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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 2 もう一人の来訪者 第二章 異世界の日常

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5.会議は踊る(前)

 三木朱音から見た天草勇人は、どんな人間か。


 今更ながら、彼女はそんなことを考える。


 二人の出会いは幼稚園の頃までさかのぼり、お約束のようだが結婚の約束をしたような記憶がおぼろげにあるし、初めてバレンタインデーにチョコを渡したのもユウトだし、たいていの初めては彼と一緒だったように思える。


 ユウトは、特別凄い人間というわけではないと思う。

 学校の成績も、中学時代のサッカー部での実績も、普段の言動も。

 どこにでもいるとは言えないが、特筆すべき存在だとも言えない。

 しかし、今にして思えば集中力は凄かったと、アカネはあることを思い出す。


 高校受験を控えた夏。


 部活を引退した彼の前には山のように積まれた参考書と問題集があった。受験勉強のために買い揃えたものだが、誰に強制されたわけでもなく、全部やったら好きなものを買ってもらえるというわけでもないのに。

 黙々と、それが当たり前かのように山をすべて崩し、合格という結果を手に入れた。

 アカネならずとも驚く結果だが、彼は平然としていた。


 そして、高校受験を終えた後、彼に一本のゲームソフトを貸しだした。

 いわゆるオープンワールド系のRPGで、無数のクエストをクリアし出すとメインストーリーが置き去りになるという、時間泥棒とも言われた傑作だ。


 案の定というべきか、しっかりとはまった。


 寝食を忘れるという比喩があるが、文字通り睡眠も食事もせず、愛犬に散歩をせがまれなければ外に出ることもなく、春休みの間に200時間はプレイしたらしい。

 最強装備を作る準備をするだけで、8時間ぐらいかかった。

 などと楽しそうに語るユウトには、絶句するしかなかった。


 熱中すると止まらない。

 良くも悪くも、ユウトはそんな人間だった。


 そして、現状に不満を言わない。

 いや、言うのだが、口だけだ。

 結局は、どんなに高いハードルでも乗り越えてしまう。


 中学まででサッカーを辞めたのは、靱帯の怪我をしたせいだ。より正確には、続けることで再発するかも知れないと、両親に心配をかけないため。

 ユウトに聞けば否定するだろうが、それが真実だとアカネは思っている。

 日常生活に問題がないレベルまで回復したのは、黙々とリハビリに励んだ成果。

 大好きだったサッカーを理不尽に奪われても、恨み言ひとつ言わず厳しいメニューをこなしていった。


 そんなユウトの頑張りをアカネは知っている。

 目立たないユウトの、一所懸命なところを知っている。

 そんな彼を知っているという優越感混じりだが、アカネが自分の気持ちを自覚するまで、時間はかからなかった。


 要するになにが言いたいのかというと。


「勇人が貴族になるとか、どういうことなの……」


 場所は、いつもの食堂兼会議室。

 中央に置かれた長方形のテーブル。その短い辺にヴァルトルーデが座り、右側にはユウトとアカネ。その反対側にアルシア、エグザイル、ヨナの順番で並んでいる。当然だが、ラーシアは欠席だ。


 すでに日が傾きつつある夕刻。

 テーブルの中央には、先ほど届けられたばかりの書状が置かれ、その内容に関して会議が行われていた。


「というか、貴族って。なにそれ、実在してるの?」

「してるんだよ。そういうもんなんだよ」

「アカネ、私は一応その貴族なのだが……」

「そうは言うけどね、ヴァル」


 アカネにとって貴族などフィクションの存在だ。今回ユウトが叙爵予定の男爵など、最低位。マンガやアニメで出てきたら、「男爵? 大したことないのね」などと言っていただろう。

 現実だとしても、昔、日本にはそんな制度があった。今でも、あるところにはあるらしい。

 その程度の認識だ。


「元々、ユウトくんは帰郷を前提に断りを入れていましたから」

「帰らないんなら、貴族になれよってことか」


 アカネのぼやきに、アルシアとエグザイルの二人から律儀に答えが返ってきた。

 違う。そういう意味じゃない、とは言えない。


 なので、もうひとつ疑問を重ねる。


「そもそも、私はここにいていいの?」

「朱音には頼みたいこともあるからな。いてくれないと困る」

「そう」


 素っ気なく応じるものの、「いてくれないと困る」とまで言われて、嬉しくないはずがない。

 なんとも簡単だ。我ながらちょろい。


 しかも、それがイヤじゃないとはどうなのだ。


「ひとつずつ、検討していきましょうか」


 いつもはユウトの役目だが、当事者であるため代わりにアルシアが議事進行役を務める。

 どんな状況だろうとヴァルトルーデが務めることはないが、今はいつも以上に使い物にならない状態だ。


「ラーシアがいないこのタイミングで会議か……」

「いなくても良いときにいて、必要なときにいないって思ってる?」

「ヨナ、心を読むなよ」

「読んでない」


 できないとは言っていないところが恐ろしい。


「まずは話にも出たことだし、ユウトくんの叙爵についてかしら」

「断る……のだろう?」


 恐る恐る、ヴァルトルーデが尋ねる。

 涙目で、上目遣いで、怯えたような表情。まるで、家においていかれた子犬のようだ。


「たまに、ヴァル子のことを無性にいじめたくなるんだが、俺は正常だよな?」

「異常だけど、私も一緒にその(カルマ)を背負ってあげる」


 目と目で通じ合う幼なじみ――はさておき、アルシアが彼女の幼なじみのために口を開く。


「断りを入れることは、不可能ではないでしょうね」

「なら、決まりだ。うん、決まりだ」

「ただし、大義名分が必要です」

「たいぎめいぶん?」

「お断りするのに必要な、正当な理由……だな」

「私であれば、神殿に属しているため。エグザイルとラーシアの二人は、種族の問題。ヨナは――」

「いらない」

「年齢が大義名分となります」


 アルシアの説明に、押し黙る一同。

 小さく手を挙げてから、今度はアカネが発言する。


「勇人が地球人だって理由は?」

「そのユウトくんをこの国に引き留めるための叙爵なのですから、理由にはなりませんね……」

「そっか……」


 アカネが茶色がかった髪をかき上げ、天井を見る。

 アラバスターの白い天井が目にまぶしい。


「私が知ってるのは戦国時代の話だけど、陪臣を直臣にするって、例がないわけじゃないのよね」


 正面を向き直ったアカネが、そんな知識を披露する。


「そうなのか?」

「うん。豊臣秀吉が、上杉の直江とか伊達の片倉小十郎とか家康の石川数正を引き抜こうとしてたわ」


 得意そうに語るアカネだが、スタイリッシュな戦国ゲームにはまったことから得た知識だ。ゲームの開発者も、異世界で役に立つとは思わなかっただろう。


「こちらでも、諸侯が抱える有能な人材を騎士などとして取り立てる例はあります」


 ヴァルトルーデはロートシルト王国からこの地に封じられた貴族なので、その命令に服する義務がある。しかし、ユウトたちはあくまでもヴァルトルーデに仕えているため、国王の勅命を遂行する義務はない。

 そのため、直臣を増やすのには王国側にもメリットがある。

 分け与えられる土地は有限なのだが。


「直江とかは、どうやって断ったんだったかしら? 勇人、ちょっと調べて」

「ええと、ちょっと待て……」


 多元大全を取り出し、机の上に広げる。


「『自分の主は景勝以外にない』って言ったらしい。直球だな」

「なるほど。それにしても便利よね、そのユウトペディア」

「ユウトペディア言うな」


 いつもと変わらぬユウトとアカネの掛け合いを、ヴァルトルーデが羨望の視線で見つめる。

 だが、二人はそれに気付かない。


「そういうことなら、簡単だね」


 ヨナが落ち着きのない小学生のようにふんぞり返りながら言う。


「ヴァルは、もう絶対に手放さないぞって言ってた。理由はそれで」

「いや、言って……。まあ、確かに言ったが」


 もごもごと言い訳するヴァルトルーデがかわいい。

 それはそれとして、問い詰めなければならないだろう。


「勇人、どういうこと?」

「いや、まあ。若気の至りというか感情が爆発したというか」

「まあ、いいわ。後回しにしましょう」


 今はそんな場合ではないと、アカネは心のノートにメモしておく。追及して、あまりいい結果にはなりそうになかったというのもあるが……。


「それより、勇人自身はどう思ってるのよ」

「俺としては、受けるかどうかは別として、話を聞いても良いと思っている」

「なんっ……」


 絶句するヴァルトルーデ。

 激昂するかと思いきや、ほとんど涙目だ。どうにも情緒不安定。

 もっとも、涙目は別として絶句しているのはみんな同じだったが。


「勇人、ちゃんと説明しなさい」


 隣に座るアカネから、軽く頭を叩かれる。


「悪かった。ええと、あれだ。俺を貴族にするってことは、どこかに領地をもらえるってことでもあるよな」

「それはそうね」


 今まで話の行方を見守っていたアルシアが同意する。


「そうなると、王家の直轄地を削らなくちゃいけないわけだが――北の塔壁の周辺なんじゃないかと思うんだ」

「……北のとーへき?」

「ヴェルガ帝国――悪の帝国との最前線だと思えばいい」

「なるほど……って、そんな土地もらってどうするのよ。嫌がらせ?」

「まさか、ユウトをヴェルガ帝国との戦に駆り出そうというのか?」


 今までの気弱な雰囲気が、一瞬で消えた。

 瞳には剣呑な光が浮かび、全身に活力が満ちる。


「いやいや、まさか」


 そんなヴァルトルーデを、ユウトは笑って制した。


「そんな最前線にも、住んでいる民はいる。どこにも行き場が無くてね」

「もしかして、こちらに移住させる狙いで?」

「俺が頼んだら、断らないだろう?」

「まあ、そうだな。というよりもむしろ、ユウトにすべて任せるだろうな」


 いっそ清々しいほどの丸投げだが、今更誰もなにも言わない。アカネでさえも。


「つまり、どういうことだ?」


 沈黙を守っていたエグザイルが、結論を求める。


「前例があるのか特例なのかは分からないけど、向こうが想定しているのは、俺はイスタス伯爵家の家宰のまま、別の男爵家の当主になるってことだと思う」


 イスタス伯爵領には未開拓の土地が残っている。そこに北の住民を移住させ、空白地には屯田兵でも入植させるか。

 その移動のために、自費で馬車鉄道を敷くことも考えられる。

 そして、使用料を支払うのか徴発するのかは分からないが、その路線を王国が使用することも考えているかも知れない。


「つまり、ユウトの苦労が倍になる?」

「うん、そうだね。ヨナ、少しはオブラートに包もうか」

「おぶらーと? 意味が分からない」

「そりゃそうだよな……」


 ヨナにあっさりといなされて、ユウトがうな垂れる。


「う~ん」


 そんな幼なじみを横目に見つつ、アカネが口を開いた。


「そもそもなんだけど、帰るつもりはあるから貴族になんてなれませんよ、って言ったら駄目なの?」

「いや、それはできない」


 思っていたよりも、きっぱりとした真剣な声音。

 その声に、アカネの心が大きく揺さぶられる。


「どういう形になるか分からないけど、少なくとも帰ったままにするつもりはないから」

「そう……なんだ」


 ユウトの言葉を聞いて、対照的な表情を見せるヴァルトルーデとアカネ。


「だが、ユウト。それは当面の理由としては使えるのではないか?」

「本当にその場しのぎだけどな」

「結論としては、今の身分を保ったままの叙爵であれば受け入れる用意はある。それ以外は、断る……かしら?」

「そうですね。そんな所で良いと思います」


 イスタス伯爵家の頭脳二人が結論を出す。


「それじゃ、次はユウトくんの結婚問題についてね」

「うあ……」


 しかしその二人も一枚岩ではない。

 ユウトは心底嫌そうに。

 アルシアは、どこか楽しそうに次の議題を口にした。

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― 新着の感想 ―
初代妖怪ウォッチで山吹鬼っていうキャラクターをゲットするためのキャラクターを出すために 3週間以上にわたって『虫取り』をした限界勢が通りますね
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