番外編その8 サファリパークとアルビノの少女の未来(前)
ヨナやレンと動物園に行くだけのお話です。
なんだかんだと1万3千文字ぐらいになったので、前後編。
後編は明日の同じ時間に更新されます(予約投稿済み)。
コボルドたちをファルヴに迎え、その処遇も一段落したある日。
ユウトは自らの執務室にヨナを呼び出し、二人きりで顔を合わせていた。
最後の意思確認をするために。
「いいか、ヨナ。もう一度だけ言うぞ」
「……うん」
真剣なユウトに、いつも通り無表情だが神妙なヨナ。
珍しい状況で、同時に事の重大さを感じさせる。実際はそんなことはないのだが、ユウトとしては絶対に欠かすことができないプロセスだった。
「動物園とかサファリパークは、動物を鑑賞する場所だ。間違っても、動物を狩る場所じゃないし、捕まえる場所でもない」
「知ってる」
念押しはしたものの、さすがにこの部分を否定されるとはユウトも思っていなかった。まあ、明確な答えを聞けて安心したのは否定できない事実だが。
ともあれ、肝心なのはここから。
「それに、地球の動物っていっても珍しくないぞ? 結構、こっちにいるのも多いし」
言外に、大して面白くないかもしれないぞと心配を口にするが、ヨナはふるふると首を振った。
「でも、普通の象とかキリンとか、こっちじゃあんまり見たことない」
「それはそうだが」
「見るだけでなく、キリンとは戦ったこともない」
「それもそうだけど……。いいんだな? 昔見た恐竜みたいなのもいないんだぞ?」
戦ったことがあるかどうかという基準自体普通ではないが、これは、今さらだろう。象や虎などを調教して戦場に引っ張り出してくる悪の勢力が悪いのだ。
「普通の動物でいい。はかどる」
なにがはかどるのかは分からないが、本人がいいと言っている以上、追及しても仕方がない。
それは同時に、最大のハードルが消滅したことも意味していた。
アルシアと二人で無人島へ。
それ自体は神の探索行でありやましいところはなにもないのだが、残されるほうにしては、置いてけぼりを食らったことには違いない。
その穴埋めとして約束した、地球の動物園見学。
それを反故にしたいわけではないのだから。
「じゃあ、約束通り行くか。レンも一緒にな」
「うん。明日?」
「レンの予定もあるからなぁ」
それ以前に、ユウトの仕事の調整が厳しい。
ヴァルトルーデら、妻たちへ知らせ。
父親やクロードに指示してスケジュールを整理し。
真名を通じて、賢哲会議にも伝達。
特に真名は、那由多の門を使用して、話を聞いた翌日には地球へ先行することになった。
このような、関係各所との連絡もあり、ユウトがアルビノの少女と姉弟子を連れ、地球へ赴くこととなったのは、一週間ほどしてからだった。
ファルヴの城塞の地下。
次元竜ダァル=ルカッシュが管理する次元門を抜け、自宅マンションのユウトの部屋に文字通り一瞬で到着する。
ただし、地球へ赴いたのは三人だが、出入り口となっているユウトの部屋には、もう一人いた。
「あれ? なんで真名が?」
地球とブルーワーズの結節点となっている、ユウトの実家。その自室にいる真名の姿に、ユウトは意外そうな声をあげた。
事前に、案内不要と伝えていたのだから、なおさら。
「センパイ。車を回してくるので、マンションの前で待っていてくださいね」
ユウトの問いには答えず、真名が笑顔でそう告げた。
その笑顔には問答無用の迫力が加味されている。
賢哲会議に所属する――ということになっている―― 一級魔導官秦野真名。
やむを得ない事情からファルヴへ移り住み、レンに魔法薬作りを師事するようになったものの、賢哲会議への定期レポートは欠かしていない。
「マナ……ちゃんも……一緒……なの?」
レンの控えめな確認。しかし、初めて見るユウトの部屋――そして、地球――に興味津々ときょろきょろしているため、今ひとつ焦点がぼやけていた。
「事情が事情ですから」
真名は詳しく説明しようとしなかったが、どうやら決定事項らしい。
ユウトとしては強く反対というわけではなかったが……。
「ヨナやレンがいいなら構わないけど……。それなら、事前に言ってくれても」
「うんうん」
ユウトの言葉に、ヨナも同意してうなずいた。
「私も、邪魔をするつもりではなかったのですが……」
「高度な政治的判断があったのです、教授」
タブレット――ユウトが使用する呪文書に当たる――に発生したAI、マキナの言葉にユウトは首を傾げた。
子供を連れて、動物園に行く。
どこに、政治的な要素があるのだろうか?
「さて、センパイ」
「ん?」
ユウトの部屋――両親が引っ越しをしたため、所有権は賢哲会議へ移っている――の入り口で、真名が穏やかな。透明で澄み切った表情で問う。
「サファリパークへの移動は、どうするおつもりでしたか?」
「そりゃ電車だよ」
真名と違ってユウトは免許を持っていないので、車移動はできない。タクシーという手もある――お金もある――が、知らない運転手とヨナやレンを同乗させるのは無謀を通り越して蛮勇の誹りを免れないだろう。
「はい。それしかないですね。でも、そうなると賢哲会議の監視が付くとお考えになりませんでしたか?」
「そんな大げさな」
ユウトが言下に否定すると、真名は下を向き憂鬱そうにため息を吐いた。
「ご主人様、この浮き世離れした感覚が上流階級の証というものですよ」
「こっちでは別に上流ってわけじゃないんだが」
「むしろ、逆でしょうね。センパイは単なる観光だと思っているんでしょうが――」
「徹頭徹尾、単なる観光だけどね」
「賢哲会議が、素直に受け取るはずはありません」
「……言われてみると、そうかもしれない……な」
真名から目を逸らしながら、控えめに同意するユウト。
そらした視線の先には、レンを先導しながらユウトの部屋を探索するヨナの姿があった。まあ、おかしなものは元々ないし、せいぜいマンガやゲームやテレビに触れられるだけなので実害はない。
実害はないのだが、そちらに逃げ場がないのも確かだった。
「そして、早晩監視に気づくことでしょう。そうなったら、監視に気づいたセンパイたちがなにをするか」
最悪、ヨナの超能力で瞬間移動や飛行しての移動で観光される恐れがある。
これが真名の見立てだった。
「そんなことはないと……思いたいなぁ」
「いいですか? ばれなければ、なにをしてもいいというわけではありません。復唱してください」
「……つまり、今日は真名がエスコートしてくれるわけだな」
「ええ。不本意ながら愛人ですので」
「……愛人ずるい」
「愛人は……ずるくない……と、思う……よ? そもそも、方便……なんだ……し」
「愛人はともかくとしてだ」
突如として会話に参加してきた年少組はともかくとして、ユウトは、頭の中でスケジュールを組み直す。
といっても、平日で空いているだろうからと特に予約もしていない。
むしろ、真名の車で移動したほうが早くなるのではないかと思われた。
「じゃあ、今回は賢哲会議観光社にお任せしようかな。ヨナもレンも、それでいいな?」
「……いい……よ」
「問題ない」
「ということでよろしく」
「はい。任されました」
ようやく話はまとまった。
ポニーテールにした黒髪をなびかせ、真名が玄関から外に出ようと……したところ。手にしたタブレットから、やれやれとでも言いたげな合成音声が聞こえてくる。
「しかし、わざわざ愛人の前に不本意を付けると、他意があるように聞こえますね」
雉も鳴かずば撃たれまい。
「いたたたた。曲げ、曲げないでください、ご主人様」
「大丈夫です。戦場での使用を想定した機械です。武人の蛮用にも耐えます」
「所有者による意図的な破壊は想定外だと思うのですが!」
「問題ありません。マキナ、あなたの存在自体が想定外ですから」
「マイナスにマイナスをかけたらプラスになるという、小学生レベルのへりくつは止めてください。死んでしまいます」
こうして、四人と一機はサファリパーク見学へと出発することとなった。
「えっと……。ここが、お兄ちゃんの故郷……なの……?」
真名に遅れてエレベーターを降りたレンが、マンションの入り口前で目を白黒させる。
天を突くような大きな建物。
ただの石ではない不思議な素材で完璧に舗装された道路。
そして、道を行き交う、馬のない鉄の馬車。
「そう。言った通り」
「本当だったんだ……ね……」
ユウトの代わりにヨナが答えたのは、事前に地球がどんなところなのか説明していたからなのだろう。
だが、聞かされていても信じられない話というのはあるものだ。ハーフエルフの少女にとって、ここはまさしく異世界だった。
「その帽子、可愛いな。魔法でごまかす必要はなかったんじゃないか?」
「そんなこと……ない……よ?」
パールホワイトのサファリハットを目深にかぶり、レンが恥ずかしそうに否定する。しかし、その反応自体が可愛い。
それは、アカネが全力でコーディネートしたファッションとの相乗効果ともいえるものだった。
大きめのサファリハットは、エルフ特有の笹穂耳も簡単に隠せてしまう。それ以上に、控えめな印象のレンによく似合っている。
また、長袖のシャツの上からカラフルなストライプのウェアを重ね着していおり、下半身は活動的な山スカートとタイツを組み合わせていた。
可愛らしい格好に、大きめのリュックサックを背負っており、そのアンバランスさもアトラクティブに映る。
大人しいレンのイメージを活かしつつ、アクティブな印象も与えていた。
「うん。レンはかわいい」
ヨナも追随するが、それはおそろいのコーディネートの自分も可愛いと言っていることに他ならない。
「二人とも可愛いよ」
その辺の大学生のような服装のユウトとしては、そう絶賛するしかなかった。
「お待たせしました。どうぞ」
そこに、真名の運転するハイブリッドカーが滑るように姿を現した。
「わっ。すごいっ。マナちゃんが動かしているんだ……ね……?」
「ええ、そうです。といっても、私はただ御者のようなものですが」
「あんなに……速い……乗り物を……操縦できるだけで、すごい……よ」
「レン、話は車に乗ってからにしよう」
車のドアを開けたユウトが、リュックサックを下ろしてからハーフエルフの少女を抱え上げて後部座席へと運んでやった。
「わわわっ」
「ずるい……」
「ずるくない。車は初めてじゃないんだから、ヨナは自分で乗るように」
「ユウトは、釣った魚に餌を与えないタイプ」
「よし。帰ったらラーシアにペナルティを与えよう」
本当にあの草原の種族が、そんなことを吹き込んだのか。それを確認することもなく、ユウトは決意した。
まあ、仮に万が一この件に関しては冤罪だとしても、他のなにかがヒットするから問題はない。
不承不承自ら後部座席に座ったヨナのシートベルトを締めてやり――レンの分はヨナがやりたがったので任せた――ユウトも助手席に乗り込んだ。
「車に乗るだけで、ドタバタして悪いな」
「いえ。道が空いているうちに、高速に乗ります。朝食は、サービスエリアで構いませんか?」
「ああ。それでいいよ」
「それでは、ナビはお任せを」
専用のスペースに立てかけられたマキナが、AIらしい仕事に立候補した。この場でマキナ以上の適任者はいない。
「よろしくな」
「それでは、早速、歌でも歌いましょうか」
「ナビはどうした」
「問題ありません。私のご主人様は勤勉ですから」
さりげなく真名がしっかりと事前準備をしていたことを暴露したマキナは、サファリパークにふさわしいと信じる歌を流し始めた。
サービスエリアを出た真名の運転するハイブリッドカーが、高速道路を西へ向けて走行する。
後部座席で肩を寄せ合って眠る、ヨナとレンの様子を撮影していたユウト。
バッテリーの残量を確認してからビデオカメラの電源を切り、優しげな笑みを浮かべて助手席に体を沈み込ませた。
サービスエリアまでは、二人とも元気だったのだ。
マキナと一緒に歌を歌ったり、車窓の風景に驚くレンにヨナが無表情で、しかし、小鼻を膨らませて 解説をしたり。
これだけで、アカネから課された撮影義務を果たしたといってもいいぐらい。
状況変化の端緒となったのは、適当な時間に入ったサービスエリア。正確には、そこで摂った朝食だ。
テナントとして入っていたハンバーガーショップ。
自動販売機のたこ焼き。
じゃがバター。
ソフトクリーム。
おはぎ。
その他、目に付いたごちそうを小さな体にめいっぱい詰め込み、ヨナとレンは夢の国に旅立っていた。
もっとも、純粋に食べた量を比べると、比率は2:1。いや、3:1程度になるのだが。
「悪いな。俺も運転できれば良かったんだけど」
「仕方がありません。どこをどう切り取っても、免許を取るタイミングはありませんから」
「そうなんだよなぁ……」
仕方がないという真名の言葉には同意するが、運転を任せきりにしているこの状況は簡単に受け入れづらい。
「かといって、今、二ヶ月も抜けたら、とんでもないことになるだろうし」
今だけでなく未来においてもそうだろうが、真名はあえて指摘しない。
それよりも、現実をしっかりと把握してもらうほうが効率的だ。
「かといって、呪文でなんとかしようとされても困ります。センパイぐらいの立場の人は、運転手付きの送迎に慣れるべきです」
「周りが迷惑するか」
こちらが故郷だというのに、窮屈な話だ。
サービスエリアで仕入れたペットボトルのお茶を一口飲み、ユウトは軽く肩をすくめた。
そんなユウトに、真名はヨナたちがいてはできない質問をする。
「今さらですが、センパイお一人で良かったのですか?」
ハンドルを握る真名の問いに、ユウトは間を置かずに応えた。
「カイトとユーリを置いていくわけにもいかないしな」
アカネは妊娠中で、アルシアは前回一緒だったので見送り。
ラーシアやエグザイルをあえて連れていく理由もないので、このメンバーでとなったのだ。
そもそも、ヴァルトルーデは公爵なので、普通は気軽に動けない。普通は。
「まあ、アカネからは、撮影を義務づけられたけどな」
「ああ……。それで、さっきからビデオ片手に……って、撮影対象は動物ではないんですね」
「上からのオーダーは、楽しむヨナとレンだ」
妊娠中の妻の要望とあれば、応えるのにやぶさかではない。しかし、そこに下心を感じてしまうのも、やむを得ないところだった。
そして、実際に下心は存在した。
可愛いヨナとレンを観賞したいという下心が。
「まあ、そちらのご家庭内で納得しているのであればいいんですが」
「というよりも、すでに家族の一員という認識なのでは?」
高速道路はナビをする必要もなく、暇だったのだろう。カーナビ代わりになっているマキナが、本質を突いた。
「……なるほど。もはや変な嫉妬も確執も存在しないというわけですか」
「改めて言われると、頭が上がらないな」
ユウトは、ヨナが家族の一員――将来的に妻として迎える――と言われても、否定も肯定もしなかった。
その態度に、真名は訝しげな視線を向けたが、すぐに運転に集中するため正面へと戻した。
どことなく、納得いかない。
だが、その理由が自分でも分からない。
そして、こんなときに限って、マキナはなにも言わなかった。