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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第二章 異世界の日常

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7.二人の距離、二人の気持ち

「政略結婚を断る話をしていたら、婚約者が二人になった」


 自分でも、なにを言っているのか分からない。

 事実は小説よりも奇なりと言っても、上限というものがあるのではないだろうか。


 ファルヴの城塞。

 その露台(バルコニー)のひとつで、ユウトは独り物思いにふけっていた。

 太陽はほとんど沈み、代わりに眼下の街並みには街灯の明かりが目立ち始める。設置してから半年以上が経過しているが、玻璃鉄(クリスタル・アイアン)に封じられた《燈火(ライト)》の光はいささかも減じてはいない。


 普通なら、この時間には賑わいが下火になるはずだが、喧騒がここまで聞こえてきていた。夜目が利くドワーフが多いこともあり、この街の夜は長い。

 すっかり見慣れた日常の光景。

 そんな平和なファルヴの街とは対照的に、ユウトの心は千々に乱れる。


 ヴァルトルーデが好きだ。

 恥ずかしい。断言するには抵抗が無いわけじゃない。

 でも、認めよう。


 そして――


 同時に、アカネのことも嫌いではない。それだけではない。ただの友人でもなく、幼なじみでもなく、一人の女性として見ていたことはある。

 アルシアからアカネも婚約者にしろと言われて、本当に驚いただけだったか? と問い詰められれば、肯定できる自信はない。


「俺は、そんな不実な男だったのか……」


 懊悩は止まらない。

 しかし、ここではたと気付く。


「そもそも、朱音はどう思ってるんだって話だよな。くっ、余裕がなかったとはいえ、自分のことしか考えていなかった」


 露台の柵に頭を打ちつけ、その痛みで浮き足立つ心を鎮める。


「そうだ。朱音なんて完全に巻き込まれただけなのに、それで婚約者だなんだって。一番の犠牲者だろ」


 まずは、彼女と話をしよう。

 そう決めて振り返った瞬間。


「ここにいたの?」

「アカネ……」


 話をしなければならない。同時に、まともに顔を会わせづらい幼なじみが向こうからやってきた。


「ちょうど良いところに。実は……」


 だが、そうも言っていられない。意を決してユウトは口を開くが――


「勇人がなにを考えているか、当ててあげましょうか?」

「はっ?」


 不意打ちにユウトが固まる。

 その隙を縫うように、アカネはさらに一歩ユウトへと近づいた。

 手と手が触れ合うほど近くに。

 吐息が混じり合い、心臓の音が聞こえそうな程近くに。

 記憶にあるユウトよりも、随分と背が高い。目線を合わせるには、背伸びをしなければならないだろう。


「ヴァルが好きだけど、朱音のことも嫌いじゃない。こんな俺は、最低だ……って。そう思ってるでしょ」

「…………」


 完全に言い当てられて、ユウトは二の句が継げない。

 ふらふらと後退るが、それはアカネが許さない。ローブを掴んで、ユウトをその場につなぎ止めた。


「そこは、仕方ないんじゃないの? 男の子だし。結婚もしてないのに、操を立てるのも変な話だし、そもそもブルーワーズ(こっち)じゃ、重婚もオッケーなんでしょ?」

「違法じゃないってぐらいだけどな……」

「そして、一通り悩んだ後、私がどう思っているか確認してないって気付いて探しに行こうとしたと」

「……お前、俺のストーカーかよ」

「かもね」


 一度目の別れの時と似た会話をして見つめ合う二人。違いは、お互いの距離だろうか。


「私としてはね、ラッキーかなって思ったりもするのよ」

「どういう――」


 意味だと、最後までは言えなかった。

 アカネがついと背伸びをして、倒れ込むように抱きついてくる。

 柔らかなふたつのふくらみが、ユウトの胸で潰れた。それがなにか理解した瞬間、頬が、いや顔全体が熱を持つ。


 反射的に、アカネの顔を見るユウト。

 そのユウトへ、顔を近づけるアカネ。

 二人の距離がゼロになり、ユウトの頬に柔らかくて大切なものが触れた。


「好きよ、勇人。ずっと、子供の頃から。でも、好きの大きさは、今が一番」


 いつもの自信に満ちた笑顔とは違う。

 切なげで、嬉しそうで、恥ずかしそうで。

 そんな複雑な笑顔を浮かべて、アカネは告白した。


 小さく、半歩分だけ彼女が離れる。微かな香水の匂いが、冬の風に乗って運ばれてきた。いや、単にそれを感じる余裕が生まれただけかも知れない。


「朱音……」


 気付いていなかったとは、言わない。

 少し疎遠になった時期もあったが、それも関係ない。

 この世界に来なければ、向こうで付き合っていたかも知れない。ラーシアとエグザイルに言った言葉は、嘘ではない。


「まあ、そういうわけだから。私のことは気にしないで? ううん。私の気持ちは伝えたから、もっと私のことを見てね」


 アカネも限界だったらしい。

 そこまで伝えたところで、ユウトの返事は聞こうともせずにぱたぱたと逃げ出すように走り去ってしまった。


 いつもの洗練された彼女とは違う。

 昔から知っているはずの幼なじみとも違う。


 そんな新しいアカネを見せつけられて、ユウトの思考回路は完全にフリーズする。

 無意識に、右の頬――キスをされた場所――に手を持っていくが、触れるべきなのかどうなのかも判断できなかった。





「先にごめんね」


 ユウトを露台に残して一足先に部屋へと戻ろうとしたアカネが、城塞内の廊下でヴァルトルーデですれ違う瞬間。

 足を止めてアカネは言った。


「でも、なにもせずに負けるつもりはないから」

「それは、私も同じだ」


 数歩行きすぎてから美しき聖堂騎士(パラディン)も足を止め、数日前に出会ったばかりの友人にして好敵手の少女へと振り返る。


「うん。ここで勇人を譲るとか諦めるとか言い出したら、引っぱたいてるところだったわ。当たらないでしょうけど」

「私は、そんなに潔い女ではない。冒険者というのは、もっと自分本位で抜け目ないものなのだからな」


 二人の美少女が、不敵に笑う。


「勇人は、そこのバルコニーにいたわよ」

「ありがとう。感謝する」


 ヴァルトルーデはゆったりとした足取りで、廊下を歩く。

 そして角を曲がった所で―― 一気にスピードを上げた。


 アルシアが見つけたら説教を始めそうな速度だが、ヴァルトルーデは気にしないし、息も上がらない。

 高速で駆け抜けた聖女がそこにたどり着いたとき、ユウトはまだ頬に手をやって立ち尽くしていた。

 そこにいたのは、大魔術師(アーク・マギ)ではなく、ただの少年だ。


「ユウト!」

「ああ、ヴァルまで……」


 夢から覚めたかのように。

 あるいは次の夢に移動したかのように、ユウトがまぶしそうな目をヴァルトルーデへ向ける。

 それだけで、アカネとなにかがあったとヴァルトルーデにも分かる。


 だが、焦らない。

 腹も立てない。

 これは戦いだ。

 誰に相談したわけではない。そう、本能で悟っていた。


 冷静に彼我の戦力を計り、自らの強みを押し出し、勝負どころでは無謀と思っても賭けに出る。そんな慎重さと駆け引きと大胆さが必要なのだ。

 自分の強みを把握していないのは、相変わらずだったが……。


「ひとつ、ひとつだけ聞きたいことがある」

「え? いきなりなんだよ」


 そう、戦いだ。

 ならば先手必勝。一撃必殺。


「ユウトの一番は私なのだろう?」

「ああ、もちろん」


 それだけは胸を張って言える。


「そうか」


 嬉しそうに。

 ただそれだけなのに、本当に嬉しそうにヴァルトルーデは笑った。

 冬の空にもかかわらず、大輪のひまわりをユウトは連想する。


「それが聞ければ、私は充分だ」

「え? それだけ?」

「うむ。アカネの気持ちも分からないでもないからな。まあ、ユウトと二人の世界に入られると、寂しい気持ちにはなるが……」


 最後は、少しだけ弱気に。

 まるで、大輪のひまわりではなく、儚げで白く透明感のある夕顔のように言った。


「それは……。ごめん」

「謝らなくてもいい」

「でも、いきなり婚約者二人とか、普通怒るだろ?」

「ん? そうだな。驚きはしたが……貴族なんて、こんなものだろう」

「え?」

「え?」


 二人の常識がすれ違った。


「あれ? もしかしてヴァル子は一夫多妻に抵抗感があんまり無い……?」

「そういうわけでもないのだが、納得できなくもないというか……」


 しかし、ヴァルトルーデは言語化を諦めた。


「とにかく」


 一音一音区切って、歯切れ良くヴァルトルーデは言う。


「私にも、その、独占欲や嫉妬の感情はある。だが、ユウトが一番と言ってくれるのであれば、そんなものは全部消え失せるのだ。分かったな?」

「お、おう」


 気の乗らない返事だったが、とりあえず満足したようだ。


「それよりも、ユウトが色々思い悩む方が私は辛い」

「はぁ……。ヴァル子には敵わないな」


 大きく息を吐き、ユウトは空を見上げる。


 アカネへの答えは、まだ見つからない。

 ヴァルトルーデは、アカネを拒絶することはないと言ってくれているが、生まれてからこっち育て上げてきた倫理観は簡単に頷いてくれない。


 それでも……。


「逆だよ、ヴァル子」

「なにがだ? あと、ヴァル子はやめろと言っているだろう」

「誇っていいんだぜ。国が叙爵させたり、妻を押しつけようとしている大魔術師様をこんなにやきもきさせてるのは、ヴァル子なんだからな」

「…………ッッ!!」


 ぴくんと、物音に驚いた小動物のように全身を緊張させ、顔を真っ赤にするヴァルトルーデ。

 もっとも、言ったユウトも似たようなものだ。


「そうか。うむ、そうだな」


 ヴァルトルーデは、無意識に胸から下げている玻璃鉄(クリスタル・アイアン)のネックレスをまさぐる。

 あの日、ユウトの気持ちと一緒に贈られた大切なもの。


 その手が、今度は唇へと移動する。

 あの日、ユウトの気持ちに触れた場所。


「わ、私は戻るぞ!」


 色々と思い出してしまって、そうなると意識するのを止められなくて。

 ヴァルトルーデは来た時と同じように走って、城塞内へと戻ってしまった。


「嵐のようだった……」


 オリジナリティの無い比喩だが、アカネとヴァルトルーデ。二人のタイプの違う美少女との語らいは、まさに台風のような勢いだった。


「あ、色々ありすぎて、ヨナを叱ってもらうようにアルシア姐さんに言うの忘れてた」


 今度は絶対に忘れないようにしよう。

 そんなことを考えながら、ユウトもまた中へ戻る。途中でヴァルトルーデに会ったりしないよう、ゆっくりと時間をかけて。

恋バナは、とりあえずこれで一段落の予定です。

ヴァルとアカネの直接対決を期待されていた方には物足りないかも知れませんが、

今は、これが、精一杯。

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