番外編その7 漂泊の守護神 こぼれ話
なんとなく勢いで書けてしまいました。
「ありがとうございました。大変、助かりました」
「いや、当然のことだ」
ユウト不在時の予備予算の執行について確認に来た官吏が、丁寧に感謝の言葉を口にした。
それに対する頼蔵の反応は、冷ややかとまではいかないが、素っ気ない。
イスタス公爵家の家宰であるユウトが不在の際には、領主であるヴァルトルーデの名の下に、頼蔵が代理で承認を行うことになっている。
質問に答えることも、業務のうち。感謝されるいわれはない。
だが、家宰の父。そして、領主の義父という立場はそれだけで敬意を向けられるに充分で、重たくもある。
なにか付け加えるべきだろうか。
そう判断した頼蔵は、穏やかな口調で若い官吏に語りかける。
「分からないことがあれば、すぐに報告をしてもらえるだろうか。こちらも、気づかないことがあるだろうから」
「ありがとうございます」
重ねて頭を下げると、若い官吏は頼蔵の執務室を後にした。
それを見送ると、頼蔵は確認中だった書類に手を伸ばし――そのタイミングで、時計塔の鐘が鳴った。
息子が最初に結婚――別れてもいないのにこの表現を使うのはどうかと思うのだが――したとき、この世界の神から贈られた施設。
一切狂うことなく、時間を知らせてくれる。
「…………」
それを聞き、天草頼蔵は無言のまま立ち上がった。
淀みなく執務室に鍵をかけ、惑いなくファルヴの城塞内を闊歩する。
時刻は正午。この世界でも、昼休みが始まる時間。
そして、孫と会える貴重な時間でもあった。
孫は、どうしてこんなに可愛いのか。
老け込む年齢ではない。それどころか、まだ当分は働き盛りである頼蔵らしくもない感想を抱いていた。
ヴァルトルーデらユウトのパートナーたちや、子供たちの祖母である春子は、昼食の準備があるため席を外している。
そのため、孫たちと愛犬を見守っているのは頼蔵一人だけ。
そんな状態が、益体のない思考を加速させているのかもしれない。
カイトとユーリは、仰向けになったコロを左右から挟み、前足をつかんだり押されたりしてキャッキャと楽しそうに笑っていた。
だが、二人して同じ反応というわけでもない。この時点ですでに個性が出ており、ユーリはかなり活発で、カイトは少しおとなしい。
そういったところも、また、愛おしかった。
血がつながっているにもかかわらず、教育に最終的な責任を取る必要もなく、好きに甘やかすことができる子供が、可愛くないはずがない。
それは、もちろん分かっている。
分かっていてなお、子供部屋で愛犬コロと戯れる双子を眺めていると、そんな理屈が吹き飛んでしまう。
されるがままに飽きたのか、コロが左右に体を振って立ち上がると、カイトの鼻を舐め始めた。
嬉しそうに手を動かしながら、カイトはなすがままになる。
放置される格好になったユーリは、気の強いところを発揮し、コロの尻尾を催促するように引っ張った。
それに負け、コロがユーリの頬を舐める。
一方、カイトは辛抱強く、コロが戻ってくるのを待っていた。
それを真剣な表情と射貫くような視線で見つめる頼蔵は、客観的に見れば、標的の品定めをしている誘拐犯にしか見えなかった。
遅れて子供部屋に入ってきたユウトからも、そう見えたのだから間違いない。
「もう少し笑顔でもいいんじゃない?」
「子供たちは、笑っているだろう」
「いや、父さんがさ……」
「笑うべきかそうでないかは、私が決める」
「いや、うん。まあ、いいけど……」
ユウトが頼蔵の隣に座ると、真っ先に気づいたコロが、尻尾を振って駆け寄ってくる。それに続いて、カイトとユーリも四つん這いで近づいてきた。
「よしよし。みんな、今日もかわいいな」
ユウトは、愛犬と愛する子供たちを順番に撫で、抱き上げていく。
そうしながら、仕事の話を忘れないのもユウトだ。
「実は、父さんに頼みがあって」
「……なんだ?」
頼蔵は、マフィアのボスが裏切り者を処罰する際、最後の願いを聞いてやるといった雰囲気で聞き返した。
しかし、生まれたときから親子をやっているユウトに、動じた様子はまるでない。
「成り行きで、引き取らなくちゃいけない人間……? 亜人か。コボルドっていう種族の集落をこっちに移住させることになったんだけど」
「移住先の調査を手配すればいいのか?」
「いや、ファルヴで働いてもらうから、研修をお願いできないかなって」
「構わないが、私以外に適任はいないのか」
任せるというのならば否やはないが、まだ新参者という意識が抜けていない頼蔵が確認をした。
「俺とアルシア姐さんは、なんか神のごとくあがめられてて」
「他の人間は、相手が逆に低く見下すかもしれないか」
あごをさすりながら、頼蔵が思案する。どうやれば、敵対組織を合法的に始末できるか考えているかのように。
「うん。その点、父さんとコロなら安心かなって」
「そうか……コロも?」
「ゥワンッ!」
名前を呼ばれたコロが、なにか用事ですか? お散歩ですか? 先にご飯にしてもらっていいですか? とユウトと頼蔵の周りを駆け回る。
それを無言で取り押さえた頼蔵が、視線だけユウトに向けた。
「うん。そのコボルドたちって、犬に近くてさ」
「分かった。やってみよう」
ユウトの愛犬を従えている。それだけで、上下関係をはっきりさせられる。
そういうことなのだろうと納得し、頼蔵は息子の依頼を聞き入れた。
その表情は、実にファミリーの長らしかった。
「ワウンッッ!」
「はっ。お世話になるでし」
「精一杯頑張るでし」
「コロ先輩、よろしくお願いするでし」
「ワウンッッ!」
集団でやってきたコボルドたちが、城塞の練兵場に集結している。その数は、およそ30名ほどだろうか。
まずは移住の第一陣で、最終的にはこの数倍になる予定だ。
その数は、この際問題ではない。
コロと会話を始めて、なにやら上下関係が定まったのも良しとしよう。
問題は、コボルドたちの外見だ。
犬に近い。それは、確かにその通り。
しかし、性質だけでなく外見までその通りだとは想像していなかった。
犬――しかも様々な犬種の――頭部をした、小さな人型生物とは予想外にもほどがある。草原の種族や岩巨人、それに竜人族、ドワーフらとは接したことがある頼蔵も、これには戸惑いが隠せない。
まだ異世界というものを分かっていなかったと反省しつつ、後で報告が足りないとユウトを説教しなければと心に誓う。
「あらやだ、お父さん」
一方、ツアーガイドのような――というよりは、そのつもりなのだろう――小旗を持った春子に動じた様子はない。
気が若いと誉めるべきか、あきれるべきか。
「可愛いわんちゃんたちがいっぱいで、楽しくなりそうね」
「……そうか」
なにを言っても無駄だろうと、頼蔵は沈黙を選んだ。
恐らく、こんな春子とこんな自分の子だからこそ、ユウトが今の性格になったのだ。それを思えば、反論をする気も起きない。
「神さまのお父上とお母上でしか」
「神さまたちにはお世話になったでし」
ゴールデンレトリーバーとコーギーの頭をしたコボルドが、ととっと近づいてきて仰向けに寝転んだ。
「あらあらまあまあ」
素早くしゃがみ込み、そのむき出しになった腹を存分に撫でる春子。
「では、そろそろ行くぞ」
それとは対照的に、頼蔵は表情筋を動かすことなくきびすを返した。
「大丈夫よ。怖そうだけど、あなたたちが捨てられて段ボール箱に入っているときに雨が降り出したら、見捨てずに傘を差してくれる人だから」
「そんなことはしない」
「するわよ」
断言する春子に頼蔵は足を止め、しばし、言葉を探す。
しかし、結局はなにも口にすることはなく、ファルヴの城塞へと足を向けた。
頼蔵と春子が先頭に立って、ファルヴの城塞を歩く。かつて、ユウトが現在のアルサス王夫妻にも同じことをしたと知ったら、頼蔵はどちらがましと考えるだろうか。
いや、頼蔵のことだから、どちらも等価値であると当たり前のように言うかもしれない。
「ここが、神様の住処でしか」
「でっかいでし」
「神々しいでし」
「さすがでし」
コボルドたちは、騒いではいるが、ある意味では神妙だ。
コロは、機嫌よさげに尻尾を振っている。自分の家を自慢できて喜んでいるのかもしれない。
そんなコボルドたちを案内している頼蔵の気分は、まさに保父。はぐれたりどこかへ勝手に行かないよう、気配りと監視は怠れない。
傍目には、誘拐犯にしか見えないのが残念なところだ。
「こっちに慣れたら、あなたたちには掃除とかをお願いすることになるのよ」
「掃除でしか」
「綺麗なのはいいことでし」
「お任せでし」
どこまで信じていいものか分からないが、やる気はあるようだ。
ユウトは、コボルドたちに街の清掃やゴミの運搬。それに、将来的には数人一組で宅配業を任せることも考えていた。
そして、ファルヴで上手くいけば、ハーデントゥルムやマインツに拡大していくことも。
今の求人を奪うことにもなりかねないのだが、好況に沸くイスタス公爵領には働き口はいくらでもある。
そして、教育制度が充実していけば、なり手も少なくなることだろう。
そこにコボルドたちを当てはめるのは、将来のことを考えても悪くない。もちろん、しっかり給金は渡して、消費拡大に一役買ってもらうつもりでもあった。
まあ実際のところは、無邪気に従うコボルドたちをユウトが邪険にできなかっただけなのだが。
「あ、おじさん……じゃなかった。お義父さんとお義母さん」
「これは……。ああ、ユウトが言っていたな」
そこに、カイトとユーリを抱いたヴァルトルーデと、だいぶお腹が目立ってきたアカネが通りかかる。
「手間をかけて、申し訳ない」
「ゆうちゃんのお願いだもんね」
「仕事だからな」
二人して同じことを言っているのに、こうも表現が違う。
先輩夫婦の物言いに、ヴァルトルーデとアカネが相好を崩した。
「初めましてね。勇人の妻の朱音よ」
「同じく、ヴァルトルーデだ」
「こちらも、神さまの奥さんでしか」
「美しすぎる奥さんでし」
「二人目でし」
「三人目でし」
「さすがでし、神さま」
美人の妻が三人も。
この精力には、コボルドたちも驚きを隠せない。それと同時に、群れの主としてふさわしいとの認識をさらに深める。
ユウトがいたとしても、事実であるだけに誤解を解くのは難しかっただろう。
「そーよ。もうすぐユウトの三人目の子供も生まれるからね」
「神様家族、安泰でし」
「そうだな。カイトとユーリも気に入ったようだぞ」
腕の中で元気に身をよじり、コボルドたちに触れようとする子供たちをあやしながら、見る者すべてを浄化させる笑顔を浮かべるヴァルトルーデ。
後にユーリがロートシルト王家に輿入れする際、小間使いとして特に仲の良いコボルドを数名同行させることになる……とまでは、神の階に足をかけたヴァルトルーデでも予想はできていなかった。
「…………」
平然と言葉を交わす義理の娘たちの姿に、頼蔵は無言で感心していた。
母は強しと、簡単に言っていいものか。
なんにせよ、ユウトには、できた配偶者を得たものだと思う。
「それだけ、ゆうちゃんが立派に成し遂げたからよ」
「そうか?」
「そうよ。お父さんの息子だもの」
春子の息子でもあるのだが……そんな無粋なことは言わなかった。
ヴァルトルーデたちと別れて城塞を後にした一行は、ファルヴの街へ歩みを進めた。
といっても、一日で隅々まで紹介することはできない。それは最初から分かっていたので、頼蔵は時計塔の建つ花嫁広場へ向かうことに決めていた。
ユウトとヴァルトルーデの結婚式が行われた、頼蔵にとっても思い出深い場所。
出店も出ており、コボルドたちに買い物を教えるという意味でもちょうどいいと判断したの……だが。
確かに、出店――屋台は出ていた。
「さあ、お客さん。いいところに来たね」
「歓迎する」
むしろ、待ち構えていた。
ラーシアは満面の笑み。ヨナはいつもの無表情という違いはあったが。
「それじゃ、ボクとヨナのラーメン対決はーじーまーるーよー」
「美味しいと思ったラーメンに、使い終わったフォークで投票してもらう」
有無を言わせぬ強引さで、話を進める二人。さすがの頼蔵も対応に迷いが出る。
その間隙を縫って……というわけではないが、見慣れぬ料理にコボルドたちがわらわらとふたつの屋台を囲む。
「ラーメンでしか?」
「そう。ラーメンは、おいしい」
「なら、食べるでし」
「じゃあ、順番に並んで並んで」
「ちゃんと両方食べられるよう、サイズは小さめで提供する」
アシスタントであるヨナの友人たち――レンはいなかった――が列整理を行い、コボルドたちはふたつの屋台の前に行儀良く並んでいく。待つのは得意らしい。
そして、その光景を「ああ、またなんか領主様がやってるんだな」と一目見て通り過ぎていく住民たち。
その勢いに巻き込まれ、頼蔵と春子も最後尾に並ぶこととなった。
ヨナとラーシア。
どちらも、ユウトの良き友人である。
特に、ラーシアとの気の置けないやりとりは頼蔵もたびたび目にしており、実は、ユウトが異世界へ行って得た最大の財産であると信じていた。
ユウト本人が聞いたら、かなり真剣に誤解を解きにかかるだろうが。
また、ヨナというアルビノの少女からも、ユウトは慕われているようだ。
肌が真っ白で、体も細い。当初は健康に問題がないのか心配したものだが、早々に杞憂へ変わった。
それはいいのだが、ユウトへの好意が過剰な点が気にかかる。ユウトと結婚するつもりだという話もある。
もし事実であれば、頼蔵は、ユウトが重婚をすると告白をされたときなど問題にならない詰問を行わなければならない。
ともあれ、二人とも世界を救った――このフレーズだけだと実にうさんくさいのだが、真実であるらしい――という英雄の一人。
にもかかわらず、こんなことをしていていいのだろうか。
まあ、子供が、自由に遊べる状態になったのは歓迎すべきかもしれない。
そんなことを考えているうちに行列はさばかれ、頼蔵の番が回ってくる。
「どうぞ」
とても客商売には向いていない無愛想さで、ヨナが発泡スチロールの器に入ったラーメンを差し出した。
箸と一緒にホカホカと湯気を上げるどんぶりを受け取った頼蔵は、列から離れて妻の春子と合流した。
「そっちは味噌ラーメンなのね」
「ああ。そちらは、醤油か」
ヨナの新作は、味噌とんこつラーメンだった。
味噌の香りがかぐわしい、濃厚なスープ。とんこつスープのがつんとした旨味と、調合した味噌の風味が渾然一体となっている。
具材は、半熟の煮卵、キクラゲ。煮豚にネギがどっさり。
麺ももちもちとして、スープに良く絡む。のど越しもいい。
激戦区のこだわりの店で出されるようなクオリティだ。
「あら、お父さん。そんなに早く食べるなんて珍しいわね」
「……もう一杯も食べてみなくてはな」
公平に対応するべきだと、今度はラーシアの屋台に並ぶ。
程なくして受け取ったのは、王道の醤油ラーメン。
スープは琥珀色で美しいが、具はメンマやチャーシュー海苔などなんの変哲もない。その代わり映えのしない見た目に、頼蔵は少しだけ失望を憶えた。
それなのに――
「美味いな」
――オーソドックスなのに、美味いのだ。
なんとも懐かしい。
同じものを食べたことがなくとも、昔食べた気がする。そのノスタルジーがさらに旨さを加速させる。
普通に美味い。
それが最上の褒め言葉となる一杯だった。
「ふふふ。ユウトパパが欲しいのはこれだね?」
「……まだ仕事中だ」
そこに、一仕事やり遂げたラーシアがやってきた。
水滴に濡れた缶ビールを持って。
「でも、だからこそ美味い。そうでしょ?」
「…………」
その意見は、さすがの頼蔵も認めざるを得ない。まだ日が高いうちに、それも、ラーメンを食べた直後にあおるビール。
それが、不味いはずがなかった。
「お父さん、別に誰も怒らないわよ」
「しかしだな」
「じゃあ、代わりに私がもらっちゃおうかしら」
「どーぞどーぞ」
春子の喉が上下に動き、ビールが通っていくのが外からも分かる。そして、そののど越しも味も、容易に想像できた。
これで我慢できるのは、苦行僧ぐらいのものだろう。
「さささ、一献」
「…………」
無言でもう一本の缶ビールを受け取ると、勢いよくプルタブを開け、間髪を容れずに流し込んだ。
口ではなく、喉で味わうかのように喉を鳴らしてあおっていく。
「ふう……」
「今日は特別だけど、普段は夜屋台出してるから。食べに来てね!」
「……そうか」
その誘惑に、抗しきれるだろうか。
短く答えつつも、頼蔵には、自信がなかった。
そんな夫の様子を春子が面白そうに眺めている。巌のような人間だけに、振り子のように揺れる様が面白いのだろう。
あるいは、二人一緒に夜の屋台へ行くところを想像しているのかもしれない。
ちなみに、ラーメン勝負の結果は、意外な大差となった。
「肉、美味しいでし」
「スープ飲み干してしまったでし」
コボルドたちが好んだのは、濃厚なヨナの味噌とんこつラーメンだったのだ。
「う。負けた……。万人に美味しいラーメンを目指したボクのラーメンががが」
「実際には、紙一重だった」
大差に落ち込むラーシアに、ヨナが肩をたたいて――ただし、無表情で――慰める。
「今回は、とんこつを気に入ったコボルドたちが多かった。それが、勝負の決め手」
「多かったって言うか、コボルドしかいなかったけどね!」
こうして、必然性のかけらもないラーメン対決は、師であるヨナの面目を施すかたちで決着が付いた。
最後に、神の台座に移動した。
墓所、迷宮、図書館などがあるが、目当ては力の神の修練場。それも、闘技場ではなく、アスレチックが完備された、運動場だ。
「これが、コボルドか」
そこには、岩巨人の大族長、エグザイルが待ち構えていた。
頼蔵は、ユウトの仲間では、エグザイルが一番の常識人だと思っていた。
それはエグザイルの戦いぶりやラ・グの試合風景を見たことがないからであり、いずれ誤解も解けることだろう。
「ここはなんでしか?」
「運動場だな」
「走っていいでしか?」
「ああ」
「飛び跳ねても?」
「もちろんだ」
コボルドたちが一斉にわき上がる。ついでに、コロも。
「ただし、こちらの修練に付き合ってもらう」
「それはどういう?」
引率者の責務として頼蔵が問うと、エグザイルは重低音のバスでこともなげに答える。
「簡単だ。うちの連中を追いかけ回してもらえば、それでいい」
エグザイルの背後に居並ぶ、岩巨人騎士団の面々、領地が拡大したため新人を登用したのだが、アジリティが不足していた。
それを補うための、追いかけっこ。
コボルドに追いつかれた者には相応の追加メニューが課せられるが、それを言う必要はないだろう。
「いいでしか?」
「やっていいでしか?」
「ああ。ただし、無理はしないように」
神さまの父上の許可が出ると、コボルドたちとコロが走り出す。それを受けて、岩巨人たちも。
胸甲を身につけた岩巨人が集団で駆け出すと、かなりの迫力がある。
「すごいわね、お父さん」
「……そうだな」
「ほら! 負けちゃ駄目よ! そこ、ああ、惜しい」
それなのに、普通に声援を送る春子は大物だ。そう、結婚。いや、恋人時代から何度思ったか分からない感想がよぎる。
同時に、今日は単に遊んだだけではないかという感想も。
なにしろ、町中の散歩に食事。そして、最後は、ドッグランだ。
「これが、ユウトの言うWin-Winというやつだな」
そんなエグザイルのつぶやきに、反論の言葉が見つからない。
こうして、移住初日はコボルドたちも大満足で過ぎていった。
夜は、ユウトたちとは別に食事を摂るようにしている。いつも一緒ではお互いに気が滅入ってしまう。
これくらいの距離感を保ったほうがいいだろうという判断だ。
今日の夕食のメニューは、ミートソースのパスタに、チーズやソーセージ。いずれもイスタス公爵領内の産品で作られ、出来も悪くない。
ユウトが苦心して生み出されたと思うと、なおさら美味く感じた。
そんな夕食を挟んで、テーブルの向こう側に座る春子が、頼蔵に語りかける。
「ねえ、お父さん」
「なんだ?」
なにが嬉しいのか。
妻の春子は、満面に笑みを浮かべていた。
「今日は、楽しかったわね」
「……そうだな」
晩酌のウィスキーのグラスを片手に、頼蔵は答える。
「いつも通りの、普通の一日だったな」
頼蔵にしては出色のジョークに、春子は声を上げて笑った。
島で出会ったブラックドラゴンが、ヨナが開くテーマパークのマスコットになる話を入れられなかったのが心残りです。