never,ever,cut a deal with a WIZARD
エイプリルフール嘘予告の続きという、よく分からない小説を投稿します。
しかも、なんだかんだで12,000文字ですよ。作者が、一番戸惑っています。
なお、前回の話はこちらです。
・エイプリルフール嘘予告 Wailing of Paleozoic era A.D.2070
https://ncode.syosetu.com/n0747bz/542/
(続編掲載に伴い、時代設定を2080年から2070年に変更しました)
「ご主人様、教授。あと20分ほどで目的地へ到着します」
ヘリコプターのコックピット内に、合成音声のアナウンスが流れた。特に大きな声ではなかったが、聞き取りに苦労することはなかった。
「俺、なにげにヘリコプターに乗ったのって、初めてかも知れないな」
前後に分かれたパイロットシート。
出発前に渡されたタブレット端末から目を上げ、気楽そうに白いローブの少年――ユウトが外の風景を眺めやる。
前のシートから見える風景は美しいが、何十分も前から変わっていない。
青い空、青い海。ずっと、大海原だ。
これから任務を控えているのに、気楽な態度。
麻衣那が後ろの座席で眉をひそめるが、不快だ……というわけではなかった。
ただ、突然現れた祖父だという少年への態度を決めかねているだけ。
麻衣那の悩みを置き去りに、ヘリは飛び続けユウトとリガーAIのマキナが会話を交わす。
「自力で飛べますからねぇ」
「そうなんだよな。ヴァルは確か、最初に地球に来たときヘリボーンやったらしいけど」
ユウトから祖母以外の女の名前が出て、麻衣那はぴくりと肩を震わせた。これも、また、屈託のひとつ。
だが、表立ってはなにも言わない。反応したら負けだと思っているのかも知れなかった。
「巨大ロボットなら、操縦したことあるんだけどな」
「順番を間違えているというか、正しくロボットアニメの主人公と言うべきか。迷うところですね」
「朱音も同じことを言いそうだなぁ」
またしても麻衣那がこめかみをぴくぴくとさせるが、ユウトは気付かない。
幼なじみ妻の顔を思い浮かべながら、目を閉じた。
今も、同じ姿をしているのか。常識で考えればあり得ないのだが、確証は持てない。それに、確かめる術もない。
そんな感慨を振り切って、ユウトは話を変える。
「太平洋の孤島なんて言うからどれだけかかるのかと思ったけど、意外と近いんだな」
「それはもちろん、人機一体となったこのマキナの操縦技術の賜物です」
遮音性が高い――装甲が厚い――のか、ヘリのローター音は微かにしか聞こえない。
麻衣那が愛用するマローダーⅡと同じく、アメリカのマーズ社が世に送り出した軍用回転翼機マーズ・ワイヴァーン。
超過禁止速度450km/h、航続距離600km。武装は、35mmチェーンガン『アロンダイト』2門、空対地ミサイル『レンゴク』32発。
新開発されたオリハルコン・カーボン装甲により、従来機よりも生存性が向上。高性能レーダーとAI制御による火器管制システム。
翼竜の名を冠した軍用ヘリは、非の打ち所のない高性能さから、高額な調達費用にもかかわらず、世界中のどこにでも進出している。
しかし、搭乗員が操縦桿に手すら触れず離発着までこなすワイヴァーンは稀だろう。
「なんなら、サービスで、『ワルキューレの騎行』も流せますよ?」
しかも、こんな小粋なジョーク――本人はそう信じている――までこなすAIは、さらに希少だ。貴重かどうかまでは、なんとも言えない。
「100年も前の映画なんて、流行りませんよ」
ずっと黙っていた第二級戦闘魔術師、秦野麻衣那。
ユウト――大魔術師の分身体を解放した功績により三級から二級へ昇格した直後だが、表情だけでなく全身から緊張感をみなぎらせていた。
「そうですか。残念です……っと、ひとつ報告が」
「マキナ、どうかしましたか?」
悪い報せだろうかと、麻衣那がサイバー日本刀『クリカラ』の柄をぐっと握った。
けれど、それは杞憂だった。
「いえ、ご主人様と教授のシルヴァー・ワゴンへの加入申請が承認されました。プラティナム契約です」
「……1000万円以上するという、あのプラティナム契約ですか?」
いつでも、どこでも医療サービスを提供するシルヴァー・ワゴン。
プラティナム契約はその最上級のもので、1000万円は一年間の契約料に過ぎない。そこへさらに、提供した医療サービスや出動回数などによって料金が加算されるのだ。
「無料サービスも多いですが、場合によっては年間の支払いが億単位になることもあるとかいうあのプラティナム契約ですか?」
「その代わり、企業間抗争の真っただ中や内戦の現場にも駆けつけますからね」
そのため、シルヴァー・ワゴンは下手な軍隊以上の装備と練度を有する軍事組織という側面もある。
カンブリア紀から蘇ったパレオゾイック・モンスターが跋扈する2070年代では、許可制ではあるが民間企業の武装も当たり前のこととなっていた。
「まあ、命の代わりと思えば安いもんだろ」
「それはそうですが……。そもそも、そんな大金払えません」
「問題ない。俺が払うからな」
「いえ、それは……」
身内だろうとそうでなかろうと、ぽんとそんな大金を払わせることなどできるはずがない。
常識で、考えれば。
「心配無用ですよ、ご主人様。教授は、世界でも有数の資産家ですから」
「……はい?」
意外すぎる言葉を聞いて、麻衣那は『クリカラ』を取り落としそうになった。
背後から伝わる驚きに、ユウトは思わず笑ってしまう。
その気配を感じた麻衣那は、むすっとして窓の外へ視線をやった。
そんな麻衣那をフォローするかのように、ユウトは説明を試みる。
「俺が、賢哲会議の顧問をしてるのは分かってると思うが……」
「この前、環太平洋支配人にお会いしましたから、ええ。貴重な経験でした、本当に」
「それはともかく。顧問の報酬が、実は結構高額でさ」
「それだけで、世界で有数の資産家とは……」
「その報酬を数十年オリジナルのマキナが運用し続けたところ、世界中のメガコーポの株を数パーセントも所有する結果に。不思議ですね?」
「不思議でもなんでもありません!」
非常識極まる事態。それに、同一個体ではないとはいえ、慣れ親しんだAIが絡んでいた。
麻衣那は、ありえないと首を振りながらシートにもたれかかった。
ここがワイヴァーン――ヘリのコックピットでなければ、逆に立ち上がって大暴れしていたことだろう。
「無駄遣いでもなんでもない。それはよく分かりました。ええ、分かりましたとも。知りたかったわけではありませんが」
「そうそう。それに必要経費だって。このパーティには、司祭がいないしさ」
「プ、プリーストですか?」
前時代のRPGのような発想に、麻衣那は思わず吹きだしてしまった。
申し訳なさよりも、奇妙な納得が先に立つ。
やはり、この自分と同じぐらいの年齢にしか見えない祖父は、過去の。そして、異世界の住人で。
違う常識を有しているのだ。
祖父だということは認めていないが、この点は認めざるを得なかった。なにしろ、極東支配人と対等以上に言葉を交わせるのだから。
魔力スポットにおける、ローブの少年。そして、女帝との遭遇。
衝撃的な事実の奔流に巻き込まれた麻衣那だったが、それで終わりではなかった。
麻衣那とローブの少年――ユウトは、賢哲会議の日本支部へと招集を受けたのだ。そのトップから、直々に。
日本支部は、環太平洋本部とイコールで結ばれている。
そのトップとはつまり、パレオゾイック・モンスターと戦うことで世界の救世主となった賢哲会議の半分を支配しているという意味でもあった。
日本支部がそこまでの影響力を持つに至ったのは、一人の男の働きのお陰と言っていい。
香取圭吾。
2010年代から日本支部のトップに君臨する、伝説的な人物。その最大の功績は、パレオゾイック・モンスターの出現直後から動き出し、核攻撃の失敗後に、ある程度の封じ込めに成功したこと……ではない。
なによりもまず、次元魔術師天草勇人と賢哲会議の橋渡しに成功したことが語られる。
「お久しぶりですね、天草師」
「ってことは、今の俺は、ほとんど顔を出してないんだな」
「昔から、滅多に来なかったではないですか」
その二人が目の前にいて、握手をしながら雑談を交わしている。
しかも、次元魔術師天草勇人の頬には、うっすらと手形が残っていた。
麻衣那がつけた手形が。
現実感がなさ過ぎて、初めて入った極東支配人室の情景が頭に入ってこない。そもそも、自分は今、立っているのか。それとも座っているのだろうか?
「若いっていうか、昔のまんまですね」
「義体というやつです。脳みそ以外は、全身機械ですよ」
「それじゃ、理術呪文は、もう……」
「ええ。本当はそっちだけでなく、組織運営も抜けたいところなんですがね」
麻衣那には、目の前の光景が、現実の物とは思えなかった。しかも、片方は、自分の祖父だという。
祖母以外とも関係を持っていたと聞いて、思わず平手打ちしてしまった祖父だ。
「ああ。でも、怪我も病気もしないのは、いいことですね」
「なら、また秘書に裏切られても大丈夫そうだ」
「ははは。懐かしい」
その祖父が、極東支配人を、さりげなく当てこすっている。
責任感の強い麻衣那が、初めて思った。
逃げ出したい――と。
「秦野さん」
「ひゃ、はいっ!」
元々真っ直ぐだった背筋をさらに伸ばすと、祖母を真似て伸ばしている長い髪が波打った。
完全に傍観者気分だったため、言い訳のしようもないほど油断していた。
「降格ですと現場に出られなくなるので、なんとか減給で――」
「降格どころか、今回の功績で昇格ですよ」
「え? あ? あの、ありがとうございます……」
安堵で、足下から崩れ落ちそうだった。
では、なぜ名前を呼ばれたのだろうか。
その疑問は、直後に、別の疑問に取って代わる。
「それよりも、お祖母様……真名さんはお元気ですか?」
「あ、はい……。でも、香取支配人は祖母のことを?」
祖母――秦野真名は、賢哲会議の一級魔導官だったとは聞いている。
しかし、断片的に思い出話を語ってくれるだけで、まさか、そこまでの重要人物だとは思っていなかった。
実際、麻衣那が賢哲会議に入ってからも、祖母の名前が話題に出たことはない。
「確かに、あの件は秘匿事項ですが、お孫さんにも話していないとは……」
「よく分からないけど、融通の利かないところが、真名らしいな」
自分が知らない祖母を、他人が知っている。
大人げなく、嫉妬心が芽生えてくるのを、拳をぎゅっと握ってやり過ごす。
「まあ、その件は本人から聞いていただきたいですね」
「俺も、真名には会いたいところだけど……」
「申し訳ありません、天草師。それは、こちらの調整を待ってからにしていただきたいのです」
はっきり言って、賢哲会議に、ユウトの行動を掣肘する権利はない。実力も、ないだろう。
だから、自然とお願いとなる。
「まあ、俺だけじゃなくてヴェルガまで出てきちゃってるからな……」
とはいえ、ユウトも事情は分かる。困らせるつもりもなかった。
ただそうなると、麻衣那にも詳しい話ができなくなる。真名がどういうつもりで、自分のことを黙っていたのか、意図が分からないからだ。
「近日中にはなんとかしますが、その時の交渉材料になるよう、ひとつ仕事を頼まれていただきたい」
「内容は?」
「ドラゴン退治です」
さわやかだが押しの強い表情で、香取が告げた。
こうして、ユウトと麻衣那は翌日には太平洋の孤島へと旅立った。
賢哲会議が所有する名もない島。
リガーAIとなったマキナが予告したとおり、20分後にマーズ・ワイヴァーンはその島唯一のヘリポートへと降り立った。
ただし、雑草が生え、ひび割れ、荒れ果てたヘリポートだったが。
「無事に着陸できてしまいましたね」
「なぜ、そんな残念そうに……」
ヘリから出た麻衣那は、腰に吊したサイバー日本刀『クリカラ』の角度を調整しながら、サイバーアイで周囲を確認する。
赤外線センサーにも、強化視覚にも反応はない。ひとまず安全と言っていいだろう。
「だって、ここは未知の生物から攻撃を受けて、ヘリが墜落するところでしょう!?」
「止めなさい、マキナ」
「仮に飛んでるときに攻撃を受けたとしても、俺は空を飛べるしなぁ」
白いローブに物理的な呪文書というコスプレのような格好のユウトが、続けてヘリから降りてきた。
麻衣那よりも遅くなったのは、小型のヘッドセットとゴーグルを着けていたからだ。
ヘリに残るマキナが、このゴーグルや麻衣那のサイバーアイとリンクし、ヘッドセットで指示をする手はずとなっている。
「身を以て、未知の存在の脅威を知らしめる。器物に生まれたからには、一度はやってみたいシチュエーションではありませんか!」
「未来のAIって、そういう方向に進化したんだ……」
「マキナだから、こんな馬鹿なことを言っているんです。一緒くたにしないでください」
「照れますねぇ……」
高度だが、その高度さを無駄遣いしているAIにこれ以上のコメントをすることは難しかったようだ。
麻衣那は、長い黒髪を縛ってポニーテールにし、気合いを入れる。
祖父だというユウトが、伝説の次元魔術師だという実感は、まだない。距離感も、未だ掴めない。そもそも、なんと呼んでいいのかも分からない。
だが任務は任務。見るからに、荒事に向いていないユウトを守れるのは麻衣那だけだ。
「さあ、行きますよ。私の後ろについてきてください」
「ああ。任せるよ」
麻衣那は、堂々と慎重に。
ユウトは、おっかなびっくりと。装備を調えた二人が、森へと入っていく。
目指すは森の中にある、絶海の孤島に建設された研究所。そのなれの果てだ。
「聞いてたとおり、例のドラゴンは巣穴に引きこもってるんだな」
「そこが最も、自分の力が引き出せると判断しているのでしょうね」
「向こうで戦ったときは飛ばれたほうが厄介だったけど……まあ、地球だと戦闘機とかいるしな」
物理的な攻撃に多大な耐性を持つ、パレオゾイック・モンスターたち。核の炎にすら耐えきった彼らを倒すには、魔法の力が必要だ。
だが、ある研究者は考えた。
本当に、対抗手段はそれだけなのだろうか、と。
そして始まったのが、人造怪物作成計画『プロジェクト・エキドナ』。モンスターの相手はモンスターにさせればいいという、コロンブスの卵的発想だったが……。
「しかし、ドラゴンを産みだしたところで、止めとけば良かったのにな」
「まさにその通りですね。後知恵ですが」
「サイバーウェアを埋め込んだうえに、研究所を乗っ取られたって、笑い話にもならねえ」
元は研究所として機能しており、また、何度か奪還部隊も派遣されているため、ヘリポートから研究所までの道に問題はない。間に、脅威がないことも確認済。
だからといって、サイバー・ドラゴンの脅威が軽くなることはない。
「本体はサイバーウェアで強化され、しかも、電脳化して研究所の設備を自在に操れるか」
「いやー。調子に乗った結果がこれですからね。お恥ずかしいです、教授」
「朱音は喜びそうな話というか、世界だけどな。それだけが、救いだ」
当たり前のように会話に割り込んできたマキナと、慣れた調子で雑談を楽しむユウト。まるで、古い友人同士のようだ。
それはいいが、緊張感がなさ過ぎる。いくら麻衣那が先行して警戒しているとはいえ、完全に素人の動き。
(私が、しっかりしなくては……)
その意気は立派だが、実のところ、麻衣那はユウトの実力を本当の意味で把握してはいなかった。
これには、登場と同時に《時間停止》からの《差分爆裂》で、文字通り瞬殺してしまったユウトにも責任がある。
だから、この直後、傍若無人さを見せつけられて心が折れかけても、麻衣那に責任はないと言えた。
「扉は強固な電子ロックがかかっています」
「壁や天井は?」
「C-4……プラスティック爆薬程度ではびくともしません」
「さすが、秘密研究所」
ふむふむと感心しつつ、ユウトが研究所を見回す。
半ば地面に埋まったように見える、頑丈そうなコンクリート造りの建物。ドラゴンが入るような大きさには見えないが、それは地下部分が本体だからだと聞いている。
研究所を乗っ取ったサイバー・ドラゴンが、手足となるドローンたちを操作して補強したのだという。
外に出る気配がないため、四次に渡る奪還作戦が失敗した後は静観を決め込んだのも理解できる。
「ですので、このマキナがウェブマトリクス経由でクラックを――」
「いや、ちょっと試してみたいことがある」
呪文書ではなく、巻物入れから巻物をひとつ取り出した。
「魔術的な防御もかかって――」
「《結晶万化》」
ユウトは研究所の壁に手を添え、第三階梯の理術呪文を発動させる。
物体をガラスに変化させる理術呪文を。
巻物からの呪文は最低限の効果でしかないが、必要充分でもあった。
青白い魔術光が消え去ると、壁の一部が磨りガラスに変わっていた。ちょうど人が一人通れるぐらいのサイズだ。
なんらかの攻撃の結果、変化したのではなかった。だから、魔術的な防御も意味はない。
なにかの化学反応が存在したわけではなかった。だから、どんなに強固な素材でも関係ない。
ただ、物体をガラスに変えるという効果が存在し、その通りの結果となった。
ただ、それだけ。
「あっさりできたなぁ」
「…………」
ユウトがその場を麻衣那に譲り、その求めに応じて『クリカラ』の柄で壁を叩き割った。
割れてしまった。
麻衣那は、無言でユウトを凝視する。その表情には、一言で言い表せられないほど、様々な感情が渦巻いていた。
それが非魔法的な物体であるならば、素材も硬度も関係ない。科学が発展すればするほど、理不尽さが際立つのが魔法というもの。
けれど、ヨナなら《ディスインテグレータ》で一発だ。エグザイルやヴァルトルーデであれば、そもそも呪文など必要ない。
まあ、人類の規格外に対応するコストなどかけられないのだから、どちらが悪いかと言えば、ユウトたちのほうが悪い。
それに、この呪文に関しては、単に、地球で知られていなかっただけのこと。ユウトとしては、特に誇る気分になれなかった。
「うんうん。これが、これこそが教授の理不尽さでしたね」
「まあ、接触しなきゃいけないし、今は状況が良かったな」
「またまたご謙遜を。早くもサイバー・ドラゴンが可哀想になってきました。ははははは」
「いや、そっちとの対決まで、マキナを温存しておきたかっただけだから」
「……行きましょう」
律儀に研究所内の様子を観察していた麻衣那が、堅い声と表情でユウトに行動を促した。
「ああ、分かった」
マキナとの会話を打ち切って、ユウトは麻衣那に続いて研究所内へと足を踏み入れた。
内部は、少し病院に似ていた。白く、控えめで、どこか暗い。
「なるほど。なかなか不気味だ」
「内部のトラップも凶悪です」
言外に、扉も解除の難易度は高かったんだぞと伝えつつ、今度こそはと麻衣那が警告を発する。
視点が攻略される側になっているようにも思えるが、そんなことはあり得ない。気のせいだろう。
「赤外線センサーと連動したテーザーガン、警備用ドロイド、回避不能のレーザートラップ。今まで送られた奪還部隊は、すべて目標に出会う前に撤退しています」
「問題ないでしょう。教授なら、正面から蹂躙してくれます」
「マキナ、仕事を投げないように」
「蹂躙できるかどうかはともかく、試してみたいことはある」
麻衣那の視線が、いかがわしい者でも見るかのように変わった。
ユウトは、ゴーグルの位置を直しながら苦笑する。
正攻法で攻略もできなくはないだろうが、アルシアもラーシアもいないダンジョン探索はリスクがある。
「……と、その前に、こいつをかけておこう」
今度は自らの呪文書からページを破り、《耐熱・耐寒》、火炎・冷気・雷撃・音波・強酸への強力な防護を与える《精霊円護》。そして、《飛行》の呪文をスナック感覚で付与していく。
「え? あ? はい? あれ?」
この時点ですでに、麻衣那のキャパシティオーバー。
いや、麻衣那でなくともそうだろう。最大でも第三階梯までの理術呪文だが、こんなに次々と、まったく惜しまず使用できる魔術師は存在しない。それは、ただの考えなしだ。
魔術師として燃え尽きた麻衣那にとっては、望むべくもない行使能力。
ひとつひとつの発動の手際も見事すぎて、思わず見惚れてしまう。
「本当に、次元魔術師様なんですね……」
「そう呼ばれているらしいけど……上手くいかなかったら、失望させてしまうかも知れないな」
ユウト本人は不安に思っているようだったが、
呪文書から9ページ分切り裂き、三枚ずつ分かれて研究所のエントランスホールに展開。10秒ほどして、そのページが解け、絡まり合い、大きく光を放つ。
「《召喚:大精霊》」
「だ、第九階梯!?」
パレオゾイック・モンスターが現れるまでは、第三階梯が精々。2070年代になってようやく第六階梯の呪文が開発された。
その先は、まさに未知の領域。人類が、踏み入れることができるかどうかも分からない。
確かに、次元魔術師と呼ばれるユウトでも、失敗覚悟のチャレンジとなるのだろう。
だが、ユウトが心配していたのは、まったく別の部分。
「お、地球にまで来てくれたか、精霊たち」
光が収まると、火と水と土。
源素のエネルギーそのもので構成されたエレメンタル。以前は巨人の姿で呼び出したが、四足歩行のトカゲのような姿で出現した。
全高は天井すれすれ程度だが、全長は10メートルもある。
「最下層のドラゴンがいるところまで、掃除を頼む」
エレメンタルたちは喋ることはできないが、理解はできる。
召喚主の求めに応じ、一斉に行動を開始した。
「ははははは。さすがです、教授」
「なんて……こと……」
それは控えめに言って、蹂躙だった。
赤外線センサーと連動したテーザーガンは、土の大精霊の表面をわずかに削っただけ。
警備用ドロイドは、火の大精霊に焼き尽くされた。
回避不能のレーザートラップは水の大精霊を斬り裂くことはできず、ショートさせられた。
一事が万事この調子。
罠という罠が一切役に立たない。エレメンタルたちが大暴れした余波も、ユウトが事前に付与した呪文で防がれる。
一方的に、研究所が綺麗になってしまった。
「さて、これなら俺にもエスコートできそうだ」
「私も、マキナみたいになれたらいいなと思います。心の底から」
「いや。マキナは一人で充分だよ」
ユウトは真顔で言い切った。
自分のことは棚に上げて。
ドラゴンは、数年振りに微睡みから覚醒した。
外敵の侵入によってもたらされた、不快な目覚め。
しかし、ドラゴンはむしろ感心していた。カメラが破壊されてしまったため情報は断片的だが、どうやら今までの敵とは異なる相手のようだ。
面白い。
どこまでやれるか、自らの手で確認するのも悪くはない。
自信に満ちあふれていたが、それも根拠がないわけではない。
手足となるドロイド――人型のドローン――は、すべて最下層に集めている。
また、討伐部隊が残した武器をドロイドたちが回収し、各所に銃座も増設されていた。
それらはすべて、脳に埋め込まれたリンカーにより、サイバー・ドラゴンの支配下にあった。
すり鉢状になった最下層に入った瞬間、思考トリガーにより自由に操られる機器が無数の銃口で取り囲み、蜂の巣にすることだろう。
ドラゴンの機械を超える知覚力と精神力を活かした制圧力は、圧倒的だ。
仮にそれを抜けたとしても、待っているのは指揮を執るドラゴン自身の強靱な肉体。
ただでさえ強力なそれは、存在自体を毀損せぬよう配慮して埋め込まれた強化反射神経に、骨格補強、皮膚装甲で強化されている。
完全無欠。
無敵の組み合わせ。
それゆえ、サイバー・ドラゴンは自らの敗北など思いもしていなかった。
それも当然だ。まさか、初手で雪に生き埋めにされるなどと、誰が想像するというのか。
「《雪崩》」
水の源素界に存在するという雪嶺山脈。彼の地から大量の氷雪を召喚し雪崩とする第八階梯の理術呪文。
サイバー・ドラゴンが待ち受ける最下層の扉を開いた瞬間に使用された大魔術師級の呪文は、すり鉢状の地下空間を埋め尽くした。
「さあ、麻衣那。後は任せた」
「……い、いきます!」
無茶振りにもほどがあるが、エレメンタルはすでに送還されているため、物理的な攻撃力を持つのは麻衣那だけ。
キャットウォークから飛び下りて、《飛行》の制御に苦労しつつ、生き埋めになったサイバー・ドラゴンへと狙いを定めた。
生き埋めになった衝撃で、サイバー・ドラゴンは動けない。
一方、麻衣那にはさらに様々な呪文が付与されている。
呪文やドラゴンのブレス攻撃、猛毒など、様々な障害への抵抗性を高める《抵抗力増幅》。
この状況で必要なのか甚だ疑問だが、大事にされているようで嬉しくもある。衣服に魔法の防護を授ける《魔装衣》も同じ。
一方、武器の扱いやすさや切れ味を増す《魔器》は、実用的。装甲を無にする《光輝なる刃》も付与され、現代の技術と素材で創り出された鬼子と言うべき日本刀が妖美を振り撒く。
「《火炎剣》」
最後に、麻衣那の手ずから『クリカラ』に炎を付与した。
それと同時に、サイバー・ドラゴンの鼻先に着地する。麻衣那の精神はぐちゃぐちゃだったが、やるべきことを見失いはしない。
彼女の肉体に埋め込まれた強化反射神経により実現する、一呼吸での三連斬。
炎に包まれた利剣の刃がドラゴンの鋼がごとき眉間の鱗を斬り裂き、科学技術で補綴された骨を砕き、最後の一撃が脳を貫いた。
「――――ッッッ!!」
一方的に蹂躙されたサイバー・ドラゴンが、最後の最後に雪崩から抜け出そうと竿立ちになるが、果たせない。
できたのは、麻衣那を弾き飛ばすことだけ。
サイバー・ドラゴンは、そのまま力を失い倒れ伏す。
雪崩に尻餅をつき、麻衣那は呆然とする。
冷たさも、なにも気にならない。
倒した。
倒せた。
倒してしまった。
あるのは、その後悔にも似た思いだけ。
その隣に、ユウトが降り立った。
「おめでとう、麻衣那。立派なドラゴンスレイヤーだ」
「いえ、そんな。私は攻撃をしただけで……」
謙遜とも言えない、客観的な事実。
しかし、ユウトは手を振って麻衣那の言葉を否定する。
「それが重要なのさ。そして、香取さんが目指している形でもある」
「支配人が……」
「ああ。どうも、より高い階梯の呪文が使えるほうが偉いという風潮があるみたいだからね」
「それは、当然では?」
より高い階梯の呪文を行使することで、より多くのより強力なパレオゾイック・モンスターを倒すことができる。当たり前の話ではないか。
「呪文なんて、限りあるリソースでしかない。最後に物を言うのは、物理的な力さ」
呪文と違ってあんまり目減りしないしねと、ユウトは笑う。
「つまり、魔導官が最前線に出るのではなく、戦闘魔術師を支援する方に回るべきだと?」
「少なくとも、それが資料から読み取れた香取さんの意向だね」
今の戦闘は極端すぎる例だが、その後押しのひとつになるだろう。
「あとは、香取さんの手腕次第だ」
そう言って、ユウトは雪崩に埋もれたサイバー・ドラゴンへ視線を向ける。
虫の息――ドラゴンだが――ではあるものの、サイバー・ドラゴンは生きていた。
「止めを……」
「いや」
麻衣那の決意は、ユウトの場違いなまでに普通の声に遮られた。
「ところで、ドラゴンは捕獲してもいいんだよな?」
「……どちらとも言われていませんでしたが」
そもそも、捕獲という選択肢が賢哲会議にはなかった。香取も、ここまでとは思わなかったのだろう。
「なら、早速仕事をしてもらおうか」
「本土から、即応部隊を呼んで間に合うかどうかは……」
「いや、せっかく高い金を出して契約したんだ。シルヴァー・ワゴンに依頼をしよう」
「……はい?」
マキナが本当にシルヴァー・ワゴンを呼んで、しかも、本当に、ものの30分ほどで医療チームがやってきた。
それだけでも驚くべきことだったが、その医療チームには、さらに意外な人物が同行していた。
けれど、その詳細は、また未来の話となる。
サブタイトルはサイバーパンクTRPGの傑作シャドウランの有名なキャッチコピー、「油断するな。迷わず撃て。弾を切らすな。ドラゴンには手を出すな(Watch your back. Shoot straight. Conserve ammo. And never,ever,cut a deal with a DRAGON.)」から取りました。
まあ、サイバー・ドラゴンさんは、ウィザード(ユウト)には手を出していないはずなんですけどね……。
可哀想に……。
というわけで、続くような雰囲気を醸し出していますが、あんまり深くは考えていません。
次の番外編は、リクエストをもらったセネカ二世の話になるかも……?