデューサツリーとも呼ばれているわ。根をのたくらせて、移動するので、速度は遅め。蛇は麻痺毒を持っていて、獲物の行動を鈍らせて枝で包み殺すわ」


 吟遊詩人の知識(バーディックナリッジ)による、モンスター知識。それを当たり前のように無意識に披露し、アカネが愕然とした表情を浮かべた。


 しかし、事態はアカネの当惑をくみ取ってなどくれない。


 咄嗟に、真名がタブレットを構え――


「《理力の弾丸(フォース・ミサイル)》」


 ――だが、ユウトのほうが圧倒的に早かった。


「どういう処理速度ですか!?」


 真名が悲鳴を上げると同時に生み出された、魔法の矢弾が5本。

 それは正確というのもおこがましいほど、当たり前のようにを打ち倒した。


 しかも、これは試し撃ち。第一階梯の《理力の弾丸(フォース・ミサイル)程度(・・)で倒せるのであれば、《火球(ファイアボール)》で充分と瞬時に判断を下す。


「《火球(ファイアボール)》」


 そして、その発動も、少なくとも真名からすれば理不尽なほど美しい。同じ過程をたどり、同じ結果に至っているはずなのに、どうしてここまで違うのか。


 だが、呪文の行使が正確無比なだけではない。どこに、どの呪文を使用すればいいのか。それが頭と体に染みついているからこそできること。


 前方の蛇樹枝怪(スネークツリー)が、呪文ひとつで壊滅した。

 炎が収まるとモンスターが光の粒子となり、小さな宝石へと変わる。


「あれは、万能触媒(レジデュアル)ね」

「……あれか」


 アカネの吟遊詩人の知識(バーディックナリッジ)に基づいた断定。

 それを聞き、ユウトは驚きを隠すのがやっとだった。


 ラーシアから聞いた、『竜鉄の世界』( アル・ティエラ)での話。そこに出てきた、魔法具(マジック・アイテム)の触媒となる、万能触媒(レジデュアル)


 夢の世界だから、そんなこともあり得ると受け入れてしまうべきなのか。


 幸いなことに、そんな逡巡は、真名には伝わらなかった。


「どれだけの修羅場をくぐっているのです……」


 万能触媒(レジデュアル)の存在など、自明のこと。真名が驚くはずもない。

 彼女を戦慄させたのは、ユウトによる、なにげない呪文の行使。ただ、それだけ。


「まあ、修羅場をくぐったというか、くぐらされたというか」


 万能触媒(レジデュアル)から意識を背け、代わりに修業の日々を思い出し……ユウトは少しだけ遠い目をした。


 呪文が必要な環境に身を置けば、自然と成長する。

 だから、モンスターの徘徊する森に放り込もう。


 テルティオーネ理論は間違ってはいないし、半ば望んだことだが、精神的外傷はひょっこり顔を出すものなのだ。


「まだ終わってない」


 ヨナの言う通りだった。


 残った蛇樹枝怪(スネークツリー)は、仲間――と思っているかは謎だが――がやられても怯むことなく、蛇の枝をうごめかせて接近してくる。


「ああ、えっと……。ここは、《悲運の旋律》」


 なにかに導かれるかのように、アカネがリュートを奏でた。

 いや、導いたのは、美と芸術の女神リィヤ。それ以外に、存在しない。


 触ったこともない、ギターよりも遥かに弦の多い楽器。演奏できるはずがないのに、アカネの白く細い指は、確かに美しい旋律を生み出す。


 そこから流れる音は物悲しく、破滅を予感させた。


 ――蛇樹枝怪(スネークツリー)の。


 リィヤ神の加護を受けた演奏は、蛇樹枝怪(スネークツリー)たちを絡め取った。聴覚など存在しないかに思えた怪物たちが、凶運を悲観して一様に怯え始める。


 そこで、真名が動く。


「《蜘蛛の糸(シルクウェブ)》」


 タブレットから魔法陣が投影され、細く白く強靱な蜘蛛の糸を生み出した。破滅の予感に囚われた蛇樹枝怪(スネークツリー)は、簡単に絡め取られ……。


「《火球(ファイアボール)》」


 ユウトが放った炎の塊が、蛇樹枝怪(スネークツリー)たちの中心に着弾。《蜘蛛の糸(シルクウェブ)》も一緒に綺麗に焼き尽くした。


 すぐに炎は収まり、モンスターは万能触媒(レジデュアル)となる。


 ユウトにとっては、手応えがない。

 あっさりとした、戦闘の幕切れだった。





「三木センパイ。ここまで鮮やかな吟遊詩人(バード)の呪芸は、初めて見ました」


 ユウトに関しては、次元が違いすぎてコメントしづらい。

 真名の称賛は、ユウトが万能触媒(レジデュアル)を拾いに行ったこともあり、自然と朱音へと向かった。


「あ、はは。まあね……」


 そのアカネは乾いた笑いを浮かべることしかできず……直後、言い訳を思いついた。


「それもこれも、リィヤ神のご加護ってやつよ」


 そう言いながら、アカネはユウトへ視線を移した。


 大丈夫よ、心配ない。


 そう、過保護で心配性な幼なじみへ瞳で伝える。


 万能触媒(レジデュアル)を拾い終えたユウトは、苦笑しつつ、うなずいた。状況によっては、最下層を目指す必要が出てくるのだ。


 ここで立ち止まるわけにはいかない。


「次は、高階梯の呪文を試してみるか」


 万能触媒(レジデュアル)を無限貯蔵のバッグにしまったユウトは、呪文書をめくり、準備済みの呪文を確認する。

 今朝、自分で呪文書へ転写した記憶はないが、ダンジョン攻略のため、自分ならこうするという呪文は揃っていた。


 ユウトが選んだのは、そのうちのひとつ。


 この状況にはうってつけの呪文だった。


「《天上獅子の招来(ビースト・ランズ)》」


 鉱山に巣くった水晶を喰らう怪物(クォーツ・ビースト)を駆逐し、リ・クトゥアではひとつの軍勢を恐怖のどん底に叩き込み、ムルグーシュ聖堂を制圧した天上種の獅子たち。


 万能触媒(レジデュアル)の一部を用いて招来した十頭近いライオンたちが、一斉に歓喜の咆哮をあげた。


「だ、第八階梯の……?」

「もふもふね、もふもふ」


 真名が驚きと恐怖に身を硬直させ、アカネは触りにこそ行かないが犬や猫が出てきた程度の反応を返す。


「楽できそう」


 そしてヨナは、当たり前のように戦力として認識していた。


「とりあえず、あの木をどうにかすると、クリアなんだろ? 時間もあんまりないし、ささっと進もう」


 ユウトの言葉に従い、天上種のライオンたちが先頭に立って進んでいく。


 人間たちはその後ろをついていく形となったが……。


「第一層は、ろくな財宝も出ないし、ささっと進むのが正解」

「それにしても、これは……」


 万能触媒(レジデュアル)を拾いながら進むこと一時間。

 それはつまり幾たびか戦闘が発生しているということなのだが、天上種のライオンたちは傷ひとつなく、アカネがレイピアを抜くこともなかった。


 事態が動いたのは、さらに30分ほどしてから。


「次の敵がきた」

「そういえば、ヨナ。《タクチュアル・サイト》を使ってくれてるんだな」

「……引率だから」


 超能力(サイオニックパワー)によって、触覚を周囲に張り巡らす《タクチュアル・サイト》。事実上、ヨナから死角はなくなり、不意打ちを受けることもありえない。


 こっちだと、ちゃんと先生やってるんだな……と、ユウトはほろりと感動する。


 そんなユウトの感動を余所に、次のモンスターが姿を現した。


 今度は、2メートルほどで、迷彩色をした木製のマネキンが数十体。

 想像よりもスムーズで、それだけに気持ちの悪い動きで襲いかかってきた。


 それを迎撃する、天上の獅子たち。


 今回も敵ではないかと思われたが……。


「あれは迷彩木偶人形(クリア・パペット)。透明化するわよ!」

「ちっ。ラーシアみたいなことを」


 姿が見えなくなれば、戦闘で優位に立てるのは当然のこと。

 天上種のライオンたちの攻撃は空振りが目立ち、逆に、傷つけられていく。


 透明化を解除する方法もあるが、乱戦になると簡単にはいかない。また、通常の支援も、対象が多いと理術呪文では難しかった。


「あたしが、できそうな気がするわ」


 アカネがリュートを両手で構え、奮戦する獅子たちを見据えて歌い始めた。


「街の守りを任された岩巨人(ジャールート)の大英雄

 友の不在を狙ったかのように現れし災害竜タラスクス

 岩巨人(ジャールート)の大英雄は一人それに立ち向かう

 城塞のごとく巨大で人の子など歯牙にもかけぬ災害竜

 しかし岩巨人(ジャールート)の得物はタラスクスを打ち据えた

 彼我の違いに怯むことなく

 何度も何度も何度も

 相討ちとなっても引くことなく

 やがて竜は崩れ落ちた

 あとには岩巨人(ジャールート)だけが残った」


 詩は、エグザイルの戦闘そのもの。

 節は、オープンワールドの宿屋にいる吟遊詩人が歌っていた曲をイメージ。レトロな旋律だが、天上の獅子たちの心に深く刺さったようだ。


 ライオンたちの全身から、霊気(オーラ)が立ち上る。


 吟遊詩人(バード)の呪芸のひとつ、《英雄賛歌》。


 その支援を受け、透明化した迷彩木偶人形(クリア・パペット)が見えるようになったわけではないが、不利を覆すことは可能だ。


 普段の猛々しさを遙かに超える勇ましさで、迷彩木偶人形(クリア・パペット)を蹂躙していった。


 血こそ流れず悲鳴も聞こえないが、体が食い千切られ、パーツが散乱する。あとには、大量の万能触媒(レジデュアル)が残される。


「……これは、戦闘と呼べるものじゃないわね」

「ああ。一方的な虐殺だ」

「なるほど。召喚クリーチャーで攻撃させれば本人に功績点が溜まることはない。そして、財宝を表に出さずにいれば……Cランク止まりでいることも可能だったということですね」


 ……そういう解釈になるらしい。


「勇人、あたし思ったんだけど」

「奇偶だな。俺も、感じたことがある」


 ユウトとアカネは、視線を合わせてゆっくりとうなずき合った。


 能力とかランクとかそういう問題ではない。


 力を扱うのがユウトであり、アカネである以上、必ずどこかで非常識が顔を見せる。

 配慮をしても、ぶち壊しなのだ。


 夢の世界なんだから、気にする必要ないのではないか?


 言葉には出さず、二人は視線だけで共通認識を構築した。


「やっと動いた」


 そんなユウトとアカネの身も蓋もないすり合わせを知ってか知らでか、ヨナは赤い瞳を遙か先に向けていた。


 その先には、天を突くような巨木。


 即ち、妖樹の御子ニーケンララム。

 アンダーメイズ、第一層の主。


 遠目にも分かるほど、巨木は怒りに震えていた。


「やりすぎてしまいましたね」


 その許容量を超えると、自らの眷属を守るためか、ニーケンララムは枝を無限に伸ばし、攻略者を攻撃してくるのだ。


 ひとまず、やり過ごさねばならない。


 真名は、改めてタブレットを構えて呪文の準備をする……が。


 それを遮って、ヨナが一歩前に出た。


「これは引率の役割」


 声はあくまでもフラットだが、喜んでいる。

 ユウトだけでなく、アカネにもそれが分かった。


「え? え?」


 気付いていないのは、真名だけ。

 飼い主からはぐれた犬のように、不安げに視線を彷徨わす。


 ヨナが喜ぶこと。

 いろいろあるだろうが、少なくともこのシチュエーションではひとつしかないというのに。


「《フレアバースト》――マキシマイズエンハンサー」


 アンダーメイズに、もうひとつの太陽が生まれた。

 ユウトの《火球(ファイアボール)》など、比較にもならない。


 アルビノの少女の手のひらから出現した炎熱の塊は、周囲を圧倒するほど巨大化し、伸ばされたニーケンララムの枝を焼き尽くした。


「《星石落雨(メテオ・レイン)》」


 それに合わせ、ユウトも鬼札を切った。

 呪文書から9枚切り裂かれ、天に向かって飛んでいく。


 それが大きな輪を作り、次元の穴を構築した。


 その先にあるのは、星の世界。


 果てなき世界から隕石を召喚し、アンダーメイズ第一階層で、解き放たれた《フレアバースト》と融合した。


 炎熱を纏った隕石。


 それがニーケンララムに、真っ正面から衝突し。


 天に届かんばかりにそびえ立つ巨木が、視界の先で爆発炎上した。かなり距離があるにもかかわらず、衝撃波で飛ばされそうになり、熱風が冷や汗を乾燥させる。


 直後、訪れる静寂。


 アカネはあちゃあと苦笑いを浮かべ。


「ほんと、私はなんでここにいるんでしょう?」


 真名は、嘆いた。


 しかし、その疑問に答える者はいなかった。誰も。

ニーケンララムくん、Web版初登場初撃破(台詞なし)。

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