6.会議は踊る(後)
「結婚ねぇ……」
「相手は誰だか、書いてあったのか?」
エグザイルが、テーブルの中央に置かれた王家からの書状をあごでしゃくりながら聞く。
「その辺は、なんにもだな」
「ですが、話があるとしている以上は、どこからか申し込みがあったか」
「王家から、誰か宛てがおうとしているか……ってところか」
アルシアから引き継いで、ユウトが嬉しくない未来予想図を口にする。
口調からも表情からも嫌がっていることがよく分かる。
それを見て、ヴァルトルーデは露骨に、アカネは心の中で安堵する。
「むう。相手が分かっていれば、やりようもあるのに」
「それ以上、いけない。マジで」
ヨナの冗談――ということにしておく――はともかく、相手が分からなければ判断が難しくなるのは確か。
「勇人は心当たり無いの?」
「心当たり?」
「そうよ。私が知らないこの二年の間に、お姫さまを助けてフラグを立てたとかそういうの」
「ねえよ。ラーシアとエグザイルのおっさんはあったらしいけどな」
「相手が人間でなければ……とラーシアが血の涙を流していたぞ」
「そ、そう……」
ほっとしたような、余計なことを聞いてしまったような、表情も心境も複雑なアカネ。
「まあ、ユウトくんと婚姻関係を結ぶことでメリットがあると考えるのは、誰しも同じでしょうね」
「メリット?」
「ああ、政略結婚的な意味ね?」
アカネの確認に軽くうなずき、アルシアが再び口を開く。
「このファルヴを作り上げたのも、ほとんど顧みられることの無かったこの土地が繁栄しているのも、すべてユウトくんのお陰。その力を自分の家にも……と考えるのは、不自然でもなんでもないわ」
「まあ、外から見るとそうなるのかもなぁ」
「ユウト……」
「勇人は、また……」
「仕方ない、ユウトだしな」
「そだね」
「え? なにこの流れ。おかしくね?」
一方的にあきれられる展開に納得いかないユウトだったが、もちろん誰も取り合わない。
「とりあえず、ただの貴族相手だったら断ろう」
「ということは、ただの貴族じゃない相手……あ、王女さまがいたりするの?」
「いや、ロートシルト王家には、未婚の娘はいなかったはずだ」
「正確には、直系にはですね」
「そうそう。つまり、傍系にはいるんだよなぁ」
「王女さまはいなくても、お姫さまはいるわけね」
だんだんと詰みに近づいていくかのような感覚に、ユウトの憂慮が深くなる。
「ま、相手が誰だろうと断るけどな」
「大丈夫なの? そんな簡単に断るとか言って」
「前みたいにドラゴンに変身して暴れる選択肢もある」
「そんな選択肢は、無いぞ」
「勇人、あんたなにやったのよ……」
両隣の二人に揃ってダメ出しを受けるが、ユウトは肩をすくめただけ。
「分かったよ。いざとなれば、ヴァイナマリネンのじいさんにも出馬してもらう。これで、多少の無茶も通るだろ」
「こんなことで、あの大賢者を……」
「ヴァイナ……マリ……? 大賢者?」
「ブルーワーズ最高とも呼ばれる、大魔術師だ。実は、ユウトの生徒なのだぞ」
我が事のように誇らしげに言うヴァルトルーデを、アカネは疑わしげに見てしまう。嘘をつかれているとまでは思わないが、そんな偉い人がユウトの生徒とはにわかに信じられない。
「ちょっと、地球の世界史とか教えてるぐらいだよ」
「なるほど。さすが大賢者と呼ばれるだけあってどん欲に知識を吸収するってわけ。偉いのね」
アカネの中で立派なヴァイナマリネン像が形成されているのが面白いらしく、ユウトは含み笑いをもらす。
だから、それは完全に不意打ちだった。
「逆に、どんな相手なら結婚してもいいんだ?」
ぴきりと、空気が音を立てた。
いや、呪文も何も使っていないのに、そんな現象が起こるはずはない。起こるはずはないのだが……少なくともユウトはその音を聞いた。
「なんだよ、それ。エグザイルのおっさんらしからぬ爆弾じゃね?」
「爆弾がなんなのかは知らないが、オレの中の小さなラーシアがそう言えって」
「もともとちっこいくせに……」
「興味あるわね」
代表して言ったのはアカネだったが、その想いは女性陣で共有されていた。
「そうだな……」
逃げられそうにない。
ならば、傷が最も小さくなる道を選ぶべきだろう。
正直に言うしかない。
「ヴァル子みたいに可愛くて、アカネみたいに気心が知れてて、アルシア姐さんみたいに思慮深い相手なら、考えないでもないな」
そんな相手が存在するわけがない。
つまり、少なくとも見知らぬ誰かと結婚する気などまったくない。そもそも、まだ十代のユウトにとって、結婚はリアリティのある言葉ではない。
そう言ったつもりなのだが……。
「確かに、ヴァルは可愛いわよね。うん。可愛くて美人とか卑怯よね。チートよね」
「そうか。やはり、一番親しみがあるのはアカネか……」
「ユウトくんに、そんな風に思われていたなんて」
「いぎあり!」
またしてもサンドバッグのように、一方的に言葉をぶつけられる。
「解せない」
「まあ、ヨナちゃんとレンちゃんとレジーナさんの名前が出なかったところは評価しないでもないわよ?」
「そこに、いぎあり!」
椅子から飛び上がり、全身を伸ばして議長――アルシア――へ抗議するが、当然ながら無言で首を横に振られるだけ。
どうにも、こういった話題はヨナは不利だ。
再三の異議も取り合ってもらえず、しょぼんとうな垂れる。
「ヨナには未来があるだろ」
「まるで、私たちには無いようね?」
泥沼だ。
「ちくしょう、元はといえばおっさんの中の小さなラーシアのせいだ。神さまに補正してもらってやっと女運がニュートラルになったくせして」
「時には八つ当たりも良いと思うぞ」
唯一安全圏にいるエグザイルが、本心からそう言った。
そして、やや瞑目してからもう一度口を開く。
「そういえば、先手を打って結婚してしまうというのはどうだ? これなら、変なのを押しつけられることもないだろう」
ぴしりと、空気が割れた。
いや、呪文も何も使っていないのに、そんな現象が起こるはずはない。起こるはずはないのだが……少なくともユウトはそんな光景を目撃した。
「おっさん、なんか俺に恨みでもあるの? 受けて立つよ?」
「ユウトが錯乱してる……。ヴァルみたい……」
「いや、私はあんなにひどくはないだろう? ……だろう?」
「素朴な疑問を口にしただけなのだがな……」
さすがに、これにはエグザイルも困惑気味だ。この岩巨人にしてみれば、とりあえずユウトとヴァルトルーデが結婚するのは既定路線。
その後、一人か二人か三人か。何人になるか分からないが妻が増えるのだろうが、遅かれ早かれと思っていたのだ。
だから、悪意は欠片もない。
地獄への道が善意で舗装されているのは、地球でも異世界でも変わりないというだけ。
「そ、そういうことならアカネが良いのではないか? 故郷に婚約者がいたということであれば、余計な詮索も受けないだろうし、説得力もある」
「こ、ここは順当にヴァルじゃないの? どこからも文句は出ないわよ、きっと」
「逆にありえない選択肢ということで――」
「いや、悪いけどヨナはちょっと」
「むう……」
「むくれても無駄だぞ。俺の社会的な評判を考えろ……」
ヨナを理由に断ったら――お見合い相手のレンジが広がってしまって逆にまずい。ユウト本人が受けるダメージが余りにも大きすぎる。
「アルシアはどうなんだ?」
「私は立候補するつもりはありませんから」
ユウトのことは憎からず思ってはいるが、同時に独占欲もない。
その気になればどうとでもなると考えているので、今は事態の推移を見守るつもりだった。
「立候補しているのはヨナだけで、肝心の二人は譲り合っているように見えるがな」
「土壇場で狼狽しているのでしょう」
いくじなし……と、誰にも聞こえないようにつぶやく。
「なんだこの状況……」
「勇人が男らしく決めれば良いんじゃないの?」
「決めてはいる。悪いけど、地球に帰る手段を確立するまでは、すべて保留ってさ」
「……ずるいわね」
「すまん」
「それを聞いたら、私からはなにも言えなくなるじゃない」
その結論が誰のために出されたのか分かった。分かってしまったため、アカネは引き下がらざるを得なかった。
元々、こんな偶発的なイベントで決められても困るとは思っていたのだ。
「……アルシア、考えがあるのだろう?」
ユウトの言葉を聞いて落ち着きを取り戻したヴァルトルーデが、親友へと向き直りながら静かに問う。
「まあ、簡単に断れない相手が来た場合だけですが……。とりあえず、ヴァルとアカネさんの二人を婚約者ということにすれば良いのではないかと」
「……二人……だと……?」
「ア、ア、ア、アルシア?」
「ちょっと、それ、どういう」
三者三様のリアクションを目の当たりにしても、アルシアは一切揺るがない。眼帯に覆われた顔は表情が読めず、本気なのかどうかも分からない。
「別に、本当に結婚する必要はありませんよ?」
しても良いですけど。
とは言わず、アルシアが続ける。
「ヴァルを婚約者にすれば、どんな厚顔無恥な輩でも自分の娘をねじこむ気はなくなるでしょう?」
「まあ、それはそうよね」
イル・カンジュアルを討ち取った英雄。
世界を救った聖堂騎士。
そして、絶世の美女。
まともな神経と羞恥心があれば、対抗する気にもなれないだろう。
本人は、アルシアが放った言葉のインパクトが強すぎて放心状態だったが。
「じゃ、アカネも婚約者なのは?」
ずるい……という言葉はなんとか飲み込んだヨナが聞く。
「ユウトくんが故郷――チキュウという世界へ帰る。これは、一部では知られている話よね」
「それで?」
「仮にですが、ユウトくんがチキュウへ行くのであれば、一緒についていく。そんな条件で娘を差し出してくる相手がいないとも限らないわ」
本人の意志は別にして、ヴァルトルーデが同じ宣言をするわけにはいかない。
その弱点を突いた強引な押し売りにも思えるが……。
「一概に否定できないなぁ」
「ええ。帰るまでの間に、最大限ユウトくんからむしり取ればいいのだから」
「怖い話ね」
「そこで、アカネさんよ」
「私?」
目を白黒させているアカネが聞き返す。
普段ならとっくに気づいているはずだが、当事者となると理解が追いつかなくなるらしい。
「そう。チキュウにも婚約者がいるとなれば、他の女はお呼びじゃないわ」
「ユウト、アルシアが娘じゃなくて女って言ったぞ……」
「アルシア姐さん、結構キレてるんじゃ……」
男二人がぼそぼそと話をするが、表面上アルシアは冷静そのもの。紅の眼帯が邪魔で、相変わらず表情はうかがい知れない。
ただ、露わになっている口元は、微笑に歪んでいた。
「さらに、日本は法律で重婚禁止と伝えたら完全に詰みと」
「あっちに戻ったら、俺はただの高校生だからなぁ。養う甲斐性なんて無いぜ」
そんな、ヨナがまた頑張ってしまいそうな台詞でユウトが相槌を打つ。
「そう。だから、婚約者は二人必要なの」
にっこりと、アルシアがさらに笑みを濃くする。
「いや、なんか騙されている気がする……」
「これは奥の手よ。どうしようもなくなるまで表沙汰にするつもりはないわ。だから、心構えだけで良いわよ?」
「だから、それが一番厄介なんだって……」
婚約者? 恋人とか、告白とか。そういう段階を飛び越えて妻?
しかもヴァルトルーデとアカネが?
事情はある。理解もできる。
しかし、感情はそこまで素直でもシンプルでもない。
「ラーシアが、この場にいないことを後悔するだろうな。血の涙を流すほど」
エグザイルのそんな感想で、会議は一旦休憩となった。




