番外編その9 女帝の“遺産” 第一話
こちらではお久しぶりです。
ハロウィンネタで番外編を書こうと思ったのですが……。
ラーシア「トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃ裏帳簿見つけちゃうぞ」
ユウト 「うちはそういうのないからいいけど、余所で絶対に言うなよ?」
という出オチ以上に発展しなかったので、女帝の遺産編で番外編再開です。
とりあえず、毎週土曜日か日曜日に更新予定ですので、よろしくお願いします。
アルシアとの無人島行きや、ヨナやレンを連れた地球観光の前のこと。
「そろそろほとぼりも冷めた。そうは思わんか?」
「ジイさん、人の部屋に入ってくるなり意味分からん話をするの止めようぜ?」
ファルヴの城塞。その執務室に、突然、大魔術師が出現した。
ユウトにとって、なんでもない日常を続けることこそ困難で、終わるのはとても簡単なこと。
まるで、それを証明するかのような登場シーンだった。
「ヴァイナマリネン様!?」
秘書としてユウトに仕える竜人の巫女カグラも、突然現れた大賢者ヴァイナマリネンに驚きを隠せない。書類を取り落とさなかったのは、僥倖と言えるだろう。
まあ、ユウトの秘書をやっていると自然と《瞬間移動》慣れしてくるというのも、あるのだろうが。
「なんだ! まどろっこしい前置きなど必要ないだろう!」
突然現れたヴァイナマリネンは、持ち前の大声で理不尽な台詞を言い放ち、許可も取らずにソファにどっかりと腰を下ろした。
常人なら、自分の家でも、もう少し遠慮がありそうなものだ。
「頭がいい人間はこれだから……」
軽く頭を振り、伸びた前髪越しにヴァイナマリネンをにらみつけるが、効果はない。ユウト本人も、期待してはいなかっただろう。
ただ、カグラからすると充分に頭のいいユウトが言うと、あまり説得力がない。
その証拠に、仕事を中断させられて不機嫌な家宰は、あっさりと答えにたどり着いた。
「で、ほとぼりが冷めたってのは、レイ・クルスのことでいいのか?」
「分かっとるではないか!」
「ジイさんの身内で、悪事を働いたのは、一人だけだろ」
ユウトにしては珍しく、言葉にとげがあった。
それも無理からぬところだ。
カグラも、意外とは思わない。
「レイ・クルス……。となると、あの……」
百層迷宮を踏破したパス・ファインダーズの一員。
それ以上に、エルフの剣姫スィギルとの悲恋は、東方から来たカグラも知るほど有名。
そして、世界を崩壊の手前にまで追い込みながら、恋を成就させた大悪人。
カグラも一人の女性としてあこがれる部分はあったが、故郷であるリ・クトゥアに戦乱を引き起こし、ユウトたちに後始末を押しつけたレイ・クルスには友好的になどなれなかった。
そもそも、ほとぼりが冷めるといった類いの行いではないはずだ。いわば、全人類。否、神々も含めた全生命に対する大罪を犯したに等しいのだから。
いくら、エフィルロース神の対応に不満を持ち、愛する人と引き離されたとしても、世界に絶望の螺旋を招き入れるなどあってはならない。
どうにかしてくれるだろうという、勝算があったとしても。
「そう。あのレイ・クルスだ」
「まさか、謝りたいと言ってきてるとか?」
「その通りだと言ったら、どうする?」」
「裏があると疑う」
「それはそうだな!」
ガハハと豪快に笑い飛ばすヴァイナマリネン。
仲介を頼まれたのだろうに、まったく庇うつもりはないらしい。
「それはとってもジイさんらしいけど……。なるほど。レイ・クルス自身はともかく、スィギルさんは別か……」
生まれた里からは手ひどい裏切りにあい、仕える神と愛する者の間で板挟みとなったスィギル。
レイ・クルスの手を取った時点で同罪と言えるかもしれないが、それはいささか酷な話だ。
謝罪をしたいというのは、レイ・クルス本人よりはスィギルの意向なのだろう。
「ジイさんも、女には甘いのか」
「ふんっ。あれに女を感じたのは、レイぐらいのもんだろう」
ユウトのからかうような、感心したような言葉に、ヴァイナマリネンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
ヴァイナマリネンの言葉が本当かどうか。ユウトは、追及しなかった。
「だが、これからの長い余生を罪悪感まみれで過ごさせるのもな……」
「……と言ったら、俺が同情して会いに行くと?」
「行くだろう?」
「……とりあえず、仲間と相談してからな」
とはいえ、断りはしないだろう。特にヴァルトルーデは。
レイ・クルスは確かに、擁護のしようのない行為に手を染めた。
だからといって、許しを乞う者を邪険にするようなヘレノニアの聖女ではない。
アルシアは、さすがにそこまで割り切れないだろうが、ヴァルトルーデに反対もしないはず。
ラーシアは気にしてないだろうし、エグザイルも真剣勝負でもすればそれで納得する。
「ヨナだけは、ちょっと分かんないな……」
「白いちっこいのは、ちゃんと手綱を握っておけよ?」
「無茶な」
理不尽とか、暴力的とか、そういうわけではない。
そういうわけではないのだが、どこで爆発するか分からない怖さが、アルビノの少女にはあった。
「いや全員で行く必要はないか」
ユウトとヴァルトルーデ。
謝罪を受け取るだけなら、この二人で充分。アルシアには、残ったメンバーの抑えを任せよう。万全の布陣だ。
「分かった。確約はできないけど、基本的には会いに行くってことで話を進めていいぜ」
「そうか。物分かりのいい師匠で助かるぞ」
「しかし、仕事中にいきなり現れて無理難題押しつけるのは、止めてほしいもんだな」
そう言いながらも、薄々、その希望が叶わないことは察していた。
実際、その希望は、一ヶ月もしないうちにトラス=シンク神によって砕かれることとなる。
奈落の一角に存在する〈無量戦野〉に、禍々しき城が建っている。
巨大としか言えない、見上げるような建造物。ジャイアントですら乗り越えられぬ城壁は、その高さに見合った分厚さを誇り、外敵の侵入を許すことはない。
城自体は鋭角的だが完全なシンメトリーを有しており、美しさよりは偏執性を感じさせる。
ある聖人を何百年にも亘って拷問し続け、彼が流した鮮血で染め上げられたとされている、火竜よりも鮮やかな赤色の城。
この日、悪魔諸侯を訪れたのは、当初の予定通りユウトとヴァルトルーデ。案内役のヴァイナマリネン。
そして、どこからか嗅ぎつけて無理やり同行したラーシアの四人だった。
「レイ、スィギル、連れてきてやったぞ!」
聖者の赤き涙と呼ばれる城塞の新たなる主、不殺剣魔の名を継いだレイ・クルス。
かつての主が存在していた頃は、壁に所狭しと武器が並べられ、外からは無限に続く戦争の音が黒き風が流れていた城主の間。
「本当に迷惑をかけて、すまなかった」
そこをユウトたちが訪れると、エルフの美女――剣姫スィギルが土下座をして迎えた。
「……何事?」
人間、本当に予想外のことが起こるとなにもリアクションが取れなくなるものらしい。
土下座する旧友と呆然とする師を前に、声に出さず笑うヴァイナマリネン。ラーシアのリアクションも、似たり寄ったりだ。
ヴァルトルーデだけは、なぜか、感じ入ったように腕を組み、うなずいている。
「世界が滅びなかったのは、おまえたちのお陰だ。心から感謝している」
「…………」
「ほらっ。レイも頭を下げろって」
「……ああ、まあ、そうだな」
並んで正座していたレイ・クルス。
魔剣へと魂を移し、愛しきスィギルを神の手から取り返してからは、大恩ある不殺剣魔ジニィ・オ・イグルの後を継ぎ、悪魔諸侯となった黒の剣士。
納得したような、そうではないような。
そもそも、自分がなにをやっているのか分からない。
「済まない。迷惑をかけた」
不満というよりは戸惑いの表情のまま、レイ・クルスが頭を下げた。
それは、付き合いの長いヴァイナマリネンにとっても、非常に珍しい表情だったようだ。
「しまった。ビデオカメラを持ってくるべきだった」
「しゃーないなぁ、貸しだよ」
「すまぬ」
当たり前のように貸し借りをしてから、迷いのない動作で撮影を開始した。
組ませてはいけない二人が、組んでしまった。
そんな一抹の不安を感じつつ、ユウトは、ようやく最初の衝撃から立ち直った。
「いや、ちょっと。さすがに頭を上げて……」
「ダメだ。これ以上、甘えるわけにはいかない」
とりあえず、土下座を止めてもらわないと話にならない。
そんなユウトの思惑は、剣姫に正面から粉砕された。
「体育会系か……」
元サッカー部ではあるが、このノリは合わない。
だが、幸いなことに、ユウトの隣には体育会系のプロフェッショナルが存在していた。
「不殺剣魔レイ・クルス、剣姫スィギル。私は二人を祝福することはできぬ」
ずっと黙っていたヴァルトルーデが、腕組を解いて言った。
「しかし、許すことはできる。私は、そう思う」
「う~ん。さすがヴァルだね」
「私としても、得ることがあった戦いだからな」
「どうよ、ユウト。ヴェルガとのタイマンで真実の愛を得たってお嫁さんから告白された気分は」
「コメントは、ブログで直接発表することにしてるんでな」
ユウトとラーシアの会話の意味は分からなかっただろうが、目的を達したことは理解したのだろう。
ようやく土下座していた二人は立ち上がり、ユウトやヴァルトルーデと、順番に握手を交わす。
「呼び出して済まなかったな。ちょっと、まだ地上に出るのは時期尚早なもんでさ」
「ああ、面倒をかけた」
「気にすることはないぞ。トラブルこそが人生な男だからな」
「実際気にしてないんだけど、ジイさんから言われると反発心が湧いてくる」
「はっはっは。ワシへ存分にヘイトを向けるが良い」
「かばうつもりとか、欠片もないくせしやがって」
そんな心温まる会話を交わしながら、一同はソファのある一角へと移動する。
悪魔諸侯の居城に応接スペースとは不思議な感じがするが、今回の会見のために用意された物らしい。
「本当は、剣山か焼ける鉄板でも用意して、そこで土下座するつもりだったんだが、止められちまってな。こっちの気持ちが伝わっていればいいんだけどよ」
歓迎のワインなどを用意しつつ、エルフの剣姫が恐ろしいことを言う。
「だから止めろと言ったんだ。引いているぞ」
レイ・クルスがスィギルをたしなめるが、以前のように張り詰めた雰囲気はない。優しげですらある。
もしかすると、パス・ファインダーズだけが知っている黒の剣士の顔なのかもしれなかった。
「奈落にも、ワインはある。俺には味は分からんが、まあ、いいものだろう」
代表して、レイ・クルスがそれぞれの酒杯に血のように赤いワインを注ぐ。
手打ちとして杯――レイ・クルスだけはジュースだったが――を交わし、いくつか世間話をしたところで、レイ・クルスが切り出す。
「謝罪代わりというわけではないが、ひとつ、重大な情報がある」
「重大な情報?」
まったく心当たりのない情報に、ユウトはレイ・クルスではなくヴァイナマリネンの表情を窺う。
「なんだ。気持ち悪いな」
しかし、大賢者は面倒くさそうに手を振るだけ。
心当たりも、関係もないと突き放した。
「ユウト・アマクサ。不確定な部分に関しては謝るしかないし、聞かなければ良かったと思うに違いないが、他の誰に伝えることもできない情報だろう」
一度言葉を切り、レイ・クルス――不殺剣魔の名を継ぎし悪魔諸侯が、ユウトの目を正面から見つめて言う。
「ヴェルガの遺産というものが、あるそうだ」
「ヴェルガの……?」
ユウトは、思わず赤毛の女帝の名をつぶやいていた。
レイ・クルス本人が言う通り、まだ不確定な遺産という部分よりも、ヴェルガ本人のほうがプライオリティが高い。その証左だった。
「ああ。俺が、ヴェルガの城に乗り込んだときに耳にした」
隣に座るスィギルが、レイ・クルスの手にそっと触れる。
まるで、罪を共有しようとするかのように。
表面上それに反応することなく、新たな剣魔は話を続ける。
「『陛下の遺産は、絶対に死守しろ!』、『いや、運び出せ』という、必死な声をな」
悪の半神、赤毛の女帝ヴェルガ。
ユウトにとっては実に複雑な感情を抱かざるを得ない相手だが、彼女が支配していた帝国においては、圧倒的なカリスマだったのだ。
「本当に、詳細は分からないってことか……」
「殺すだけで精一杯だったものでな」
「そういう口の利き方をするんじゃない!」
握っていた手を拳骨に変え、レイ・クルスに振り下ろすスィギル。傍観者となっているヴァイナマリネンが腹を抱えて笑った。
「……ともあれ、ほとんど気にも止めていなかったのは確かだ」
「ヴェルガ……。あの女の遺産……か。皆目見当がつかんな」
「遺産っていうぐらいだから、なんか財宝的なサムシングなんじゃない?」
予測というよりは願望に目を輝かせるラーシア。
対照的に、ユウトは憂色が濃くなる。
否、どちらかと言えば、ユウトが困るほど、ラーシアのテンションが上がるのか。
「ヴェルガの財宝といえば、王錫が思い浮かぶけど」
「鎌に姿を変えた、あれか。確かに、あれが地上に残っていれば遺産と呼ぶに相応しいが……」
「でも、最後の絶望の螺旋戦で使ってたじゃん」
「そうなんだよなぁ」
実際に見つけ出さないことには、これ以上は分かりそうにない。
「アルシア姐さんにお願いして、神託を授けてもらうしかないか……」
「だが、悪神から直接介入を受けたら、それも難しいぞ?」
「ううん……。でも、大っぴらに探索するとアルサス王に心配かけるし、他の国も大騒ぎになるだろうしなぁ」
「はっはっは。お二人さん、なにか忘れちゃいませんか?」
ソファから軽やかに飛び下り、華麗なターンを決めてラーシアがびしっと指を突きつける。
「必要なのは、姿を消しても不審に思われず、探索能力と戦闘力があり、なにより信頼できる人材。え? そんな都合のいい人間がいるって? いるさ! ここに一人ね!」
左手を添えて右腕を高々と突き出したラーシアが、宣言した。
不安。
不安しか感じられなかったが、他に選択肢がないのも確か。
それに、ラーシアが優秀な盗賊であり冒険者であることは疑いの余地がない。
「ユウト。例のあれ、見つけたよ」
ラーシアが、唐突に報告をしたのは、アルシアとの無人島行き、ヨナやレンを連れた地球観光といったイベントを消化した少し後のこと。
「見つかっても、やっぱり不安しかない……」
草原の種族が、いつにも増してニヤニヤとしている。
そのことに、ユウトは絶望を感じずにいられなかった。
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概ねタイトル通りではありますが、こちらは、『レベル99冒険者による、はじめての領地経営』とほんのちょっとだけ関係があったりなかったりします(登場人物が直接出てこないレベルで)。
どちらも、切りのいいところまで毎日更新中です。
よろしければ、あわせてよろしくお願いします。