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番外編その7 漂泊の守護神 第十一話

「ここがブルーワーズじゃなくて、忘却の大地だとして……」


 コボルドたちが太鼓のリズムに合わせて踊り、宴を盛り上げる中。

 主賓として一番いい位置に座っているユウトは、心づくしの宴会料理を前に深刻な表情を見せた。


 ラブラドール顔のコボルドが、なにかいけないことをしたのだろうかと、そんなユウトを心配そうにのぞき込む。

 まるで、いたずらが見つかったときのコロのようだ。


 感情感知の指輪から伝わる心配そうな気配に、天草家の愛犬――つまり、アルシアにとっても家族だ――を思い出し、アルシアはふと口元を緩める。


「大丈夫よ、ユウトくんは考え事をしているだけだから」

「よかったでしゅ」


 心からほっとしたかのように、コボルドの指導者(リーダー)が胸を撫で下ろした。さっきまでぺたりと下がっていた尻尾が、今は上機嫌に揺れている。


 小さな体にふさわしいコミカルな動作に、アルシアはユウトの気持ちが少しだけ分かる気がした。


 だからだろう。


 考え事を続けるユウトに代わって、疑問を投げかける形で会話を続けたのは。


「ところで、なんで私たちは神様なのかしら?」

「神様では、ないでしゅか?」

「……そう言われると、なかなか難しいところね」


 厳密には、まだ神ではない。最大限に譲歩しても、その見習いといったところだろう。アカネは「神様のインターンね」などと苦笑しつつ言っていた。


 ただ、その事実をコボルドたちは知らないはず。


 彼らは、なにを以て、二人を神だと判断したのか。


 それがアルシアには分からなかったのだが、コボルドたちの理論は実に単純明快だった。


「海の主だったツインヘッドシャークを倒して、下げ渡してくれたのに神様ではないでしゅか?」

「そういう見方もあるわね」


 ツインヘッドシャークを倒したのは偶然で、八つ当たりに近い。いや、そのものだ。

 死体を放置していたのも、ユウトとアルシアにとっては喫緊の問題ではなかっただけ。


 しかし、コボルドたちからすると、話はまるで違ってくる。


 恐らく、《光輝襲撃(シャイニングアサルト)》で倒したところを離れた場所から見ていたのだろう。


 ツインヘッドシャークをあっさりと駆逐し、しかもそれを下賜してくれた。実際には、ただ放置しただけなのだが、そうと知らなければ自分たちのために残してくれたと解釈しても仕方がない。


「雪山の呪いを解いて、塔の側に岩山を出現させたのも神様たちに違いないでしゅ」

「……もう少し、人目を気にするべきだったかしらね」


 さらに、《炎熱障壁(ファイア・ウォール)》で争いを制止したのだ。


 強大な力を持ち、自分たちに友好的に振る舞ってくれる。


 神さまと崇められるのも、ある意味で当然のことだった。


 加えて、コボルドたちにとって、工場長(プラント・マネージャ)は、絶対の存在というわけではないらしい。


「危ない所からこの島へ運んできてくれて、ご神体の管理というお仕事をくれた人でしゅ」


 ――という具合に、恩人ではあるが、絶対服従を誓うとか、そんな間柄ではないようだ。


「でも、すぐにどこかへ行ってしまったのでしゅ」

「あなたたちは、どれくらい前からここに?」

「ずーーと昔でしゅ」


 文化の差だろうか。それとも、この島で暮らすだけなら不要だからか。年月の経過については、かなり無頓着だった。


「どっちにしろ、面倒なことになりそうだ」


 その時、思考の海から戻ったユウトが、唐突に言葉を発した。

 ラブラドール頭のコボルドの指導者(リーダー)は当然、アルシアも、その真意は掴めない。


「……面倒とは、ここがブルーワーズではなかったということ? 確かに驚きはしたけれど、帰りはトラス=シンク神がどうにかしてくださるのだから、大きな問題ではないのではない?」


 コボルドが発した工場長(プラント・マネージャ)という名により、新事実が判明した。まだ確定というわけではないが、ここが慣れ親しんだ世界ではない可能性は非常に高い。


「うん。そこは心配していないよ」


 しかし、ユウトが気になっているのは、そこではなかった。


「ここでの探索行(クエスト)が完了した後、この島の存在をどうしたらいいかと思ってさ」

「それは、気が早いのではない?」

「まあ、そうなんだけどね」


 推定:バナナの葉に盛られたマンゴーに似た果物をかじりながら――多少えぐみはあるが、甘かった――ユウトはなんでもないことのように言う。


「だけど、もしかしたら時代までずれてる可能性もあるからね。その場合、彼らの保護も考えなくちゃいけない」

「……まさか」


 世界だけでなく、時間までずれているというのか。


 それは、トラス=シンク神が単独で可能なのか。


 疑問はいくらでも湧いてくる。


「私たちは、過去にいるかもしれないと言うの?」

「ああ。だって、ラーシアやエリザーベト女王の話だと、忘却の大地は何度かの災厄で普通の動物がほとんど死滅してるらしいから」

「……もしかしたら、ここは一種の隠れ里のようなものかもしれないわよ」

「うん。もちろん、その可能性もある」


 そして、それはそれで問題であることに、遅まきながらアルシアも気がついた。


 もし同じ時代であれば、ここは宝の山だ。忘却の大地にどんな国があるかは知らないが、争奪戦が起こっても不思議ではない。


 そうなれば、コボルドたちはどうなるか。


 あるいは、災厄が起こったという過去であっても、このままではコボルドたちが不幸に見舞われることは確実だった。


「なんにせよ、ドラゴン・キンと会って、ご神体の正体を確かめてからだ」


 果物の残りを一気に飲み込むと、ユウトは勢いよく立ち上がった。

 太陽は、未だ中天にある。活動する時間は、充分にあった。


「ドラゴン・キンの住処へ案内してくれないか?」

「なんででしゅか? 宴会の途中でしゅよ?」

「……そうきたか」


 当然受け入れられるだろうと伝えた要請に対し、返ってきたのは困惑だった。


 つぶらな――それこそ、犬のような――瞳を向けられたユウトは、まるで毒でも受けたかのように身をよじった。

 大魔術師(アーク・メイジ)の中で、切実な葛藤が繰り広げられているに違いない。


「どうしてもというのであれば、案内しましゅが……」


 ちらりと、ラブラドール頭のコボルドの指導者(リーダー)が背後を見る。そこには、いい具合に焼けつつあるツインヘッドシャークの姿――輪切りだが――があった。


 ちょうど焼き上がりそうなのに、もったいない。


 尻尾が垂れ下がっていることからも、そう思ってることが一目瞭然だった。


 そんな風に哀しそうにされると、強制などできない。少なくとも、ユウトにできはしなかった。

 信者に対して甘いようにも思えるが、トラス=シンク神のアルシアへの対応も甘さでは負けていないので、ある種の伝統かもしれなかった。


「いや、うん。後でいいよ」

「そうでしゅか!」


 ラブラドール頭のコボルド指導者(リーダー)が飛び上がり、喜びを露わにする。そのまま、ツインヘッドシャークの焼き場へと駆け出していった。


「仕方がないわね」

「急ぎってわけじゃないし、別にいいんだけどね」


 ござに座り直しながら、複雑な表情でユウトが答えた。


 不満というわけではない。ただ、急いでいないと言いつつ、こんな風に時間を無駄にしていいのかと、気にしている様子だった。


「なんというか、ユウトくんは休み方が下手よね」

「そうかな? そんなことはないと思うんだけど……」


 具体的な根拠のない反論に、自分でも説得力がないと思ったのだろう。語尾が徐々に小さくなっていく。


 この辺り、ユウトは根本的にスローライフに向いていないのだろう。

 ヴァルトルーデが叙爵されず、ユウトが家宰にならない。そんな未来があったとしたら、どんな風に暮らしていたのだろうか?


 アルシアは、ふと、そんなことを思った。


 そして、そこに自分の居場所はあったのだろうか……とも。


「ユウトくんは、そんなに早く探索行(クエスト)をクリアしたいの?」

「なにが起こるか分からないんだから、そりゃ、早いほうが――」

「そうなると、この島からも出てくことになるのだけれど?」

「それは……そう……か」


 ようやく、その事実に思い至ったらしい。


 ユウトが解決に乗り出せば、もちろんアルシアも協力することとなり、探索行(クエスト)は達成されることとなる。


 そうなれば、この島での生活も終わり。ファルヴへの帰還の途につくことになる。なってしまう。


 そう。もう、帰らなければならないのだ。

 ヴァルトルーデとその子供たちやヨナが心配な気持ちはあるが、たったの二泊では寂しすぎる。


 そんな意識が働いて、アルシアは意地悪な質問をしてしまう。


「もう、私なんて飽きたってことなのかしら?」

「いやいやいやいやいや」


 慌てて否定してくれるのが嬉しくて、アルシアは心の中で微笑んだ。


 そう、心の中でだけ。


 表面上は、顔色ひとつ変わっていない。


「本当かしら?」


 だが、それは失敗だった。


「じゃあ、今夜また証明してみせるよ」

「がはっ、げほっ」


 思わぬ反撃を受けて、アルシアがむせる。


「神様、できあがったでしゅ」


 そこに、ラブラドール頭のコボルドの指導者(リーダー)……だけでなく、木を輪切りにしたような皿を十人近くのコボルドが運んできた。


 その上には、ツインヘッドシャークの一番いいところ。ツインヘッドシャークの頭部――片方だけ――が載せられていた。


 ツインヘッドシャークの兜焼きとでも言えばいいのか。ドンッと巨大な頭部が、二人の目の前に置かれた。


 しかも、それだけではない。

 ご丁寧に目玉の部分をほじくって、二人に恭しく献上される。


「神様、どうぞでしゅ」

「アルシア姐さん……」


 どうしようと愛する妻を見ると、真紅の眼帯で視界を塞いでいるアルシアの姿があった。つまり、気付いていない。


「じゃあ、せっかくだしいただきましょうか」


 木匙を持って目玉の部分を食べようとするアルシア。

 もしかすると、平気なのかもしれないが……。


「いや、先にお返しを出そう」


 さりげなくアルシアを制止し、ユウトは無限貯蔵のバッグから山羊の燻製とワインを取り出した。エグザイルとラーシアの餞別だ。

 

「ワゥーーーンッ! ワゥーーーンッ!」


 それを見て、コボルドたちが嬉しそうに遠吠えをあげた。

 物が嬉しいのか、ユウト――神様からもらえたことがうれしいのか。それとも、その両方か。


 答えは分からないが、ユウトとアルシアから視線がそれる。


「エグザイルのおっさんが言ってたとおり、ラーシアの嫌がらせアイテムが役に立ってるなぁ」

「本人が聞いたら、苦虫を噛み潰したような顔をしそうな話ね」


 役に立ちそうなものを贈って、ユウトが嫌々使うのが楽しみなのだ。

 それが、コボルドたちに与えられて素直に喜び、その光景にユウトが相好を崩すなど、草原の種族(マグナー)にとっても、予想外だったに違いない。


「ところで、それ、ツインヘッドシャークの目玉の部分なんだけど、食べる?」

「……やっぱり、ヨナも連れてくれば良かったわね」


 夫の機転で救われたことを知り、アルシアは思わずアルビノの少女の顔を思い浮かべる。


「ヨナはヨナで、自分は食べたうえで、俺たちにもちゃんと食べるように言いそうなんだけど」

「立派に育ってくれたわね……食べ物関係だけは」


 結局、宴はこのまま続き、活動を再開したのは翌日のこととなった。

この番外編、あと2~3話で終わる予定だったんですが、

予想外にコボルドとの宴のシーンが続いてしまい、分からなくなってしまいました。


でも、今月中には確実に終わるよ!

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