番外編その9 女帝の“遺産” 第四話
「勇人……。そう、そうだったの。辛かったわね」
「そのリアクションが、一番辛いんだけどなー」
“女帝の遺産”――レプレを連れて帰ってきたユウト。
みんなで行っても仕方がないと、まずはユウトとレプレだけでアカネに会いに行った。
食堂兼会議室の大きなテーブルでパソコンを広げ、前に腕組みをしていたアカネ。
いつも通りのユウトと、ぶかぶかの服を着たレプレを目にした瞬間、アカネは即座に事情を理解した。誤解だが。
「大丈夫。なにも言わなくていいわ。勇人のこと、愛してるから」
運命を理解した優しげな笑顔を浮かべる。
ユウトを労り、もう大丈夫。なにも怖いことはないと抱きしめた。
「俺も愛してるけど、この小芝居いつまで続くの?」
「無論、死ぬまで」
「ロングランすぎる……」
アカネは腕を解こうとしない。
ユウトは諦め気味だったが、この状況に慣れていないレプレは違った。
言葉通りの意味だと解釈し、口調こそ変わらなかったが、少しだけ慌てた様子でユウトを擁護しようとする。
「この身にユウト様のファクターも混じっていますが、愛し合って生まれたわけではありません。どうか、安心してくださいアカネ様」
「あ、ごめんね。なんか呪文? で、メールもらったから、だいたいの事情は分かっているから」
「そう……ですか」
ならば、今のやり取りはなんだったのだろうか。
不合理だと、レプレが押し黙る。ヨナのほうがまだ感情の起伏があるくらいだが、それでも、不満そうな様子は伝わってきた。
思わず、ユウトは忍び笑いを浮かべる。
本人には悪いが、悪の三権と融合したうえで、死ぬべき。それが世界のためだと言い切られたことを考えると、今のほうがずっとましだった。
「それにしても、ブルーワーズって、たまに地球の科学を当たり前みたいに凌駕するわよねぇ」
「神様がいて魔法があるんだからな。一点突破で、特異な技術が生まれやすいんだろう」
「それはそうだけど……。となると、科学技術のメリットって大量生産とか、ベースの底上げにあるのね」
「そういうことになるな」
ようやくユウトを解放したアカネが、ふんふんとうなずく。
客観的な解説をしているようだが、それは、アカネがヴェルミリオを立ち上げ、レジーナと共同で展開している事業そのものだった。
「ま、それはともかく」
アカネは、腰を下ろしてレプレと目線を合わせる。
子供の頃のユウトに似ている……とは言えないが、どことなく面影があった。
ヴェルガの毒のある美貌に、ユウトという薬を混ぜて中和したといった印象。
一房だけで、しかし存在を主張する赤い髪が、あの女帝のことを否応なしに思い出させる。
帝国の諸勢力を糾合する象徴として相応しい……と、デザインされたのか。
だが、今となっては、もう関係のないこと。
「私のことも、お母さん……は、あれだから、近所のお姉ちゃんだと思ってくれていいからね?」
「その志は尊いものと受け取りますが、この身とは、あまり関わらないほうが良い結果になると考えます」
「ええー。それはちょっと達観しすぎというか、良い悪いを決めるのは私の意思よ?」
堂々と自分勝手な主張をするアカネに、レプレは反応できない。
それは、“女帝の遺産”の価値観では、あり得ないはずの言葉。
「うちの朱音は、諦めが悪いんだ」
「うちのって、もう、やだ」
恥ずかしそうに身をくねらせたアカネが、ユウトを見上げて言う。
「ところで、レプレを、おじさん……じゃない。お義父さんと春子さんに、どう言って紹介するの?」
「ああ……。クローンとか言って通じると思うか?」
「すんごい顔されそうね」
「だよなぁ」
どれくらいすごいかと言えば、近くにドラム缶とコンクリートがないのが不思議なぐらいすごい顔だ。
とはいえ、隠し通すわけにもいかない。
一人息子が異世界で暮らすと言っても、理解をしてくれた親なのだ。
「まあ、説明すればなんとか理解してくれるさ」
「いえ、その必要はないのではないでしょうか」
しかし、レプレは、当たり前のように拒絶する。
「この身は、ユウト様の血縁とは、とても言えません」
「そうは思えないんだけど」
「性別も生殖能力もなく、遠からず死ぬ複製体のことを知らせても百害あって一利なしかと」
同じ主張を繰り返すレプレに、ユウトは苦い表情を浮かべる。
一方、アカネは、それよりも驚きが勝った。
「性別も、生殖能力もない?」
「はい。仮にこの身がユウト様の血縁だとしても、ここから血筋が広がることはありませんので、ご安心ください」
「ええ? それ、逆に不安しかないんだけど……。こう、子供の頃は性別がないけど、成長するとどっちかになったりするんじゃなくて?」
「絶対とは言い切れませんが、そのような機能はないでしょう。象徴に、そんな機能を付ける意味がありません」
「そう……なの……」
かなり膨らんできているお腹を無意識に撫でる。
これから生まれてくるユウトとの子と、この世ならざる手段で生まれてしまったレプレ。
同じ生命なのに、この違いはなんだというのか。
「なんだか理不尽……よね」
「ま、ヴァルトルーデもアルシア姐さんも、同じことを思っているさ」
「う~ん。それなら、任せるしかないんだろうけど……」
アカネは立ち上がって、うなり声を上げた。まだ、具体的な方策はなにもないことが理解できてしまったから。
突然の奇行に、レプレはわずかに首を傾げた。
「なにか、不快にさせるようなことを口にしてしまったでしょうか?」
「それを知りたければ、成長するしかないな」
「……成長、ですか」
レプレは珍しく。いや、初めて迷いと困惑を見せた。
本人は困惑しているだけで嬉しくもなんともないだろうが、いい傾向だとユウトは思う。
その時、アカネが唐突に立ち止まった。
「とりあえず、この子にちゃんとした服を着せていい?」
「俺が許可しなくてもやるだろ?」
「そんなことないわよ。ダメだって言われたら諦めるわ。泣く泣く」
「逆に、レプレを泣かせたりしないようにな」
嫌がることはしないだろうが、調子に乗りすぎないようにと、一応、釘を刺す。
「……いったい、なにをされるのでしょうか?」
「何事も経験だよ、経験」
説明は一切せず、ユウトは笑顔を作って、自分によく似たレプレの頭を撫でてやった。
「皆、あの子を助けるぞ」
「むー」
エグザイルを除き、いつもの食堂兼会議室に集ったユウトたち。
ヴァルトルーデの宣言に賛同の声が上がるかと思いきや、真っ先に返ってきたのはヨナの不満気なうなり声。
正面からアルシアに抱きついたまま離れず、赤い瞳を細めてヴァルトルーデを睨む。
その瞳は、ヴァルトルーデを裏切り者と糾弾しているかのようだった。
「ヴァル、続けていいわよ」
「う、うむ」
ヨナの背中を撫でてあやしてやりながら、アルシアがヴァルトルーデを促した。
その光景に、ラーシアは笑い声はあげていないが、腹を抱えて口を大きく開けている。
エグザイルはアカネやレプレと一緒にいるため――なにもないとは思うが、念のための護衛兼監視だ――ユウトは、戦力不足を感じていた。
「助けるというのは、とりあえず、自殺をさせないってことでいいのかな?」
「まずは、そこだな」
「古いAIみたいだもんね~」
「……ラーシアにそういう例えをされるのは違和感ありありだけどな」
「今やユウトよりも地球のサブカルに詳しいこのボクに、なんてこと言うのさ」
「生まれる世界を間違えたな」
「お互いにね!」
それはともかく。
「方策としては、二つの方向性があると思う」
「さすがユウト。この短時間で、複数の解決策を思いつくとは」
「それ、ユウトを褒めてるというか、自分でなにも考えてないだけだよね」
「いいんだよ。ヴァルは、正しい方向性さえ提示してくれさえすればな」
それに、今さらの話だ。
「ひとつは、この世界で生きていきたいと思ってもらえるようにすること」
「なるほど。生きがいというやつだな」
「でも、本人が望んでいるわけでもないのに、それを強制するってのもどうかなと思うよ」
ラーシアの口から飛び出す正論。
しかし、それは必ずしも正解というわけではない。
「だが、なにも知らずに死だけを願うなど。それは哀しすぎるではないか」
「そうね」
義憤に駆られたヴァルトルーデが、やや興奮気味に。
アルシアはやんわりと、ラーシアの正論を否定する。
「朱音に紹介したときに感じたけど、レプレにも感情はあるみたいだ。だから、無理にとか強制的にじゃなく、普通に接してくれれば、それでいいと思う」
「むー」
「ヨナも頼むぞ。きっと、仲良くなれるさ」
ユウトが言っても、ヨナは珍しく何度も首を横に振る。
「ボクが思うに、早めに上下関係を築いておかないと、ユウトまで取られちゃうんじゃない」
「…………」
ぴたりと、ヨナが動きを止めた。
たっぷり1分近くはそのままでいたところ、不意に、ぎりぎりぎりと錆び付いた蝶番のような動きで、首がラーシアへと向く。
「ひっ。ヨナ、目、こわっ」
「まったく。取られなんかしないわよ、私も、ユウトくんもね」
「そうだぞ。それは、私も同じだ」
「ヴァルは、別に……」
「そ、そうなのか……」
わりとシリアスに落ち込むヴァルトルーデの手を握ってやりつつ、ユウトは話を進める。
「もうひとつは、悪の三権だ」
「分かったぞ。先に秘宝具を破壊してしまえば、レプレが死ぬ理由もなくなるのだろう」
「いや、違う違う」
ユウトの励ましを受けて復活したヴァルトルーデだったが、すぐにそのユウトに否定されてしまった。
「破壊しちゃったら、レプレが自分から死ぬって言いかねないじゃないか」
「……言われてみれば」
「じゃ、逆に、ずっと見つかんなければレプレは死のうとしないわけだ。バグっちゃうからね」
「だが、レプリカとはいえ、存在を知った以上は放置もできぬぞ?」
今度は、ヴァルトルーデが正論をぶつける。
「少し、考えてみよう」
そしてまた、正論が正解とは限らないのだった。
「俺たちが、悪の三権を揃えたら、余所からどう思われるよ」
「わーい。ヴェルガ帝国復興の旗印が誕生だ」
「……ヴェルガの喜ぶ顔が目に浮かぶな」
「それは極端にしても、残党から狙われるのは間違いないだろうな」
「なんとも厄介だな。まるで、ヴェルガのようだ」
ぎりっと奥歯を噛んで、ヴァルトルーデが不快感をあらわにする。ここまで負の感情をむき出しにするのは、ヴェルガ相手だけだろう。
「ただ、それも悪の三権が見つかってからの話よね」
ヨナの抱き枕状態になっているアルシアが、根本的な部分を指摘した。
「仮にもヴェルガの秘宝具が世に出て、なんの騒動も起こさないなんてことがありえるのかしら」
「誰かが回収して、保管しているとでも言いたいのか?」
たまに察しが良くなるヴァルトルーデが、あり得ないのではないかと疑問を呈す。
「確かに、当時のことを考えれば、そんな余裕があったとは思えないけれど……」
アルシアも基本的には賛成するが、例外も存在する。
それは、神々。大いなる方々であれば、絶望の螺旋との激戦の後でも、可能かもしれない。
「まさか、ヴェルガが自ら回収したのではないだろうな」
「本物持ってるのに?」
「それもそうか」
ヴァルトルーデは、あっさりと持論を取り下げた。
「ただ、善や中立の神々であれば、トラス=シンク神を通じて教えてもらえそうな気がするんだよな……」
「じゃあ、簡単だ。パパが娘の物を取っておいたんじゃない?」
「そうしたら、パパのところに戻ってくれるかもしれないから?」
「そうそう」
ありえない。
そう言い切れないところが、悪神ダクストゥムの底知れなさ。
「間違ってたら間違ってたでいいから、一度、お孫さんを連れて会いに行ってみたら?」
まるで里帰りするような気軽さで、ラーシアは言った。
手に、どこから取りだしたのか、携帯ゲーム機を手にして。
簡単に会えるはずがない。
そう、常識だけで判断するのは誤りだ。何事にも、例外は存在する。
ファルヴ郊外。神の台座に存在する、善と悪の無限迷宮。
ひとつの階層を一柱の神が担当し、その神にちなんだ障害――罠、怪物、謎かけ――が設定され、神を讃える構造になっている。
悪神ダクストゥムの階層は、悪意に満ちたトラップが満載されている。意味ありげに配置されたオブジェクトは実は攻略には無関係で、なんでもない場所に進行の鍵が隠されている。
挙げ句、最後には未知のゲームを挑まれ敗退者が続出しているという。
つまり、そこは悪神ダクストゥムに会いに行けるダンジョンなのだ。
次回、悪神とゲーム勝負再び。
というわけで、本年の更新は以上となります。
不定期ながら、お付き合いいただきありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。