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番外編その9 女帝の“遺産” 第二話

「そこで、ボクは盗賊ギルド相手に父の仇討ちを目指す人間の三姉妹と出会ったのさ」

「うんうん。そうかそうか」


 ラーシアの報告を聞きながらも、ユウトは書類をめくる手を止めない。

 視線は決して草原の種族(マグナー)にあわせず、その状態で相槌だけ打っていた。


「仇討ち……。どうせなら一緒に殺りたかった……」


 いつも通りの無表情でユウトの肩に乗るヨナも、相槌を打つのは一緒。

 ただ、内容はこの上なく物騒だった。


「実は、その三姉妹の体には、父親が残した財宝の在処を示す地図が刺青で残されていてね。それを囮に、仇を呼び寄せていたんだよね」

「……なんて古典的な設定。いや、この世界だと最先端なのか?」

「まあでも、何人も殺られれば相手も警戒するからさ。危うく罠にかかりかけたところに、ボクが偶然通りかかったんだよ」

「どっちに着くかは、自明の理ってやつか」


 人間は恋愛対象にならないラーシアだが、どちらを選ぶかは言うまでもない。

 決してステレオタイプな英雄にはなれないが、無意識的にそういう選択をしてしまうのがラーシアなのだ。


 それを、ユウトは知っている。


「そりゃそうだよ。ボクは正義の味方だからね」

「正義さんに、あんまり迷惑かけんなよ」

「で、仇討ちを手助けして、実は黒幕が三姉妹の後見人だったと判明したりしつつ、今は、猫の目っていう酒場を三人で切り盛りしてるよ」

「そうか、それは良かった。猫の目だと、客の入れ替わりも激しそうで縁起のいい名前だな」


 うんうんとうなずきながら、書類を机にとんとんとして綺麗に揃えるユウト。相変わらずヨナを肩車している状況なので、かなりシュールだ。


 しかし、ユウトは気にせず――注意しても無駄なので――頬杖をつきながら、ラーシアに問う。


「で、ヴェルガの遺産と、どんな関係があったんだ?」

「関係? ないけど?」

「そっかー。知ってた」


 部屋に入ってきてから、ユウトは初めてラーシアを見た。

 ユウトの表情に、怒りの色はない。平然としていながら、心中では……ということもなかった。


 端から見ると、ヨナの存在は別にしても、かなり奇異に映る光景だろう。


「たまに、こう、勇人とラーシアの関係が気持ち悪くなるときあるわよね。ない?」

「仮にあったとしても、臆面もなくうなずくのは難易度が高いと思うのだけれど……」


 実は執務室に集まっていたアカネの遠慮のない言葉に、アルシアは腰が引けていた。認めても、否定しても角が立つ。

 性格上、精一杯の答えだろう。


 つまり、同意は得られた。


 アカネはそう――勝手に――解釈して、ユウトとラーシアの間に割って入る。


「でも、あの女帝様の遺産っていうのは、見つかったのよね?」

「それはもちろん。だから、みんなを集めたんじゃん?」


 当たり前だよね? なに言ってるの?


 ……とまでは口にしなかったが、さっきまで無関係な話をしていたラーシアは、完全に自分のことを棚に上げていた。


「はい、アカネさん落ち着いて。怒ったりしたら、お腹の子に悪いわよ」

「いや、怒りはしないわよ? ただ、勇人のすごさを再確認しただけ」


 妙に透明感のある笑顔を浮かべたアカネは、アルシアに付き添われて応接スペースのソファへと移動する。


「結局、どこになにがあったのだ?」


 代わりに発言したのは、黙って話を聞いていたヴァルトルーデだった。


「もう、情緒がないなぁ」

「そろそろ、砂も吐き終わったし、本題に入ってもいい頃だろ、ラーシア」

「……ユウト。それはどういう意味だ?」


 言われたラーシアではなく、ヴァルトルーデが首を傾げ――そんな何気ない仕草でさえ美しい――愛する夫に問いかける。


「朱音の前で言うのもなんだけど、あさりとかは調理する前に塩水で砂を吐かせるだろ? 同じように、真面目な話をする前には、ラーシアに与太話をさせておくわけだ」

「面倒だけど、結果として話が早く進む?」

「そういうことだ。あと、ヨナ、そろそろ降りないか?」

「嫌」

「なるほど」

「いや、ヴァル? そこ納得するところじゃないからね。三姉妹の話はウソじゃないからね。あと、ヨナは下ろしたほうがいいからね」

「まあ、さっきの話が完全に嘘じゃないってことは分かってる」


 草原の種族(マグナー)といえばホラ吹きとイコールで結ばれることも多いが、ラーシアはその中でも特別な存在。

 9割真実で、1割だけ虚偽を混ぜるような話を好む。

 今回は、三姉妹の後見人が黒幕というのが嘘なのではないかとユウトはにらんでいる。話を盛り上げようとしたのだろうが、そこだけできすぎだ。


「ん? すまん。途中から寝ていたのだが、ラーシアを水に浸けるという話だったか?」

「水責め!? いきなり拷問の話になったんだけど?」


 実は最初にやってきて壁際に座っていたエグザイルが、重たそうに目を開けて言った。


「冗談だ」

「エグのは冗談に聞こえないんだけど……」

「おっさんの冗談なんて珍しいしな……。もしかして、冗談だというのが冗談の可能性も……」

「ないよ! ユウトは、ちゃんと拷問の部分を否定して! 偉い人でしょ!」

「拷問は、手加減が、難しそう」

「なんでする前提になってるの!? アルシア、ヨナの教育ちゃんとしてよね!?」


 と、各方面に指を突きつけて忙しなくしていたラーシアが、反省したように――してないが――言う。


「だって、見つかった場所が意外性の欠片もなかったから、盛り上げないといけないかなって思ってさ……」

「その配慮、別のところで発揮してほしかったなぁ」

「ユウト、それは無理な相談というものだぞ」

「……ということは、やはり、帝都に残されていたのね?」


 アルシアの確認に、ラーシアはこくりと首を縦に振った。


「ただ、ちょっとボクには手出しできないところにあってね」

「ん?」


 そう言いながら、ラーシアはユウトの頭上――ヨナを意味ありげに見つめる。


「出番?」

「実は、そうなんだよ。ヨナに、一発どかんとやってもらいたくてね」


 ラーシアの言葉に、ヨナは小鼻をうごめかす。


 悪い予感しかしない。

 だが、止めようがない。


 それが、ラーシアとヨナを除いた全員の共通認識だった。





 旧ヴェルガ帝国の帝都ヴェルガは、いわゆるゴーストタウンと化していた。


 レイ・クルスによる大虐殺と、その後の様々な情勢の変動により、無人となった都。

 かつては雑多な種族が行き交い、悪の都ではあったが、悪なりの秩序を見せていた帝都ヴェルガの面影はほとんど残っていない。


 帝国の崩壊後、ロートシルト王国などがその領域に進出したが、帝都は手つかずで放置されているのはなぜか。


 原因は、やはり、レイ・クルスにあった。


 絶望の螺旋(レリウーリア)との激しい戦いは、リーヤ神の書き割りによりブルーワーズ自体にほとんど悪影響を残すことはなかった。


 だが、レイ・クルスが大量に生み出した死体は残った。


 そのまま放置すれば疫病はおろか、不死の怪物(アンデッド)が雲霞のごとく発生することは明白。


 そこで、青き盟約(ブルーワーズ)の例外として神々が浄化を行なった。


 これにより死霊(ゴースト)幽鬼(レイス)といった不死の怪物(アンデッド)が徘徊することはなかったが、その代わり、帝都周辺の土地は絶魔領域デッドマジック・エリアと成り果てた。


 これでは、統治も覚束無い。財貨を接収したあとは、各国も周辺を封鎖するのみに留めていた。


「完全に、魔力がねえな。地球よりひどい」


 ゆえに、この地を訪れたユウトたちも、徒歩での移動を強いられた――ということはなかった。


 理術・神術の両魔法とは異なる原理で働く、超能力(サイオニクス)。それを用いれば、いつものように瞬間的に移動できる。


「だから、出番」

「そうだな。頼りにしてるぞ」


 たった今、《テレポーテーション》で帝宮エボニィサークルまで運んでくれたヨナの頭を、ユウトがくしゃっと撫でる。

 それで、モチベーションが上がったらしく、ヨナが先陣を切ってエボニィサークルの内部を進んでいった。


「ヨナがやる気を出すのも、それはそれで心配だわ……」

「いや、今回は大丈夫でしょ。そんな予定はないよ」


 ラーシアは「一発どかんと」と言っていたが、その計画は修正された。結果、ヨナのやる気はあまり関係ない形になっている。

 ただ、女帝の遺産の正体までは掴めていないため、発見したあとは、どうなるか分からなかった。


 見方によっては、最大戦力であるヨナを温存したとも解釈できるだろう。


「それにしても、こんなに緊張感を抱かずに歩けるとは思わなかったな」


 ヴァルトルーデが、少しだけ感慨深そうに、悪の中枢だった建物を眺めやる。


 黒御影石で造営された漆黒の城。〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)の本拠地、黒曜の城郭とよく似ている、ヴェルガの居城。


 通路に敷かれた絨毯や壁のレリーフなどの装飾ははぎ取られ、むき出しになっている。決してみすぼらしくはないが、往時を知るだけに物悲しさは否めない。


 神が浄化したお陰で、惨劇の痕跡はほとんど感じられなかった。ただただ静かで、寒々しい。


 まるで、広大な墓標のようだった。


 ヴェルガを様々な意味で宿敵と認めるヴァルトルーデも、痛ましそうにヘレノニア神へ祈りを捧げる。


「……ふむ。まあ、大丈夫だろう」


 一方、エグザイルは、そのような感慨とは無縁だ。元来、過酷な高山で生活する岩巨人(ジャールート)の死生観は、極めてドライ。

 この後の作業を考え、床や壁に触れて確認しながら、進んでいる。


 そもそも、今日のエグザイルの装備は死を悼む行為とはほど遠い。


「エグ、今さらだけど重たくない?」

「問題ない」


 ラーシアの心配もどこ吹く風。

 背中に何本もマトック――つるはしを背負ったエグザイルの足取りは、完全にいつも通り。


「たまには、穴掘りも悪くはないからな」

「う~ん。付き合い長いけど、エグのツボがよく分かんない」

「分かんなくても、問題ないだろ」

「そういうユウトは、ボクのツボをよ~く理解してるのにね?」

「ラーシアのツボは、理解してないと問題が起きたときに対処できないからな」

「問題が起こるのは、確定しているのね……」

「さあ、目的地はこっちだよ!」


 ユウトたちは、必要以上に深刻になることなくエボニィサークルを進み、ラーシアの先導に従って厨房に到着する。


 かまどがあり、調理台があり、食材庫がある。

 ファルヴの城塞のそれと、あまり違いはない。かつては、様々な食材(・・・・・)が用いられていただろう、場所。


「ここに、ヴェルガの遺産があるのか……」

「正確には、この地下というか、ここから掘るのが一番近いってだけなんだけどね」


 今ひとつ理解も納得もしていないヴァルトルーデに、ラーシアが補足した。


 帝宮にいくつか存在する厨房。

 それ自体が、重要なのではない。


 ラーシアが見つけた。否、存在を確信したのは、どこからもつながっていない部屋。


「ユウトくんが連れ去られた、地下牢と構造は同じね」

「……あの手の、瞬間移動じゃないと入れない部屋って、たまにあるよな」

「だよね、稀によくある」


 トラップに引っかかり、ヴェルガが待つ地下牢――自称愛の巣――へと転移させられ、ベッドで拘束されたのは、ユウトにとって実に苦いイベントだった。トラウマとは、ああいうことをいうのだろう。


 それはそれとして、似たような構造の部屋というのは、冒険者として経験を積み重ねたユウトたちにとって、馴染みのあるものだった。


「魔法も使えないし、ボクじゃ中を確かめることもできないからさ」


 神々による浄化が行われたため、このまま日の目を見ずに終わった可能性もある。


 ――ヨナがいなければ。


「《アストラル・ストラクチャ》」


 事前の打ち合わせ通り、ヨナが精神物質(エクトプラズム)で怪物を創造した。


 体長はオーガと同程度だが、地面に付くほど長い腕を持て余しているのか、常に前傾姿勢。頭部は面長で、目も口も鼻も窪みがあるだけで、実際には虚でしかない。

 水墨画で描かれたかのような、歪で空ろで不気味な存在。


「これ使って」


 ヨナが声に出して指示し、アストラル・ストラクチャがエグザイルからマトックを受け取る。


 もちろん、ただのマトックではない。


 魔化こそされていないが、鉄だろうが容易く砕く、アダマンティン製のマトックだ。


 特注で作られたそれは、一本だけでも一財産。それを発注するほうもするほうだが、受注したメインツのドワーフたちも、「領主様がやることだから」と、特に疑問には感じなかったという。


 そんな経緯はともかく、構造物を破壊するのであれば、やはり、アダマンティンだ。


 アストラル・ストラクチャがマトックを振るうと、ただの砂を掘るかのように厨房の床が砕かれていく。


「アストラル・ストラクチャなどに、負ける気はない」

「おっと、私も忘れてもらっては困るな」

「《アストラル・ストラクチャ》」


 腕まくりして参戦する、エグザイルと。ヴァルトルーデ。

 二人に負けじと、ヨナが《アストラル・ストラクチャ》のパワーをもう一度使用する。


 計二人と二体で、穴掘り競争が始まった。


「なんというかこう……なんとも言えないわね」

「ヴァルが嬉しそうなのが、こう、ビジュアル的に一番キてるなぁ」

「そういえば、地球で、穴掘ってお宝を見つけるボードゲーム買ってきたんだけど、やらない?」

「やる」


 そして、10分ほどが経過した。


 猛烈な勢いで床と地面を削り出し、20メートルも掘り進めたところ――


「む。なにかにぶつかったな」


 ――ヴァルトルーデが、美しい眉をひそめて言った。


「このまま壊すか」

「そうだな」


 エグザイルとヴァルトルーデがそうしなくとも、単純な命令で動くアストラル・ストラクチャが続けただろう。


 アダマンティンのマトックは刃こぼれすることなく、地下に埋め込まれた箱状の部屋の天井をあっさりと突き破った。


「ユウト! 先に降りているぞ!」

「気をつけろよ! こっちも、すぐに行く!」


 ヨナの超能力(サイオニックパワー)で後を追ったユウトたちが目にしたのは、壁沿いに並べられた透明なカプセル。


 それから、ヴァルトルーデの苦虫をかみつぶしたような表情。


 この部屋の光景は、ヨナが作られた(・・・・)〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)の施設とよく似ていた。


「あちゃあ。これは……」

「懐かしさは、特に感じない」

「自分から言った!?」


 さすがヨナと言うべきか、まったく気にした様子はなかった。

 にもかかわらず、ヴァルトルーデの愁眉は開かない。


 その視線の先に、たったひとつだけ、きちんとした中身(・・・・・・・・)が入ったカプセルがあった。


 ヨナがいたのと似た施設ということは、ヨナと似た存在がいるということ。


 透明なカプセルに、一瞥して性別は分からなかったが、子供が浮いていた。

 目を閉じ、目覚めの時を待っている。


 その子供は。


 ユウトによく似た黒髪だったが、その先端の一房だけは、赤く彩られていた。


 炎のように、赤く。

藤崎「ヴェルガ様の遺産って、なんだと思う?」

友人「子供じゃないの? ユウト(光)とヴェルガ様(闇)が両方そなわり最強に見える」


というわけで、禁断のネタに手を出してしまいました……が、あんまり長くはならない予定です。ほんとだよ!


【再宣伝】

先週貼ったURLが間違っていたので、もう一回宣伝させていただきます。


今月頭から、新作を二本始めています。


一作は、『即成長勇者の異世界救世録』。(https://ncode.syosetu.com/n6758ek/)

ちょっと変わった主人公が、メタを取ってジャイアントキリングします。切りのいいところまで投稿していますので、読んでいただけると作者が喜びます。


もう一作は、『ロートル冒険者、吸血鬼になる』。(https://ncode.syosetu.com/n6763ek/)

いろいろあって引退を決意した冒険者が、吸血鬼になってしまって右往左往する話です。修羅場もあるよ。

レベル99とちょっとだけ関わりのある設定で、神様とか貨幣単位にお馴染みの名前が出てきます。


どちらも、レベル99同様、応援していただけたら嬉しいです。

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