番外編その8 サファリパークとアルビノの少女の未来(後)
お待たせしました。後編です。
数時間後。
特にトラブルは発生せず、目的のサファリパークに到着した。
ヨナとレンは、わざわざ起こすまでもなく、近づくと勝手にむくりと起き出してきた。
なにかあれば勝手に目が覚めるのが冒険者という生き物なのだから、当然のこと……ということにしておく。
入場チケットを購入し、車のまま園内へ。
駐車場には停めず、そのまま動物が放し飼いされているサファリゾーンへと向かう。
「なんか、この門をくぐる者、一切の希望を捨てよみたいなことが書いてなかったか?」
「普通に、危険だから車から降りないようにという注意事項でしたよ」
後部座席のヨナとレンは、ユウトと真名の話など聞いていない。固唾をのんで、そのときを待ち構えていた。
そんな後部座席の子供たちのために、ゆっくりと徐行させる。
そしてそれは、運転席の真名にも、動物を鑑賞する余裕を与えていた。
最初は、熊の飼育ゾーン。
「生態の解説など、したほうがよろしいでしょうか?」
「そんな機能もあるのか」
「ええ。検索してネット百科事典の文章を読み上げるだけですが」
「要出典とか言われても困るから、なしで」
カメラを構えたユウトは、緊張の面持ちを浮かべるヨナとレンから、車外にレンズの向きを移動させる。
その先には、小熊が二頭。
もつれ合うようにして互いの上に乗ろうとし、口を開けて軽くかみつこうとしていた。
「ケンカしてる……の……?」
「いや、遊んでるだけだよ」
なんとなく既視感のある光景。
その正体に行き当たり、ヨナとユウトが同時に口を開いた。
「ユウトとラーシアみたいなもの」
「ヨナとラーシアみたいな感じだな」
「……ん?」
「……ん?」
「なんとなく、分かった……よ。かわいい……ね」
果たして、どちらの言葉で理解したのか。そして、かわいいというのは、じゃれ合う小熊たちだけを指しているのか。
それを追及する前に、徐行運転していた真名が斜め前を指さした。
「熊の動きが、なんだか、こう、おかしくないですか?」
その先には水場があり、一頭のヒグマが四つ足で歩いていたのだ……が。
水辺に近づくとくるりと反転し、そのまま少し進むと、また向きを入れ替えて水辺へと向かう。
それを延々と繰り返していた。
「なにをしてる……のか……な?」
「壊れた?」
ヨナの遠慮のない表現はある意味適切で、壊れた機械のような、しかし、壊れているにしてはあり得ない正確さで行ったり来たりを繰り返すヒグマ。
「まさに、バグベアか……」
そんなユウトのつぶやきを置き去りにして、車は先に進む。
次はライオンなどのゾーン。
いくらサファリパークとはいえ、猛獣が狩りをする現場を見られるわけではない。夜行性ということもあり、普段は草むらに横たわってのどかに過ごしている。
それはそれで猛獣の意外な一面であり、可愛らしくはあるのだが……。
今日は、様子が違った。
「あわわっ」
レンが真っ先に気づき、軽い悲鳴を上げた。
「なんだか、みんな……集まって……るよ?」
そう。近くにいたライオンたち。そして、少し離れた場所にいた虎もが、こちらへ走り寄ってきていた。
レンはその迫力におっかなびっくりといった反応を見せているが、ヨナは無表情のまま。つまらないわけではない。むしろ楽しんでいるのだろう。虎もライオンも、アルビノの少女にとって恐怖の対象ではないのだ。
ましてや、敵でもない。
その気になれば、いかようにも対処できる存在だ。ヨナからあふれるその覇気とでも呼ぶべき威圧感を受け、逆に猛獣たちが車の周囲に集まってくる。
「ええと……。どうしましょう?」
車の中にいるので恐怖感はそれほどでもないが、状況に困惑を隠せない真名。
しかし、意見を求められたユウトは、一切動じていなかった。
「別に、このままでいいよ。挨拶に来てるようなものなんだから」
「挨拶……ですか?」
「逃げ場がないってことが、分かってるんだろうなぁ」
ならば、媚びを売ったほうがいい。
そう判断したのかは分からないが、野生の本能を働かせ、まるで信仰の対象を見つけたかのように群れる猛獣たち。
「さすがですね」
「余裕がありますね、マキナ」
「冷静に考えれば、あのお二人がいるのに、あわてる理由などありませんから」
「その割り切りは、人間にはできないものなんですよ……」
緊張感を切らさず、なにかあればいつでも発車できるように構える真名。
一方、猛獣に囲まれてもカメラを離さないユウト。
「うわっ、わっ、わっ……」
「うん。良し」
なにがいいのかこれまた分からないが、ヨナが満足そうなので良しとする。
「車から出ちゃ駄目だぞ?」
「ぜったいに?」
「絶対に」
「じゃあ、レンが出ないように注意する」
「あの……。わたし……は、そんなに出たいわけじゃない……から……ね?」
レンの焦ったような抗議で車内が笑いに包まれる。
猛獣のヨナ詣では、異常を察知したサファリパーク側の車両が駆けつけるまで続いた。
職員からの謝罪を受け、猛獣のゾーンを抜けると草食動物などのゾーンに入る。
といっても特に囲いがあるわけでもなく、キリンが当たり前のように車道を歩き、車と並走していた。
非日常的な光景に、またしても後部座席から歓声が上がった。
「首……長い……ね」
「なんか、脳まで血液を送るのも結構大変らしいぞ」
「そうなんだ……。生きるだけで、頑張ってるんだ……ね」
心優しいレンが、キリンを生きているだけで偉いと称賛する。アカネが聞いたら、うらやましがりそうだ。
キリンの他、サイやシマウマ。さらに進むと、何種類かのシカに水牛。
ライオンたちと違って、ヨナにご機嫌伺いをするため集まってくるようなこともない。自然そのままではないだろうが、自然体で思い思いに過ごし、それを車の中から観察する。
ある意味、このゾーンが最も楽しめたかもしれなかった。
サファリゾーンを抜けたユウトたちは、車を駐車場に止め、通常の動物園のゾーンに足を運んでいた。
こちらは柵の向こうではあるが、カンガルーやミーアキャットなど珍しい動物も多い。
ヨナとレンは大いに楽しみ、ユウトは、その様子を余さず撮影した。
それも一段落したところで、真名がユウトに語りかける。
「イヌの館というのもあるようですね」
「ふ~ん」
関心はない。
そんな態度を取りつつも、途端にそわそわし出すユウト。
パンフレットを見たときに、チェックしていたのだろう。ちらりちらりと、そちらの方向に視線をやっていた。
「センパイ、お二人は私が見ていますから行きたければ行っても構わないですよ」
「いや、そこまでは。別料金みたいだしな……」
「こっちでもとんでもないお金持ちのくせに、500円ぐらいでなにを言っているんですか」
「ユウト」
「なんだ、ヨナ?」
「我慢は良くない」
「我慢しているわけじゃないんだが……」
なおもそう抗弁するユウトだったが、注がれる三対の視線を前にし、自らの敗北を悟った。
「じゃあ、ちょっと。ちょっとだけな」
そう言って、返事も聞かずに『イヌの館』へ足早に移動するユウト。一緒に行くという選択肢も思い浮かばなかったようだ。
「重症ですね……」
ヨナとレンを連れて園内のショップへ移動しながら、真名はあきれたようにつぶやいた。
残念ながら、そこには「普段は冷静なセンパイが、そわそわしちゃって可愛い」というニュアンスは欠片も含まれていなかった。
「まあ、ユウトだから仕方がない」
「お兄ちゃんも、可愛いところ……あるんだ……ね」
年少組――レンはこの中で最年長なのだが――のほうが、よほどユウトの行動に寛容だ。この差はどこから来るのか。
付き合いの長さか。
それとも、いわゆる女子力というモノか。
ショップに入ってもそんなことを考えていたため、真名はヨナがアフリカの民芸品のような動物の置物(木製)を購入するのを阻止できなかった。
ユウトが戻ってきたのは、それから30分ほどしてから。
「別に、まあ、うちのコロが一番だというのを確認しただけだな」
「500円で確認できて良かったですね」
これがアカネやラーシアであれば、これ幸いといじり倒すところだが、真名のリアクションは素っ気ない。
もちろん、比較すればましな対応ではあるのだが……。
それはそれでちょっと物足りない。
絶対口には出せないが、ユウトは少しだけ寂しさを感じていた。
サファリパークの帰りは近くのホテル……ではなく、洋館風の小さな建物に宿を取ることになった。当初計画していたキャンプは、またの機会だ、
ホテルとペンションの中間ぐらいの規模で、瀟洒な雰囲気。洋風だが、ブルーワーズの宿よりも、よほど風情がある。
ここも、賢哲会議の息がかかった施設らしい。
「センパイを、普通のホテルなんかに泊まらせるはずがありません」
と、半ば常識のように語られたが、所詮ユウトはカーナビ以下の助手席の置物。反対することなどできるはずもなかった。
泊まらせられませんと言われなかっただけ、まだましだ。
部屋は、ユウトとヨナ。真名とレンに分かれた。後者は師弟コンビではあるが、普段どんな会話をしているのか。ユウトはかなり気になったのだが、まさか押しかけるわけにもいかない。
夕食までの自由時間。
おしゃれな建物でも大浴場があるらしく、一人で入ろうかと思っていたユウトだったが、ヨナの行動を目にして準備の手が止まる。
部屋に入ったヨナは、ベッドに飛び乗ることもレンを引き連れて探検もせず、床にスケッチブックを広げ、自らも横になって絵を描き始めたのだ。リュックサックに入れていたようだ。
子供らしいが、ヨナらしいとは言いがたい行動。
興味を引かれたユウトは、上から無遠慮に覗き込む。
「……なに描いてるんだ?」
今日の思い出を早速絵日記にでもしている……と予想していたのだが、違った。
地図のようだったが、サファリパークの園内図とも異なっていた。まさか、園内にドラゴンがいるはずもない。
「ん~。設計図」
「設計図? なんの?」
「ファルヴに作るサファリパークの」
「ほおお……」
それは初耳だった。
同時に、ヨナの動機が分かり、様々な疑問が氷解した。
「そんな計画があったのか」
「ある」
イスタス公爵領内には馬車鉄道用の馬を育てる牧場があり、ヴァルトルーデとの記念すべき初デートでも訪れた。
逆に言うと、類似の施設はそれくらい。ラーシアが手がかける玻璃鉄城と競合することもないだろう。
好景気ゆえ、余暇の過ごし方が課題となりつつあるイスタス公爵領としても有用な施設になりそうだ。
「しかし、ヨナが動物園を作るとは意外だな」
ただ、そのアイディアがヨナから出てきたのは新鮮な驚きだ。
ヨナの正面に腰を下ろし、どういう経緯で生まれた発想なのかと、ユウトは優しく問いかける。
「今は学校に行ってるけど、いつか卒業する」
「まあ、そうだな」
ヨナが――わりと好きなときに――通う、ヴァイナマリネン魔術学園付属ファルヴ初等教育院。
運営開始して日が浅いため卒業生は生まれていないが、卒業後の進路は多様となることが予定されている。
もちろん、普通に家業を継ぐ子供がほとんどだが、その名の通り、才能と意欲があれば、より高等な理術呪文の教育の道に進むこともできる。
神官を目指すのであれば各神殿への紹介状も書けるし、その名に反して戦士の道を歩むのであれば、将来的にエグザイル率いる岩巨人騎士団や、アレーナが束ねるヘレノニアの神官戦士団に参加することも可能だ。
もちろん、大小問わず人手不足に陥っているハーデントゥルムの各商会や、メインツのドワーフたちの下で働くという選択肢だってある。
ユウトとしては、公務員――イスタス公爵家の事務スタッフになってくれるといいなと希望。いや、期待していた。
かなりの高給で、笑顔の絶えないアットホームな職場だと積極的にアピールしていきたいところだ。
それはさておき。
「で、それが動物園とどんな関係があるんだ?」
「みんなの居場所を作りたい。というか、卒業した後に、雇う」
「へええ……」
思いも寄らない言葉に、ユウトの声がうわずった。
それくらい、驚きだったのだ。
ユウトにそんなリアクションを取らせたのが嬉しかったのか、表情はいつも通り変わっていないが、ヨナの白い頬に赤みが差していた。
「でも、居場所とか楽しいってだけなら、劇団とかでもいいだろ。前にやったのは、結構、様になってたじゃないか」
「それも考えた。でも、ゴドランの居場所も必要」
「なるほど」
かつてヨナやその友人たちと友情を育み、今は竜神バハムートの下で養育されている黄金竜の子供ゴドラン。
いずれ、天上からイスタス公爵領へと戻ることが決まっている。
確かに、城塞や神の台座に住まわせることは可能だろうが、神にも匹敵する――というよりは、神になりつつある――ユウトたちがいるファルヴだ。
単に、そこに住み着いてヨナの遊び友達になるという未来が有力。
その環境に甘えず、なにかできることはないかと、ヨナもいろいろ考えていたらしい。
「その結果が、ドラゴンのいる動物園か……」
アカネの母――恭子さんが卒倒しそうなフレーズだなと、ユウトは微笑を浮かべた。
そして、実にヨナらしい発想だと頭を撫でてほめてやる。この場にラーシアがいたら、手を叩いて喜んでいたことだろう。
それから、強力なライバルができたと顔を青くするのだ。
「ドラゴンのことを知れば、将来の乱獲が防げる」
「いや、みんながみんな狩れると思うなよ」
「……?」
不思議そうに首を傾げるヨナ。
「まあ、最近、資源保護に目覚めたみたいだから別にいいけどな……」
「あと、入場料収入で、みんな遊んで暮らせる」
「いきなり不労所得を目指さないように」
ヨナの財産を考えれば仲のいい友人を養うことぐらいなんの問題もないが、それは堕落の一歩目だ。
事業収入を当てにするのは、進歩と言えば進歩だろう。
「だけど、それくらい繁盛を目指すのは悪くないな。心意気としては」
ヨナには、やりたいことをやらせてあげたい。
それが、こんな平和な企画だというのだから、手助けをしたくなってしまう。
「そういえば、暇してそうなドラゴンに心当たりがあるな」
赤火竜パーラ・ヴェント……ではない。彼女は、東方リ・クトゥアで君臨すれども統治せずを悪い意味で実践している。
ユウトの心当たりは、黒竜モールゴシュ。
アルシアとともに訪れた――トラス=シンク神により送り込まれた――無人島でアルスマキナの番人をしていたドラゴン。
今となっては島を離れたほうが安全かもしれない。
そう考えたユウトは、ヨナとモールゴシュとの会談をセッティングすることにした。
「へえ? あっしを客引きに使いたい……と?」
「待遇は約束する」
黒竜モールゴシュが、目の前に立つ白き小さきもの――ヨナを睨めつける。
わざわざ、このモールゴシュの住処に来ておきながら、この言いぐさ。
なんという傲岸不遜。
この島の生態系の頂点に立つ黒竜に対して、移住してマスコットになれとは。
どのような生まれで、どのような育ち方をすれば、そんな発想になるのか。
この場で噛み殺されても文句は言えない態度だ。
――普通であれば。
「アニキのご身内とあれば、否やはありやせん。あっしも、使命を果たして暇してたところですからね。へへえ」
言うまでもないことだが、ヨナもモールゴシュも、もちろん、普通ではない。
モールゴシュに関しては、事前にユウトからある程度話を通していたというのもあるが、工場長に引き取られたモールゴシュは、一般のドラゴンとは異なる価値観を有していた。
具体的に言うと、自分よりも力が上と認めれば、相手が人間であっても妙に友好的で腰が低くなるのだ。
「月に金貨500枚もしくは、それに相当する宝石を対価として支払う」
「しかも、報酬まで。へへへへへ。子供でも大人でも、楽しませてみせますぜ」
特に根拠などなく、その場のノリでモールゴシュが口にした台詞は、結果として真実となる。
先の話ではあるが、ユウトの個人的な出資もあり、ファルヴ・サファリパークは無事開園をすることとなった。
ヨナが《テレポーテーション》を駆使して集めた様々な動物――災害やモンスターなどにより住処を追われたものが多い――を自然に近い形で披露し人気を博す。
だが、一番の目玉は、黄金竜と黒竜による、めくるめく空中戦のショーだった。
他では絶対に見られない、空前絶後のアトラクションは、驚きと、それを上回る納得で迎えられることとなる。
国王夫妻にその子も、お忍びで何度も観覧に訪れたという話だ。
イスタス公爵領は、常に不思議があふれ、それが途切れることはないようだった。
ヨナは順調に成長していますね。
この分だと、経営者としてヴァルトルーデを追い抜く日も近そうです。
実は、この話の前にレイ・クルスに会いに行く話を書いていたのですが、
突然、「ヴェルガの遺産。謝罪の証に、その在処を伝えたい」とか言い出したので保留しました。
なんなんだよ、「ヴェルガの遺産」って。
そんな面白そうなテーマ、じっくりプロット練りたくなっちゃうじゃん……。
というわけで、次の番外編はこの辺りの話になるのではないかと思われます。