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番外編その9 女帝の“遺産” 第五話

こちらは新年初投稿ですね。遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


と、そんなご挨拶の後になんですが、ゲーム対決まで進みませんでした。ごめんなさい。

 ファルヴの城塞に居を移して数日。

 レプレは城塞の中庭で、物言わぬ獣と目を合わせていた。


 オーバーオールに包まれた両膝を腕で抱えて座ったまま。じっと、身じろぎひとつせず。


「…………」

「…………」


 天草家の愛犬コロと、レプレ。

 一匹と一人がじっと見つめ合っていた。


 言うまでもないが、最初にアプローチをかけてきたのはコロのほう。

 オレンジ色の体毛をしたポメラニアンが白い尻尾をゆっさゆっさと揺らし、とことことこと、近づいてきた。


 自らのテリトリーに他者が存在しているだけでも興味の対象なのに、それがユウトと似た雰囲気を纏っているのだ。


 両者の邂逅は、必然と言えた。


「…………」

「…………?」


 先に動いたのは、コロだった。

 レプレの膝に前肢をかけて立ち上がると、ざらっとして生温かい舌で鼻先を舐め上げた。


「ひゃあ」


 予想外の攻撃に、レプレは人生最初の悲鳴をあげた。


「ハッハッハッ」


 それに調子づいたわけではないだろうが、コロはご機嫌に尻尾を振りながら、レプレの足の間に頭を突っ込んでいく。


 それを、両手で押さえるだけで、レプレは逃げ出そうとはしなかった。


「しかし、不快ではありません」


 正確には、ヴァルトルーデたちの手で連れてこられてから、不快な出来事などひとつもない。


 培養槽を出たレプレにとっては必要で、自ら賄うことができない衣食住。


 美味しい食事に、暖かなベッド。それに、変わってはいるが、清潔な衣服。すべてを与えられ……レプレは困惑していた。


 なぜ、自分がこんなに大切にされているのか分からない。

 いずれ死すべき自分にこびを売って、どんな意味があるというのか。


 手の甲まで覆ってしまっている、ピンク色のニット。それとスキンシップを求めてくるコロとを同時に視界に入れながら、レプレは思い悩む。


 そこに、ゴミの回収を終えたコボルドたちが通りがかった。


「おや、神様そっくりでし」

「子供の神様でし」

「神の子でし」


 そこで言葉の意味に気付いたのか、コボルドたちがその場でお腹を見せて服従のポーズを取った。


「…………」


 不可解と、レプレが服従のポーズを見せるコボルドたちを冷たく見つめる。

 なんのリアクションもないため、許してもらえないのかと、コボルドたちが震える。


「感情がないとか、そういうことではないのですね」

「ああ。特に朱音が気に入る理由が分かるだろう?」

「その他の事情も、概ね飲み込めました」


 続けて、ユウトと真名が姿を現した。それに気付いたコロが、全速力でユウトに駆け寄り、その周囲をグルグルと走り回った。


 レプレは立ち上がりながら、その光景を黙って見つめる。


「あー。はいはい。そろそろいい年なんだから、あんまり興奮するなよ」


 そう言いながらも嬉しそうにして、ユウトはコロを抱え上げた。子供たちをあやしているときに匹敵する、相好の崩しようだ。

 ハッハッハッと荒い息を吐きながら、ユウトの腕の中で暴れるコロが、ほっぺたを舐める。


 ユウトはコロにかかりきりのため、真名がコボルドたちのお腹を撫でて赦免した。わりと、慣れてきている。


「それでは失礼するでし」

「退散するでし」

「神の子様によろしくでし」


 ゴミを入れたカゴを背負い直し、コボルドたちが立ち去っていく。

 やはり、不可解と、レプレはその後ろ姿を観察する。


「レプレ」

「なんでしょう」


 ユウトに呼ばれ、オーバーオールを身につけたレプレが、小股で足早に近寄ってきた。


「初対面だったよな。秦野真名……俺の後輩で分かるか?」

「年下の……弟や妹のようなものでしょうか?」

「違います」


 ユウトがなにか言うよりも先に、真名が鋭く否定をしてレプレと目を合わせるためしゃがみ込む。


「私は、秦野真名。センパイと同郷の魔術師(ウィザード)です。こっちは、特殊な呪文書のマキナ」

「初めまして、高度に発達した魔法と科学が融合した人工知能、マキナです」

「また、大仰な自己紹介を編み出したな」


 真名が抱えているエメラルド色のタブレット。そこから発せられた声。

 レプレの知識に、似た仕組みが存在していた。


「知っています。腹話術ですね」

「センパイ! どういう教育をしてるんですか!?」

「文句は、ヴェルガ帝国まで」

「おや、良く見抜きましたね。たいていの人は、人工知能というと知った風な顔をしてうなずくのですが」

「マキナ、さりげなく毒を吐かない!」


 詰め寄る真名の鼻の頭をコロが舐めるなど軽い騒動が発生した後、ユウトは、ようやく本題へ入る。


「待たせて悪かった。悪の三権リゲレイア・トリニティを回収に行こうと思う」

「分かりました、ユウト様」


 なんの未練も不満も見せず。

 むしろ、待っていたと言わんばかりにレプレはうなずいた。


「ちょっとしたダンジョンに行くけど、格好はそのままで大丈夫だから」

「ダンジョンですか」

「ああ。歩いて行けるところにあるから、このまま行こう」

「分かりました、ユウト様」


 抱き上げていたコロを、ゴミ捨てを終えて戻ってきたコボルドたちに託し、ユウトはレプレを連れて神の台座へ。

 正確には、そこに存在する善と悪の無限迷宮へと針路を取った。


「それにしても、おかしいですね。ここは、人工物同士、私が情操教育を請け負うところなのではないですか?」

「センパイがそんなことを言い出したら、私はマキナでセンパイを殴打します」

「……罪を犯したのは、俺だ。朱音は関係ないからな」


 ユウトではないが、アカネはそんなことを言っていたらしい。


「責任を持てませんから、本当に止めてください」

ご主人様(マスター)、それは振りというやつですね? ははははは。微力を尽くしましょう」

「なぜ……どうしてこんなことに……」

「真名が、偶然、俺と同じ学校に通ってたからじゃないかなぁ」

「そこまで遡らないといけないんですね……」


 その漫才のような日常会話を、レプレは聞くとはなしに聞いていた。


 輪に入ることはなかったが、決して不快ではない、二人とひとつの会話を。





「お、やっと来たよ」

「準備は万端だ」


 しばし歩いて迷宮の入り口で待っていたのは、草原の種族(マグナー)岩巨人(ジャールート)のコンビ。

 どちらも完全武装だが、他には誰もいない。


 これだけなのかと、口にはしないが視線でレプレが問う。

 真名も、同じだったのだろう。こちらは、実際に口に出していた。


「ヴァルトルーデさんたちは、どうしたのですか?」

「留守番だよ」

「……よく納得しましたね」

「相手が相手だからな」


 ヴァルトルーデとアルシアは弱すぎる(・・・・)。そのため、なんとか説得して残ってもらった。


「ヨナは、ちょっと強すぎる(・・・・)というのもあるし」

「確かに、強いのは確かですが……」


 それを言ったら、ユウトはもちろん、ラーシアやエグザイルもオーバースペックだ。

 しかし、ユウトは答えず、明かりを確保する魔法など、いくつかの付与・支援呪文を使用していく。

 最後に、ライトタクト――折ると明るい光を発する錬金術道具――を人数分準備した。


「まるで、ライブ会場のようですね」

「じゃ、いっくよー」


 盗賊(ローグ)であるラーシアが、先頭。その後にエグザイルが続き、真名とレプレを挟んで最後尾はユウトだ。


 つい最近できたばかりなのに、苔むした、時代を感じさせる下りの階段。


 その先にある扉を抜けると――虹色の光に包まれ、迷宮へと転送された。





 暗く、空気が淀んだ空間。視線の先には、継ぎ目ひとつない石造りの通路。瘴気すら感じられる迷宮の入り口。

 邪悪な雰囲気に真名が思わず身震いしかけたところ、緊張感の欠片もない声が響いてきた。


「いきなり、当たりみたいだね」

「向こうも会いたいってことかな」


 床に描かれた巨大なダスクトゥム神の聖印を見やりつつ、ユウトが微笑を浮かべる。手っ取り早くていい。


「ダスクトゥム神が、悪の三権リゲレイア・トリニティのレプリカを所有しているのですか?」

「その可能性が高いと見ている」


 レプレの質問に答えつつ、最初の隊列で、迷宮を慎重に進んでいく。

 だが、まったく余裕がないわけではない。

 ユウトたちは、完全に自然体。その気安さに、真名も警戒しながらではあるが、質問のために口を開く。


「そういえば、なぜ私も一緒に?」

「ゲーム、できるだろう?」

「お任せください、教授(プロフェッサー)。どんなCPUにも負けはしませんとも」

「あなたがCPUでしょう」


 ゲームはともかく、迷宮攻略の経験値が増やせるのはいいことだ。


 このときは、そう思っていた。


「この先、部屋があるね」


 先頭を行くラーシアの言葉通り、少しして開けた空間に出た。


 最初に出たのは、半径10メートルほどの半球状の部屋。奥に次の部屋へと続く通路があり、部屋の中心には銀色の球体が浮かんでいた。


「ユウト、あれなに?」

「ん~」


 魔法的な知識、過去に目にした文献の記憶、そして、特別なことをしなくても伝わってくる魔力の波動。


 それらを総合して、ユウトは断言する。


「細かいことは省くけど、触れたら死ぬな」

「そっかー」

「ありがちだな」

「ええ? そんな危険な……」


 実際には、この迷宮内では、仮に死亡しても隣接する死と魔術の女神の墓所へ送られ復活するようになっている。


 だからといって、即死する仕掛けはほとんどなかった。そんな悪辣な罠では、信仰心は集まらない。

 訓練として何度も迷宮に潜っている真名だったが、そこまで危険な罠が。しかも、最初に出てくるなど経験していなかった。


「確かに、ゲームブックではありがちですね」


 やたらと守備範囲の広いマキナが、得意げに指摘したところで、エグザイルが動く。


 なんでも無いと言わんばかりに、錨のように巨大なスパイク・フレイルを振るった。10メートルもの射程を持つそれは、銀色の球体から数メートル離れた虚空を飛んでいく。


 ――が、銀色の球体がそれを追尾する。


「おっと、危ない」


 衝突の寸前、スパイク・フレイルを引いて回避する。

 どうやら、近寄らなければそれでいいという物でもないらしい。


「じゃあ、ここはユウト先生にお任せしちゃおうかな」

「任されるか」


 デストラップであろうと、原理は魔法である。

 であるならば、ユウトに切り抜けられない罠は存在しない。


「《絶魔領域アンティマジック・スフィア》」


 ユウトが呪文書から8ページ分切り裂いて、周囲に展開。それが光の膜へと変化し、部屋全体を覆った。


 ユウトを中心に魔力抑止の領域が発生し、それを証明するかのように、銀色の球体が地面に落ちる。

 エグザイルの自律稼働する盾も同じことになったが――落下中に岩巨人(ジャールート)がつかみ取った。


「じゃあ、先に進もう」


 魔法の明かりなら消えてしまうが、ライトタクトの夜光は原理が異なるため問題ない。


 あっさりとデストラップを無効化した手腕に、真名はもちろん。マキナやレプレも無言で向こう側へと進んでいく――と。


 突如として、四方八方から巨大なイモムシが這い進んできた。


 どうやら、魔法で作った壁の裏側に、モンスターを隠していたようだ。それが無効化され、出現したという仕組みらしい。


 現れたのは、グリーンクロウラー。屍肉でも武具の残骸でも、すべてを噛み砕き、ダンジョンを掃除するモンスター。


 しかも、通常種よりも遥かに巨大。一匹一匹が、エグザイルの倍ほども大きい。


 人間でも、あっさりと養分にしてしまいそうなイモムシ。


 それを前にしても、ユウトは少し眉をしかめただけだった。


「おや、《魔力解体(アイソレーション)》のほうが良かったか」


 《絶魔領域アンティマジック・スフィア》は第八階梯。一方、《魔力解体(アイソレーション)》は第九階梯の理術呪文。温存したのが裏目に出たかと、ユウトは苦笑する。


「なに、いいウォーミングアップだ」

「いーよいーよ。ユウトの失敗は、大賢者のおじいちゃんにいい値段で売れるし」

「友達売るんじゃねえよ!」

「友達? 誰が?」


 似たような仕組みは、ムルグーシュ神の大聖堂でも存在していた。

 慌てず騒がず、エグザイルがスパイク・フレイルを一振り。竜巻のように大渦のように暴力が荒れ狂い、グリーンクロウラーを粉砕する。


 モンスターであろうと、生命体だ。


「やはり、殴ったら死ぬ」

「急所があるなら、問題なし」


 ラーシアの弓も一射毎にグリーンクロウラーを絶命させ、一匹たりとも近づけさせようとはしない。


 無警戒ではないが、余裕を崩さない。


 それは、隔絶した力量の違いゆえ。


 圧倒的だ。


「慣れたつもりですが、驚かされますね……」

「はい」


 真名の言葉に、表情を固定化させたまま、レプレが率直に同意した。


「この方たち相手に対抗しようとしていた、ヴェルガ帝国残党の蛮勇に」

「身も蓋もない……」


 それはある意味正鵠を射ており、吸血侯爵ジーグアルト・クリューウィングはアカネにちょっかいを出そうと陰謀を巡らせた挙げ句、死んだ。

 獣人の王“彷徨戦鬼”バーグラーも、きっちり報復を受けている。


 なぜ、この身を懐に入れても、なんら問題視しないのか。

 レプレは、その理由の一端を垣間見た気分だった。

女帝の“遺産”編、たぶん次かその次ぐらいに終わります。

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