番外編その7 漂泊の守護神 第十四話
「これは、確かにご神体と表現したくなるな」
「むしろ、他に表現のしようがないわね……」
黒竜モールゴシュの案内により、次元の穴と異質なる征服者を確認した二人。
現状では対応が難しいと判断し、工場長が残したという“ご神体”へと向かった。
それは、山の麓。
雪山と熱帯雨林の切れ目に当たる部分に、埋まっていた。
苔むしてはいるが、鋼鉄か、あるいはそれに類する物でできているだろう全身鎧の騎士。
下半身に当たる部分は雪や地面に埋まっているため全長は分からないが、見えている部分だけでも20メートル近くあるようだ。
ユウトたちの目の前にあるそれは、確かに、ご神体という表現がぴったりだった。
「あっしがこの島に来たのは、子猫みたいに小さな時分で工場長の顔も名前も憶えてないぐらいなんでやんすがね」
感心し――あるいは、呆然とし――ている二人に、ここまで案内したモールゴシュが懐かしむように言った。
「ですが、これだけはしっかり憶えてるんすよ。島に危機が訪れたなら、このご神体――アルスマキナを動かせと言われていたことは」
「アルスマキナ……か」
大いなる機械。
やはり、これは異世界へ転移しても滅多に遭遇したことのない代物らしい。
(朱音が喜びそうだ。いや、忠士さんがか?)
そんなことを考えていたユウトは、重大なことに気づく。
「じゃあ、こいつの動かし方が分かるのか?」
「それはさっぱりで」
モールゴシュが次元の穴の危険性を知っているのに、この状態なのだ。手を尽くしたのだろうが、結局、動かなかった。
それくらいは、あらかじめ推測できる。
まあ、気軽に使われて肝心なときに駄目になっていたら困るという、工場長の気持ちも分かる。
「分かるけど、不親切だなぁ」
「それよりも、ユウトくん」
黙ってユウトとモールゴシュのやりとりを聞いていたアルシアが、小首を傾げて質問をする。
「これは、動く物なの?」
「そりゃ、動くんじゃないの?」
全身鎧をまとった巨大な騎士像。
それを上から下に眺めながら、ユウトは応えた。
「むしろ、動かないほうがびっくりなんだけど」
なにしろ、大いなる機械――アルスマキナだ。
「確かに、アカネさんならそう言いそうね……」
今ひとつ釈然としていないようだが、アルシアはうなずいた。
「とりあえず、調べてみる?」
「そう……だね……」
不承不承とまではいかないが、気が乗らない風情でユウトが同意する。
その理由は、どうせ、手がかりは見つからないだろうという推測がひとつ。
もうひとつは、起動に心当たりがあった。ありすぎたからだ。
「調べると言うことなら、もう、何十回となく調べてるんすが」
「……なにも見つからなかった?」
「ええ。継ぎ目ひとつ。吐息を吐いても、傷ひとつつかなかったっす」
「そうか」
一応調べても構わないが、時間の無駄になりそうだ。
ぎりぎりまで差し迫っているわけでなはないとはいえ、悠長に構えている時間もない。
「アルシア姐さん、ちょっと離れてて」
「例のエレメンタル・リアクターを使うつもりなのね?」
「うん。でも、なにが起こるか分からないから……」
「分かったわ。でも、近くにいたほうが対処しやすいわ」
「……ヴァルから、アルシア姐さんが無事なら、俺になにがあっても安心って言われてたでしょ?」
「時と場合によるわよ」
「……分かったよ」
アカネの出自による部分を除けば、ユウトと最も価値観の近いアルシア。しかし、理屈や効率による説得を拒否された場合、ユウトにできることはない。
「いやぁ。雪山近いのにあっついっすね」
「悪かったな」
いや、できることがひとつだけあった。茶々を入れる黒竜をにらみつけることだ。
質量で言えば何十倍も違う人間の視線を受けて、モールゴシュは露骨に顔をそらした。人間なら、口笛でも吹いているところだろう。
だが、ユウトはそれ以上の追及はしない。そんな場合ではないというのもあるし、ラーシアよりもよっぽど殊勝な態度だからだ。
まあ、ラーシアより酷いリアクションには、そうそう出くわすことはないだろうが。
「さて、こいつをどう使えば……」
笑顔を浮かべそうになったユウトは無理やり表情を引き締め、無限貯蔵のバッグからエレメンタル・リアクターを取り出した。
人間の拳よりも二回りほど大きい宝玉。
それだけで価値を推し量るには十分だが、ある意味、そんな常識的な存在ではない。
見る角度により、三角形にも直方体にも円柱にも正二十面体にも、それらの複合体にも見える不思議な宝石だ。
色も、黄、青、赤、紫、白、黒。六源素の象徴色がプリズムを放っている。
その色から分かるとおり、エレメンタル・リアクターは自ら源素界へアクセスし、位相の違いによってエネルギーを汲み出すある種の永久機関だった。
この危険な代物を、どうやってアルスマキナに搭載するか。
そんな心配は、杞憂に終わった。
再びこの世界に出現したエレメンタル・リアクターは、独りでにユウトの手から離れて浮遊した。
「ユウトくん!?」
「大丈夫。害はない……と思う」
まるでそうするのが当然と言わんばかりに、エレメンタル・リアクターは埋もれている騎士像――アルスマキナの胸部へと一直線に飛んでいく。
そして、衝突するのではなく、まるで水面に落ちていくかのようにアルスマキナへと吸収されていった。
「ユウトのアニキ、そいつは……」
「雪山の塔で作っていた物だよ。状況的に、工場長の仕込みで間違いないだろう」
「なるほど。動かんわけですわ」
そのとき、妙なる調べが無人島に流れ出した。
思わず聞き惚れてしまい、聞く者の心を打ち、あるいは、自然とメロディを口ずさんでしまう。
そんな音楽が。
同時に、巨大な騎士像――アルスマキナが振動し、表面の苔や汚れがはがれ落ちていく。
続けて目に当たる部分に光が灯り、先ほどエレメンタル・リアクターが飲み込まれた胸部が音を立てて開いていく。
「壊れたのかしら?」
「いや、違うよ」
ユウトは、心配そうなアルシアの手を握り、残ったもう一本の手で開いた胸部を指し示す。
そこには、上下にふたつの操縦席が存在していた。どうやら、コックピットのようだ。
「おあつらえ向きだな」
「こいつは、あっしじゃ無理ですわ」
「外を警戒しててくれ」
モールゴシュにそう依頼すると、《遠距離飛行》がかかったままだったユウトは、アルシアの手を取ってコックピットへと飛ぶ。
「え? 私もあそこに座るの?」
「座るというか、乗るというか」
「なるほど。乗り物だったのね……」
ようやく理解の追いついたアルシアが、覚悟を決めて下の操縦席に座った。
パイロットシートの座り心地は悪くない。しかし、二本突き出た棒――操縦桿――や足下のペダル。それに、コンソールに並んだ計器やボタンの類いは、なにがなんだか分からなかった。
「ユウトくん、これは――」
上の操縦席へ振り返りつつ、アルシアは頼りになる夫へ説明を求めたところ、上下に開いていたハッチが音を立てて閉じた。
コックピットが暗闇に包まれる。
「ユウトくん!?」
「大丈夫。パイロットがそろったから、入り口が閉じただけだと思うよ」
暗闇には慣れているが、目を開いたときの暗闇は話が違う。
それを悟られないように夫の名を呼んだアルシアは、冷静な答えに焦燥感が消えていくのを感じていた。
ユウトが、《灯火》の呪文を使用し、その焦りは完全に消え去る。
「……どれか押せば、起動するかな?」
「変な操作をして、爆発したりしないわよね?」
「ラーシアがいないから、大丈夫じゃないかな」
気楽に請け負って、ユウトはコンソールにあるボタンを適当に押そう――としたところで、突如としてコックピットの前面に立体映像が出現した。
最初はノイズ混じりで、輪郭すら曖昧だった立体画像。
それはやがて、チューニングが合ったかのようにひとつの像を浮かび上がらせた。
一人がけのソファに座って鷹のように鋭い視線でこちらを見つめる、白衣を身につけた禿頭の老人の姿を。
「私の名は、シュヘンダーク。人は私を工場長と呼ぶ」
「……いきなり、なんなの? なにが起こっているの?」
突然スクリーンに現れた、禿頭の老人。映像自体に魔法的な処置が施されているためか、言葉の意味が分からないわけではない。
しかし、よく分からない魔法具に乗り込んだら、これだ。
アルシアには、なにが始まろうとしているのか、まったく理解できなかった。
「……やっぱり、朱音がいたら、大喜びしそうだな」
一方、上の操縦席に座ったユウトには、これからなにが起こるのか。おぼろげながら理解できていた。
理解できていたというか、見たことがあると言うべきか。
とにかく、アルシアより余裕があるのは確かだった。
「遙か未来の人よ、どうか私の話を聞いてほしい。世界の滅びを防ぐために」
「……そういうことなら、拒否はできないわね」
独り言なのか。それとも、動画に返事をしているのか。
アルシアが発した判断に困る言葉に思わず笑いそうになったユウトは、軽く頭を振って心を入れ替え、工場長ことシュヘンダークの話に意識を集中させる。
「私の研究に関しては、非常に多岐にわたるうえに高度なため、省かせてもらう。本題ではないからね」
「ええ」
「端的に言えば、私は、この世界が異質なる征服者により滅び去ると確信するに至ったのだ」
意外ではない。
この状況で、他の話が出てきたほうが、よほど驚きだ。
しかし、だからといって歓迎できる話でもなかった。
「その危険性を、私は世界に訴えた。しかし、誰も理解しようとはしなかった。わずかにいた理解者も、いつ起こるとも定かではない危機を真剣に取り合おうとはしなかったのだ」
それは、誰を責めるわけにもいかない。
ユウトだって、何百年後にとんでもないモンスターが現れると言われても、それは未来の人間に任せようと言うはずだ。
「どうやら、ユウトくんみたいに優しい人のようね」
「いや、それは買いかぶりすぎ……」
ユウトは否定するが、アルシアは取り合わない。
シュヘンダークの話が続いたからというのもあるが、時間が有っても同じだったろう。
「そこで、私は一計を案じた」
「……それが、この島か」
「そう。この島のことだ」
ふとつぶやいたら映像と会話が成立してしまい、下の操縦席からアルシアがこちらを見上げていた。
露わになった瞳は、驚きに丸くなっている。
しかし、一時停止ボタンなどない。ユウトが説明するよりも先に、映像は進んでいく。
「滅びがやってくるのは、止められない。ゆえに、私はコントロールを試みた」
そうして語られるシュヘンダークの行動は、ユウトすらも驚かせるものだった。
「来たる日、この島に次元の穴が現れるよう誘導した。私の最高傑作であるアルスマキナを、動力源のみ未完成の状態で置いた。他の土地で苦難にあえいでいたコボルドたちを救出し、恩に着せてこの島へと移住させアルスマキナを信仰の対象とするよう仕向けた。万一、誰かにこの島が見つかっても、アルスマキナがただの騎士像だと思わせるために」
やや心苦しそうにシュヘンダークは言った。
決して悪いとは言えないが、コマのような扱いをしたことに罪悪感があったのだろう。
「そしてまた、ドラゴン・キンとドッグ・キン。二種のコボルドにアルスマキナを神聖視させることで、両者に認められなくてはアルスマキナに近づけない構造を整えた」
そこまで考えていたのかと、ユウトは思わず感心した。
同時に、自分にそこまでのことができるだろうかとも。
その答えを出す暇もなく、立体映像のシュヘンダークは説明を続ける。
「コボルドたちを駆逐し、力尽くで進ませないよう、ドラゴンの卵を探し出し、この島の生き字引となるようある程度教育を施した。そして、アルスマキナの動力炉となるエレメンタル・リアクターを自動で作り出すよう、魔力を吸収する塔を作りあげた」
一見無駄のようにも思える仕組み。
しかし、それはユウトとアルシアという形で結実していた。
「今、この映像を見ているキミたちは、二種のコボルドと黒竜に認められた正義の心を持つ者なのだろう。ああ、私はそうであることを信じる。信じることしかできないからではない。正義は不滅であることを信じるがゆえに信じるのだ」
シュヘンダークの信念は正しかった。
「心あらば、応えてほしい」
しかし、その正しさを未だ知らぬ立体映像のシュヘンダークは、懇願する。
「世界に平和を。地に安寧を。そして、悪に鉄槌を」
今までずっとソファに座ったままだったシュヘンダークが立ち上がる。
そして、叫ぶ。
「征け! 正義の心を胸に!」
ヴァルトルーデが大喜びしそうな台詞。
それが、工場長の最後の言葉だった。
シュヘンダークの立体映像がぶつりと切れる。
そのとき、コックピットのスクリーンやコンソールに光が灯った。
生まれようとしている。
始まろうとしている。
そして、エレメンタル・リアクターが勇壮な音楽を奏でた。同時に、周囲の雪や岩盤を震わせて、徐々に徐々にアルスマキナが本来の姿を取り戻していく。
世界の滅びを予見した孤独な男の希望が、復活を果たそうとしている。
勇壮なる調べが、最高潮に達した。
同時に、アルスマキナが山肌から脱し、一直線に天を目指す。
「おおお、ついに!」
黒竜が、歓声を上げた。
その目の前を通り過ぎ、さらに天高く舞い上がってからアルスマキナは止まった。
太陽を背に、巨大な全身鎧の騎士――アルスマキナが両腕を広げ、エレメンタル・リアクターがうなりを上げる。
それは、世界を救う機械仕掛けの英雄があげた産声だった。
発進シーンに合わせて遊星爆弾を落としたかったけど、どちらかというと主人公が隕石落とす側でした(馬鹿め)。
というわけで、長々とお付き合いいただきありがとうございました。
無人島シリーズ来週で完結です。
……二話同時更新でね!




