表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
564/627

番外編その9 女帝の“遺産” 第三話

「ユウト……」


 それは、果たして誰の声だったのだろうか。

 気付けば、全員の視線がカプセルからユウトへと移っていた。


「……言いたいことはよく分かる。まったく、ほんとにな」


 もちろん、当事者――にされてしまった――ユウトを除いてだが。


「だが、不思議と邪悪な雰囲気を感じないな」


 一瞥してユウトに心当たりがないと確信したヴァルトルーデは、カプセルの中に視線を戻す。


 ヴェルガが混じっているのであれば、邪悪さがなければおかしい。

 ヴァルトルーデにしては珍しく偏見混じりではあったが、それは確かに道理だった。


 単純に、ヴェルガがユウトとの子供を作ったというわけではないらしい。


 ヴァルトルーデは、軽く息を吐いて精神を整えた。


 そうしている間に、ヨナが動いた。


「ん? どっちもついてない。男? 女?」

「ヨナ……。いえ、だけど、観察と確認は必要よね」


 カプセルに近づき中身を無遠慮に眺め回すヨナを、保護者として注意すべきか、冒険者として肯定すべきか悩むアルシア。


 三人とも、あえて言葉にはしなかったが、ユウトを信頼し、非難しようとはしない。むしろ、被害者側だと認識しているようだった。


 その展開に驚いたのはラーシアだ。


「えー。理解ありすぎじゃない? なんかつまんなーい」

「完全無欠に、楽しむ状況じゃないからな?」

「許してやれ、ユウト。ラーシアは、自分の発見のせいでユウトのところがこじれたりしなくて、安心しているだけだ」

「エグザイルは、なんかこう、なんかあれだよね!」


 本音――しかも、恥ずかしい――を茶化すでもなく、ごく当たり前の事実のように語られ、ラーシアの語彙力が死亡した。


「とりあえず、資料かなにかが残っていないか探して――」


 いろいろな衝撃から復活したユウトが、建設的な意見を口にしようとしたそのとき。


 この中の誰かの存在がトリガーだったのか。それとも、完全な偶然か。


 どちらかは分からないが、カプセルから溶液が抜け、中身――一房だけ赤髪の子供が外へと排出された。


「おっと」


 真っ先に反応したのは、当然と言うべきか、ラーシア。

 ヴァルトルーデとエグザイルが武器を構え、ユウトが呪文書を取り出す中。素早い動きで、近くにいたヨナよりも先に一房だけ赤髪の子供――“女帝の遺産”を抱き留める。


「う~ん。とりあえず、これでいいか」


 そして、無限貯蔵のバッグから手頃なマントを取り出し、体を覆うようにかけてやった。

 無言ではあったが、“女帝の遺産”はラーシアを無垢な瞳でじっと見つめ、されるがままになっている


 そこに、敵意がないことを示すため両腕を広げたアルシアが、威圧感を与えないようゆっくりと近づいていく。

 眼帯を外していることも忘れ、ただ、他者の身勝手に翻弄されている子供をどうにかしてあげたいと。


 邪魔をしないよう、この場はアルシアに任せてラーシアは一歩下がる。


「私たちの言葉が分かるかしら?」

「…………」


 アルシアが、“女帝の遺産”に視線を合わせ慈愛に満ちた声で尋ねたが、返答はない。

 意味は伝わっているようだが、どうやって答えていいのか分からないといったところだろうか。小首を傾げ、少しもどかしそうにする様子は、実に愛くるしい。


「……子供を産んだからだろうか。どうも、庇護欲を感じてしまうな」

「俺のお嫁さんが実に聖女で嬉しいんだけど、複雑だ……」


 どうやら危険はなさそうだと判断し、ユウトもカプセルがあった方向へと近づいていく。


「むー」


 ただし、“女帝の遺産”へではなく、ちょっと不満そうなヨナへ。


「別に、取られやしないって」

「べつにー」


 ユウトがヨナの白い髪をわしゃっと撫でて心配するなと伝えるが、ヨナはつまらなそうに床を蹴った。

 ふて腐れてはいるが、ユウトの白いローブの裾を掴んで離さない。


 ヨナなら、勝手に弟分に認定してもおかしくないと思っていたため、ユウトは意外そうな顔をし、次いで、ヨナを抱き上げた。


「そんな態度してると、朱音に可愛がられるぞ」

「いじけてないし」


 それでも、やや不安を感じてしまったのか。

 ヨナもユウトの首に手を回して甘える。


「話せないのなら、仕方ないわ。必ずどうにかするから、私たちと一緒に――」

「……起動後の調整、完了しました」


 優しく語りかけるアルシアの言葉を遮って、“女帝の遺産”が低くて堅い声を発した。

 黒い瞳に、力強い光が宿っている。


「移動には賛成します。ですがその前に、こちらの背景を知るべきだと考えます、ええと……」

「アルシアよ」

「はい、アルシア様」


 友好的を超えて協力的な“女帝の遺産”。

 予想外の展開に、ラーシアすら笑みが消える。


 そんな状況でも、アルシアだけは変わらない。優しく、微笑んで、“女帝の遺産”と言葉を交わす。


「私に、様は要らないのだけど……。ところで、あなたに名前はあるのかしら?」

「では、レプレとお呼びください、アルシア様。ライフメーカーたちは、そう名付ける予定だったようです」

「分かったわ。よろしくね、レプレ」


 アルシアは笑顔で接するが、その自己紹介だけで、“女帝の遺産”――レプレの背景は、容易に想像できた。


 ユウトを幼くして、険を取り、愛らしくしてと、何重にも仮定を重ねたレプレの顔立ち。

 そこに加わる、一房だけだが焔のように赤い髪。まるで、白いキャンバスに一滴だけ零された顔料のように、鮮烈にヴェルガの記憶を呼び覚ます。


 両者を知る者が見れば、容易くひとつの結論に達してしまう。


「この身は、元々、ヴェルガ様の計画により生まれたものです」

「うわっ。下り最速で、ろくでもない背景来ちゃった」

「ヴェルガの計画とは、どんなものなの? 分かる?」

「もちろんです」


 レプレは一拍間を取ってから、包み隠さず伝える。


「自らの幼体を創造し、婿殿――失礼しました。ユウト様の下に送り込むという計画です」

「ヴェルガ……」

「あえて記憶は複写せず、純真無垢な幼体のヴェルガ様とユウト様を交流させることで、愛する者を手に入れようとしたのです」


 悪の女帝となったヴェルガとは、絶対に相容れることがなかったユウト。

 だが、まだ即位する前のヴェルガ。それも、複製体となれば話は別。付け入る隙は必ずある。好意さえ向けられるだろうと、ヴェルガは確信していた。


「恐ろしい手を考えるものだな、ヴェルガめっ」


 ヴァルトルーデも、その有効性は否定できない。

 ヨナも、無言でうなずいている。自分がユウトに愛されているのだから、小さなヴェルガも……という認識だろう。


「これ、絶対ユウト引っかかってたね。ヴァルトルーデの熾天騎剣(ホワイト・ナイト)を賭けてもいい」

「勝手に賭けるな! いやだが、まあ、負けることはない賭けか……」

「ああ。ユウトは、いいやつだからな」

「わーい。みんなからの信頼に涙が出そうだ。おっさんのシンプルにいいやつってのが特に」


 抱き上げたままのヨナに耳を引っ張られながら、ユウトは乾いた笑いを浮かべる。


 状況次第だが、確かに、ヴェルガの幼体には罪はないと、ある程度受け入れていた可能性がある。

 ユウト自身、その自覚があった。


 そして、その好意は、ヴェルガ本人と簡単に切り離すのは難しいだろうとも。


 そこから先、どのような手練手管でユウトを手に入れようとしたのかまでは分からないが、実行されていたら、かなり困ったことになっていたはずだ。


「……その背景は分かったわ。だったら、レプレ。どうして、あなたはここにいるのかしら?」

「極めて単純です。悪の半神を複製することは、不可能でした」


 実に根本的な原因で、その計画は頓挫した。


 いかにヴェルガ自身でも、自らの複製は困難だったのだ。特に、短期間では。


「それはそうか。そうそうヴェルガが増えられちゃ、たまんないぜ」

「え? たまんない?」

「コミュニケーションって難しいな!」

「うん。特に、一方に悪意があるとね!」


 そのため、ユウトを精神世界へと引き込みやり直しをさせる計画へとシフトする。


「ヴェルガ死後、廃棄された計画――遺産を拾い上げたのが、帝国宰相シェレイロン・ラテタル様です」

「不在の女帝に変わる存在を求めたというわけね……」


 女帝が存在しなくても、帝国を維持するため。

 女帝が帰還したときに、帝国を残しておけるように。


 ダークエルフの帝国宰相は、秘密裏に計画を実行した。


「肯定します。試行錯誤の末、ヴェルガ様そのものではなく、何者かの因子を混合させることでヴェルガ様に代わる存在の創造が可能であるとの結論に達しました」


 黒ドワーフの協力もなしに、独自に研究を進めた帝国宰相。その執念はいかばかりか。同時に、後継者争いに名乗りを上げなかった理由も納得できた。


「その因子が、ユウトくんの物だというのね?」

「はい。相性抜群でした」

「……そう、なの」

「ちなみに、以前の訪問時の遺留品として保管されていた毛髪などを利用したようです」

「うっ。ぐううぬぬぬ……」


 ヴァルトルーデが、安心したような悔しそうな。混沌とした感情を持て余す。

 一度は克服したヴェルガへの敵意を蘇らせ、それを母と妻という確固たる地位で、それを駆逐する。

 ただでさえも絵にも描けない美貌が複雑な感情で彩られ、もはや美と芸術の神でも再現不能な表情となる。


 そうしていても、なお美しさが先に立つのは、もはや人類という枠から超越しているからかもしれない。

 それは、悪魔からの誘惑と戦う聖人にも似ていた。


「並行して、シェレイロン・ラテタル様はヴェルガ様が持つ秘宝具(アーティファクト)。王錫、王冠、指輪からなる悪の三権リゲレイア・トリニティの複製にも着手します」


 そんなヴァルトルーデの心情をくみ取ることはなく。いや、アルシアしか見ていないのか。

 小さな体をマントで包んだレプレは、もう一組の遺産について語り始める。


「この複製体と悪の三権リゲレイア・トリニティを融合させ、絶対に失われない女帝の代理を生み出す」

「それが、帝国宰相の計画だったのね」

「はい。残念ながら、この身に残る知識に、悪の三権リゲレイア・トリニティの在処についての情報はありませんが……」


 申し訳なさそうにするレプレを慰めるように、アルシアは両手で頬を包み込んで微笑みかけた。

 同時に、ヨナがユウトの耳を引っ張る。八つ当たりだった。


「レプレが謝ることではないわ。ということは、あなた自身にヴェルガの後を継ぐつもりはないのね?」

「この複製体は、理想の王となるため、主に精神面の調整を受けました」


 アルシアの確認に、レプレは直接答えなかった。


「この身には、善の観念も悪の思想もありません」


 善も悪も、欲につながる。

 それは自我となって、思わぬ方向に舵を切ってしまう場合がある。


 善も悪も、王には不要だ。特に、象徴であることのみを求められ、臣下が国を動かす国の王には。


 シェレイロン・ラテタルの計画は、正しい。理想的だ。


 だが、この場合は失敗だったとしか言いようがない。


 善でも悪でもない。

 どちらにも偏らぬ中立な視点に立つ“女帝の遺産”は、極めて冷静に判断する。


「できれば、悪の三権リゲレイア・トリニティをすべて揃え――」


 ある意味他人事のように、自らの存在と世界の存続を秤にかけてしまう。


「――それと融合したうえで、死ぬのが最善だと考えます」


 それが望みだと、“女帝の遺産”は事も無げに言い切った。

 藤崎 「ヴェルガ様の遺産って、なんだと思う?」

別の友人「ヴェルガ様が持ってたマジックアイテムじゃないの?」


というわけで、ちょっと混ぜてみました。


次回の更新は、今のペースだと大晦日になってしまうので、その前日の土曜日に更新したいな……と思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ