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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
番外編

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番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第二話

「どうした? 私を不安そうに見つめて」

「いや……」


 訝しげにするヴァルトルーデに対し、ユウトは言葉を濁した。


 さすがに、初対面であなたの事務処理能力が不安でたまりませんとは言えない。こっちのヴァルは、字が読めるのか? とも。


 個人的には、これ以上ないほど気になるのだが。


「なるほど。尋ねてきた用件を気にしているのだな」

「それもひとつではあるかな」


 ヴァルトルーデは大げさにうなずき、その所作ひとつでどれだけの注目を集めるか意識することなく、見る者にため息をこぼさせる唇から言葉を紡ぐ。


「天草勇人、キミをスカウトに来た」

「スカウト?」


 予想外だが、言われてみればしっくりきた。他の用件など考えられないほどに。

 思わず納得したユウトにささっと近づき、アカネが耳元に唇を寄せる。


「勇人は、ほんと、ヴァル好きよね」

「答えにくい質問ランキング、今週の第一位なんだけど」

「分かってる。全部分かってるわよ」


 と、訳知り顔で微笑むと、アカネはすすすっとユウトから離れた。


 もてあそばれている。


 中立ポジションを維持するアカネに視線を向けると、ぐっと親指を立ててきた。いい笑顔で。本当に、いい笑顔で。


「スカウトといっても、斥候ではないぞ。キミは、魔術師(ウィザード)なのだからな」

「ああ……」


 ヴァルトルーデに話しかけられ、意識を戻した。


魔術師(ウィザード)……。それもそうか」


 夢の世界だから、魔術師(ウィザード)ではなく聖堂騎士(パラディン)というオチはなかったらしい。

 少しだけ残念に思ったが、よくよく考えれば神を信じない者が聖堂騎士(パラディン)になるはずもない。夢は、叶わないから夢なのだ。


「だけど、俺はわざわざスカウトするような人間なのか?」

「分かっている。Cランクの自分が、学園で三人しかいないSSSランクの私とパーティを組めるはずがないと言いたいのだろう?」


 先読みする会話はらしくないが、次々と疑問に答えてくれる親切さはヴァルトルーデらしい。


 心に暖かいものを感じるユウトの眼前に、ヴァルトルーデが生徒手帳を突きつける。


 そこには、ヴァルトルーデ・イスタスという名前。聖堂騎士(パラディン)という職業(クラス)。そして、宣言通りSSSというランクが記されていた。


「SSSランク……。それもう、ランキング制度として崩壊してるわよね?」

「そこは喜ぶんじゃなくて、ツッコむのかよ」


 アカネのツボが分からない。ユウトは、ふるふると首を振ることしかできなかった。


「そして、このことも分かっている」


 その間にも、ヴァルトルーデの話は続く。


「天草勇人、キミもSSSランク相当の魔術師(ウィザード)でありながら、わざとCランクに留まっていることもだ」

「勇人……っ!」

「そこは目を輝かすのかよ」


 ちょっと、愛する幼なじみ妻の嗜好が分からない。

 ただ、そういうところも嫌いではなかった。むしろ、好きだ。


「なにか事情があるのだろうが。その実力を生徒会のアンダーメイズ攻略に活かして――」

「ヴァル!」


 そこに飛び込んできたのは、眼帯を外しているアルシア。


 しかも……。


「制服のアルシア姐さん……だと……?」


 正直、似合うに合わないで言えばヴァルトルーデのほうが似合っている。というより、彼女に似合わない服はない。服がヴァルトルーデに奉仕するからだ。

 加えて言えば、制服の着こなしという意味においては、アカネの右に出る者はいない。探せばどこかにいるかもしれないが、ユウトの評価は覆らないだろう。


 しかし、制服のアルシアには、二人に負けない価値があった。


 胸はぴっちりとして、きっちり一番上までボタンを留めたブラウス。

 胸元のリボンに、プリーツスカートから伸びるすらりとした足はいかがわしさすら感じるほど魅力的。


 なによりも、それを恥ずかしげもなく当たり前のように身につけている事実がぐっとくる。


 ユウトにささっと近づき、アカネが耳元に唇を寄せる。


「制服のアルシアさん、いいわよね……」

「いい……」


 プロ同士多くを語らず思いを共有すると、アカネはすすすっとユウトから離れた。

 夫婦揃って、アルシアのことが大好きすぎる。


「分かっている、アルシア姉さん。だが、ここは」

「あのね、ヴァル。そういうのは、分かってないってことなのよ?」

「え? アルシア姉さん? 姉妹……?」


 それは、青天の霹靂ともいえる情報だった。


 ヴァルトルーデとアルシアが姉妹。


 アンダーメイズとかいうダンジョンらしきものよりも、ずっとずっと気になる。


「勇人」


 その一言で、アカネの思いは伝わった。ユウトとしても、否やはない。


「まあ、入る入らないは別にして話を聞くぐらいなら」

「そうか!」


 破顔し、その美しさを無差別に振りまくヴァルトルーデ。耐性を持たない一般生徒が数名、ぱたりと倒れていた。

 それには気づかず、無造作に距離を詰めユウトの手を取る。


 ヴァルトルーデのこういうところが、あれなんだよなぁと思いつつも、もちろん、手を振り払うようなことはしない。絶対に。


「天草くん、いいのですか?」

「一度詳しく話を聞かない限りは、収まらないでしょうし」


 アルシアに名字で呼ばれるのは、どこかくすぐったい。だが、決して不快ではなかった。


「甘酸っぱいわねぇ……」


 大きな胸を潰すように腕を組むアカネが、満足そうにうなずく。なにかの専門家のようだった。


 ともあれ。


 ひとまず、これで事態は収拾した――とは言えなかった。


「それは、看過できぬ話よな」


 次なる火種は、すぐに訪れた。


「やっぱ……」

「いた……」


 ユウトとアカネは、二人揃って頭を抱えた。


 ヴァルトルーデの瞳がすっと細くなり、アルシアも警戒して身構える。


 そんな外野(・・)の反応など一顧だにせず、美しく淫靡な足取りで教室の中心へと躍り出る悪の半神。


 さすがにブラウスやブレザータイプの制服は、無理があったのだろうか。

 赤毛の女帝は、彼女専用の黒いセーラー服に身を包んでいた。足下まで覆い隠すようなロングスカートにもかかわらず匂い立つような淫猥さは隠しきれない。


 ヴァルトルーデとは対極で。


 それがゆえに魅力的。


「風紀委員長が、なんの用だ? まさか、生徒会長の私がいるところに取り締まるべき対象がいるなどとは言うまいな?」

「ヴァルトルーデ・イスタス。婿殿は、風紀委員になることが決まっているゆえ、横やりは止めてもらおうかの」

「それは初耳だな。いつ決まったのだ?」

「妾たちの運命を感じ取れぬとは、酷なことを言うてしまったようよな。すまぬ」

「ヴェルガッ」

 

 こうなると、余人に手が出せる領域ではなくなってしまう。

 制服姿のアルシアは天を仰ぎ、アカネはまたユウトの耳元でささやく。


「婿殿呼ばわりは変わらないのね。この世界では、いったい、なにがあったのかしら?」

「気にするところ、そこかよ」

「だって、あの痴女帝が風紀委員長とか、どこをどうツッコめって言うのよ」


 突然、素に戻ってそう言った。


 風紀委員長ヴェルガは、アカネでも、手に余るらしい。

 それはそうだ。その点に関しては共感しかない。


 そのヴェルガの背後に控えるのは、吸血侯爵ジーグアルト・クリューウィング。それに、悪魔諸侯(デーモンロード)に成り上がったレイ=クルスと、その相棒であるエルフの剣姫スィギルもいた。


 全員が悪……とまでは言えないが、風紀委員は、そういう属性の集団らしい。


「そういうことなら、ボクも、そっちに味方しなきゃ」

「……は?」


 今までずっと黙っていた――にやにや笑って事態の推移を見守っていた――ラーシアが、突如、とんでもないことを言い出した。


「だって、風紀委員だからね」

「ダウト!」


 ユウトは、思わず叫んだ。叫んでしまった。

 反応した時点で負けだと分かっていても、叫ばずにいられなかった。


「なに言ってるのさ。ボク以上に風紀委員らしい人間がいるだろうか?」

「それ、反語として成立してねえからな」

「いや、いるはずがない」

「無理やり成立させやがった」


 だがと、ユウトは思い直す。


 悪を取り締まるのであれば、最も効率がいいのは悪であろう。


「というか、この二人って最凶タッグなんじゃない……?」

「どうにか内部崩壊してくんねーかなぁ」


 それも、できれば相討ちが望ましい。ダブルノックアウトしてくれるのであれば、漁夫の利は他の誰かにのしを付けて進呈するから。


 世界平和に思い悩むユウトだったが、実は、まだ続きがあった。


「お待ちください」


 三人目の闖入者も、負けず劣らず美しい少女だった。


 編み込んだ栗色の髪は、光を受けてきらきらと輝いている。それは、同じ重量の金よりも貴重な宝物であり、くるぶしまで伸びる長い髪は多くの人間が愛情と真心を込めて手入れをしているに違いない。


 大きなアーモンド型の瞳は思わず吸い込まれそうで、鼻梁は完璧な線を描いており、神々が自ら形作ったかのように整った美貌を現実のものとしている。


「お初にお目にかかります、ユウト様、アカネ様。部活動連合の総長を務めるセネカと申します」


 聞く者の心を洗い、浄化するさわやかな声音。


 一言交わしただけで彼女に不利益を働くことなど考えられなくなり、もし敵対者がいたとしても即座に変心することだろう。


 制服ではなく、ジャージに身を包んでいたが。


「なぜジャージ……」


 彼女の後ろに控えるのは、ヴァルトルーデが仕えているはずのアルサス王。今やタイドラック王国の副王となったクレスの姿もあった。


 全員、ジャージで。


「ま、分かりやすくていいんじゃない?」

「似合ってるしな……」

「それはそれとして、部活動連合は、王族連合でもあるわけね」


 アカネの指摘は正しかったが、それだけではなかった。


 義妹のスアルムと昼食を楽しんでいたエグザイルが重低音の張りのある声で名乗りを上げる。


「ラーシアが委員会につくのであれば、オレも部活連合に与しなければならないだろう」

「確かに、エグザイルのおっさんは体育会系だよなぁ」


 ラーシアの風紀委員よりも100無量大数倍ふさわしい。

 あとは、あの危しかない蛮族フェスティバルスポーツのラ=グではなく、普通の競技であることを祈るだけだ。


「大族長だし、ある意味で王族とも言えるのか?」

「なるほど。その発想はなかったわね」


 こそこそと話をするユウトとアカネへ、にこりと笑いかけるとセネカ二世はヴァルトルーデとヴェルガに割って入っていった。


「委員会も部活動連合も、出る幕ではない。天草勇人は、私たち生徒会に加入するのだ」

「それはまだ決まった話ではなかろう? もし決まっていても、奪い取るだけだがの」

「遺憾ながら、セネカとしても、ユウト様の勧誘を諦めるという選択肢はございません」


 凜としていながら、たおやか。

 そして、決して折れることなくセネカ二世は立ち向かう。


「それゆえ、こちらとしても同じことと……と申さざるを得ません、ヴァルトルーデ会長」


 聖堂騎士(パラディン)、女帝、神王。


「教室の美人度が上がりすぎてモル濃度がやばいわね」

「その使い方は正しくない気がするが、言いたいことは分かる」


 その三人が、自分の去就を巡って火花を散らしている。


 控えめに言って……。


(地獄だ……)


 本来なら、この世界の事情を知るという意味でも、いずれかの庇護下に入ることは悪いことではない。少なくとも、協力し合うべきだろう。


 ヴァルトルーデからの勧誘だけであれば、それが正解だった。


 しかし、今となっては過去の話。


 なにをやらかしてこんな勧誘合戦になっているのかまったく理解できないが、どこかひとつの組織――誰かではない――を選んだら、その後、どうなるか。


 少なくとも、素直に笑える事態になるとは思えない。


 聖堂騎士(パラディン)、女帝、神王の三巨頭に譲るつもりはなく。

 当事者であるユウトは答えを出せない。


 完全な膠着状態。


 そのとき、チャイムが鳴った。


 幾度も世界を救った、美しき聖堂騎士(パラディン)

 悪の帝国を統べる赤毛の女帝。

 太陽神の地上代理人である神王。


 この三人がそろっても、チャイムには勝てない。


「ふむ。時間切れ……か」

「婿殿、また放課後にの」

「そうやって既成事実を作ろうとする態度は、感心できません。それに、ユウト様は部活動連合の見学のご予定です」

「そっちこそ作っておるではないか」


 言い争いをしながら教室を出ていく三巨頭。


 ユウトは、それを黙って見送った。

 一言でも反応すれば、それが新たな火種になるのは分かりきっている。ラーシアをつついたら、100倍の反応が返ってくるぐらい確実だ。


「あー。そういや、こっちでヨナは元気にやってんのかなぁ」

「勇人の現実逃避って珍しいもの見ちゃったわねぇ……」


 まだ見ぬアルビノの少女に思いを馳せる幼なじみの横顔を見つつ、アカネはそっとため息をついた。


 今のイベントに対してだけではない。 


 まだ、この意味の分からない夢の世界に来てから、一時間も経過していないという冷たい事実に対しても、また。

ヴェルガ様風紀委員長は決めてたんですよ、最初から。ギャップがいい感じかなって。


でもね。


風紀委員ラーシア。


お前、どこから出てきた……?


一体、なにをやるつもりだ……ッッ!?

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[一言] あ、また勝手に動いてる。
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