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番外編その7 漂泊の守護神 第七話

「ところで、ユウトくん」

「アルシア姐さん、どうかした?」


 雲の上を飛ぶ岩盤――《浮遊島(フロート・ランド)》――で、名前を呼び合う二人。当人たちとしては、なんら裏の意図などない。いっそ事務的な呼びかけだったが、第三者から見ればいちゃついているようにしか見えなかった。


「ひとつ、確認したいことがあるのだけど」


 真紅の眼帯を外したままのアルシアが、少し大きな声で隣にいるユウトへ声をかけた。


 亜神級呪文(イモータリィ・スペル)を制御して呪文を阻害する塔へと向かっているユウトには、あまり余裕がない。

 それを知るアルシアが問いかけたのは、それだけ重要で必要不可欠だからだ。


「あの塔に、これをぶつけるつもりはないわよね?」

「まさか」


 アルシアの突拍子もない――しかし、本人としては深刻な――質問を、ユウトが一蹴した。


「やられてるのは、呪文の阻害じゃなくて魔力の吸収だからね。いきなり壊したら、なにが起こるか分からないし」

「ということは、考えたことがあるのね」

「……手っ取り早く済ませたい気持ちがあったことは否定できない」


 ユウトが短兵急な対応を検討したのは、自分のため。


 アルシアは、それを嬉しく思う。


 ユウトの気持ちも。


 そして、思いとどまってくれた理性も。


「つまり、塔へ乗り込むことになるわけね」

「なるほど。今のうちに、準備をしたほうがいいって話か」


 ユウトの《浮遊島(フロート・ランド)》はぐんぐんと高度を上げ、今や雲の上。雪雲は遙か眼下にあり、天候不良とは無縁だ。

 これだけ離れれば、塔の力も及ばないはず。


「ええ。今のうちに、《鋼鉄魔導人形招来コール・アイアン・ゴーレム》を使っておいたほうが良いかと思って」

「そういうことなら、着陸する寸前に呼んだほうがいいかな」

「そうね。持続時間もあるものね」

「俺の召喚呪文は持続が短いからなぁ」


 ユウトのというよりは理術呪文の召喚(サモン)系の呪文は、総じて持続時間が短い。戦闘中に使用することが前提の呪文だから仕方ないが、今の状況では使えない。

 その点、アルシアの《鋼鉄魔導人形招来コール・アイアン・ゴーレム》は数十分持続するので、この状況にはうってつけだ。


「ここは任せてちょうだい。ヴァルほどじゃないけど、ユウトくんの身はしっかり守るわ」

「うん。そこは、障害を排除するほうにプライオリティを置いてほしかったな」


 その気持ちは嬉しい。

 嬉しいが、妻に率先して守られるというのは、こう男としての矜持が疼いてしまう。もちろん、魔術師(ウィザード)という生き方を選んだ以上、仕方がないのは分かっているが。


「ユウトくんを守る以上に優先度が高い事象は存在しないのだけど?」

「あー。ええと、そろそろ塔の真上だよ」

「なら、試してみるわね。……《鋼鉄魔導人形招来コール・アイアン・ゴーレム》」


 第九階梯の神術呪文《鋼鉄魔導人形招来コール・アイアン・ゴーレム》を、神力解放(パージ)に頼ることなく発動させた。


 然程大きくはない《浮遊島(フロート・ランド)》の空きスペース。そこに、光の粒子と一緒に鋼鉄魔導人形(アイアン・ゴーレム)が現れる。

 鋼のブロックを組み合わせたような、人形と呼ぶには無骨すぎる巨人。


 鋼鉄魔導人形(アイアン・ゴーレム)といっても、ヴァルトルーデやエグザイルであれば、1分も経たず粉々にできる程度のモンスターでしかない。

 しかし、それはボクシングの世界チャンプに対し、戦車でひき殺せるから弱いと言っているようなものだ。


 相手を選べば、充分に戦力となる。


 そう。相手がいれば。


「まさか、塔の中になにも出ないとは思わなかったな……」

「運が良かったというべきかしら。それとも、肩すかしと言うべきかしら……」


 雪山の頂上に建てられた、魔力吸収の塔。

 結局、魔導人形(ゴーレム)が役に立ったのは、その入り口を破壊した時だけだった。


 塔の内部は無人。


 念のため魔導人形(ゴーレム)を先行させたが、罠の類もない。


 内部は深い青の石造りで、装飾の欠片もなかった。

 なんらかの呪文の効果か。あるいは、この塔自体に付与された効果があったのか。空気も淀んでおらず、清潔を通り越して無機質。


 それでいて、ほぼがらんどうで遺留物のひとつもない


 その最上階を除いては、だが。


「やっぱり、一番上にあったか」

「ここになにもなかったら、一階に戻って地下室を探すところから始めなくてはならなかったわね」

「意地が悪いパターンだと、塔の外に地下への入り口があったりするからなぁ」


 階段を上りきったユウトとアルシアが、先行させた鋼鉄魔導人形(アイアン・ゴーレム)を片隅に移動させ、最上階をぐるっと見回す。


 そこは半径10メートルほどの円形の空間で、その壁面に用途の定かならぬ魔法装置――よく分からないメーターやチューブ、パネルが一定間隔で光っている――が並んでいた。


 ユウトにはレトロ。アルシアには未来感溢れるガジェットに見えることだろう。


 しかし、二人の意識はそこにはない。


 ユウトとアルシアの視線の先には、液体で満たされた巨大なカプセルがあった。壁一面を占める魔法装置からチューブがつながったそれは、初めて会ったときのヨナが入っていた培養槽を思わせる。


 二人して同じことを考えていたのだろう。ユウトとアルシアの表情が強ばるが、それは先走りすぎだった。


 カプセルの中には、生物ではなく不思議な宝石が浮かんでいた。


 大きさは、人間の拳よりも二回りほど大きいだろうか。見る角度により、三角形にも直方体にも円柱にも正二十面体にも、それらの複合体にも見える不思議な宝石だ。


 色も、黄、青、赤、紫、白、黒。六源素の象徴色がプリズムを放ち、神秘的な様相を漂わせている。


 いかにも、曰くありげ。魔力を吸収した行き先は、この宝石ではないかと思わせる。


「ま、あれこれ予測して予断を得るよりは、先に答え合わせをしちゃおうか」

「ええ。任せるわ」


 ユウトがなにをしようとしているのか察したアルシアが、念のため鋼鉄魔導人形(アイアン・ゴーレム)を再起動させ、周囲を警戒する。


神力解放(パージ)


 手に神力刻印が浮かぶと、続けて、ユウトは金無垢の円環に宝石のレンズが取り付けられたルーペのような魔力焦点具を取りだして呪文を発動させる。


「《魔力解析(アナライズ)》」


 魔法具(マジック・アイテム)を鑑定する《魔力解析(アナライズ)》の呪文。

 それを発動すると同時に、様々な情報がユウトの脳へと直接送り込まれてきた。


 少し顔をしかめ、ユウトはその情報を選別し、要約する。


「名称は……エレメンタル・リアクターってところか」


 不可思議な宝石に見えた物。

 それは、地水火風光闇。六つの源素を媒介にエネルギーを発生させる、ある種の動力炉。


 流れ込んでくる情報をまとめれば、そんなところになるのだろうが……。


「これって、ある種の永久機関なんじゃないか?」


 完成してしまえば、無限にエネルギーを取り込み、生み出すことができるようだ。

 熱力学の法則を無視した存在。ユウトも、さすがに、動揺を隠せない。


 だが、それ以上に、これほどの装置を必要とする理由のほうが気になる。いったい、なにを動かすつもりなのか?


「どちらにしろ、危険な産物よね」


 永久機関という言葉も、それによって世界がどう変わるかもアルシアには理解が及ばない。それでも、永遠に源素のエネルギーをくみ出せると聞けば、それがどれだけあり得ない物かは分かる。


「危険というか、絶対表に出しちゃいけないヤツだな」

「未完成で良かったと言うべきかしら。とりあえず、考えなしに塔を破壊していたら、とんでもないことになっていたのでしょうね」

「それだけで、俺たちが派遣された理由が分かるってもんだ」


 ヴァルトルーデ、エグザイル、ヨナは言うまでもなく。ラーシアも、論外。あの草原の種族(マグナー)なら塔を破壊することはないだろうが、結果、この永久機関を掌中に収めることになる。


「それならまだ、猿に核のボタンを預けたほうがマシだよなぁ」


 そんなことにならなくて良かったと、ユウトはしみじみため息を吐く。


「それよりも、ユウトくん。これをどうするの?」

「俺たちが回収すれば、帰るときにトラス=シンク神が回収してくれるんじゃないかと思うけど……」

「そうね。なぜ、御自ら手出しをされなかったのか疑問は残るけれど」

「いや、俺たちは神の使いみたいなもんだから、神が自ら介入したのとほとんど同じなんじゃ?」

「……本当だわ」


 死と魔術の女神の愛娘と呼ばれるアルシアだったが、実際に天使(エンジェル)と同等の立ち位置にいる自覚は薄かったようだ。

 というよりは、敬虔な神の信徒であるという意識しかなかったというべきか。


 ユウトに指摘され、本当にびっくりしたという表情を浮かべてアルシアは固まってしまった。


「ヴァルも、その辺の自覚薄そうだなぁ」

「というよりも、正確に把握しているのはユウトくんだけではないかしら?」

「じゃあ、今日からアルシア姐さんも俺の仲間だ。ようこそ、こちら側へ。そのうち、朱音も引き込まないとな」

「チーム常識人の結成ね」


 二人して力ない笑顔を浮かべ、それで現実逃避は止めにする。


「さて、ユウトくん。こっちの装置をもっと詳しく調べてみないことには先に進めそうにないわね」

「俺たちの理解が及ぶ物だといいんだけどな……」


 部屋ひとつを占める巨大な魔法装置。

 謎のメーターやパネルが光を放つ、レトロフューチャーな物体。


 まだ持続時間が残っているため、今度は《魔力解析(アナライズ)》をそちらに向ける。


 またしても、ユウトの脳に直接知識が流れ込んできた。


 それを受け取ったユウトは、謎の宝石――エレメンタル・リアクターのとき以上に渋面を浮かべる。


「壁の機械は全部、吸収した魔力を調整してエレメンタル・リアクターへ送り込む役目しか持ってないみたいだ」

「つまり、一度動き出したら止める手段はないということ?」


 渋面のまま、ユウトがうなずく。

 

「こいつは、一回、完成させたほうがいいのかもしれない」

「ユウトくん、それは……」


 余りにも乱暴ではないか。

 そう言いかけて、アルシアは思いとどまった。


 ユウトが、それを自覚していないはずがない。


「完成といっても、後どれくらいかかるの?」

「《魔力解析(アナライズ)》の結果では、あと少しみたいだ。俺が呪文を使ってエレメンタル・リアクターに吸わせたあと、こっちの装置を停止させる」

「エレメンタル・リアクターというのが出来上がってしまえば、放置してもいいのではないの?」

「二個目を作り出しかねないから、念のため」

「なるほど。でも、停止させる方法は?」

「そこは、アルシア姐さんにお願いしたい」

「……そういうことね」


 必要なやり取りを終え、アルシアはそっと息を吐きながら愛する夫の顔を見つめる。

 苦渋の決断に見えて、その実、楽しそうだ。


 といっても、エレメンタル・リアクターを使ってどうにかしてやろうというわけではない。


 まともに呪文が使えない鬱憤を晴らせるのが嬉しいのだろう。


 思慮深いように思えて、こういうところはエグザイルやラーシアに似ている。いや、悪い影響を受けただけか。


 しかし、そんな風に稚気に溢れたところが、アルシアは嫌いではなかった。


「惚れた弱みかしらね?」

「ん? なにが?」

「いえ。ユウトくんの計画には賛成よ」

「よっし」


 ユウトとアルシアでなければ、長い時間をかけて魔法装置を解析し、対応策を立てていたところだろう。


 しかし、そんな悠長なことを彼らが――特にユウトが――するはずもない。


 アルシアの賛同を得て、念のため用意していた攻撃呪文を階梯の低いものから順番に使用していくユウト。


 しかし、あと少しというのは、長い間魔力を吸い続けてきたエレメンタル・リアクターにとっての基準だったようだ。


「《雷神降臨(サンダーゴッド)》」


 第八階梯の攻撃呪文まで使い果たしても、まだ変化は訪れない。


「こいつが、最後だ」


 ユウトが、呪文書から9ページ分切り裂き自らの周囲に展開する。


「《三対精霊槍(ヘキサ・グラマトン)》」


 それは、かつて吸血侯爵ジーグアルト・クリューウィングを追い詰めた第九階梯の理術呪文。

 悪を自動的に追尾し討ち滅ぼす三対六本の源素の槍を生み出す呪文だが、今この場では出現を許されることはない……はずだった。


「え? 実は、完成してたのか?」


 ユウトが戸惑いの声を上げるが、それはまだ早かった。


 まるで《三対精霊槍(ヘキサ・グラマトン)》に惹かれたかのように、エレメンタル・リアクターがカプセルからこちら側へ転移する。


 しばし、宙空で静止する両者。


 それも長いことではない。

 

 磁石が引かれ合うかのように《三対精霊槍(ヘキサ・グラマトン)》とエレメンタル・リアクターがゆっくりと接近し、一際盛大な光を放って融合した。


 ユウトも、もちろんアルシアも、思わず目を背けてしまうほどの閃光。


 それが晴れると、《三対精霊槍(ヘキサ・グラマトン)》は消え去っており、エレメンタル・リアクターだけが残っていた。


 これで、エレメンタル・リアクターは完成したのだろうか。


「おっと」


 力を失ったかのように――実際は、完成したはずだが――落下するエレメンタル・リアクターが床に触れる直前。

 ユウトがリフティングの要領で足の甲を使って蹴り上げ、空中でキャッチする。


「……爆発でもするかと思ったわ」

「この程度で爆発したんじゃ、動力炉なんかには使い物にならないさ」


 思わず豊満な胸上から心臓を押さえてしまったアルシアだったが、そうさせた張本人のユウトは涼しい顔。

 万華鏡でも覗き込むようにして、刻々と形と色を変えるエレメンタル・リアクターを眺めると、無限貯蔵のバッグへしまいこんだ。


「大丈夫そうね」

「うん。アルシア姐さん、あとは頼んだ」

「ええ」


 深呼吸して気分を落ち着かせ、ゆっくりと意識を集中。


神力解放(パージ)


 そして、おもむろに祝詞を唱え出す。

 

「我、未だ真なる神にあらねど、信仰の力をもってして奇跡をもたらさん。役目を終えし魔法装置に永久の安寧を与えん」


 祝詞を唱え終えたアルシアが、瞳を見開き呪文を完成させる。


「《奇跡(テウルギィ)》――オルタナティブ」


 敬愛する死と魔術の女神トラス=シンクへ希うのではなく、神の階を上り始めたアルシア自身が自らの願いでもって起こす奇跡。


 初めてのこと。


 だが、アルシアには絶対に上手くいく確信があった。といっても、深い理由はない。ユウトに任された仕事だ。だから、絶対に成功する。


 それだけの。それ以上にない自信と確信。


 それは確かに効果を現し、暗闇の、けれど優しい帳が魔法装置を包み込んだ。


 何秒かの静寂。


 それが過ぎると闇色の帳は消え去り、同時に、メーターやパネルも光が消える。


 魔法装置に訪れた、唐突な死。


 けれど、沈黙した機械たちは、心なしか、安堵しているように見えた。


「お疲れ様」

「ユウトくんこそ」

「とりあえず、探索行(クエスト)は成功かな?」

「ええ。でも、完了かは分からないわ」

「こっから派生か」


 充分あり得る。

 というか、絶対にありそうだ。


(攻撃呪文は使い切ったから、ヘビーなのは明日にしてほしいけどな)


 そう考えながら、ユウトはアルシアと連れだって階段を降り、塔の入り口へと移動していく。もちろん、二人の行く手になんの障害もない。


 鋼鉄魔導人形(アイアン・ゴーレム)によって破壊された扉の向こうからは、明るい光が見えていた。


「雪、止んだみたいだ」

「そうね」


 二人は手を繋ぎ、心持ち早足になって塔の外に出た。


「いい眺めね」

「へえ。やっぱり、雪が降ってるのはこの辺だけだったのか」


 雲の切れ目から陽光が降り注ぐ中、この島の最高峰に設置されていた塔からは、島が一望できた。


 眼下には、青々とした森が見える。

 まるで島を両断するように流れる川。

 その先には、穏やかな表情を見せる海と白い砂浜があった。


「呪文で飛んで、海に行こうか? それとも、ジャングルを探検する?」

「ユウトくんに任せるわ」


 もう、どこへでも行ける。

 だけど、ユウトがいなくては意味がない。


 ユウトさえいれば、どこへ行っても構わない。


 その気持ちを伝えるかのように、アルシアは、愛する人にそっと寄り添った。

というわけで、無人島編第一部完です。

ここで終わりにしようかと、ちらりと思いましたがタイトル回収していないので続けます。


エレメンタル・リアクターのイメージは、核ダイヤモンド電池です。


なお、ノクターンでやってる『変奏のアルスマキナ』の関係は、

こっちの話がもう少し進んだら、この後書きで解説する……と思います。

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